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ジャスティーヌが自室に戻ると、続きのアレクサンドラの部屋から『痛い』という声が聞こえてきたので、ジャスティーヌは隣の部屋に顔を出すと、アレクサンドラにまだアントニウスが屋敷に居ることだけを伝えた。
アントニウスの名を聞いたアレクサンドラは、まるで蛇に睨まれたカエルのように一瞬蒼褪め、それから黙って寝台に横になった。
ジャスティーヌはデスクの上に置かれた二通の書簡を取り上げ、アレクサンドラ宛のものから開封した。
アレクサンドラ宛の手紙は簡単なもので、昨日の遠乗りはアレクサンドラの事を考えていない無理な計画であり、更にお供のアレクシスの落馬事故などもあり、とても楽しいとは言えないものだったが、気を悪くしないで欲しいとあり、最後に『薫り高いこの薔薇をあなたに』と書かれていた。
ロベルトからの手紙がシンプルな内容だったからと言って、返事の手紙も同じようにシンプルと言うわけにはいかないので、ジャスティーヌは華美になりすぎないように気をつけながら、初めての乗馬、目の前をすごいスピードで流れて行く木々を目にした驚き、風を切る音、全てが初めてで、とても貴重な体験だったことを記し、アレクシスが勝手に早駆けの勝負を挑み、落馬して見合いが途中でお開きになり、せっかく用意されていたお茶やお菓子が無駄になってしまったことを詫びた。
サインの所でいったんペンを休め、間違えて自分の名前を書かないように注意しながら、アレクサンドラのサインを真似てサインしてから、自分宛の手紙を開いた。
ジャスティーヌ宛の手紙は形式ばったアレクサンドラ宛の手紙とは全然違っていた。
アレクシスが落馬し、怪我をしたことを心配しているとも書かれていたし、父王にせかされ思いつきから遠乗りなどと言ったために伯爵家に多大な迷惑をかけたことも詫びられていた。そして、今度のジャスティーヌとの見合いは、ホーエンバウム公爵邸の庭で、お茶をしながら二人でゆっくり話をしたいと書かれていた。
ジャスティーヌは快諾するとともに、先日のホーエンバウム公爵夫人への非礼を詫びるために、お茶菓子を持参したいので、その許可を戴きたいと記した。
手紙を書き終えたジャスティーヌは、ライラを呼び返事を出す手配を頼むと、アレクサンドラの部屋へと移動した。
「アレク、まだ激しく痛むの?」
ジャスティーヌの問いに、アレクサンドラは頭からかぶっていた布団をはがし、ジャスティーヌの事を見つめた。
「ジャスティーヌは幸せそうだね」
アントニウスとの会話と問題を抱えたアレクサンドラには、ジャスティーヌが能天気に見えて仕方がなかった。
もし、アントニウスとロベルトがグルになっていて、ロベルトには別に妻には迎えられない本命の女性が居て、ジャスティーヌはただの隠れ蓑だとしたら、幸せに顔を綻ばせているジャスティーヌの結婚後の絶望は想像を絶するものになる。『やっぱり、あんな男止めた方が良いよ』と言ってしまうべきなのか、しかし、言ってしまったら、どうしてそんなことを言うのかとジャスティーヌは問い詰めるだろうし、そうして言い争えば、きっと口がすべってアントニウスに自分が女で、実はアレクシスがアレクサンドラだという事を知られているという、絶対に口にしてはいけない秘密もジャスティーヌには話してしまいそうだった。
「殿下から、あなた宛てに素敵な香りの薔薇が届いたのよ」
「それは、僕宛じゃないよジャスティーヌ。僕の身代わりをしているジャスティーヌ宛の間違いだから、僕の部屋に持ってこなくていいからね」
「じゃあ、アントニウス様から戴いたあなた宛ての花束を持ってくるわ」
「それは・・・・・・」
「私の部屋は花でいっぱいよ。殿下からのお花が嫌なら、アントニウス様から戴いた方をあなたの部屋に飾ってもらうわ」
「わかった。ジャスティーヌには逆らうだけ無駄だからね」
アレクサンドラは文句を言わずに降参した。
「ねえ、アントニウス様って素敵な方ね。とても紳士だし」
ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラがガバっと起き上がった。
「あれほど僕の部屋に近づいちゃいけないって言ったのに、なんでジャスティーヌがアイツと話なんかしてるの?」
「そんなに心配しないで。あなたのお見舞客が色々なお見舞いを持ってきてくださったせいで、みんな玄関で大忙しだったのよ。それで、私が代わりにお父様がお目にかかりたいという伝言をお伝えしに行ったの。そうしたら、ちょうどアントニウス様があなたの部屋から出ていらして、それで、お父様の待つサロンまでご案内しただけよ」
「何かされなかった?」
真剣な表情で問いかけるアレクサンドラに、ジャスティーヌは苦笑した。
「何もされなかったわ。だって、私は仮にもロベルト殿下の見合い相手よ。いくら殿下の従兄とはいえ、冗談でも私を口説くことは、この国にいる間はできないわ」
「そうだね」
アレクサンドラは同意すると、大きなため息をついた。
「アントニウス様のお召し物、素晴らしかったわね」
ジャスティーヌは美しい銀糸の刺繍があしらわれたアントニウスの見事なベストとコートを思い出した。
「派手好きだからね」
「きっと、あなたが着たら、もっと素敵よアレクシス」
夢見るような瞳でジャスティーヌに言われ、アレクサンドラは突然気恥ずかしくなった。
「何言ってるのさジャスティーヌ。いつもは僕に、ドレスを着ろって言ってるくせに」
「それはそうよ。あなたがドレスを着たら、とても美しいと思うわ」
「ねえ、ジャスティーヌ。わかって言ってると思うけど、それって自画自賛と同じだよ。僕たち、瓜二つなんだから」
アレクサンドラに言われ、今度はジャスティーヌが羞恥心で頬を赤くした。
「だって、あなたのドレス姿、もうすごく長い間見てないんですもの」
「そうだね。もう一度、挑戦してみようかな」
「本当に?」
「ライラにお手柔らかにって言っておいて」
「もちろんよ。お父様、お母様も喜ばれるわ!」
ジャスティーヌは嬉しそうにほほ笑んだ。




