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『闇の眷属』

この話から4~5日に一話の投稿になります。

「『亡骸(なきがら)(めん)』」


 鉄格子の向こうで女がそう唱えると、女を掴んでいた巨大な手はボロボロと崩れ落ちていく。


(これは……!? 魔法の制御が効かない!?)


 抵抗を続けたリアだったが、やがて石の巨腕は完全に崩れ落ちた。


 崩壊した巨腕の残骸は、みるみると女に集まっていく。


 建物の壁や床までもを巻き込んで形成された石の塊は、人型をしていた。


 大きさは基本的な地属性魔法の『土の人形』に少し似ているが、異なる部分の方が多い。


 まるで鎧をまとっているかのように、薄っすらと黒く染まった石が全身を覆っている。


 辛うじて露出している顔の片面は、無表情の顔を模した仮面が付いていた。


「っ! 『石の手』」


 その不気味さに慄きながらも、リアは魔法を発動する。


 無数の石の手が、目の前の女を拘束していく。


 相手はどうやら他人の魔法を上書きできるらしい。


 だが、先ほど抵抗できたことから、上書きも万能ではないはず。


(制御を奪われて吸収されるなら、数を用意すれば……)


 そう考えるリアだったが、女は無数の石の手をいとも容易く砕いてしまう。


 諦めずにリアが使った魔法も、女にはまるで効いていない。


 女は拘束をものともせずに鉄格子を捻じ曲げて、リアの方へゆっくりと顔を向けた。

 

「『石の巨人(ストーン・ギガント)』!」


 人間を超えた膂力に危険を感じてもなお、リアは立ち向かうことを選択した。


 壁から剥がれ落ちるように、数体の石の巨人が生れ落ちる。


 天井まで届こうかという巨体で突貫されても、敵は微動だにしない。


 ボロボロと表面が崩れながらも女を押さえつける巨人は、その体躯の半分もないであろう敵の手によって押し返された。


 あっという間に手をもがれ、足払いにより転倒した胴体を踏み砕かれる。


 次いでやってきた巨人たちも、女はなんなくと対処していく。


(まずいですわ……。魔法の発動が追い付かない……)


 健闘も空しく、追い詰められるリア。


 ついには女の接近を許してしまい、リアの細い首に石に覆われた手が伸びる。


「かっ……」


 首を掴まれて空中で藻掻くリアを、女は無表情で見つめ続けた。


 薄すれゆく視界の中で、なぜか相手の目に視線が釘付けになる。


 女の虚ろな目の奥にある黒い揺らめきは、リアにどこか心地よさすら感じさせた。


 どこからか、声が聞こえてくる気がする。


「力を──」


「リア!」


 沈みかけた意識の中に別の声が響くのと共に、自分の首を絞めていた手が緩む。


 解放感を共に落下する自分の体を、誰かの腕が受けとめた。


 ケホケホとせき込みながら、段々とはっきりとしてきた頭で周囲の状況を確認する。


 輝く『勇者の剣』を持つ手とは逆の手で、力強く抱きよせられているリア。


 ……自分を助けてくれたのは、グレンのようだ。


「遅くなってごめん。間に合わないところだった」


 女は腕と首を剣で切断されて、絶命している。


「こちらこそ、ごめんなさい。急に呼び出してしまって。緊急を要したので」


 グレンに支えられていたリアは、息を整えながら一人で立とうとする。


「無理しないほうがいいよ。ふらついている」


 よろめくリアに、そう言ってグレンは肩を貸した。


「何があったんだ?」


 そう尋ねるグレンに、リアはあらかた起こった出来事を説明する。


「……ということですわ」


「となると、切り殺してはまずかったかい?」


 グレンが申し訳なさそうに、女の死体に目を向ける。


 リアにとって、現在のグラント家派閥の状況は無関係ではない。


 過去のリアが無能でなければ、きっとグラント家派閥がヴァレッド家派閥に加担することは無かった。


 そう考えると、救いたいという思いが無かったといったら嘘になる。


「助けたかったというのもありますが……。暴走状態から戻れたのかも怪しいところですので、問題ないですわ」


 そう言いながらリアは、足元に転がっていた石の欠片を拾う。


 黒く染まったその石は、先ほどの女が纏っていたものだ。


 今探しているクロが使う魔法も、世界を黒色の闇に染め上げる魔法を使うと報告があった。


 その黒い闇に触れた物は、操られるとも。


 もしグレンが間に合わなかったら、あのまま自分も……。


「早急に調べなければいけませんわ。クロに、一体何が起こっているのかも」


 グレンに連れられて自室へと戻るやいなや、リアは部下に情報収集の依頼を貼りだすように指示を飛ばしていく。


 後日、情報収集により、『土竜商会』にある報告が上がった。


 それは、最近になって各地で暴走状態の事例が確認されているというもの。


 強力な地属性魔法らしきものを扱い、誰も手がつけられないのだとか。


 リアが遭遇した者と同じく、非常に硬い殻と人ならざる膂力を持つ。


 ある程度の知能もあるそうで、バーン王子が駆け付ける前に姿を眩ましてしまうそうだ。


 襲われた場所には、黒く染まった石が取り残されているという。


 いつしか、暴走し人に危害を加えるその存在は、『闇の眷属』という名で知られるようになっていた。


 数件の事例では身元が判明しており、いずれも手配中のグラント家派閥の人間であった。


 この『闇の眷属』の事例は、このリアの一件を境に急激に増加していく。


 情報収集をするまでもなく、耳に入ってくる痛ましい事件の数々。


 内乱を乗り越えたこの国に、新たな波乱が押し寄せていた。



──────────



 『闇の眷属』が世間を騒がしている頃、ウィンは各地を飛び回っていた。


 目的はもちろん、クロの捜索である。


 空を飛んで街を転々としながら、クロの情報を収集し続けるウィン。


 その顔には、疲労と焦りの表情が浮かんでいた。


(早く、クロを見つけださないと……)


 ウィンがここまで焦っているのには、ウィンが心配性であるのとは別にもう一つ理由がある。


 『闇の眷属』について新たな事実が判明したのだ。


 以前までに確認されていた暴走状態の事例は、二件。


 偶発的なウィンの暴走と、意図的に引き起こされたレインの暴走である。


 どちらも共通しているのは、魔力切れによって暴走状態から元に戻ること。


 意図的にレインの暴走を引き起こしたのも、魔力という限界があったからこそできたことだった。


 だが、『闇の眷属』には、それが当てはまらなかった。


 というのも、同一個体が長期に渡って人を襲い続けていることが確認されているのだ。


(魔力がどこかから供給され続けていると、オルター様は予測していました。そして供給元がクロだった場合、その精神状態はかなり不安定な可能性があるとも。)


 人を襲う怪物に魔力を供給するクロは、果たして正気を保っているのか。


 つまり、ウィンが必死にクロを探しているのは、クロの精神状態を危惧してのことだった。


 そうして探し回っているウィンの地上に向けていた目が、あるものを捉える。


 その視線の先には、『闇の眷属』がいた。


 目の前には人影があり、今まさに襲い掛からんとしているようである。


 急降下し、間に割って入ろうとするウィン。


「『影攫い』」


 しかし、『闇の眷属』はあっけなく下の影へと飲み込まれた。


 見覚えのある魔法に、ウィンは目を見張る。


「クロ」


 口をついて出た言葉に、人影は反応し上を向いた。


 被っていたフードから露わになった顔は、間違いなくクロだった。


「……ウィン。ちょうど良かった」


 降り立つウィンに、クロは少し翳りを帯びた表情を向ける。


「今までどこにいたんですか」


「ヴァレッド家の砦にいたんだ。伝えれなくてごめん」


 ウィンの問いかけに、クロは真っすぐとした目で答える。


 今の砦は無人だと聞いている。


 クロが考えもなしに、そこに引きこもるとは思えない。


「何か事情があることは、分かります。……それでも戻ってはこれないのですか」


「私がいると、皆を危険に晒す。だから、それはできない。今回姿を見せたのは、巷で話題の『闇の眷属』を回収するため。あと少しで全部回収できるはずだから、これ以上誰かが傷つくことはないよ」


 クロの言葉に、安堵するウィン。


 『闇の眷属』はクロの意思で動いているわけでは無かったようだ。


 だが、クロの表情にウィンは違和感を持つ。


 泣き出しそうな、笑い出しそうな曖昧な表情は、明らかに様子がおかしい。


「……やっぱり、ウィンには分かる? ウィンの前ではいつも通りでいたかったんだけど、これじゃ無理そうかな」


 クロは、口を覆っていたマフラーを外す。


 その下には、肌の表面を闇が蠢いていた。


「私って魔王なんだって。伝説でしか聞いたことない災厄の権化。それが私」


 そう言うクロに、ウィンは一切動揺せずに口を開く。


「ですが、クロがクロのままであることも、分かります」


「そうかな? 結構、自分と魔王の意識の境界も曖昧になってきちゃった。私はもうクロじゃないかも……。だってほら、『闇点』」


 ウィンへ言葉を返すのと同時に、クロの中の何かが切り替わる。


 クロが踏みしめる大地が、クロの頬を撫でる風が、世界が闇へと染まっていく。


 闇がウィンに触れるや否や、ウィンの精神は黒い感情に蝕まれた。


 負の感情の波に押し流されそうになるのを、必死にこらえるウィン。


「あれ、結構粘るね。魔力量が並外れているとはいえ、かなり辛いだろうに」


 優し気なクロの声音と表情、それを被った別人にウィンは一瞬苛立ちを覚える。


 今この瞬間は、魔王の意識が前面に出てきているようだ。


 オルターの言っていたように、クロの精神は不安定な状態にあるらしい。


 正直、魔王とやらが(クロ)を騙ってくるだけでも、かなりの怒りを抱く。


 だが、それに流されてはいけない。


 目的のためなら合理に徹して、感情を抑える。


 ウィンがフローレス家で最初に学んだことだ。


「あなたは、あの瓦礫の竜を即座に支配せず攻撃して制圧していたそうですね。つまり強大な力と精神があれば、ある程度は支配に抗えるということです」


 不適に笑うウィンに、クロはつまらないと言いたげの様子を浮かべた。


「さすがはウィンだね。それで、どうする? こんな私でも受け入れてくれる?」


「……ええ。なんと言おうと、友を孤独に捨て置くことはしません。あなたが帰れないというなら、こちらが付いていくだけです」


 そう言い切ったウィンの言葉に、クロは一瞬だけ悲痛に表情を歪ませるが、すぐさま無表情へと戻る。


「……まあ、ウィンがいた方が、心地よさを抱くのは確かだ。では、共に行こう。『影攫い』」


 クロは影の中に足を踏み入れながら、ウィンへと手を差し伸べた。


 かつての囚われのウィンへと差し伸べられた救いの手は、今やウィンを闇へと誘っている。


 その手を躊躇なく掴んだウィンを、クロは影へと招き入れた。


 誰にも見られない影の中で、涙を流していることに気づくクロ。


 だが今のクロでは、胸の奥に到来する感情が何かまでは分からない。


 友の覚悟に救われたのか。あるいは友の愚かさを悔いているのか。


 答えを知る者は、どこにもいなかった。



──────────



 リアが『闇の眷属』に襲われて、しばらくが経った頃。


 『土竜商会』には、オルターの姿があった。


「グレン、『勇者の剣』の調子はどうだ」


「今のところ、絶好調だね。問題は、クロのあの力に通用するかだけど」


 オルターの言葉に、グレンがそう返答する。


「おそらくは通用するだろう。クロの力は魔王に関連している可能性が高い」


 自身の推論を述べるオルター。


 城での出来事について相談したときに、ワーグから教会の古い記録について教えて貰った。


 ワーグの情報にあった古い記録とクロの『勇者の剣』への反応から、あの別人のようなクロはおそらく魔王に類する何かといってよい。


 ならば『勇者の剣』こそが、この事態を解決する鍵になる。


 そう考えたオルターは、グレンに『勇者の剣』を預け続けることにしていた。


「今の所、『闇の眷属』を討伐したのも、その剣のみだ。バーン王子なら倒しうるだろうが、強すぎるあまり事前に存在が察知されてしまう。なんとか魔力の供給を断てればいいのだが」


 オルターの言葉に、リアが反応する。


「そもそも、クロが魔力を供給しているとして、どのように供給しているのかが不明です。『闇の眷属』の出没地域が、バラバラすぎます」


 リアの言う通り、クロが直接出向いて魔力を分け与えているとは考えにくい。


 どれだけ移動が速くても、各地に移動して魔力を与え続けるのは不可能。


 かといって遠隔での魔力供給というのも、考えづらい。


 そもそも魔力の仕組みとして、遠隔での操作はほぼ不可能といっていい。


 未知の魔法を使うクロであっても、それは同じだ。


 それほどの遠隔操作が可能なら、内乱のときに竜を追いかける必要は無かったはず。


「遠くから魔力を動かせる何か……」


 一応限られた方法なら、遠隔操作できる方法も存在している。


 王家が所有する『杖』といった魔道具もその一つだ。


 だがそんな魔道具など、そうそう……。


 皆が考え込む中、リアが何かを思い出したように呟いた。


「もしや、契約の魔道具が関係しているのでは」


 リアの言葉に、オルターが聞き返す。


「契約の魔道具? 罪人に使う、あの?」


「ええ。かつてグラント家派閥は、特定の条件下において全てをクロに委ねるという契約をしました。ただ、条件というのが、クロに完全に勝てないというのを認めること。達成不可能に近いものですが……」


 契約の魔道具の性質上、完全にといった文言は使用を避けられる。


 なぜなら、抜け穴として利用されるからだ。


 グラント家の契約の場合、少しでも勝てる可能性があると思っている限りは契約が無効となる。


 リアによると、かつて『紋章』の光によってクロを無力化するために、特定の未来においてグラント家派閥のあらゆる権利を手に入れるようにしたのだとか。


 だが、クロが竜を超える力を持つと噂されるようになった今、その抜け穴が機能しなくなってもおかしくはない。


「契約の魔道具を介して、遠隔から魔力が供給される。もしそうなら、今から供給を断つのは不可能といってよいだろう。それこそクロをどうにかするしか──」


 オルターが言葉を続けようとしたその時、窓の外が暗くなる。


 何事かと外を見ると、昼間だった空は夜のように闇に染まっていた。


 一同が警戒をしていると、空に声が響き渡る。


「諸君! 我が名は魔王『ダークムーン』。この世界に恐怖をもたらす者である!」

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