切り札
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クロが船内へと潜入した一方、外にいるバーン王子たちは船からの攻撃を凌ぎ続けていた。
「『竜炎』」
空から降り注ぐ炎を相殺しつつ、隙を見てに炎を船へとぶつけるバーン王子。
しかし、決定打を与えている様子はなく、一向に戦いの終わりが見えてくることはない。
「バーン王子の魔法を受けきる、あの船体……。なるほど、王族へ謀反を起こそうというだけのことはあるようだな」
オルターは空中に浮かぶ船を見ながら、そう呟く。
「城の中の様子はどうだ?」
「城内の敵の無力化にはほぼ成功しましたが、一部のヴァレッド家派閥の貴族がしぶとく生き残っているようでして。意識を失っている平民の保護もまだのようです」
バーン王子の問いに、レインが返答した。
城の中の様子を伝達する役割は、グレンが担当している。
クロほどの速度で伝えることは難しいが、大まかな様子の把握するのには支障はない。
グレンと交戦していた貴族のほとんどは無力化されたようだが、まだ城内に逃げたヴァレッド家派閥の貴族が潜んでいるはずである。
現在のグレンは城内の安全確保にために巡回しているが、安全第一のリアの方針により『土竜商会』による平民の保護も思うように進んでいない。
加えて、あの船の攻撃対象が城であることも問題である。
最初の攻撃はバーン王子を狙ったものだった。
だが、バーン王子が城を守ってからは、嫌らしいことに執拗に城を攻撃している。
城の中にいる人間を安全な場所に移さなければ、バーン王子は城の防衛と船の対処を並行して行わなければならない。
船からの猛攻を正面から受けていないとはいえ、余波だけでも城はボロボロになっているのだ。
このままでは、城の方耐えられないだろう。
レインが思案していると、ウィンがちょうど空から戻ってくる。
「風属性魔法では、どうにもできませんでした。こちらの状況は?」
肩を落とすウィンに、レインは手短に情報を伝える。
「私にできるのは、誰か一人を船まで運ぶことぐらいだと思います」
「城への攻撃がなければ、俺が直接攻撃しに行くのだがな」
ウィンの言葉に、バーン王子が答える。
皆が考え込んで口を閉じる中、レインは覚悟を決めたように口を開いた。
「一つ考えがあります。ただし、この策が使えるのは一度きり。そしてその策が失敗すれば、しばらく私は気絶して使い物にならない」
レインの言葉に、オルターを覗く全員の視線が集まる。
「船からの炎は、オルター兄様と私が防ぎます。防げるのは、おそらく数発のみ。その間にバーン王子は、船に乗り込んでください」
「フローレス家が水属性魔法に秀でているとはいえ、あの炎は俺の『竜炎』に匹敵する。水属性魔法でも容易に消せるものではないが……」
策の内容を話すレインに、バーン王子は苦言を呈した。
レインの説明は、確かに今の状況を打開しうるものである。
しかし、あの炎を防ぐという前提は、二人係であっても到底なしえぬことであった。
「確かに不可能に近いでしょう。ですが、それを可能にする物が、一つだけあります。それがこの魔法薬です」
そう言ってレインが取り出したのは、真っ黒の液体が入った瓶だった。
「ここからは私が説明しよう。あれはクロの魔力を抽出した魔法薬だ。そして、その効果は暴走」
オルターの言葉に、ウィンが反応する。
その効果には、バーン王子も心当たりがあった。
「以前、ウィン・グリームが暴走した現象と同じものか。……水属性魔法の出力が暴走によって大幅に底上げされたら、あの火への対処も可能だろう。だが、暴走状態でどのように城を守るというのだ?」
バーン王子の質問に、オルターが答える。
「それについても解決済みです。私が合体魔法でレインの魔法に割り込んで、魔法を制御する。すで何回か事前に試験を重ね、成功させている。失敗の可能性は、ほとんどないとみていい」
「ほとんど……ですか?」
解説するオルターに、ウィンが疑問を投げかけた。
「暴走状態について、未だ判明していないことも多い。仮に暴走で制御できなくなった場合は、即座に対処する必要がある」
オルターの言葉に、一同は沈黙する。
この策を出し惜しみしていたのは、そのリスクも考えてのことだったのだろう。
作戦を共有し終えてしばらく話し合った後、その策は採用されることとなった。
暴走して体が暴れ出さないように、オルターはレインを椅子に座らせて金具で体を固定していく。
「もうすぐ船からの攻撃が来ます。では後のことは頼みました、オルター兄様」
魔法薬というのはあまりにも毒々しい見た目の液体を、躊躇なくレインは飲み干した。
一瞬苦しそうな表情をするも、最後に残った意識を使って自身で片腕を金具へと固定する。
薬を飲んで間もなく、レインの様子が変化が現れ始めた。
震えながら白目をむき、目からはとめどなく黒い涙があふれ続ける。
喉の奥から声にならない悲鳴が漏らしながら、レインは金具に抵抗してガチャガチャと音を鳴らした。
「『不可視の心臓』」
レインを周りが心配しながら見る一方で、オルターは速やかに魔法を発動する。
集中力が向上し研ぎ澄まされる感覚の中、オルターはレインの肩に手を乗せた。
するとレインの震えは止まり、止まらない黒い涙以外は寝静まったかのような安静な状態へと落ち着いていく。
「準備はこれで完了だ。暴走も問題なく制御できている」
魔力をレインと同調させたオルターは、迎撃の準備をする。
あの船の攻撃頻度を考えるなら、もうそろそろ攻撃が来てもおかしくない。
オルターがそう考えるのと同時に、船の先端に光が集中していく。
攻撃の予兆を察知したオルターは、あらかじめ準備していた魔法を起動した。
「『大水砲』」
魔法の起動と共に形成されていく、黒く濁った巨大な水の球体。
敵が炎を放つのと同時に、その水の球体から怒涛の勢いで水が発射された。
まるで天と地を繋ぐ柱のように、衝突した水と炎は拮抗し続ける。
だが、ついに水が炎を飲み込み、水しぶきだけが空から降り注いだ。
「この調子なら数発は問題はないはずだ。今のうちに行ってくれ!」
そのオルターの言葉に、ウィンはバーン王子を連れて出発する。
雲を突っ切ってなお上昇を続けたウィンとバーン王子は、ついに上昇できる限界ギリギリの高度まで到達した。
「本当にこの高さから落として、大丈夫なんですね?」
自分たちの遥か下に見える船の姿を確認し、ウィンはバーン王子に視線を向ける。
「こちらはこちらでなんとかしよう。いつでも落としてくれて構わん」
「……ではいきます。『嵐の槌』」
ウィンが振り下ろした魔法の勢いのまま、バーン王子は地上へと急降下した。
一瞬前まで豆粒ほどの大きさだった敵の船の姿が、みるみるうちに大きくなっていく。
自分が未だかつて体験したことのない速度の中で、バーン王子は不適に笑う。
他人と協力して全力以上の攻撃を繰り出すことに、好奇心が抑えられない。
果たしてどれほどの攻撃となるのか。
竜の炎にも負けない耐久力、相手に不足はない。
「『竜炎爪』!」
バーン王子は落下の勢いを乗せたまま、燃え盛る右手を繰り出した。
狙うは、攻撃をするときに光っていた船の先端。
灼熱の腕は、船の正面をえぐり取りながら突き進む。
焼け焦げた攻撃の跡が刻まれると共に、船から金切声のような音が響く。
船を引き裂く音か、あるいは船そのものが発する悲鳴か。
それを聞き届けながら、バーン王子は地面へと落下していくのだった。
──────────
「ルージュ、目を覚ますんだ!」
正気を失ったルージュを躱しながら、クロは必死に呼びかける。
声を呼び掛ける度にルージュの動きが精細さを欠いているので、声が届いていないわけではないはずだ。
それでも、ルージュの攻撃は止まらない。
竜から意識を乗っ取り返すのは、容易なことではないということか。
クロはルージュの後方にいるボルカを警戒しながら、ルージュの攻撃をかわし続ける。
竜と一体化しているというだけあって、一撃一撃が非常に重い。
『影潜み』や回避で直撃は避けれているが、隙もほとんどないので防戦一方である。
加えて、先ほどからボルカ・ヴァレッドが銃で狙ってくるのも厄介だ。
影の魔法で銃弾は防げるが、ルージュの攻撃を捌くことへの集中力が乱されてしまう。
数少ない隙を狙うことも困難な状況に、クロはマフラーの下で顔を歪めた。
それを見るボルカは、さぞかし楽しそうな様子である。
「先ほどまでの威勢はどうした、『ブラックムーン』?」
ボルカはもつれ合うルージュ諸ともクロへと銃を撃ちながら、言葉を続けた。
「こうしている間にも城への攻撃は続いている。貴様が死ぬのとバーン王子が死ぬのと、どちらが早いだろうな」
そう言って、クロを煽るボルカ。
ボルカの表情は、自身の勝ちが揺るぎないと信じ切っている顔だった。
「それはどうかな。バーン王子なら、やってくれるだろうさ。あんたがこの船を信じるように、私はバーン王子を信じている」
クロの返事に、ボルカはふんと鼻を鳴らす。
「城を庇い続ける、あの愚か者を信じるだと? 馬鹿め。城を捨ててこちらに攻め込む判断もできぬのにか? むしろ、あのような俗物の代に生まれたことに、感謝したいぐらいよ!」
逃げ回るクロにそう語り掛けながら、ボルカが装填し終えた銃を再びこちらに向けたその時。
とてつもなく、大きな揺れが船を襲った。
同時に響く耳をつんざくような悲鳴が、船の中を反響する。
その悲鳴は、先ほど船に埋め込まれていたルージュに触れた時の比ではない。
「な、なんだ! 一体何が……」
ボルカが狼狽える一方で、クロは絶好の機会が到来したことを見逃さなかった。
「『影攫い』」
隙をついて、クロはルージュを影へと強制的に引きずり込む。
これは魔力消費も激しいが、落ち着いてルージュに言葉を投げかけるにはうってつけだ。
自分と共に影に入ったルージュを、クロは後ろからそっと抱きしめる。
「戻ってこい、ルージュ」
ぎゅっと抱きしめて、クロはルージュへと呼びかけ続ける。
弟子が戻ることを祈りながら、何度も何度も。
誰の邪魔も入らぬ心地よい暗闇で、クロの言葉だけがルージュの耳へと入っていく。
そうしていく内に暴れていたルージュは、次第に大人しくなった。
「師……匠……」
少し人間的な呻きを漏らしたことをしたことを確認し、クロは魔法を解除する。
「そこか!」
影から出た瞬間、クロへと放たれる弾丸。
クロがそれを回避する前に、横から伸びてきた腕にその弾丸は防がれる。
オレンジ色の髪をクロが認識する間もなく、その腕の持ち主はボルカへ突進した。
「……がっ!?」
その速度を認識できた者は、本人を除いてこの場にいない。
気が付いたとき、ルージュの腕はボルカの腹を貫通していた。
「……お父様、伝えたいことがありますの」
師匠でさえ認識できない動きを披露したルージュは、極めて平静だった。
人前でコロコロと笑う普段の彼女からは、想像もつかない態度。
静寂に包まれた中、ルージュはボルカの耳元で言葉を紡ぐ。
とにかく手短に、命が尽きるその前に。
「どれほど邪悪でも、私はお父様を信じたかった。その結果がこれです。……私も同罪ですわね」
ルージュが父であるボルカを本気で攻撃したのは、これが初めてだった。
なけなしの体力で放たれた渾身の拳は、生暖かくどろりとした血の感触を嫌で実感させる。
自身の甘さを殺意で上書きして、全てを諦めてやっと踏み出せた裏切りの一歩。
初めてルージュは、父親を見限った。
今まで向けた情を、全ては嘘なのだと言い聞かせて。
そうでなければ、正気に戻ったあとに躊躇せずに父を殺害することはできない。
「あなたはそうでなくても、私は家族として愛していましたわ」
ルージュはそう言って、腕をボルカの腹から引き抜いた。
「……この船の揺れ具合だと、墜落するかもしれない。急いで離脱しないと」
クロの言葉に、名残惜しそうにしつつもルージュは倒れたボルカに背を向ける。
その場を後にした二人は、無言で船の甲板まで駆け抜けた。
船に残ったヴァレッド家派閥の貴族は、戦意喪失したのか廊下で蹲っている。
残念ながら道中にいた彼らに手を差し伸べる猶予は無さそうだった。
クロはルージュと自身の体を影に入れて、船から飛び降りる。
それとほぼ同時に、船は地面へと衝突し轟音と共に爆発した。
──────────
クロが影から出たとき、そこは一面が炎であった。
燃え盛る船の残骸が散らばり、肉の焦げたような臭いが鼻につく。
結局、船に平民がいたのかも分からない。
貴族ばかりを見かけたが、もしかしたら平民もいたかもしれない。
また、貴族の中にも無理やり従わされていた者が存在した可能性もある。
攻撃を仕掛けられたとはいえ、救えない命があったことにクロは心を痛めた。
墜落した場所が人の住んでいない森の中だったのが、不幸中の幸いだろうか。
そんな炎に囲まれた中をクロとルージュは歩き、残骸から離れたところで座り込む。
しばらくすると、そこへバーン王子が合流する。
「よくやってくれた。クロの働きが無ければ、竜の船はまだ動いていたかもしれん」
事情を聴いたバーン王子の誉め言葉に、クロは照れくさそうに頬を掻く。
「それにしても、竜を蘇らせようとしていたなんて……。同じヴァレッド家であったのに、何も知りませんでしたわ」
申し訳なさそうにするルージュ。
「まあ、解決に取り組んだから、そんなに気に病まなくても……。とりあえず、全部終わったってことでいいんだよね?」
クロはルージュを励ましながら、肩の力を抜く。
「いえ、謀反に利用された平民の処遇がまだですわ。その他にも城の修復や被害の確認など、問題が山済みですの」
ルージュの言葉に、クロはげっそりとした顔でため息をつく。
そんな二人の様子を微笑まし気にを眺めていたバーン王子だったが、突如険しい顔つきで辺りを見回した。
「待て、魔力の流れがおかしい」
バーン王子の言葉に、二人も周囲を警戒する。
魔力の流れというのが分からないクロであっても、周囲の様子がおかしいことに気づき始めた。
(船の残骸から出ている炎が、どこかに向かっている?)
クロの目から見ても、炎が燃え広がらずに集まっていく光景は異様だった。
炎はみるみるうちに一か所へと収縮し、そこに船の残骸や草木など様々な物が集まっていく。
「……二人とも、城まで今すぐ退避できるか?」
そのバーン王子の言葉に、クロは首を振る。
船でルージュの相手をするのに、体力も魔力も相当使ってしまった。
城に退避できるほどの余力はない。
ルージュの方もかなり消耗しているのようで、バーン王子の質問に首を振って返答する。
「ならば、警戒を怠らずに距離を取れ。あれが竜なら、俺でも庇いきれるか分からん」
そう言ってバーン王子は、前を見据える。
船の残骸や土木などを取り込んだデコボコの球体は、瓦礫の塊としか言い表せない。
しかし、軋みながらうねる瓦礫の一部が、確かな力強い生命力を印象づける。
咆哮と共にその球体は、翼を広げて竜のような形をした何かになった。
バーン王子の攻撃が致命傷となって、ルージュを引きはがしたのがとどめとなった。
船が墜落した原因はこんなところです。




