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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
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8-1

 すがすがしい朝の目醒めに、アントニウスは大きく伸びをすると、アレクシス否、正しくは、アーチボルト伯爵家の次女アレクサンドラ嬢を見舞うという今日の予定が、自分の中で期待ともトキメキともいえる何とも表現のしがたい感情を生み出して高まって行くのを感じ、その嬉しいような、刺激的なような、それでいて背徳的な甘美さを兼ね備えた、少しスリリングな既婚者との逢瀬のような、不思議な感覚を覚えていた。

 アレクシスとして振舞っていた彼ならぬ、彼女が本物のアレクサンドラであるとすれば、犬猿の仲というか、寄ると触るとジャスティーヌ嬢の愛を奪い合う仲というロベルトの言葉が真実に思えなくはなるものの、わざわざ好んで王太子妃になりたいなどと思っていないことは簡単に察することができた。

 アントニウス付きの執事、ミケーレに傅かれ、身仕度を済ませ、優雅に朝食を済ませたアントニウスは、食後のコーヒーを楽しむフリをしながら、ミケーレに見舞いの花束と品を用意させた。


 本来ならば、女性向きな華やかな花束を用意させたかったが、アレクシスが実はアレクサンドラ嬢であるという秘密を自分が知ってしまったことを隠さなくてはならないこともあり、無難なブルーを基調とした花束と上質なワインを数本、それに極上のチーズを何種類か用意させ、花束はアレクサンドラ嬢に、そしてワインとチーズはアレクシスにという体裁を整えてから、王太子の見合い相手であるアレクサンドラ嬢とジャスティーヌ嬢に挨拶することになるかもしれないからという理由付けで、最上級のプルシャンブルーの地に銀糸の刺繍とレースをあしらった勝負服と、公爵家の紋章のついた正式な馬車を用意させた。


 気楽で格式張らないことを好むアントニウスが、この馬車を利用するのは王宮に参内する時ぐらいだったので、御者は見舞いの後に王宮に上がるものと気合いを入れて馬車を磨き上げていた。


 昨夜、休む前はさすがのアントニウスも体のあちこちに痛みを感じたが、ゆっくりと湯あみをし、打身に膏薬をぬって休むと、殆どの痛みは既に消えていたが、赤かった打身のいくつかは紫色の痣に変わっていた。

 鍛えているアントニウスでさえ、多数の痣が出来ている事を考えると、あの体の細いアレクサンドラが負った怪我は自分の比ではないだろうと、アントニウスはあの美しい肌に無残な痣が出来てしまったことを申し訳なく、そして酷く悔しく思った。


 もとはと言えば、あまりに嫉妬深いロベルトとアレクシスの間を何とか取り持とうと考え、逆に意味深な様子でアレクシスに接し、ロベルトと離れた場所でこっそりとアレクシスの本当の気持ちを確認したうえで、ロベルトの想い人がジャスティーヌであることを伝え、なんとかアレクシスにもジャスティーヌとロベルトの仲を取り持ってもらおうという計画だったのに、全てはアントニウスの余計な計画のせいで起こってしまったアクシデントだった。


(・・・・・・・・私の事も嫌いになってしまっただろうか・・・・・・・・)


 以前から、アレクシスの事を何故か女性のように感じていたアントニウスにとって、アレクシスが実は男ではなく女だったという事実は、納得こそすれ、驚くようなことではなかった。しかし、ある意味、あれほど完璧に男であったアレクシスが、他人に女だと知られたことは、きっと耐えられないほどの衝撃で、その相手がアントニウスであることは、あまり歓迎される事でないだろうとは理解できた。

 しかし、アントニウスには、ここで『はいそうですか』といって、黙って身を引くほどの潔さはない。今まで、気になって仕方がなかった相手に、ライバル不在の状態でアプローチできるのだから、この機会をむざむざ逃す気など全くなかった。


 見舞いの品の手配が終わったと執事のミケーレから報告を受けたものの、さすがに病人の見舞いに朝から出向くのも先方に失礼なので、とりあえず午前は屋敷でおとなしく過ごし、昼食を食べ、一息ついてからアントニウスは着替えを始めた。


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