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絡みつく執念

「諸君! 我が名は魔王『ダークムーン』。この世界に恐怖をもたらす者である!」


 聞こえてきた声は、明らかにクロのものだった。


 どうやら、闇が及ぶ範囲全てに呼びかけているようだ。


 空は見渡す限り暗闇が続いており、世界の全てから光が奪われたかと錯覚するほどである。


 だが、これほどの広範囲に声を届けるなど、不可能に近い。


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 魔王とクロに何かしらの関係があるというオルターの予想は、あたっていたようだ。


「現在のヴァレッド家領地を我が領土とし、そこに立ち入る者には一切の容赦はしない。もし、そこに手出しをするようなら……『闇の息吹』」


 クロが魔法を発動させるのと共に、空に暗雲が立ち込める。


 暗雲はあっという間に渦を巻いて竜巻となり、地上へと根を下ろしていく。


 その数は数えるのも馬鹿らしく、まるで世界の終わりのような光景がそこらかしこで広がっている。


 あと少しで竜巻が地面に到達しようかという寸前、黒い竜巻は全て霧散した。


「これが、魔王の力だ。さらには、領地に『闇の眷属』も集結させている。せいぜい恐怖に怯えながら、静かに暮らすのだな」


 それを最後に、言葉が止んだ。


 立ち込めていた暗雲も消え、何事も無かったかのような青い空だけが残る。


 まるで幻でも見ていたのかという体験だが、周囲の様子から見て全て現実らしい。


「さっきの声や名乗りは、間違いなくクロだね。ただ、雰囲気が違ったけど……」


 先ほどのクロの様子を受けて、最初に発言したのはグレンだった。


「魔王の力に、操られているのでは?」


「可能性はある。ただ『ダークムーン』と名乗っている以上、クロの意思も完全になくなっているわけではないのだろう」


 リアの言葉に、オルターが返答する。


 魔王『ダークムーン』は、明らかに義賊『ブラックムーン』を意識した名前だ。


 仮に操られているとしても、本来のクロの状態に戻せると期待したいところだが……。


 いや、それよりも問題は──。


(今しがたクロが使った『闇の息吹』という魔法、聞き覚えがある。過去にあったウィンの暴走についての報告にも、同じ魔法が……)


 嫌な予感が頭をよぎるオルター。


 竜との戦いの時、クロは竜を城まで追いやっている。


 あの時、オルターの目では、決め手が無いから竜を城まで誘導したように見えた。


 そして、数十人規模での合体魔法で、竜に決定打を与えてみせている。


 この他人を操る力こそ、クロの持つ力の真価だと、オルターは予想していたのだ。


 仮に、今しがたの威嚇で見せつけた力が自前であるのなら、クロが竜と交戦した時に使ってもよいはず。


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 先ほど、クロが使った『闇の息吹』は、風属性の魔法のようだった。


 もしも、誰か風属性魔法の使い手が、クロの手駒になったのだとしたら……。


 この規模での魔法を使える者は、オルターの知る限り一人しかいない。


「──ウィンが魔王の手に落ちた可能性がある」


 オルターは、まとまった考えを呟く。


 この状況において、その予想は考えうる限り最悪の事態だと言ってよかった。


「……つまり、『闇の眷属』の群れと魔王だけでなく、ウィンも相手にしないといけない?」


「操られている可能性でいうなら、内乱で暴れていた竜もだ」


 グレンの言葉にさらにオルターが付け加えたことで、事態の深刻さが浮き彫りになった。


 明らかに戦力が不足しているのだ。


 バーン王子を頭数にいれても、その戦力差は絶望的といっていい。


 打つ手が無くなったと言わんばかりに、閉口する二人。


 その静寂を破ったのは、何かを考えついたと(おぼ)しきリアだった。


「『闇の眷属』だけなら、どうにかできるかもしれませんわ」


 そう口にしたリアの目には、確かな決意がこもっていた。



──────────



 ヴァレッド家領地のかつての活気を物語るのは、半壊して砦と営みのわずかな痕跡だけであった。


 空は常に薄暗く、地上には『闇の眷属』が徘徊する。


 少し歩けば、瞬く間にその怪物に囲まれてしまうだろう。


 そんな近寄る者などいないであろう魔王のお膝元に、一人の人間が降り立った。


 すぐさま現れる数体の『闇の眷属』。


 だが、その人間に攻撃することはない。


 圧倒的な力の差を、察知したからである。


 縄張りの主張と威嚇を目的とする獣のように、遠くから距離を取ってじっと見つめるだけ。


 それに相対する人間──バーン王子は、『闇の眷属』に言葉を投げかける。


「やはり、ある程度の知恵は残っているか。お前たちの主に合わせろ」


 そう伝えてしばらく経った後、影からクロが現れる。


「これは、これは。バーン王子」


「クロ……」


 バーン王子の前に現れたのはクロではあったが、雰囲気はまるで別人である。


「魔王『ダークムーン』と呼んでいただければ」


「では魔王と呼ぶこととしよう」


 バーン王子の返答に、少し不満げな表情を浮かべるクロ。


「味気ない呼び方だが……。まあ、いい。ここに来た目的は、分かっている。自分の国に魔王が現れたとなっては、バーン王子が出動するのは当然のこと。あとはクロの安否確認といったところか」


「その言い方だと、お前はクロとは別人ということか?」


 軽い雰囲気を醸し出すクロとは対称的に、バーン王子は重々しい空気を纏いながら言葉を交わす。


「完全な別人というには語弊があるが……。入り混じっているというべきかな。今の主導権の大半は、魔王の私だが」


「クロに体を返す気は?」


 怖い顔をしながら、そう言い放つバーン王子。


 常人がその場にいれば逃げ出してしまうような威圧感に、『闇の眷属』はとっくに逃げ出していた。


「そんなに警戒しないでほしいな。クロのことを無碍にするつもりはない。ここに居座っているのもクロの意思だ」


 バーン王子は、黙って話に耳を傾ける。


 魔王の言い分では、クロがここに引きこもるのは周囲への配慮だという。


 クロは『闇の眷属』を引き取って、人を遠ざけるつもりでいるようだ。


「『闇の眷属』はお前が原因だ。クロの意思を組むならお前が引っ込めばいいだろう」


「それはできない。怨念となり果てた私にも、世界への報復という目的があるのだから」


 そう口にした魔王の纏う空気は、一気に重苦しいものへと変化した。


 魔王の放つ重圧は、バーン王子が放つものにも退けを取らない。


「クロを無碍にしないのではなかったのか? 世界への報復など、俺の知るクロは望まん」


 バーン王子は断言する。


 どのような理由があっても、弱者が傷付けられることをクロは認めない。


「クロが頷くまで、気長に待つよ。君らが老衰してクロが独りになってからも、ずっと声をかけ続ける。理解が得られるまで。君たちの知らないクロになるまで」


 魔王の返事は淡々をしていた。


 軽い口調だが、その言動には過剰なまでの執念が見え隠れしている。


「黙って見過ごすとでも?」


「君こそ、クロの意思を無碍にするのかい? クロは君らの安全を思って、君らから離れたのに。わざわざ首突っ込んでさ。……死にたいの?」


 クロがそう口にした瞬間、影から竜が現れる。


 その姿は以前のような瓦礫の寄せ集めではなく、黒い闇が固まりとなって竜の形をしていた。


「君は、この竜に負けている。そんな君に、一体何が──」


 挑発するクロだったが、突然バーン王子から距離を取る。


 異様な熱がバーン王子の体から放出されたからだ。


「『竜炎身(りゅうえんしん)』」


 そう唱えた瞬間、バーン王子の体は赤熱した。


 爆発的な速度で竜を蹴りあげ、辺りに熱気がまき散らされる。


 堪らないと言わんばかりに、竜は影の中へと引っ込んでいった。


「侮るのは勝手だが、後悔しないことだ。以前までの俺とは違う」


 そう言って、バーン王子は魔王を睨みつける。


 予想外のバーン王子の戦闘力に、魔王は驚いていた。


 もちろん、今の刹那の応酬でバーン王子を完全に認めたわけではない。


 あの竜は、未だ調整中でまだ精神の掌握が完了していない。


 それでも、これまでのバーン王子を相手にするには、十分すぎるほどの力を有していた。


 しかし、以前より明らかに出力が上がっている。


「なるほど、確かに一筋縄ではいかないらしい。竜の力のせいで、精神掌握にも耐性があるときた。……参ったね。それで? 私を殺す?」


「まさか。俺は王族として、国の安全のために様子を見に来ただけだ。ヴァレッド家領地から出ないのなら、しばらく手は出さん。クロを取り戻す算段がついたら、また来る」


 少し困ったような顔をする魔王に対して、そう言って踵を返すバーン王子。


「その時は盛大にお出迎えするよ。見逃したことを後悔させてあげるから」


 そんな魔王の捨て台詞を聞き流しながら、バーン王子はその場を離脱した。


 取り繕った表情が崩れて、ボロが出ないように。


(大分無理をしてしまった。急いで体を冷やさなければ)


 体が耐えられるギリギリまで、竜の力を体に巡らせる『竜炎身』。


 この魔法は、内乱のときの反省からバーン王子が生み出したものである。


 あの時、バーン王子は格上の竜を相手に時間稼ぎに徹することしかできなかった。


 格下を蹂躙することしか経験してこなかったバーン王子は、格上に一時的にでも競り切るほどの力を持たなかったのだ。


 そこで、一時的にでも限界以上の力を引き出せるようにと考えたのが、『竜炎身』である。


 魔法を考える上で、参考例には困らなかった。


 交戦した竜や半身が竜と同化したルージュ嬢のように、バーン王子とは異なる竜の力の使い方を目にする機会があったからだ。


 だが、この魔法も万能ではない。


 バーン王子が使った『竜炎身』とは、言わば寿命の前借りだ。


 竜の力に耐えられなくなった体が燃え尽きることで、王族は寿命を終える。


 過剰な竜の力の放出は、寿命を縮めてしまうのだ。


 言わば、死ぬ気で力を振るうというのを覚えただけというのが、この魔法のからくりだった。


(これで、向こうからこちらに攻め込むのには、躊躇するだろう。……この俺が、はったりを使う日が来るとはな。クロと一緒に婚約の演技をした経験が役立ったか)


 そうしてクロのことを考えていると、バーン王子は胸を締め付けられるような感覚に襲われる。


 無理をしたからではなく、明らかに動揺からくる感覚。


 それに戸惑うバーン王子は、ここにはいない。


 いつしか、バーン王子は、自身の弱さを素直に受け入れるようになっていた。


 そしてそのきっかけになったのが、クロである。


(必ず、救い出す。お前が、俺をこうさせたのだ。拒むことは許さん)


 魔王のような静かに絡みつくような執着とは違う、燃え上がるような情熱的な執着。


 こうしてバーン王子は、ようやくクロが大切な存在であることを自覚したのだった。



──────────



 魔王による領土の宣言により、世界は混乱に陥った。


 近隣の国が魔王の領土に送りこんだ兵士は、全て退却を余儀なくされる。


 『闇の眷属』と呼ばれる怪物に、太刀打ちできないのだ。


 情報によると、竜の国で確認されていた時よりも強化されているらしい。


 一部の『闇の眷属』の包囲網を突破した者が持ち帰った情報にでは、黒い竜の姿も確認されたという。


 教会から『勇者の遺物』で武装した少数精鋭の戦力も派遣されたが、数の暴力の前に圧倒されたのだとか。


 そうして、魔王の恐ろしさが広まり、誰も領土に近づこうという勢力がいなくなった頃。


 その領土の手前で、バーン王子が立ち止まった。


「では、ここにいる者のみで、これより魔王を制圧しにいく」


 そう口にするバーン王子の目の前には、見知った顔が揃っていた。


 フローレス家の才女ーーレイン。


 同じくフローレス家屈指の天才ーーオルター。

 

 『土竜商会』代表ーーリア。


 『勇者の剣』の使い手ーーグレン。


 義賊『スカーレットムーン』ーールージュ。


 その誰もが真剣な表情の中、オルターから作戦の大まかな概要が説明される。


「作戦は、事前に打ち合わせた通りだ。操られる危険性を極力減らすために、超少数精鋭によって敵の勢力を分断する。リアとグレンは露払いを頼む。それが終ったら、グレンはバーン王子と合流してくれ」


 自身の役割を再確認して、グレンの表情は引き締まる。


 精神掌握と他者の力を使った攻撃が、魔王の主な攻撃手段である。


 魔王に操られている者を分断することは、魔王の力を削ぐことに等しい。


 そのため、露払いは非常に重要であった。


 また、魔王の精神掌握に耐性があるのは、バーン王子とグレンのみ。


 つまり、最終的に魔王に引導を渡せるのは、そのどちらかに限られるのだ。


 これらの役回りは、グレンの肩に重くのしかかっていた。

 

「ワーグと『土竜商会』の者が、ヴァレッド家領地の手前に拠点を作っている。負傷した者や役目を終えた者はそこまで撤退してくれ。」


 現在のヴァレッド家の領内には、操られた他国の兵士もうろついている。


 魔王の力を削ぐには、それらも排除しなければいけない。


 グレンの持つ光の魔力は、操られている者を解放できることが確認されている。


 解放された者を避難させる場所として、拠点は必要不可欠であった。


「『闇の眷属』には、光の魔力による魔法の解除が効かない。リアの秘策もあるが、最悪グレンが処理することになる」


 その言葉に、リアが頷く。


 賭けに近い秘策だが、うまくいけばバーン王子とグレンの合流が早められる。


「残りの4人が対応する魔王と竜は、ウィン次第で状況が変わる。場合によっては、不利な戦いを強いられるだろう」


 目撃情報から、ヴァレッド家の領地内にウィンがいることは確定している。


 グレンが来るまでの間、バーン王子が持ち堪えるのを補助するのがルージュとオルター、レインの役目だった。


「作戦は以上。逃げ出したい者は、遠慮しないで言ってほしい。もし引き返すなら、ここが最後だ。」


 オルターはそう締めくくり、口を閉じる。


 誰もが、緊張や不安を抱えていた。


 命の危険だって、考えられる。


 だが、そこから離れる者は、最まで現れなかった。


 そうして、作戦を改めて共有し終えた一同は、魔王の領地へと足を踏み入れる。


 彼らの足取りに、迷いはない。


 かつて、派閥で婚約者の座を競い合った者たちは、いまや進むべき道を共にして歩む。


 クロを取り戻すという同じ決意を、胸に秘めながら──。

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