「夜空に月が輝かなくても──」
最終話です。感想などあれば、ぜひよろしくお願いします。
クロが目を覚ますと、城内の一室にあるベッドの上にいた。
(……何があったんだっけ)
のそりとベッドから起き上がるクロ。
ぼんやりとしながら、クロは自身の記憶の中を振り返った。
魔王の意識と混ざる前までは、はっきりと覚えている。
周囲を遠ざけて、魔王を封印しようとしたのだ。
意識が混ざってからの記憶は、曖昧だった。
千切れた記憶の断片としてしか、思い出せない。
しかし、皆が自分を救おうと必死だったのを、クロは覚えていた。
仲間の顔が、クロの頭の中に浮かび上がる。
そして、バーン王子の顔が浮かんだ途端、クロの顔は赤くなった。
(あまり覚えてないけど、何かとんでもないことをしたような……?)
うんうんと頭をひねるクロは、部屋の扉をノックされる音で我に返る。
「……ようやく目を覚ましたか」
入ってきたのは、今クロが考えていたバーン王子その人であった。
「バーン王子。今回は大変なご迷惑を……」
バーン王子を見るや否や、クロは謝罪の言葉を口にしようとする。
朧げながらも、皆に危害を加えようとしたのを覚えていたのだ。
「よせ。皆無事だったのだから。それに、クロを救い出したのは、俺も含めた皆の我儘だ。こちらが勝手に背負い込んだ余計な苦労は、お前の責任ではない」
地面に額をつけようかという勢いのクロを、バーン王子が止める。
本来なら、魔王を討伐するという選択肢もあったのだ。
殺すだけなら、ここまでの苦労はしていない。
救うと決断した時点で、その責任は皆で背負っている。
「でも……」
「クロ。それ以上言うなら、ウィンからの説教が待っているぞ。せっかく、仲裁に入ってやろうと考えていたのだが」
その言葉に、クロは口を閉じた。
今回の件は、ウィンとした以前の約束を反故にしているといってよい。
友達から逃げない。
ウィンの前でそう誓った手前、クロはバツが悪そうな顔をする。
ウィンの説教には、静かな怖さがあるのだ。
普段優しい人ほど怒らせてはいけない。
まさしくその言葉を体現したかのような威圧感を思い出し、身震いするクロ。
「今回は、魔王などという例外中の例外だ。ウィンとて、お前の気持ちも汲んでくれているはずだ」
「……そうだといいな」
バーン王子の言葉に、クロは胸を撫でおろす。
「先ほど、我儘と言ったが。貴族たちを相手に、そう馬鹿正直に言うわけにもいかん。国益より個人を優先したとあっては、国を揺るがすからな。今回の件は、我々の中での秘密となるだろう」
「……」
それを聞いたクロは、その言葉の意味をなんとなく察した。
クロの中には、魔王が眠っている。
魔王がいては、世には恐怖と不安が残り続けてしまう。
ならば、魔王は討伐されたとしてしまった方がいい。
救い出されたとしても、クロが日の当たる所で生きることは不可能だろう。
「命があるだけでも、儲けものだよ。それぐらいなら、甘んじて受け入れる」
「? ……ああ、すまない。言葉が足りなかったな」
きょとんとするクロに、バーン王子は話を続ける。
「レインが一計を案じてくれたのだ。クロを救ったことは、国益を害していない。そう理屈づけるために、今はフローレス家と『土竜商会』が根回しをしている最中だ」
「なんで、私を助けることが、国益に?」
クロは首をひねる。
いくらフローレス家と『土竜商会』といっても、そんなことが可能なのか。
悩んでいるクロに、バーン王子が口を開いた。
「未来の王妃を救いだす、ということなら誰も文句は挟めない」
そう聞いて、固まるクロ。
咄嗟に理解して飲み込めるほど、クロの頭は冴えていない。
「……なぁ!? 王妃!? 私が!?」
バーン王子の言葉に、クロの表情は驚愕で染まった。
「今更、何をそんなに驚いているのだ。既に婚儀まで、あげただろう」
けろりとした顔で、バーン王子はそう告げる
「いや、あれは演技で……。ていうか、他にふさわしい人がいるのに」
「ほう? 例えば誰だ?」
バーン王子に問われ、クロは思い浮かんだ名前をあげていく。
「レインとか? 賢い王妃の方がいいんじゃないの?」
「『杖』にしか興味が無いと言っていたぞ。クロが王妃になれば、表に立たずとも様々な権限が与えられる。『杖』の研究に集中できるから、都合がいいそうだ」
クロが考えた一番の候補が外れてしまった。
レインは、王妃に興味が無いらしい。
レインの頭脳ならどこでもやっていけるという意味では、納得である。
王妃の盟友としての恩恵だけで、十分ということだろう。
「ルージュは? 竜に近しい体を持っているし、バーン王子にぴったりなんじゃ……」
「ヴァレッド家領地の復興に力を注ぎたいと、本人たっての希望だ。それにクロが王妃なら、安心して復興に専念できると」
肉体が竜に変化したルージュならと思ったクロだったが、本人の意思と言われればそれ以上のことは言えない。
責任感の強いルージュのことだ。
かつての自分の領地を大事にするのは、当然である。
「リアなんかどう? 人望にあふれる彼女なら」
「この前、すでにグレンと挙式をあげていた。他人の妻となった者を、王妃にはできんな」
いつの間にかクロの知らないところで、随分と話が進んでいた。
グレンとリアの幸せを、邪魔する気にはなれない。
(あれ? これ詰んでる?)
挙げられる候補を全て出し尽くしたクロ。
それでも、クロは頭を回転させる。
なんとか、王妃になることを回避できる道を探し出さなければ。
原作の『ブラックムーン』ならば、こんな時でも素晴らしい打開策を考えつくはずだ。
「往生際が悪いな。そんなに、俺との婚姻が嫌か」
「嫌、ではないけど……。私なんて、ふさわしくな──」
クロの言葉は、バーン王子によって阻まれる。
優しく交わされた口づけは、まるで世界が二人だけの物になったかのように錯覚させた。
時間が止まったかのような中、バーン王子がゆっくりと唇を放す。
「まだ、気づかないのか。俺がクロを求めているのだ。ふさわしいかどうかなど、関係ない。──愛している」
クロの目を真っすぐと見つめながら、そう言い放つバーン王子。
その時、クロは思い出した。
魔王と融合していたクロを救ったのは、バーン王子とのキスであったことを。
「えと、あの……」
火照った顔で、クロはバーン王子の視線を受け止める。
(つまり、バーン王子は私のことが好きで……)
ここまでくれば、自分のことに鈍感なクロでも分かった。
これは、告白というやつだ。
なんと答えればいいか分からないクロは、困り果てた。
バーン王子は無言で、クロの返事を待ち続ける。
しかし、クロの喉の奥まで言葉が出かかっては、その言葉が消えていく。
──怖いのだ。未来が。
王妃としての重圧。魔王という自身の抱えた問題。
表で生きるということは、それらを背負うということでもある。
共に背負ってくれる者がいるとしても、それは日陰を生きるより辛いことかもしれない。
辛いことよりも楽しいことの方が多いという保証は、どこにもない。
だからこそ、バーン王子は無理強いをせずに、クロの言葉を待っているのだ。
クロは、バーン王子の思いに応えたかった。
それなのに、たった一言の返事なのに、できない。
だが、そんな時だからこそ、クロは自身の原点を思い出す。
いつもクロに勇気を与えてくれる存在。
義賊『ブラックムーン』。
告白というやつは、原作『ブラックムーン』でも見たことがあったはずだ。
確かその時の答え方は──。
「──私も、あなたが好き……です」
喉の奥から絞り出すようにして、クロはその言葉を口にするのだった。
──────────
バーン王子の婚約者が、正式に決まった。
婚儀が終れば、バーン王子はこの国の王となる。
そのような大事な日を前にして、重症から回復した者がいた。
「ずいぶんと、動けるようになったわい。まるで若返ったかのようじゃ。ブラウンには、礼を言わねばな」
ワーグは、そう言って庭で伸びをする。
魔王と戦う際に飲んだ魔法薬。
その副作用は、ワーグを死の淵へと追いやった。
なんとか一命を取り留めたのは、奇跡に近い。
回復の魔法薬だけでは、ワーグが生きるには不十分であった。
そんなところに現れたのが、ブラウン神父である。
神父の持ってきた『勇者の遺物』の力もあって、ワーグはこうして再び立ち上がれるまでになっていた。
これなら、王と王妃の並ぶ姿をこの目で見ることができるだろう。
しかし、その前にワーグにはどうしてもやることがあった。
書斎に隠された秘密の部屋へと、ワーグは足を運んだ。
久しく入ったその場所には、見覚えのある本が置かれている。
題名は『ブラックムーン』。
この本を処分することが、ワーグの目的だった。
その目的を達成できなければ、死んでも死にきれない。
ワーグの奇跡の大回復──その一助を担った物は、間違いなくこの本の存在である。
クロという少女の人生を変えたという事実に、ワーグは満足していた。
それによって、この本への妙な執着心も消えている。
(ようやく『ブラックムーン』と別れることができる)
自分が書いた『ブラックムーン』の小説に、ワーグは改めて目を通す。
相も変わらず酷い出来だったが、以前ほど腹から具合が悪くなるような様子もなかった。
ついに最後のページを開いたワーグは、ある言葉に目が留まった。
「夜空に月が輝かなくても、新月の使者が悪を挫く」
この物語のおかげで日の当たる道を歩くことができたのだと、クロは喜んでいた。
義賊『ブラックムーン』は、ついに魔王という巨悪にすら打ち勝った。
『ブラックムーン』としてクロの為した善行の数々が、クロ自身の闇を晴らした。
太古に死した魔王の怨念という真実。
ワーグの書いた拙い小説という虚構。
クロという少女にとって、この二つの内の後者の方が大きかったのだ。
(それだけでも、この小説には価値があった)
ワーグは、自身の小説をとても誇らしく感じた。
とはいえ、これでようやくこの小説もお役御免である。
ろうそくで本を燃やしながら、ワーグは心の底から安堵した。
心の重荷も無くなり、晴れ晴れとした表情で庭に戻ったワーグ。
そんなワーグへと、どこからともなく声がかかった。
「調子はどうですか」
そこにいたのは、ブラウン神父だった。
どうやら、見舞いに来たようだ。
「とても良いとも」
ワーグの様子に、ほっと笑うブラウン神父。
すると懐から、二枚の小さな紙を取り出した。
「今度のバーン王子即位の日に、催し物があるそうです。これがその招待券です。一緒に行きませんか」
「ほほう。どのような内容なのだ?」
そう尋ねるワーグに、ブラウン神父は答える。
「義賊『ブラックムーン』の物語の劇だそうです。なんでも、クロが多大な影響を受けた作品らしいですよ」
その言葉に、ワーグは目を剥いた。
燃やしたはずの黒歴史が、再びワーグの前へと姿を現したのだ。
これはワーグも知らぬことだが、クロは過去に『ブラックムーン』を別の紙に写していたのである。
後日、『ブラックムーン』の公演が大成功し、他国にまでその物語は広まっていく。
それを知って、ワーグが泡を吹いて倒れるのはまた別の話である。
──────────
婚儀の前夜。
バーン王子の目を盗んで、クロは城のバルコニーへと足を運んでいた。
クロには、一つだけやり残したことがあったのだ。
「『闇点』」
そう口にしたクロの手から、黒くて小さな点が現れる。
小さな点は浮かび上がり、瞬く間に周囲を闇で包み込んだ。
これで、他人の目を気にする必要はない。
自身の内側へと意識を向けるクロ。
心の奥の奥に、それはいた。
「こんなところに、何かよう?」
洞窟のような暗がりに、鎮座する魔王。
クロは、魔王と視線を交える。
「やっぱり、あなたから優しさのような物を感じる」
そう言うクロに、魔王は笑った。
「そりゃそうだ。魔王の怨念から生まれたとはいえ、君の中から世界を見てきたんだ。他人としてクロを見ることなんてできない」
魔王の言葉に、嘘は無かった。
少なくともクロには、それが分かった。
「あなたが力を貸してくれたから、今の私がいる。闇の力が無ければ、私は弱者として虐げられることしかできなかった。拷問の時に苦痛を肩代わりしてくれなかったら、きっと心が壊れていた」
「あー、確かにあれはしんどかった。でも、魔王の私に、気を許すのはおすすめしないな」
魔王は本気で、世界を憎悪している。
かつての魔王の怨念が、本能として深い所に刻み込まれているのだ。
クロへの好意と世界への憎悪を両立した、歪な存在。
そんな魔王を、クロは哀れんでいた。
なんだかんだ自分を助けてくれた存在を、見捨たくなかった。諦めたくなかった。
だからこそ、クロはこうして魔王に会いにきたのだ。
「あなたに名前をあげる。私の大事なもう一つの名前。『黒い月』」
クロの口から紡ぎ出されたのは、とある義賊の名前を冠した魔法。
唱えられた魔法は、クロのいるバルコニーで発動される。
現実のクロの影が、宙に浮きあがり段々と形を成していく。
やがて、影は人の形へと近づいていき、クロと寸分違わぬ姿へと変化した。
「これは……」
「あなたの新しい体。これからあなたは、一人の人間として生きるんだよ。……少しだけ、行動に制限を付けたけど」
戸惑う魔王に、クロはそう言葉をかける。
今のクロは、闇の力を完全に使いこなせるようになっていた。
そんな中、契約の魔道具が闇の力で動いていることに、クロは気づいた。
精神を掌握するのは、魔王の使う闇の魔法。
この魔道具が非常に貴重だったのは、太古の魔王の時代に作られた分しか残っていないからだろう。
契約の魔道具は、言わば『魔王の遺物』だったのだ。
そこでクロが考えたのは、クロの魔法でその契約を再現することだった。
「なるほど、これで私は悪いことはできない、と」
自分の体を眺める魔王は、内心驚いていた。
魔法による枷が付いているとはいえ、魔王の怨念より生まれた者への処遇としては随分甘い。
「私と同じ世界を見てきたなら、きっと選べる生き方は悪だけでないはず」
そう言ってクロは、魔王──ブラックムーンの手を引いて城の外へと連れ出した。
「ありがとう、と一応言っておこうかな。これなら退屈はしなさそうだ」
ブラックムーンは別れを惜しむように、クロに目を向ける。
「一つだけお願いしていい? 王妃となった私は、義賊『ブラックムーン』にはなれない。だからあなたに託させてほしい。私の夢を」
クロの言葉に、ブラックムーンはやれやれとため息をついた。
「仕方ない。君の頼みだからね。仕方なくやってあげる。仕方なく、ね」
立ち去るブラックムーンの背中を、クロは静かに見送るのだった。
魔法によって生み出されたクロの影は、王妃として城に止まるクロの代わりに夜を駆ける。
『ブラックムーン』の噂は、途絶えない。
どんなに月が欠けて黒く染まろうと、正義が消えることはない。
月明かりの無い闇の中でも、悪党がいる所にその義賊は現れる。
「我が名は義賊『黒い月』。お前の悪事に終焉をもたらすものだ」
悪党の背後に現れるのは、黒衣を纏った侵入者。
その言葉は、思いのほかノリノリであった。
貴重な時間をこの作品に割いていただき、ありがとうございました。
キャラ紹介や後日談などいつか載せるかもしれないですが、これで完結です。




