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「ご依頼、承った」

 王宮に入るのは次回ぐらいです。

 ウィンと共に脱出に成功したクロだったが、その後のウィンの処遇に頭を悩ませていた。


 貧民街の住処に連れて帰るわけにもいかず、かといってこのまま捨て置けば追手に捕まってしまうかもしれない。


 せめて安全を確保するまでは、何とかしてやりたいところだ。


 貴族相手に顔が割れているとなると、安全な場所はかなり限られる。


 一番いいのは、信頼できる他の貴族に匿ってもらうことである。


 同じ貴族相手であれば、そう簡単に捜索の手も及ばないだろう。


(私が知る、もっとも信頼できる貴族といえば……)


 そういえばと、クロは最初に忍び込んだ屋敷の貴族を思い出す。


 潜入調査をする中で、クロはあの屋敷にも何度か足を運んでいた。


 その時、貧民街の子供たちを憐れんでいるのを、目にしたのだ。


(あの貴族は子供に優しそうだから、ひとまず預けてみよう。独り身で、貴族としてのいざこざから遠そうだし)


 なんといっても、義賊『ブラックムーン』の物語を、秘密の部屋に大切に保管していたぐらいだ。


 きっと、義に厚い貴族の鑑のような人物に違いない。


 クロは、信頼できそうな人物に引き渡すことをウィンに伝える。


 ウィンは、少し悲しそうな顔をしながらも頷いた。


「また、会えますか?」


 ウィンが不安そうに、クロに尋ねる。


「会えるとも。私たちはご飯を共にしただけでなく、窮地を共に脱した。もはや友といってもよい。迷惑でなければ、たまに会いに来てもいいかな? 夜にこっそりと、だが」


 クロがそう言うと、ウィンは嬉しそうに笑った。


 きっとウィンの心の傷が完全に癒えるのは、ずっと先のことだろう。


 それでも檻の中で絶望していた少女に笑顔を取り戻させたことがとても誇らしく、クロも自然とマフラーの下で笑っていた。


 これぞ義賊として冥利に尽きるというやつだろう。



 ──────────



 『ブラックムーン』に案内してもらった屋敷の前に立つウィン。


 貴族だからといって、フォレス家のように悪人ばかりではない。


 ウィンの両親のような、普通の貴族だっているのだ。


 しかし、見知らぬ貴族の屋敷を前にすると、やはりあの辛い記憶を思い出す。


 それでも、ウィンは震える足を一歩と前に進めた。


 (憧れの存在ができたんだ。怖がってばかりじゃダメだ。)


 傷つきながらもウィンを守ってくれた友に追いつくためにも、恐怖で止まっている暇はない。


 ウィンは、屋敷の入口にある鐘を鳴らす。


 屋敷の人はとても綺麗とはいえない状態のウィンを見ても一蹴することなく、部屋に通してくれた。


 そこには、貴族が一人座っていた。


 屋敷の主の名前は、ワーグ・ハインツというらしい。


 威厳のある立派な髭を蓄えており。少し萎縮するウィン。


 だが、話してみると声の端々から優しさを感じられ、ウィンの心は不思議と落ち着いていった。


「ここからでも、入口にいる君の魔力を感知できたわい。途方もない魔力量じゃの。して、吾輩に何かようかな?」


 促されるままに、ウィンは事情を話す。


 その中で『ブラックムーン』の名前を出したときは、ワーグはなんともいえない微妙な表情をしていた。


 一通り話し終えると、ワーグはウィンを快く迎えてくれた。


 匿ってくれるだけでなく、貴族としての待遇や教育まで用意するという。


 その夜、ウィンは本当に久しぶりにふかふかのベッドに入ることができた。


 心身ともに衰弱していながらも、ウィンは気を張り続けてきた。


 ウィンが横になって気を緩めるとともに、疲れと眠気がどっと湧いてでる。


 微睡の中で、ウィンは自分を背負った温かい背中を思い出す。


 お母様、お父様。私には友達ができました。


 今は助けられてばかりだけど、グリーム家に恥じない立派な貴族になって恩返しします。


 どうか、その時まで見ていてください。


 そう誓ったウィンは、差し込んだ月明かりと一瞬映った見覚えのある影を横目に眠りについた。



 ──────────



 ウィンのいる屋敷の様子を一日中見守っていたクロは、ひとまずここの貴族を安全と結論づけることにした。


 今後もたまに様子も見にくるつもりであるが、特に問題も起きないだろう。


 一つ懸念点があるとすれば、あのワーグという貴族はこちらに気づいたような素振りを見せることがあった。


 今まで『影潜み』で完全に身を隠したクロに気づいたものは、1人もいなかった。


 今回は人助けということで見逃されたのかもしれないが、今後ウィンに会いに来るときは警戒した方がいいかもしれない。


 ただ、それも悪いことばかりではない。


 完全に隠れた自分に気づけるほど、ここの貴族は実力者ということだ。


 この貴族にウィンが庇護されるということは、それだけ安全ということでもある。


 こうして、クロはようやく住処に戻った。


 完全に回復するために急速を十分に取りつつ、小道具とかも新しく作って補充しなければならない。


(しばらくは義賊活動も休止かな)


 ベッドに倒れこんだクロが寝息を吐くまで、そう時間はかからなかった。


 ──────────


 あれから1年もの時が経ち、クロも16歳となった。


 休止してからしばらくは定期的にウィンに会いにいくだけで精一杯だったクロだが、ウィンの成長を見守るだけでも退屈しなかった。


 ウィンは健康的な食事や睡眠によってみるみるうちに成長し、今はクロの身長を少し上回っている。


 服装もとても上品で髪も艶やかであり、牢にいた頃の面影は緑色の髪ぐらいのものだった。


 クロがウィンと会うときは、相変わらず黒い装束を纏っている。


 そのため正常な友人関係といえるかは怪しかったが、夜に一緒に屋敷を抜け出して魔法を教えるぐらいには親密になっていた。


 クロがあの後単独で忍び込んで調べたところ、どうやらフォレス家がウィンを探している様子は確認できなかった。


 ウィンが聞いたというワーグの話によると、フォレス家からすれば意図せず偶然手に入ったからこそ意味があったそうだ。


 大々的に捜索してしまえば表立って動く必要があり、王族に目を付けられる可能性がある。


 わざわざ、危険を冒してまでウィンを追う意味はないとのこと。


 王族に取り入るために策を弄して、王族から拒絶されれば本末転倒である。


 なのでウィンはフォレス家に近づかなければ、ある程度自由に行動することが可能になった。


 そして、クロにとって嬉しい誤算もあった。


 ウィンが、ワーグの元から悪徳貴族についての情報を持ってきてくれるのである。


 なんでも、教育の一環で貴族社会のあれこれについても学ぶらしい。


 これによって、クロの潜入調査による負担が激減した。


 普段は教会で手伝いをして、定期的にウィンに魔法を教えるのと引き換えに得た情報で義賊『ブラックムーン』の活動をする。


 そんなクロの日常に転機が訪れる。


 ウィンに会いにいったある日のこと、夜にワーグの屋敷を訪れたクロはウィンの寝室にいた。


 ウィンを起こそうとしたその時、扉を軽くノックする音がしてクロは咄嗟に影に隠れる。


 扉が開く音がすると、部屋に向かってウィンを起こさない程度の声が投げかけられた。


「裏庭で二人きりで話がしたい。そちらは姿は見せずに黙って聞いてくれるだけでよい」


 声の主は、ワーグだった。


 呼びかけられてしばらくすると、足音は遠くなっていく。


 その言葉は、明らかにクロに向けたものだった。


 少し悩んだあと、クロは裏庭に向かうことにした。


 (夜の屋外なら、何かあっても対応できるだろうし。)


 窓から外の出て、『影足』で裏庭に向かうクロ。


 クロが『影潜み』で裏庭の影に隠れていると、ワーグが現れた。


 ワーグがこちらに気づいているというのは予想通りだったらしい。


「呼びかけに応じてもらって感謝する。ご存じかもしれんが、吾輩の名前はワーグ。貴殿を呼んだのも、とある依頼をしたいからなのだ」


 どうやら敵意は無いらしいと判断したクロは、影から姿を現す。


「お誘い感謝する。我が名『ブラックムーン』。義賊だ。まずは我の隠密を暴いたことを誉めてやろう」


 ワーグは苦い表情で答える。


「おほんっ。これでも、吾輩は魔法の腕で、のし上がってきた身なのでな。魔法には自信がある。吾輩以外で見破れるものは、この国に数人もいないであろう」


 道理でとクロは納得するのと同時に冷や汗をかく。


 クロの隠密は、相手の実力によってはバレてしまうようだ。


 敵意を持った強い貴族を相手にする際には、慎重になる必要がある。


 初見で見破られる前に知れてよかったと、クロは安堵した。


「それで依頼というのは?」


 そう聞くクロに、ワーグは依頼内容を語りだした。


 ワーグの話によると、どうやら盗んでほしいものがあるという。


 その目的はといえば、王家が所有する『杖』。


 なんでも、王家に嫁ぐ婚約者の候補を選出する魔道具らしい。


 その『杖』は未来予知の魔法が組み込まれており、王家に良い未来をもたらすかどうかを判別できる。


 そうして判別した結果、体の一部に宿る『紋章』で婚約者としての適性が示されるのだとか。


 婚約者候補として良い未来をもたらす者ほど、その『紋章』は強い輝きを放つ。


 ただし、良い未来をもたらすのに、必ず婚約者となる必要があるわけではない。


 貴族は王家に仕えているのだから、婚約者でなくても貢献は可能である。


 そこら辺を鑑みて、婚約者候補と王子による折衝を経て婚約者が決定するそうだ。


 これが『杖』による婚約者選定の流れである。


「ふむ、そのような物が王家にはあるのか。興味深い。だがそんな大事な物を盗んでしまってよいのか?」


 クロが疑問をぶつけると、ワーグは説明を続ける。


 現在、貴族たちは争いを水面下で繰り広げているそうだ。


 自分の家こそが、婚約者として選出されて王家に取り入るのだと。


 他の候補になりそうな有望株を狙って刺客を差し向けたり、他の貴族を服従させて自分たちの権力を増強したりなど、手段は様々。


 もはや貴族社会は、混沌の様相を呈しているといっていい。


 あくまでも候補の選出の段階でこの状態であり、婚約者の折衝が控えていることも考えると争いはより苛烈になる可能性も考えられる。


 それぞれの『紋章』の輝きをより強くするために、婚約者候補は派閥を作り対立する。


 傘下を抱えた派閥争いになることは、これまでの歴史が証明しているのだ。


 その上、今回の貴族間の諍いは常軌を逸している。


 このままでは政治機能も低下し、貴族同士の対立によって国が割れてしまうのではという勢いだという。


 より良い未来を選ぶための『杖』が、逆に国にとって良い未来を閉ざしているのである。


 争いを阻止するためにワーグが考えたのが、一度争いを根本から断つことだった。


 そこでワーグが目を付けたのが、世間を騒がせている義賊『ブラックムーン』である。


義賊『ブラックムーン』には、国が安定するまで『杖』を預かってもらいたい。


 ワーグの話を要約すると、このような内容であった。


「まだ理解できない点がある。そのような事態に、王族は何をしている?」


 頭から煙を噴きそうぬなりながらも辛うじて内容を理解したクロは、疑問を口にした。


 そんな一大事なら、ワーグが動かなくても王家がなんとかしそうなものである。


「この国の王家は、竜の化身の末裔と呼ばれておる。それが事実かは定かではないが、圧倒的な力を持っているのは確かなのだ。魔法に自信のある吾輩であっても、正面から王家の者と勝負しようとは思わん」


 ワーグによればその圧倒的な力こそ王家の本質であり、王家が国を庇護はしていても国のために王が尽くすことはほとんどないという。


 この国は、いわば王家という竜に抱えられた財宝なのである。


 財宝の手入れはしても、ピカピカに磨くほどのことは竜はしない。


 『杖』がある限り、国そのものが無くなりはしないという絶対的自信。


 婚約のための争いも目に余れば対処するが、わざわざ怪しい貴族をほじくり返してまで糾弾はしないという。


 なんにせよ、王家を頼りにすることはできないようだ。


「なるほど、その依頼承った」


 クロがそう言うと、ワーグは少し心配そうな顔をする。


「吾輩が言うのもなんじゃが、無茶な依頼をしておるのは自覚しておる。なにしろ王家から物を盗み出せと言っておるのだから。報酬をきいてからでも構わんのだぞ」


 王家のいる城には、貴族をはじめとする魔法を使える多くの人間が存在する。


 加えて、王家もその強大な力で賊を迎え撃つだろう。


 そこらの貴族の家に忍び込むのとはわけが違うことは、クロにも理解できた。


 しかし、それを踏まえても、クロの答えは変わらなかった。


「報酬はいらない。争いで苦しむ人間が減るならそれでいい」


 クロの頭の中には、ウィンの顔が思い浮かぶ。


 ウィンは、あの牢で貴族から虐げられていた。


 所有物とまで言う貴族に、クロは疑問を抱いていた。


 当時はその執着が分からなかったが、ワーグの説明を聞いたあとなら分かる。


 ウィンは、婚約者候補をめぐる争いに巻き込まれたのだ。


 同じ悲劇を繰り返させない。理由はそれだけで十分だった。


 原作の『ブラックムーン』であっても、同じことをするはずだ。


「義賊殿は正面からの戦いを避けて、逃げ切れば勝利である。吾輩のように正面から戦う者であれば返り討ちだが、貴殿であれば無茶であっても勝算がないわけではない」


 ワーグはそういって、王宮の見取り図を渡してきた。


「これ以外にも何か必要なものがあれば、用意しよう」


 どうやら、クロのことを全面的に支援をしてくれるようだ。


「ご助力感謝する。後日必要なものを伝えるとしよう。最後に、ワーグ殿に確認したいことがある。その『杖』というのは、()()()()()()()()? それによっては、計画の方向性も変わる」


 そう、クロの魔法は影を介する。


 宝石や金のような物は光が反射することはあっても、マントで覆えばそれ自体が光っているわけではない。


 影を維持できるなら、『影拾い』によって影の中に入れて持ち運ぶことができる。


 しかし、火やその他の魔法などによって光を放っていれば、それはできない。


 さらに光る物を持ち歩いていれば、クロの魔法にも制限がかかる。


 明かりで影が消えてしまえば、咄嗟に『影潜み』によって隠れることも困難になってしまう。


 諦めるということはないが、事前に知っておくに越したことはない。


「『杖』自体が光ることは、『紋章』を与える儀式のときだけである。」


「それが聞ければいい。では、また後日。」


 ワーグからの返答を聞いたクロは、その場を後にする。


 義賊としていまだかつてないほどの難関に気を引き締めながら、クロは夜の屋根の上を渡っていった。

 吾輩→ワーグ・ハインツ


 『杖』による未来予知は貴族たちに野心を抱かせ、権力闘争へと駆り立てた。世はまさに大婚約時代!


 次回、王宮侵入。

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