表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/44

「夜空に月が輝かなくても──」

 最終話です。感想などあれば、ぜひよろしくお願いします。

 クロが目を覚ますと、城内の一室にあるベッドの上にいた。


(……何があったんだっけ)


 のそりとベッドから起き上がるクロ。


 ぼんやりとしながら、クロは自身の記憶の中を振り返った。


 魔王の意識と混ざる前までは、はっきりと覚えている。


 周囲を遠ざけて、魔王を封印しようとしたのだ。


 意識が混ざってからの記憶は、曖昧だった。


 千切れた記憶の断片としてしか、思い出せない。


 しかし、皆が自分を救おうと必死だったのを、クロは覚えていた。


 仲間の顔が、クロの頭の中に浮かび上がる。


 そして、バーン王子の顔が浮かんだ途端、クロの顔は赤くなった。


(あまり覚えてないけど、何かとんでもないことをしたような……?)


 うんうんと頭をひねるクロは、部屋の扉をノックされる音で我に返る。


「……ようやく目を覚ましたか」


 入ってきたのは、今クロが考えていたバーン王子その人であった。


「バーン王子。今回は大変なご迷惑を……」


 バーン王子を見るや否や、クロは謝罪の言葉を口にしようとする。


 朧げながらも、皆に危害を加えようとしたのを覚えていたのだ。


「よせ。皆無事だったのだから。それに、クロを救い出したのは、俺も含めた皆の我儘だ。こちらが勝手に背負い込んだ余計な苦労は、お前の責任ではない」


 地面に額をつけようかという勢いのクロを、バーン王子が止める。


 本来なら、魔王を討伐するという選択肢もあったのだ。


 殺すだけなら、ここまでの苦労はしていない。


 救うと決断した時点で、その責任は皆で背負っている。


「でも……」


「クロ。それ以上言うなら、ウィンからの説教が待っているぞ。せっかく、仲裁に入ってやろうと考えていたのだが」


 その言葉に、クロは口を閉じた。


 今回の件は、ウィンとした以前の約束を反故にしているといってよい。


 友達から逃げない。


 ウィンの前でそう誓った手前、クロはバツが悪そうな顔をする。


 ウィンの説教には、静かな怖さがあるのだ。


 普段優しい人ほど怒らせてはいけない。


 まさしくその言葉を体現したかのような威圧感を思い出し、身震いするクロ。


「今回は、魔王などという例外中の例外だ。ウィンとて、お前の気持ちも汲んでくれているはずだ」


「……そうだといいな」


 バーン王子の言葉に、クロは胸を撫でおろす。


「先ほど、我儘と言ったが。貴族たちを相手に、そう馬鹿正直に言うわけにもいかん。国益より個人を優先したとあっては、国を揺るがすからな。今回の件は、我々の中での秘密となるだろう」


「……」


 それを聞いたクロは、その言葉の意味をなんとなく察した。


 クロの中には、魔王が眠っている。


 魔王がいては、世には恐怖と不安が残り続けてしまう。


 ならば、魔王は討伐されたとしてしまった方がいい。


 救い出されたとしても、クロが日の当たる所で生きることは不可能だろう。


「命があるだけでも、儲けものだよ。それぐらいなら、甘んじて受け入れる」


「? ……ああ、すまない。言葉が足りなかったな」


 きょとんとするクロに、バーン王子は話を続ける。


「レインが一計を案じてくれたのだ。クロを救ったことは、国益を害していない。そう理屈づけるために、今はフローレス家と『土竜商会』が根回しをしている最中だ」


「なんで、私を助けることが、国益に?」


 クロは首をひねる。


 いくらフローレス家と『土竜商会』といっても、そんなことが可能なのか。


 悩んでいるクロに、バーン王子が口を開いた。


()()()()()()()()()()、ということなら誰も文句は挟めない」


 そう聞いて、固まるクロ。


 咄嗟に理解して飲み込めるほど、クロの頭は冴えていない。


「……なぁ!? 王妃!? 私が!?」


 バーン王子の言葉に、クロの表情は驚愕で染まった。


「今更、何をそんなに驚いているのだ。既に婚儀まで、あげただろう」


 けろりとした顔で、バーン王子はそう告げる


「いや、あれは演技で……。ていうか、他にふさわしい人がいるのに」


「ほう? 例えば誰だ?」


 バーン王子に問われ、クロは思い浮かんだ名前をあげていく。


「レインとか? 賢い王妃の方がいいんじゃないの?」


「『杖』にしか興味が無いと言っていたぞ。クロが王妃になれば、表に立たずとも様々な権限が与えられる。『杖』の研究に集中できるから、都合がいいそうだ」


 クロが考えた一番の候補が外れてしまった。


 レインは、王妃に興味が無いらしい。


 レインの頭脳ならどこでもやっていけるという意味では、納得である。


 王妃の盟友としての恩恵だけで、十分ということだろう。


「ルージュは? 竜に近しい体を持っているし、バーン王子にぴったりなんじゃ……」


「ヴァレッド家領地の復興に力を注ぎたいと、本人たっての希望だ。それにクロが王妃なら、安心して復興に専念できると」


 肉体が竜に変化したルージュならと思ったクロだったが、本人の意思と言われればそれ以上のことは言えない。


 責任感の強いルージュのことだ。


 かつての自分の領地を大事にするのは、当然である。


「リアなんかどう? 人望にあふれる彼女なら」


「この前、すでにグレンと挙式をあげていた。他人の妻となった者を、王妃にはできんな」


 いつの間にかクロの知らないところで、随分と話が進んでいた。


 グレンとリアの幸せを、邪魔する気にはなれない。


(あれ? これ詰んでる?)


 挙げられる候補を全て出し尽くしたクロ。


 それでも、クロは頭を回転させる。


 なんとか、王妃になることを回避できる道を探し出さなければ。


 原作の『ブラックムーン』ならば、こんな時でも素晴らしい打開策を考えつくはずだ。


「往生際が悪いな。そんなに、俺との婚姻が嫌か」


「嫌、ではないけど……。私なんて、ふさわしくな──」


 クロの言葉は、バーン王子によって阻まれる。


 優しく交わされた口づけは、まるで世界が二人だけの物になったかのように錯覚させた。


 時間が止まったかのような中、バーン王子がゆっくりと唇を放す。


「まだ、気づかないのか。俺がクロを求めているのだ。ふさわしいかどうかなど、関係ない。──愛している」


 クロの目を真っすぐと見つめながら、そう言い放つバーン王子。


 その時、クロは思い出した。


 魔王と融合していたクロを救ったのは、バーン王子とのキスであったことを。


「えと、あの……」


 火照った顔で、クロはバーン王子の視線を受け止める。


(つまり、バーン王子は私のことが好きで……)


 ここまでくれば、自分のことに鈍感なクロでも分かった。


 これは、告白というやつだ。


 なんと答えればいいか分からないクロは、困り果てた。


 バーン王子は無言で、クロの返事を待ち続ける。


 しかし、クロの喉の奥まで言葉が出かかっては、その言葉が消えていく。


 ──怖いのだ。未来が。


 王妃としての重圧。魔王という自身の抱えた問題。


 表で生きるということは、それらを背負うということでもある。


 共に背負ってくれる者がいるとしても、それは日陰を生きるより辛いことかもしれない。


 辛いことよりも楽しいことの方が多いという保証は、どこにもない。


 だからこそ、バーン王子は無理強いをせずに、クロの言葉を待っているのだ。


 クロは、バーン王子の思いに応えたかった。


 それなのに、たった一言の返事なのに、できない。


 だが、そんな時だからこそ、クロは自身の原点を思い出す。


 いつもクロに勇気を与えてくれる存在。


 義賊『ブラックムーン』。


 告白というやつは、原作『ブラックムーン』でも見たことがあったはずだ。


 確かその時の答え方は──。


「──私も、あなたが好き……です」


 喉の奥から絞り出すようにして、クロはその言葉を口にするのだった。



──────────



 バーン王子の婚約者が、正式に決まった。


 婚儀が終れば、バーン王子はこの国の王となる。


 そのような大事な日を前にして、重症から回復した者がいた。


「ずいぶんと、動けるようになったわい。まるで若返ったかのようじゃ。ブラウンには、礼を言わねばな」


 ワーグは、そう言って庭で伸びをする。


 魔王と戦う際に飲んだ魔法薬。


 その副作用は、ワーグを死の淵へと追いやった。


 なんとか一命を取り留めたのは、奇跡に近い。


 回復の魔法薬だけでは、ワーグが生きるには不十分であった。


 そんなところに現れたのが、ブラウン神父である。


 神父の持ってきた『勇者の遺物』の力もあって、ワーグはこうして再び立ち上がれるまでになっていた。


 これなら、王と王妃の並ぶ姿をこの目で見ることができるだろう。


 しかし、その前にワーグにはどうしてもやることがあった。


 書斎に隠された秘密の部屋へと、ワーグは足を運んだ。


 久しく入ったその場所には、見覚えのある本が置かれている。


 題名は『ブラックムーン』。


 この本を処分することが、ワーグの目的だった。


 その目的を達成できなければ、死んでも死にきれない。


 ワーグの奇跡の大回復──その一助を担った物は、間違いなくこの本の存在である。


 クロという少女の人生を変えたという事実に、ワーグは満足していた。


 それによって、この本への妙な執着心も消えている。


(ようやく『ブラックムーン』と別れることができる)


 自分が書いた『ブラックムーン』の小説に、ワーグは改めて目を通す。


 相も変わらず酷い出来だったが、以前ほど腹から具合が悪くなるような様子もなかった。


 ついに最後のページを開いたワーグは、ある言葉に目が留まった。


「夜空に月が輝かなくても、新月の使者が悪を挫く」


 この物語のおかげで日の当たる道を歩くことができたのだと、クロは喜んでいた。


 義賊『ブラックムーン』は、ついに魔王という巨悪にすら打ち勝った。


 『ブラックムーン』としてクロの為した善行の数々が、クロ自身の闇を晴らした。


 太古に死した魔王の怨念という真実(ものがたり)


 ワーグの書いた拙い小説という虚構(ものがたり)


 クロという少女にとって、この二つの内の後者の方が大きかったのだ。


(それだけでも、この小説には価値があった)


 ワーグは、自身の小説をとても誇らしく感じた。


 とはいえ、これでようやくこの小説もお役御免である。


 ろうそくで本を燃やしながら、ワーグは心の底から安堵した。


 心の重荷も無くなり、晴れ晴れとした表情で庭に戻ったワーグ。


 そんなワーグへと、どこからともなく声がかかった。


「調子はどうですか」


 そこにいたのは、ブラウン神父だった。


 どうやら、見舞いに来たようだ。


「とても良いとも」


 ワーグの様子に、ほっと笑うブラウン神父。


 すると懐から、二枚の小さな紙を取り出した。


「今度のバーン王子即位の日に、催し物があるそうです。これがその招待券です。一緒に行きませんか」


「ほほう。どのような内容なのだ?」


 そう尋ねるワーグに、ブラウン神父は答える。


「義賊『ブラックムーン』の物語の劇だそうです。なんでも、クロが多大な影響を受けた作品らしいですよ」


 その言葉に、ワーグは目を剥いた。


 燃やしたはずの黒歴史が、再びワーグの前へと姿を現したのだ。


 これはワーグも知らぬことだが、クロは過去に『ブラックムーン』を別の紙に写していたのである。


 後日、『ブラックムーン』の公演が大成功し、他国にまでその物語は広まっていく。


 それを知って、ワーグが泡を吹いて倒れるのはまた別の話である。



──────────



 婚儀の前夜。


 バーン王子の目を盗んで、クロは城のバルコニーへと足を運んでいた。


 クロには、一つだけやり残したことがあったのだ。


「『闇点』」


 そう口にしたクロの手から、黒くて小さな点が現れる。


 小さな点は浮かび上がり、瞬く間に周囲を闇で包み込んだ。


 これで、他人の目を気にする必要はない。


 自身の内側へと意識を向けるクロ。


 心の奥の奥に、それはいた。


「こんなところに、何かよう?」


 洞窟のような暗がりに、鎮座する魔王。


 クロは、魔王と視線を交える。


「やっぱり、あなたから優しさのような物を感じる」


 そう言うクロに、魔王は笑った。


「そりゃそうだ。魔王の怨念から生まれたとはいえ、君の中から世界を見てきたんだ。他人としてクロを見ることなんてできない」


 魔王の言葉に、嘘は無かった。


 少なくともクロには、それが分かった。


「あなたが力を貸してくれたから、今の私がいる。闇の力が無ければ、私は弱者として虐げられることしかできなかった。拷問の時に苦痛を肩代わりしてくれなかったら、きっと心が壊れていた」


「あー、確かにあれはしんどかった。でも、魔王の私に、気を許すのはおすすめしないな」


 魔王は本気で、世界を憎悪している。


 かつての魔王の怨念が、本能として深い所に刻み込まれているのだ。


 クロへの好意と世界への憎悪を両立した、歪な存在。


 そんな魔王を、クロは哀れんでいた。


 なんだかんだ自分を助けてくれた存在を、見捨たくなかった。諦めたくなかった。


 だからこそ、クロはこうして魔王に会いにきたのだ。


「あなたに名前をあげる。私の大事なもう一つの名前。『黒い月(ブラックムーン)』」


 クロの口から紡ぎ出されたのは、とある義賊の名前を冠した魔法。


 唱えられた魔法は、クロのいるバルコニーで発動される。


 現実のクロの影が、宙に浮きあがり段々と形を成していく。


 やがて、影は人の形へと近づいていき、クロと寸分違わぬ姿へと変化した。


「これは……」


「あなたの新しい体。これからあなたは、一人の人間として生きるんだよ。……少しだけ、行動に制限を付けたけど」


 戸惑う魔王に、クロはそう言葉をかける。


 今のクロは、闇の力を完全に使いこなせるようになっていた。


 そんな中、契約の魔道具が闇の力で動いていることに、クロは気づいた。


 精神を掌握するのは、魔王の使う闇の魔法。


 この魔道具が非常に貴重だったのは、太古の魔王の時代に作られた分しか残っていないからだろう。


 契約の魔道具は、言わば『魔王の遺物』だったのだ。


 そこでクロが考えたのは、クロの魔法でその契約を再現することだった。


「なるほど、これで私は悪いことはできない、と」


 自分の体を眺める魔王は、内心驚いていた。


 魔法による枷が付いているとはいえ、魔王の怨念より生まれた者への処遇としては随分甘い。


「私と同じ世界を見てきたなら、きっと選べる生き方は悪だけでないはず」


 そう言ってクロは、魔王──ブラックムーンの手を引いて城の外へと連れ出した。


「ありがとう、と一応言っておこうかな。これなら退屈はしなさそうだ」


 ブラックムーンは別れを惜しむように、クロに目を向ける。


「一つだけお願いしていい? 王妃となった私は、義賊『ブラックムーン』にはなれない。だからあなたに託させてほしい。私の夢を」


 クロの言葉に、ブラックムーンはやれやれとため息をついた。


「仕方ない。君の頼みだからね。仕方なくやってあげる。仕方なく、ね」


 立ち去るブラックムーンの背中を、クロは静かに見送るのだった。


 魔法によって生み出されたクロの影は、王妃として城に止まるクロの代わりに夜を駆ける。


 『ブラックムーン』の噂は、途絶えない。


 どんなに月が欠けて黒く染まろうと、正義が消えることはない。


 月明かりの無い闇の中でも、悪党がいる所にその義賊は現れる。


「我が名は義賊『黒い月(ブラックムーン)』。お前の悪事に終焉をもたらすものだ」


 悪党の背後に現れるのは、黒衣を纏った侵入者。


 その言葉は、思いのほかノリノリであった。

 貴重な時間をこの作品に割いていただき、ありがとうございました。


 キャラ紹介や後日談などいつか載せるかもしれないですが、これで完結です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ