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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
7

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7-6


☆☆☆


「痛い! いたたたたた、痛い!」

 一歩動く度にアレクサンドラの悲鳴とも叫びともいえる声が屋敷の中に響き、馬蹄のカルロスに下僕のスチュワートが担架を作ってアレクサンドラを自室まで運び、その間にページボーイのトーマスがかかりつけ医を呼びに走った。


 本来、未婚の娘の部屋に未婚の男子が入る事は希なのだが、幼い頃は二人の護衛兼遊び相手をしていたスチュワートは、今も二人を妹のライラと同じ様に、兄妹のように接するので、独身の二人の令嬢の部屋に入れる数少ない独身男性だった。

 スチュワートがアレクサンドラを抱き上げ、ライラがベッドを整えてアレクサンドラを寝かし、飛んできたかかりつけ医のシュヴァルツ医師が溜め息をかみ殺し、冷や汗を流しながらアレクサンドラの診察をした。

 シュヴァルツ医師の見立ては、肋骨にひびが入っている可能性があるが、それ以外の骨折はなく、全身打撲であったが、頭を打った可能性は否めないので、一週間は絶対安静とのことだった。



「痛い! あー、もう、腹立たしい! 痛たた! 寝返りすら、打てやしない!」

 ベッドの上でもぞもぞと動いては声を上げるアレクサンドラに、ジャスティーヌは今にも泣き出しそうな顔でアレクサンドラを見つめていたが、アレクサンドラがあげる声を聞いて、それが淑女の上げた声と思う者は誰もいないだろう。

「本当に、なんと言うことでしょう」

 母としては、娘の怪我はもちろん、情けなくも上げられる淑女とは思えぬ叫びにも頭と胸を痛めていた。

「まさか、鞍留めの金具が壊れるとは・・・・・・」

 事故と馬と馬具の事ばかりが頭に浮かぶ伯爵は、隣で睨む妻のアリシアの怒りが今にも爆発しそうなことに気付いていなかった。

「アレク、お医者様がゆっくり休めば大丈夫だって、仰っていたわ」

 優しくジャスティーヌが言うと、アレクサンドラはジャスティーヌの事を見つめた。

「でも良かったよ、ジャスティーヌが僕と一緒に馬に乗っていなくて。もし、僕の馬に相乗りしていたら、ジャスティーヌまで大怪我したところだよ」

 その慈しむようなアレクサンドラの瞳に、ジャスティーヌは頭を横に振った。

「そんなことないわ。私だって痛いのよ。こんな痛々しいあなたを見たら、私の体もまるで馬から落ちた気がするわ」

「優しいんだね、ジャスティーヌ」

「アレク・・・・・・。どうしたの? なんだか変よ?」

「先生がおっしゃっていらしたでしょう? 頭を打ったかもしれないのですよ。とにかく、アレクサンドラは安静にしていなさい。ジャスティーヌは、アレクサンドラが休む邪魔にならないように、自室に戻りなさい」

 母の言葉に、ジャスティーヌは素直に『はい』と答えて続きの扉から姿を消した。

「では、私も邪魔にならぬよう、失礼することにしよう」

 伯爵は言うと、素早い動きで部屋を去っていった。

「お母様」

「なぁに、アレクサンドラ」

 二人っきりになると、アリシアは優しい瞳で愛しげにアレクサンドラを見つめた。

「もしかすると、明日、アントニウス殿が見舞いにいらっしゃるかもしれないんです」

 アレクサンドラの言葉に、アリシアはしばらく腕を組んで考え込んだ。

「本当なら、怪我をして休んでいる結婚前の娘の部屋に殿方を入れるのは反対ですが、相手が殿下のお従兄君となれば話は別です。いつも、アナタの賑やかなお友達が訪ねてきたときに使う北の棟の部屋の掃除をさせておきます。あなたは、とにかく体を休めなさい」

 鶴の一声に、アレクサンドラは静かに横になって動くのを止めた。

 扉が閉まり、母の姿が消えると、すぐに続きの間からジャスティーヌが戻ってきた。

「アレク、本当にビックリしたわ。でも、どうして急に早駆けなんて話になったの?」

「ごめん、ジャスティーヌ、いまは休みたいんだ」

 馬に関わる言葉を聞いていると、無様にも落馬し意識を失い、気付かないうちに女である自分の素肌を異性に見られた事が頭に何度もフラッシュバックし、アレクサンドラはどんなに男のふりをしても、やはり自分は女であることから逃げられないのだと思い知らされるからだった。


 激しい羞恥と後悔、もしアントニウスがロベルトに秘密を話したらと思うと、自分の愚かな行動をどうやったら償えるだろうかと、アレクサンドラは思い悩んだ。

「じゃあ、部屋に戻るわね」

 ジャスティーヌは寂しそうに言って部屋に戻っていった。


 日頃から何かと衝突することの多かったロベルトなら、この一件を王室に対する侮辱と取るかもしれない。また、親しいブリッジ仲間と父に心を許していると思われる国王陛下も真実を知ることになれば、不敬や侮辱は言うまでもなく、最悪は叛逆と思われるかもしれないと思うと、アレクサンドラは所領で静かに暮らす民のことや、父に仕える下々の者までが路頭に迷う危機を自分が招いているのだと痛切に感じていた。


(・・・・・・・・ジャスティーヌはどうなるんだろう。王室を侮辱した妹と、王に叛逆した父を持ったジャスティーヌは、最早、社交界の華ではいられない。そうなれば、当然、ロベルト王子との見合いも立ち消え、一人寂しくどこかの修道院に入るしかなくなってしまう・・・・・・・)


 考えると、アレクサンドラは涙が止まらなくなった。


(・・・・・・・・全部私のせいなのに、ジャスティーヌは何も悪くないのに・・・・・・・・)


 ジャスティーヌのことを考えたアレクサンドラは、明日、アントニウスからどのような要求をされても、黙って従う覚悟を決めた。


(・・・・・・・・ジャスティーヌの為なら、何だって出来る、たとえ、私の純潔を奪われたとしても・・・・・・・・)


 アレクサンドラは、ギュッと拳を握って覚悟を決めた。


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