野望の翼
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雲から出てきた船は遠目から見てもかなり大きく、巨大生物のような翼が生えている外見は異様と形容するほかない。
その空を飛ぶ巨大人工物という光景に、クロたちは警戒心を最大限に高めた。
「あの速度だと、すぐにここまでやってくるだろうな」
バーン王子が目を細めながら、そう告げる。
クロには視認できないが、バーン王子にはどのくらいの速度であれが動いているかも理解できるようだ。
「ウィン。風属性魔法であれをどうにかできそうですか?」
レインが冷や汗を流して、ウィンへと尋ねた。
あれこそがヴァレッド家派閥が隠し持っていた策であることは、レインのみならずこの場にいる誰もが理解している。
この場へ到着する前に対処が可能ならしておきたい、というのがレインの考えだった。
「あの空を飛ぶ船が海賊が使っていた鉄の船に近い物なら、少し船体を揺らすのがやっとです」
ウィンの返答は、あまり芳しいものではない。
あの重量を動かせるほどの動力があるのなら、多少の風では揺らぎはすれど墜落させることはできない。
いつの間にかクロが目視できるところまで近づいた船を見て、その大きさにクロは驚いた。
その大きさは、以前見た鉄の船の数倍はあろうかという大きさである。
様子を見る一同だったが、ついに空を飛ぶ船が接近しようかというその時。
船の先端に光が揺らめいた。
その光は巨大な炎の塊となって、大きくなっていく。
誰が見ても攻撃の予兆であることは、一目瞭然であった。
ついに放たれた炎は空を割り、天から城へと放たれる。
「っ! 伏せろ! 『竜炎』」
城を包み込めるほどの巨大な炎に、バーン王子が焦った様子で魔法を放ち迎撃した。
二つの炎の衝突により、周囲の温度が上昇する。
拮抗させるのがやっとのようで、バーン王子は周りの炎を操作する余力はないようだ。
あまりの熱波に息をするだけでもかなり苦しく、クロは顔を歪めた。
「『暴風域』!」
余波を危惧したウィンは、周囲に風の障壁を作り出してクロ達を囲い込む。
少しだけ周りの温度が下がり、呼吸を整えるクロ。
いつの間にか船は、城の目前に迫っていた。
ひとまず、攻撃は落ち着いたようである。
「攻撃が止みました。今なら乗り込めそうです」
ウィンの言葉に、レインが頷いた。
「俺も船に乗り込みたいところだが、あの炎による攻撃がまた城へと放たれないとも限らん。俺は地上から炎で攻撃しながらここを守る」
バーン王子はそう言って、船を見上げる。
「じゃあ、私が船に乗り込もうかな。ここにいても足手纏いになるし」
そう提案するクロ。
バーン王子の火属性魔法の余波は、生半可なものでは無かった。
先ほどの熱波で一番苦しんでいたのは、クロだった。
クロがここでできることは、ほとんどないだろう。
水属性魔法が使えるレインとオルターは、熱波から自身を保護する手段を持っているらしい。
「クロを運んだあとに、私も空で出来ることを探してみます」
ウィンはクロにそう言った。
どうやらウィンも、空中で援護してくれるようだ。
『影潜み』でマントの影に入れば、ウィンの負担にもならずに安全に運んでもらえるだろう。
クロは影に入る前に、バーン王子の方に目を向ける。
バーン王子が城を敵の攻撃から守ったとき、その表情にいつもの余裕は無かった。
あの炎を何度も放たれたら、バーン王子は保つのであろうか。
「なんだその眼は。腐っても竜の力を持つ者としての責務は果たす。お前は自分の心配だけしていろ」
少し不安に駆られるクロの視線に、バーン王子も気づいたようだ。
ぶっきらぼうな言葉だが、優し気な声色でクロに声をかける。
見つめ合う二人のうち、先に目を逸らしたのはクロだった。
「……ここは任せる」
そう言って気恥ずかしさと不安を振り払うように、クロは影の中へと入りこんだ。
バーン王子はこの場で一番強いのだ。
何の心配しているのか分からなくなったクロは、自分のことに集中しようと思考を切り替える。
しかし、いつまでたっても、バーン王子のことが頭から離れることは無かった。
──────────
船に乗り込んだクロとウィンは、すぐさまヴァレッド家派閥の者に囲まれた。
だが、ウィンは空を飛び回りながら、船の甲板にいる貴族たちを翻弄する。
空に向かって放たれる銃弾も、上空にいるウィンには掠りもしない。
その隙にクロは影から影へ縫うように移動し、船へと潜りこんでいた。
(なんとしても、この船を停止させないと)
クロは隠れ潜みながら、船の中を探索していく。
この船が飛んでいるのは、おそらくあの大きな翼によるものだ。
どういう仕組みかは知らないが、飾りだけであんな物をつけるはずがない。
船内は入り組んでいるが、翼の根本がどこに繋がっているかを辿れば……。
探索の結果、行き着いたのは薄暗い大きな空間だった。
位置的には、船の中心にあたるだろうか。
これほどの空間が中にあるということは、船の大部分が空洞ということになる。
船に詳しくないクロにとっても、この船の構造には違和感があった。
とりあえず中央に赤く光る物が、船の重要な役割を何かしら担っていそうなことだけは確かだろう。
警戒しながら先を進むクロ。
辿り着いた先でクロは、驚愕に目を見開いた。
「ルージュ!?」
そこにいたのは、地面から突き出た肉のような物に埋もれたルージュ・ヴァレッドだった。
どうやら意識を失っているようだ。
体温も異常に高く、放置しておけば危険な状態である。
声を呼び掛けて揺すってみるが、全くといっていいほど反応はない。
無理やり肉のような物から剥がそうとすると、ルージュは苦しそうに声を漏らす。
すると、船全体に腹の底を震わすような音が響き渡った。
その音のあまりの大きさに、クロは思わず耳を塞ぐ。
だが、これが船にとって、これが大事らしいというのは分かった。
ルージュを助け出せば、船を停止させられるかもしれない。
そう考えていたクロだったが、背後に気配を感じて振り返る。
瞬間、バンッという音と共に、クロの腹部に銃弾が撃ち込まれた。
しかし、警戒したクロに、銃弾のような物理攻撃は通用しない。
『影拾い』で銃弾を影に沈めて防御したクロは、改めて背後にいた人物に視線を向けた。
「よもや、直接ここに乗り込んでくるとはな。いやはや恐れ入った。さすがは『ブラックムーン』といったところか」
そこにいたのは、この革命を背後から操る黒幕である、ボルカ・ヴァレッドだった。
「暗殺に失敗したからって、いきなり攻撃とは酷いな。ボルカ殿」
クロはボルカを見据えながら、ルージュを庇うようにして立ちはだかる。
「ここにいる時点で、貴様は甲板で飛び回っている小娘の仲間だろう」
クロの言葉を一蹴するボルカ。
どうやら、こちらの隠し事は、完全に露見したようだ。
ボルカは、銃をクロに向けながら動かない。
「銃を下ろしてくれないか。見ての通り、私に銃は通用しない。それに、ルージュ嬢に当たる危険性だって考えられる。船を落としたくはないだろう?」
クロは、ボルカを説得しようと試みる。
戦うにしても、できればルージュが傷つかないところに場所を移したい。
そう考えていたクロだったが、ボルカは何がおかしいのか笑いだした。
「心配なら必要ない。それは既に人間ではなくなっているのだからな。銃弾を数発受けた程度では、停止することはない」
「人間ではない?」
自分の家族をそれ呼ばわりするボルカに不快感を覚えるクロだったが、冷静に努めて情報を引き出すことに専念する。
「……貴様の力は惜しい。いいだろう。私の切り札が何たるかを教えてやる。それで大人しく降参するなら、私が王となったときに配下にしてもよい。……この船は、竜そのものなのだ」
ボルカは、饒舌にこの船について語りだした。
大昔のヴァレッド家は、国境近い場所で鉱石を掘っていた。
誰も攻めてこない国において、軍事力があっても持て余すしかない。
そこで有り余る人手で鉱石を掘って、地属性魔法を使う貴族に売り渡すことにした。
当時の鉱山では、暗がりを照らす上で火属性魔法というのは重宝されていたのだ。
採掘を続けている内に、様々な物を手に入っていった。
はるか昔に使われていた武器やその設計図など、出土する物の中には新発見の物すらあった。
それを元に火薬や銃といった失われた技術を再現することで、ヴァレッド家は無類の軍事力を手に入れることとなる。
火薬によって採掘の効率は各段に良くなり、地下深くまで掘ることができるようになった頃。
地中の遥か深くで、火属性魔法がある方向へ引っ張られる感覚が報告される。
その先に何があるかを確かめるべく、後の何代にも渡ってその方向へと掘り進められた。
まるで導かれるように掘り進められた結果、ついにそれは姿を現す。
火薬でも全く傷つかないその発掘物は、何らかの巨大な生物の骨だった。
調査により竜の骨だと正体が明らかになってからは、利用方法が模索されていく。
ヴァレッド家が代々魔力を注ぎ続けることで、竜の骨は次第に生命活動を再開し始めた。
そしてボルカの祖父の代で、ついに不完全ながらも竜の骨を支配することができるようになる。
竜の骨は身の回りの魔力が宿る物質を取り込み、肉体を強引に構築していった。
土や石、金属のかたまりの塊となった竜は、ヴァレッド家の人間である祖父の肉体を吸収することで初めて咆哮をあげたのであった。
「この船は、その竜を改造したもの。竜の化身などではない、本物の竜なのだ。そこにある心臓は、傷をつけてもすぐさま再生する」
ボルカは自信ありげに、ルージュの方に目をやった。
「つまり、お前は自分の野望のためにルージュを生贄にしたと?」
これまで黙って聞いていたクロは、頭に血が上るのを感じながら口を開く。
誰かの存在をここまで不快に感じたのは、クロにとってはじめてだった。
「そうだ。出来損ないでも、ヴァレッド家ではあるからな。有効活用しない手は──」
ボルカが話し終える前に、クロは手が出ていた。
『影足』で急接近したクロの拳を受けて、ボルカは吹き飛んでいく。
「……ふざけるな。お前の娘だろう。家族だろう。なんだってそんな扱いができる」
そう語りながら、クロは倒れたボルカへと近づいた。
放たれる銃弾も全てマントの影に沈めながら、ゆっくりと歩いていく。
ボルカの持つ銃を蹴り飛ばし、冷たい目で見下ろすクロ。
クロには、親も家族はいない。
だが、家族の温かさを与えてくれた者はいる。
自分以外の家族の形も、たくさん見てきた。
家族として関係がうまくいっていない者でさえ、葛藤や負い目は持っている。
貧民街の酒に溺れている者や悪徳貴族として他人を苦しめる者であっても、家族を軽んじる者はいなかった。
だが、目の前のこいつは違う。
(存在が不快だ。目の前のこいつがいることに、我慢できない)
クロは心の底からそう思った。
心の中に渦巻く怒りのままに、ボルカへ足を振り落とそうとした瞬間。
後ろから強い衝撃により、クロは地面へと転がった。
即座に体勢を立て直して、自分に何が起こったかを確認する。
自分がいたところに立っていたのは、ルージュだった。
その足取りは病人のようにふらついており、背中には先ほど一体化していた肉のような所から何本もの管が繋がっている。
「やれ、竜よ。そいつを殺せ!」
ボルカの言葉に反応して唸り声をあげるルージュ。
そのまま意識のないルージュは、人ならざる速度でクロへと飛び掛かった。
──────────
熱い。
そう感じるルージュは、光の中にいた。
光は炎のように揺らめいて、時折意思を持ったようにルージュの表面にまとわりつく。
自分の輪郭も定かではない中、必死に記憶を呼び起こす。
確か自分は父親の部屋に、行っていたはずだ。
段々と記憶が鮮明になっていく。
「急に呼びつけて悪いな。ルージュよ」
ボルカはそう言って、ルージュの方へと目を向ける。
謀反を起こすまで、予定ではあと二日。
それまでに、父親を止めなければいけない。
手紙によると、頭のいいレインは止めることは不可能としているらしい。
だが、そんなことはルージュには関係なかった。
最後までやってみなくては分からない。
「いえ、ちょうどこちらも用があったので。単刀直入に言いますわ。お父様は、何のために謀反を起こしますの?」
「なぜ、お前がそれを?」
ルージュの言葉に、ボルカは訝し気な表情を浮かべた。
「『スカーレットムーン』に、教えて貰いましたの」
「……まあ、ここまで来たらよいか。確かに謀反は起こす。そして、それはこの国のためだ」
事もなげにそう告げるボルカに、ルージュは噛みついた。
「この国が王族の力を前提として成り立っているのは、承知のはず。王族を排除すれば、すぐに他国に攻め込まれてしまいますわ」
「……それが歪なのだ。本来、人は人の手で守るもの。竜に支配されていては、竜の気まぐれで滅んでしまう」
ルージュが聞いたボルカの言葉には、全くもって納得できる部分は無かった。
人だって気まぐれを起こすのに、なぜ竜をそこまで敵視するのか。
「お父様は、間違っています。歪だとしても、わざわざ根底からひっくり返す必要はありませんわ。それではただ犠牲が出るだけですの」
そう反論するルージュに、ボルカはため息をついた。
「どこでそんな知恵をつけたのか。もうよい。しばらく大人しくしていろ」
そう言ってボルカは、懐から取り出した銃でルージュの足を撃つ。
咄嗟のことだったが、即座に反応して回避するルージュ。
銃弾が掠るだけで済んだルージュは距離を取り、棚の影に隠れる。
そもそもボルカは、ルージュの言葉に真面目に返答していなかったのだ。
適当に言いくるめることしか考えていなかった。
そのことにちくりと心が痛みつつも、ルージュは言葉を投げかけ続ける。
「今引き返さないと、取り返しがつきませんわ。勝てるとお思いですの?」
ルージュはそう話しながら、その自分の弱気に気づかないふりをする。
もっと早くから、このやり取りをするべきだったかもしれない。
その考えを結果論として、ルージュは振り払う。
ルージュは、自分が大切にされていないことに薄々勘づいていた。
自分が訴えかけたところで、一蹴されてしまうだろうと今までは考えていたのだ。
母がされたように、気を損ねたら幽閉される可能性だってある。
なので今までは、裏でこそこそと妨害工作に徹した。
この最初で最後の直談判は、謀反が差し迫った今だからこそできる賭けのようなものだった。
「勝てるとも。そのための準備をしてきたのだ」
言葉と共に、ボルカは続けて銃を放つ。
部屋の中を逃げ回るルージュだったが、さすがに銃の乱射を捌くのは難しい。
銃口を見て避けつつも、だんだんとかすり傷が増えていく。
ここは逃げてでも、生き延びるべき状況だ。
きっと師匠なら撤退して、ボルカを制圧する機会を伺うだろう。
正面からの戦いを避けるのが、義賊として習った極意だ。
だが、ルージュに逃げる選択肢は無かった。
なぜなら、義賊である前に、貴族であり家族でもあるからだ。
「幽閉されても国外へと追いやられる直前も、母はあなたのことを信じていました。私もそうですわ。どうか正しい判断を……」
ルージュの言葉に、銃声が止まる。
そう、こんな時になっても、ルージュはボルカを見捨てられない。
母から託された思いを、忘れられない。
犠牲を出さないための最後の希望は、ボルカが改心するという可能性のみ。
ボルカを殺害しても、その意思を継ぐ者が現れる。
扇動者であるボルカにしか、灯された革命の火を消すことはできない。
その一方でルージュは、確かにボルカに家族としての情を抱いていた。
父親に罪人になってほしくない。
ボルカの改心を願う理由の一つとしては、あまりにも自分勝手なものをルージュは誰にも明かさずに持っていたのだ。
そんなルージュの願いは、あっけなく打ち砕かれた。
「お前の母だと? そんなもの身籠っている弟と共に、ずいぶん前に竜へと取り込ませた。あの女といいお前といい、扱いやすすぎて哀れですらあるな」
ルージュは、ボルカの言葉に頭が真っ白になった。
母は、国外にいるのではないのか。
そもそも自分に、弟なんていたのか。
竜に取り込むとは……。
その一瞬の空白が、命取りだった。
音と閃光が、ルージュの世界を支配する。
目の前に爆弾が投げ込まれたのだと、遅れて理解した。
吹き飛んで倒れこんでいるルージュの足に、銃弾が撃ち込まれ激痛が走る。
「喜べ。母親と同じように、竜に取り込ませてやろう。お前は、私が王となるための礎となるのだ」
ボルカはそう言って、ルージュの首に手をかける。
ルージュには、慟哭や糾弾の機会も与えられることは無かった。
全てが曖昧になった今、その機会にすらもはや関心を持っていない。
どうすれば父を止められたのか。
どこで間違えたのか。
その問いをただ反復しては、後悔を重ねるだけ。
全てが終わってから後悔すればいいと、誰かが言っていた気がする。
ならば、この揺らめく光に身を委ねながら、後悔に身を沈めるのも悪くはない。
「……ジュ……ま……」
心地よい眠りを妨げるかのように、遠くから声が聞こえる。
煩わしくも、どこか安心する力強い声。
「ルージュ、目を覚ませ!」
思い出した、これは師匠の声だ。
……起きないと。
今度ははっきりと聞こえたその声に、ルージュの意識は急速に浮上していった。
ルージュの深堀回でした。
ルージュの母は表向きには国外の修道院に追いやられていますが、裏では身重の状態で竜の一部となっています。




