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門前払いを受けた、アレクシスの見舞い客を捌くためにアーチボルト伯爵家の家令はアントニウスを階上に待たせ、玄関の騒動の鎮圧へと加わった。
混沌とした階下の様子を見下ろしていたアントニウスの元にジャスティーヌが歩み寄ってきた。
「アントニウス様、父が是非ご挨拶をさせていただきたいと、お待ちしております。お時間は、よろしいでしょうか?」
アレクシスの客達を捌くのに家令と執事、副執事までが動員されているようで、メイドでは礼を失すると思っての事だとアントニウスはジャスティーヌ自ら父の元へと案内を引き受けてきたのだと理解した。
アレクシスの見舞客たちは、いずれもアントニウスも見覚えのある王宮へ上がることがギリギリ許される程度の下級貴族の子息達が多かった。
アレクシスは、ロベルトとでも物おじせずに言葉を交わせる度胸の持ち主でもあり、社交界の上級貴族たちにも友達は多い。しかし、屋敷まで押しかけて見舞うとなると、やはり上級貴族たちは体面を重んじるので、せいぜい書簡を送るか、見舞いの品を贈る程度の事しかしないだろう。何しろ、アレクサンドラではないアレクシスは、伯爵家の遠縁筋、爵位もなく、爵位の継承の予定もない男に過ぎない。
ざわつく玄関口でなんとか客を宥めて帰すことに家令が成功しそうになっていたところに、運悪く王宮からの使いが訪れ、アレクサンドラへのカードと一抱えもある白いバラの花束、アレクシスへの見舞いの品、アレクサンドラ宛の書簡と、ジャスティーヌ宛の書簡が家令に託され、家令はメイドに花束と見舞いの品を渡し、アレクサンドラとジャスティーヌ宛の書簡を手に、最敬礼で使者を見送った。
王宮の使者が持ってきた薔薇の美しさ、花束の大きさに感嘆の声を漏らしながら、突然の来客たちはしぶしぶ屋敷から出て行った。
「アレクサンドラ嬢は、やはり昨日の事に、心を痛めていらっしゃるんでしょう?」
アントニウスはジャスティーヌに問いかけた。
「えっ、ええ。昨日は屋敷に戻ってから、ずっと自室にこもりっきりなのです」
ジャスティーヌの言葉に、アントニウスはさもありなんと言う表情を浮かべて見せた。
「大切な従弟君が見合いの途中で早駆けに行った上、馬具の不調で落馬など、深窓の姫君にはショックが大きすぎる一日になってしまい、本当に申し訳なく思っております」
アントニウスが頭を下げると、ジャスティーヌが慌てて頭を横に振った。
「どうぞご心配なさらないでください。アレクサンドラは、いつも部屋に引き籠っている事の方が多いので、アントニウス様のせいではございませんわ」
慌てて否定するジャスティーヌの姿が愛らしく、アントニウスはジャスティーヌの手を取って口づけたくなったが、そんなことをすればロベルトの怒りの雷が落ちてくることに間違いはなかった。
「レディ、どうかアントニウスとお呼びください。私は、まだ爵位もございません」
「ですが、殿下はアントニウス様の事を従兄と・・・・・・」
「私は堅苦しい事は苦手なのです。ですから、どうか友人を呼ぶように、アントニウスと」
アントニウスの申し出に、ジャスティーヌはどうしていいか分からず、恥ずかしさに頬を染めた。
その薔薇のような可憐な桃色に染まった頬、サクランボのように愛らしい唇、どこをとってもアントニウスの中の情熱を燃え上がらせるものだったが、相手がジャスティーヌであると思うと、その情熱はすっと引いていった。それは、もし万が一にも、アントニウスがジャスティーヌとの距離を縮めたとロベルトに知れた時の怒りと、受ける仕打ちをアントニウスが良く知っているからだった。
実際、ロベルトは否定しているが、ロベルト自身もアレクシスの中に愛するジャスティーヌの面影を見ているから、あれほど悪口を行っても、具体的にアレクシスに対して悪意を持つことはなく、どちらかといえば、身分を越えて親しく接している。これが、アレクシスでなかったら、もし万が一にもロベルトの前で『僕のジャスティーヌ』などいう発言をすれば、王族に対する非礼があったのなんだのと、因縁をつけて王宮への出入りを禁止したり、舞踏会で大恥をかかせるくらいの嫌がらせを受けたことは想像に難くない。それなのに、なぜかアレクシスに対しては自然と好意を向けてしまう、その理由が社交界の華と呼ばれるジャスティーヌに瓜二つだからという事に気付いているのは自分だけだと思うと、アントニウスは笑みが止まらなかった。
「レディ、御父上がお待ちなのでは?」
「はい、どうぞこちらへ」
ジャスティーヌは言うと、先に立って階段を降り、アーチボルト伯爵の待つサロンへとアントニウスを案内した。
アントニウスを案内したジャスティーヌは、サロンには入らず、そのまま自室に戻ったのは王宮からの書簡が届いたからだった。




