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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
15

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15-15


☆☆☆


 突然の訪問にも、リカルド三世は笑顔でアントニウスを迎えてくれた。

「国王陛下にはご機嫌麗しく・・・・・・」

 堅苦しい口上を述べようとするアントニウスをリカルド三世が遮った。

「伯父と甥の仲ではないか、何をいまさら堅苦しくする必要がある」

「ありがとうございます、陛下」

 堅苦しいアントニウスに、リカルド三世は首をかしげた。

「本日は、陛下にしばしのお別れのご挨拶に参りました」

 数日前に、ルドルフよりポレモス共和国の動きが怪しいと報告を受けていたリカルド三世は人払いをすると、アントニウスを近くに呼び寄せた。

「人払いをした。もう、他に話を聞くものはいない。安心して、話すがよい」

 リカルド三世に促され、アントニウスは父の手紙に書いてあったイルデランザ公国とポレモス共和国が開戦間近であること、陸軍に籍を置く自分も国に戻り、陸軍参謀の一人として前線に赴く予定であることを説明した。

「そうか、無事の帰りを待っておる。それから、マリー・ルイーズの事は、私が確かに預かろう。そなたの父に、そう伝えるがよい」

「ありがとうございます」

「そなたがいなくなると、ロベルトが寂しがるな。この国では、王太子はエチケットに縛られ、とても孤独な存在だ・・・・・・」

 リカルド三世は自分の王太子時代を思い出しながら言った。

「ですが、ロベルトは意中のジャスティーヌ嬢との婚約も間近。私など、二人の世界を邪魔する存在にすぎません」

「いや、そうとも言えん。ルドルフの話では、妻のアリシアが倒れて以来、ジャスティーヌは今更と言えば今更の話なのだが、貧しい伯爵家の令嬢の身で王太子妃になるのは畏れ多いと、見合いはしたがロベルトが自分を気に入らなかったということで、話はなかったことにしてもらえないかと、自分が身分をわきまえず、王太子妃になろうなどと考えたことで母のアリシアに心配をかけ、王族にまで迷惑をかけて社交界を揺るがすような事態に陥らせてしまったと、そう言っているそうだ。実際、最近は夜会を中止にしたり、延期にしたり、サロンも賑わず、観劇も控えめになり、社交界自体、華やかさに欠けるようになっておる。しかし、これは全て私の決めたことなのだが、あの美しさと賢さを備えたジャスティーヌは、事の顛末に心を痛め、国王である私からの見合いに異議を唱えるのだから、見合いの話が流れた後は、所領の修道院に入ると、そう話しているそうだ」

「そんな!」

 最近、アレクサンドラから夜会に出るという連絡がないとは思っていたが、母のマリー・ルイーズとの戦いで消耗していたアントニウスにとっては、耳を疑うような話だった。

「おかげで、ロベルトは不機嫌になり、私とは口もきかない。あれに会ったら、少しでよいから、話を聞いてやってくれ」

「かしこまりました」

 アントニウスは答えると、深々と頭を下げ、臣下の礼をとると、リカルド三世の前を辞して東宮に向かって歩を進めた。



 いつものように勝手知ったる王宮の中を進み、ロベルトの執務室の前まで来たアントニウスの耳に、聞きなれないロベルトの怒鳴り声が聞こえた。怒りに満ちたロベルトの声の後に静々と、そして淡々と呟くように聞こえる声は、間違いなく王太子付き侍従長の声だった。

 さっき、リカルド三世がアントニウスに話したように、堅苦しいことの少ないエイゼンシュタインで、唯一堅苦しい生活をしているのが王太子であるロベルトと言っても過言ではなかった。


 国王にかかわるエチケットは、リカルド三世が国王になったときにほとんどすべて王権で廃止したが、さすがに良き国王となるべく王太子を教育するにはエチケットが必要と侍従長の猛反対にあい、さすがに王太子のエチケットまでは全てを廃止することはできず、幼いころより、特例でアントニウスとだけは侍従長を通さずに会話することを許されているが、それ以外の人間は父であるリカルド三世をはじめ、母の王妃、その他王族の面々とも、会話する際には必ず間に侍従長が入る必要があり、更に言えば、ロベルトに仕える侍従たちとも会話するときには侍従長を介さなくてはいけないという、極めて隔絶された孤独な生活を送っていたロベルトにとって、それこそ、父に連れられて王宮の外で行われるブリッジの集まりに侍従長抜きで出かけることができる時と、アントニウスが遊びに来ているときだけが心躍る楽しい時間だった。


 ノックをして執務室に入ると、難しい顔をしたロベルトが今にも書類を侍従の一人に投げつけようとしているところだった。

「取り込み中だったかな・・・・・・」

 アントニウスか声をかけると、ロベルトが投げようとしていた書類を握りつぶして机の上に投げ捨てた。

「入ってくれアントニウス、それから、全員出ていけ」

 侍従長が声をかけようとしたが、ロベルトは『出ていけ』と語気を荒げた。

 主であるロベルトの言葉に、侍従たちは次から次へと頭を下げて執務室を後にし、最後に苦々し気な侍従長が深々と礼をして執務室から出て行った。

「突然押しかけてすまなかった」

 アントニウスが謝罪すると、ロベルトが頭を横に振った。

「今まで何をしていた? 大切な話をできるのはお前だけだというのに」

 ロベルトは言うと、アントニウスに椅子を勧めた。

 アントニウスが腰を下ろすのも待たず、ロベルトは話し始めた。

「信じられるか? ついこの間、舞踏会の後、二人で庭を散歩し新種のバラを『プリンセス・ジャスティーヌ』と名付けたと話し合ったばかりだというのに、婚約する前に破棄したいと言われた気分がわかるか?」

 ロベルトの言葉に、王族を更に焚きつけたと思われる犯人に思い当たるアントニウスは、ロベルトに申し訳なく思うとともに、幸せになるのを指折り数えていたはずのジャスティーヌの事が可哀そうになった。

「申し訳ない。母を止めることができず、大変なことになってしまった」

 アントニウスの言葉に、ロベルトは自分が言い過ぎたかもしれないと初めて思った。

「そっちは、どうなんだ?」

 同じく、うまくいってないだろうアントニウスの事を思い出し、ロベルトは話を振った。

「母が来て以来、最悪だ。アレクサンドラ嬢どころか、アーチボルト伯爵家の近くにも近付いてもいない。それに、アレクサンドラ嬢の事は、私の片想いだ。君の方とは違うよ」

 アントニウスが言うと、ロベルトが大きなため息をついた。

「そうだったのか? 舞踏会の時は、とてもいい雰囲気だったぞ?」

 ロベルトの言葉に、アントニウスは頭を横に振った。

「もともと、あの遠乗りの日に一目惚れしたのは私だ。私が勝手に好意を持ち、そのせいで修道院に入って静かな人生を送るはずだった彼女を無理やり社交界に引きずり出し、さらし者にして、政治の道具にされるような立場に追い込んだんだ。私は最低の男だ・・・・・・」

 アントニウスの言葉は、視点を変えると、追い込まれて倒れたアーチボルト伯爵夫人の事を考えれば、間違いではなかった。娘が一人ならば、なんとかやりくりもできたものを二人ともを社交界にデビューさせなくてはいないという鬼気迫った事実と、お金は湧いて出てこないという現実を前に、どれほど苦しい時を過ごしたのか、遅ればせながらアントニウスが支援をしたとはいえ、予想もしていなかった支援者が出てこなければ、夫人がどれほど追い詰められたかを考えるだけでアントニウスは胸がつぶれそうになった。

「確かに、ジャスティーヌが王太子妃になれば、妹のアレクサンドラは政治的に重要な駒になった。しかし、今は違う。今や、王太子である私の独身人生の方が、ほぼ確定だ!」

「まさか、独身を貫くつもりか?」

 公爵家の嫡男でさえ、家の存続のために結婚しなくてはいけない立場であるアントニウスからすれば、王太子の身で独身を貫くなどということは、イルデランザ公国では考えられないことだった。

「あたりまえだ。いつか、ジャスティーヌがその気になった時、私に妻がいたらどうする! ジャスティーヌが他の男と結婚しない限り、絶対に結婚などしない」

「だが、彼女は所領の修道院に入るという話を耳にしたが・・・・・・」

「だから、私の独身人生は決定ということだ。修道女は結婚しないからな」

「だが、それでは跡取りが・・・・・・。ただの公爵家の嫡男の私でも、そんなことは許されないのに、王太子が独身だなんて、許されるのか?」

 アントニウスの問いに、ロベルトは頭を横に振った。

「そんなことは知らない。私の結婚相手は、ジャスティーヌだけだ。それ以外の女性は、誰も必要ない」

 そう言うロベルトの机の上にぐちゃぐちゃになって放置されている紙が書類ではなく、女性の簡素化した肖像画であることにアントニウスは気付いた。

「まさか、その肖像画は・・・・・・」

「そうだ。そのまさかだ。ジャスティーヌが辞退した時のために、次の相手を探せと、毎日山のように有力貴族の令嬢の肖像画と隣国の王女の肖像画まである。信じられるか? 子供までリストに入っているんだぞ」

 ロベルトは言うと、大きなため息をついた。

「少し落ち着けば、ジャスティーヌ嬢の気持ちも落ち着くと思うが・・・・・・」

「わからない。最近は、丁寧なお詫びの言葉を添えて、手紙も開封せずに送り返されてくる。王太子という身分でなければ、屋敷に訪ねていくのだが、さすがに、手紙を送り返すほどに追い詰められているジャスティーヌを更に追い詰めるようなことはできない」

 ロベルトの言葉ももっともで、アントニウスは無言で頷き返すしかなかった。

「早まって修道院に入られても困るからな・・・・・・」

 アントニウスは言うと、何とかロベルトを力づけたいと思ったが、これから自分が話すことを聞けば、更にロベルトが落ち込む姿が目に浮かぶようだった。

「で、今日は突然どうした? ずっと引き籠っていたのに、突然、王宮に姿を現すなんて、何かあったのか?」

 予想通りの切り返しに、アントニウスは深呼吸した。

「実は、父から手紙が来て、帰国することになった」

「帰国する? それこそ、アレクサンドラ嬢はどうするつもりだ? 次に来るまで、じっとアレクサンドラ嬢が誰とも結婚せずに待っていてくれると思っているのか?」

「そんなことは思っていない。きっと彼女は、次に逢うときには、伯爵夫人か、侯爵夫人、もしかしたら、どこかの王族になっているかもしれない」

「それでいいのか?」

「仕方がないことだ。戦が始まる」

「まさか、ポレモスか?」

 流石に一国の王太子、妻がいないということを除けば、同盟国の王族に引けを取ることはなかった。ロベルトの問いに、さすがのアントニウスも一瞬言葉を飲み込んだ。

「さすがに、一国の王太子、自分の恋路の試練に負けて世界情勢を見誤ることはないか」

「ジャスティーヌの事は、私個人の問題。国の問題は、民の問題。問題の大きさが違いすぎるからな。どんなにジャスティーヌの事で悩んでいるからと言って、民の安全と幸せを危険に晒すことはできない」

 一国の王太子として、毅然とした態度をとるロベルトに、母に振り回され、周りのことが一切目に入らなくなっていた自分の公爵家嫡男としても不甲斐ない姿に、アントニウスは頭を掻いた。

「どうやら、私はいずれ大公を支える公爵家の嫡男としても相応しくないようだな」

「そんなことはない。叔母上のロビー活動のすばらしさは、私も父上も目を見張ったぞ。今から思えば、イルデランザに嫁がせたのは、人材の流出だったかもしれないと、父上が呟いていらしたのを侍従が耳にしたようだ」

 相変わらず、隔絶して生活させられているロベルトが、父の独り言を耳にしたはずもなく、ロベルトに仕える侍従の耳にしたこと、目にしたことは、すべてロベルトに伝わる仕組みは、ある意味素晴らしいものだった。

「それで、叔母上も一緒に帰国されるのか?」

「いや、母上は安全なエイゼンシュタインに残るようにと・・・・・・」

「そうか、それであれば、イルデランザは大船に乗ったつもりで同盟国からの応援を待てばいい。叔母上が動けば、エイゼンシュタインが動く、そして、同盟国が動く。公爵はそれを見越していらっしゃるのだろう」

 ロベルトの言葉に、アントニウスは答えに窮した。息子であるアントニウスから見れば、ポレモスとの開戦が近いことも手紙に書かない父が、母のマリー・ルイーズに応援の手配を期待しているとは思えなかったが、両親を高く評価してもらっている以上、みずから墓穴を掘ることはさすがのアントニウスにもできなかった。

「もし、イルデランザがポレモスに圧されるようならば、私も自ら戦地に赴こう」

「ロベルト、何を言っているんだ。私と違って、王太子というのは、そんな危険に飛び込んでいい立場ではないだろう?」

「確かに、でも、そうしてでも、ジャスティーヌに答えを迫りたい」

 隣国の戦争までも自分の恋に巻き込んでしまうあたりが、ロベルトとアントニウスでは考え方が違うなと、思わずアントニウスは笑みを浮かべた。

「そうやって、正攻法で攻められれば、私もアレクサンドラ嬢の心を射止められたのかもしれないな」

「本当に、アレクサンドラ嬢の事を諦めるのか?」

「私には、アレクサンドラ嬢を縛ることはできない。だから、もし、いつか再会したときに、彼女が独身で、修道女になっていなければ、もう一度口説くつもりだと、伝えに行くつもりだ」

「そうか・・・・・・」

 ロベルトはそれ以上、アレクサンドラの事は何も言わなかった。

「無事に帰ってこい」

「もちろん、そのつもりだ。何しろ、この体格のせいで誤解されやすいが、これでも、陸軍参謀だからな。最前線で剣を振り回すような役割は回ってこないはずだ」

「そうだったな。だが、気を付けるに越したことはない」

「わかっている。ありがとう。しばしの別れだ・・・・・・」

 アントニウスは言うと、深々と臣下の礼をとった。

「殿下、しばしのお暇を戴きます」

「武運を祈っている」

 ロベルトも王太子として答えた。

 アントニウスはロベルトの執務室を後にすると、ゆっくりと王宮を抜け馬車を停めている車つけに向かった。


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