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ウィンのおつかい

別サイトの『ハーメルン』で最新話まで追うことができます。

 ワーグは、庭でウィンの魔法の練習を見ながら、つい先日に受けた義賊『ブラックムーン』からの報告を思い出す。


「『杖』を奪還することは失敗した上に、『杖』に婚約者候補として選ばれてしまった」


 そう聞いたときは思わず卒倒してしそうになった。


 失敗したという部分にではない。


 無茶をお願いした立場の自分が、そこにとやかく言うのはお門違いだ。


 実際なんとか帰還しただけでもよかったと思えるほどに、ワーグは情に深かった。


 絡め手や不意打ちなんでもござれの義賊なら、あるいは盗み出せるやもしれない。


 だが当初のその考えは、今となっては甘かったと言わざるえない。


 王宮はそれだけ強固な守りが固められていたのだろう。


 問題は婚約者候補に選ばれてしまったという部分である。


 先日の王宮での出来事は貴族の間でも大きな話題となった。


 その中には当然、あの義賊になぜか『紋章』が浮かんでいたというのもある。


 ワーグのようにある程度年を重ねている貴族ならば、前回行われた『杖』の儀式のときに『紋章』を目にした者も少なくない。


 ワーグは魔法の研究に没頭する中で『杖』の魔法についての本も内容も頭に入っている。


 そんなワーグの目から見て、あの『紋章』の輝き方は歴代の記録を大きく更新するものであった。


 過去の儀式の記録から見て、どれだけ『紋章』が光っていてもせいぜい夜になったら目立つという程度である。


 ところが、『ブラックムーン』の『紋章』は明かりをつけた屋内でも眩しすぎるぐらいだった。


 おそらく、今回の儀式でもあれほどの『紋章』を手にする候補はいないだろう。


 そして貴族にそれを目撃されていることから、これからの婚約者候補の競争に『ブラックムーン』が巻き込まれるのは確定事項といっていい。


 また『杖』が選んだことから、『ブラックムーン』がバーン王子と同年代の若い女性だということも貴族には知れわたっている。


 ワーグにとっても『ブラックムーン』が少女だというのは驚きの事実だった。


 排除はもちろん囲い込みや服従など様々な方法で貴族から狙いを付けられるであろうあの義賊の少女を思うと、ワーグの心が痛んだ。


 私が依頼などしなければ、あの少女が巻き込まれることはなかっただろう。


 一方でもう一つワーグには気になっていることがあった。


 それは『ブラックムーン』があそこまで『杖』によって良い未来をもたらすと判断した理由である。


 理由さえ分かればもしかしたら『紋章』を消せずとも、候補としての価値を無くすことができるかもしれない。


 『ブラックムーン』の情報はほとんどが不明だが、以前少しだけ見た影を使った魔法の特異性によるものだとワーグは睨んでいた。


 だが、この国の魔法に関する研究の本はほとんど目を通していたが、あのような魔法に関する記述は見たことが無い。


 唯一教会の本部で厳重に保管されている魔王や勇者が台頭していた時代が記録された資料はワーグも知る機会が無かったので、その資料を調べれば何か分かるかもしれない。


 教会に所属している伝手を頼ってなんとか見せてもらえないだろうか。


 古い知己を久しぶりに尋ねようかと考えていると、魔法の練習をしていたウィンがこちらの表情を伺っているのにワーグは気づいた。


「ワーグおじ様、私の魔法にどこかおかしい部分などありましたか?」


 どうやら難しい顔をしてウィンを誤解させてしまったらしい。


 ワーグは考え事を中断して、ウィンの魔法についての所感を告げる。


「すまない、考え事をしていてな。吾輩から見たところウィンの魔法はとても優秀だ。このまま練習すれば吾輩を超えることだってそう遠くはないかもしれんの」


 ウィンを預かってから魔法について教えているが、ウィンの成長は著しく持前の魔力量の多さも相まって魔法の上達はとどまることを知らなかった。


 ワーグという優秀な師や深夜にウィンを連れだしている友人の指導もあるのだろうが、それだけでこの速度の成長はありえない。


 目標を立てることで成長しやすくなるのは魔法に限った話ではないが、魔法はとくにその傾向が顕著に表れる。


 ウィンが目標としているものはワーグの目から見ても明らかだった。


 自分を絶望の淵から救った『ブラックムーン』への思い。


 教育としてワーグが貴族の情勢について話す際、『ブラックムーン』の話が出る度にウィンは目をキラキラさせながら真剣に聞くのである。


 ワーグからしたら自分の黒歴史が実体化したようなものなのであまり話したくないが、『ブラックムーン』が貴族にもたらした影響は計り知れない。


 今の貴族について語るうえで、かの義賊に触れざるをえないジレンマはワーグに絶大なストレスを与えていた。


「考え事とはもしや『ブラックムーン』のことですか?」


 ウィンの純粋に期待するような声に、ワーグは良心の呵責から誤魔化すことはできなかった。


「あの者が使う魔法に少し興味があってな。調べるために教会の古い友人を訪ねようかと考えていたのだ。といっても相談だけだから手紙でも済むのだがな。しばらく留守にするが、ウィンに家を任せてもよいかな?」


 ウィンの魔法の実力はすでに現役の貴族たちと比べても、見劣りするどころか凌駕していてもおかしくはない。


 若くしてここまでの才能を持っているなら、努力すれば将来ワーグのように魔法だけで貴族としてやっていくのも難しくはないだろう。


 精神状態も昔と比べて安定したようなので、ここら辺で少し貴族としての責務の一部を任せてみるのも悪くはない。


 そう考えているとウィンから一つの提案がされる。


「ワーグおじ様、それなら手紙を私に預けてくださいませんか? ちょっとでもおじ様のお役に立ちたいのです」


 そういってワーグを見つめるウィン。


 教会は貧民街の近くにあるが、最近は治安もいいときく。


 ウィンの実力なら並大抵のことは自身で対処できるだろう。


「その教会への道では貧民街を通る必要があるので気を付けるんじゃぞ」


 そう返事するとウィンは嬉しそうに笑った。


 子どもの成長というのはいつだって眩しいものだとワーグは感慨にふけった。



──────────



 クロは貧民街を歩きながら、布で覆った『紋章』を手でさする。


 腕から光を発しているクロだが、怪我をしたかのように腕に布を巻いていれば隠すことも難しくはない。


 教会でブラウン神父の手伝いをしても、心配されるだけで訝しまれたりはしなかった。


 義賊としての活動は今は一時的に休止している。


 この腕に慣れるまでは、訓練あるのみだ。


 クロが大きな怪我をしたのは噂になっており、貧民街の一部の治安が再び悪化している。


 クロを恐れているだけで、別に心の底から改心してない人間もいるということだろう。


 そんなわけで、休止中の訓練がてら治安維持のパトロールに努めている。


 これからは魔法だけに頼るのでなく、体術や小道具の扱いなんかも上達しなければ。


 現在のクロの方針は、婚約者の選定をなるべく早く終わらせることであった。


 報告のときにワーグに聞いた話では、『紋章』は婚約者が決定すれば消えるのだという。


 つまり、あのバーン王子がとっとと婚約者を決めてしまえば解決である。


 また、それによって婚約者の座を巡った貴族の争いも終われば、悲しみの連鎖も少しは落ち着くだろう。


 そのためにできることは、一部の貴族たちの裏工作を抑えて婚約者選びを円滑に進めさせることである。


 以前、クロが『ブラックムーン』として活動していたときは、貴族たちは悪事を控えたという。


 『ブラックムーン』としての噂を絶やさないように活動を続けるだけでも、貢献としては十分だろう。


 加えて、裏工作を暴いてそれらの情報をバーン王子に伝えれば、消去法で選択肢も減って婚約者選びも捗るはずだ。


 そのためにも訓練を重ねて急いで義賊活動に復帰しなければ。


 クロのパトロール中の考え事を遮ったのは、裏路地から聞こえてくる男女の集団の会話だった。


 男たちの方の声は少しドスがきいており、穏やかな会話ではなさそうである。


 裏路地を覗いてこっそり様子を伺うと、そこにいたのは複数の男性に絡まれたウィンだった。


(なんでこんなところにウィンが?)


 男性たちの方はどうやらお酒で酔っているようだ。


「貴族の嬢ちゃんがこんなところに来るなんて冷やかしか? 俺らに少しお金を恵んでくれよ。女で遊ぶ金が足りねぇんだよ」


「そうだそうだ。なんなら、あんたが相手してくれてもいいぜ」


 不快な笑い声が裏路地に響く。


 クロは割って入ろうかと思ったが、この状態でウィンに会っていいものかと思って踏みとどまる。


 今まで正体を明かしたことは誰にもなく、バーン王子にも名前だけしか明かしていない。


 仮にバレたとしてもウィンなら黙っていてくれるだろうが、危険に巻き込んでしまうかもしれない。


 『ブラックムーン』としての人との繋がりは公にはなっていないが、クロの方の繋がりは別である。


 聞き込みでもされたらすぐに素性を暴かれるだろう。


 いつか『ブラックムーン』の正体がウィン以外の悪意をもった誰かにバレたとき、クロの方の身辺関係を利用されるかもしれない。


 もともとそういった危険を想定していた。


 ブラウン神父や貧民街の住人などとは、多少必要なやり取りはすれど近くなりすぎないように一線をひいている。


 そのこともありウィンともある程度距離を保ちたいという思いはクロにはあった。


 かといって、友達の災難を無視するのもどうなのか。


 悩んでいたクロを他所に、男性たちはしつこくウィンに食い下がる。


 そんな中ウィンは全く物怖じせず口を開いた。


「めぐんでもらいたいなら、それ相応の態度を示しなさい。あなたたちのような下劣な輩に与えるものなどありません。魔法で痛い目に会いたくなかったら、ここから退きなさい」


 クロの前では見せたことも無い強い態度で、ウィンはきっぱりと断る。


 虐待を受けていた時のおどおどとした様子は見る影もない。


 ウィンが一歩前に出ると、狭い裏路地を強風が過ぎていく。


 男性らのほうも少し怯んだようで、ウィンから何かをもらうのを諦めたようだ。


 これなら、クロが介入しなくてもなんとかなりそうである。


 ただ、少女に怯まされたのが気に食わないようで、減らず口をたたき続ける。


「なんだよ、ちょっと冗談いっただけじゃねーか。これだから貴族様は」


「裕福な癖に、貧しい俺らに何か恵もうとも思わないのか、心の狭いこった。俺たちの『ブラックムーン』がただじゃおかねぇぞ」


 聞き馴染みのある名前が男性らから出たことに、思わずクロは顔をしかめた。


 『ブラックムーン』はお前たちのような小悪党にとっての都合のいい存在じゃないんだが、と内心ツッコミを入れる。


「今『ブラックムーン』とおっしゃいましたか?」


 ウィンがそう呟くと、路地裏の外の風の動きが変わり始める。


 路地裏の中の男性たちが、それに気づいた様子はない。


「そうさ『ブラックムーン』さ。やつが入ればお前ら貴族なんか怖かねぇ。俺たちの正義の味方が今にお前に天誅を下すに違いない」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらウィンを煽る男たちを前に、ウィンが氷のように冷たい表情で手を前に出した。


「お前たちのような悪党が、『ブラックムーン』を語るな」


 そうウィンが告げた瞬間、裏路地の中を暴風が荒れ狂う。


 男たちは裏路地の中を飛び回った後、覗いていたクロの横を通り過ぎて表に放り出された。


 クロは普段見ないウィンの迫力に、タジタジになる。


 魔法の名を唱えずにここまでの威力を出した貴族は、クロの記憶にはない。


 正面からウィンと戦えば勝つのは難しいだろう。


(ウィンのことは怒らせないようにしよう)


 そう固く誓ったクロは、その場を後にした。


 やはり、クロの状態でウィンと知り合うのはリスクがある。


 ウィンも一人で貧民街の荒事を対処できるようだし、無理に会わなくてもよいだろう。


 しかし、貧民街になんの用があって来たんだろう。


 その疑問を頭に浮かべながら、パトロールに戻る。


 まあパトロールもあと少しで切り上げるし、教会に戻ってから考えるか。



──────────



 教会に着いたウィンが扉を開けると、そこには黒い髪をした少女がいた。


 ウィンに年が近そうなその少女は、窓を拭いておりこちらに気づいた様子はない。


「忙しいところ少しいいかしら。ここの神父さんに用があるんだけど、どこにいらっしゃる?」


 振り返った少女はウィンを見ると固まってしまう。


 今のウィンは貴族としてふさわしい恰好をしている。


 それが威圧感を与えたのかもと考え、ウィンは謝罪した。


「ごめんなさい、いきなり声をかけてしまって。私の名前はウィン・グリーム。もしよかったらあなたの名前も教えてくれない?」


 ようやく硬直から戻った少女は名前を告げた。


「……クロ。ここのお手伝いをしてる。ブラウン神父ならもうしばらくしたら戻ってくる」


 そう言ってクロはウィンの前から逃げるように裏に引っ込んでしまう。


 引っ込んでしまう前にウィンはクロの手に巻いてある布に気が付いた。


(手を怪我でもしているのかしら)


 それからしばらくウィンが教会の長椅子に座って待っていると、ブラウン神父が教会に戻ってくる。


「こんにちは、ブラウン神父。ワーグおじ様のところで世話になっているウィン・グリームと申します。今回はおじ様からのお手紙を預かってきました」


 そういうとブラウン神父は快く手紙を受け取る。


 中身を拝見したブラウン神父は、ウィンに言伝を頼んだ。


 なんでも頼み事には少し時間がかかりそうだから、目途が立ったらブラウン神父の方からワーグの屋敷に伺うとのことだ。


 用が済んだ私はブラウン神父に先ほど出会ったクロのことを話す。


「さっき、会ったときに逃げられてしまって。気を悪くさせたならごめんなさいとブラウン神父から伝えといてもらえませんか」


 そうお願いすると笑いながらブラウン神父は言った。


「クロはそんなに気の弱い子ではないよ。貧民街でも姐御肌として慕われているようだし。きっと訳があるんだろう」


 一応伝えておくとは了承してくれた神父に、別れの挨拶をして教会を後にした。


「おーい」


 教会から少し歩いたところで、後ろから誰かを呼び掛ける声がして足を止める。


 貧民街は閑散としているので、この場で呼びかけられる対象はウィンしかいない。


 振り返るとそこにいたのは先ほど出会った少女クロだった。


 追いついたクロは、布を包んでないほうの手で黒っぽい外套を差し出す。


「これ、あげる。治安が多少良くなっているといえど、そんな恰好で貧民街をうろつくなんて絡んでくださいって言ってるようなものだし。今度からはこれを羽織るといいよ」


 ウィンが差し出された外套を受け取ると、お礼を言う間もなくクロは走り去っていった。


 今度来るときも会ってお礼を言えるといいなと思いながら、ウィンはその外套を羽織る。


 体を包んだその布からは、どこか安心するような懐かしい匂いがした気がした。

クロ「『杖』を盗むつもりが『杖』に選ばれちゃった。」


ワーグ「(失神)」


 クロのいう距離を置いているというのはお節介を焼く癖にお返しを何もさせないというものなので、距離を置いた気になっているだけです。

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