開戦
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とうとう、婚儀が執り行われる日がやってきた。
玉座に座ったバーン王子のいる部屋に、ドレスに身を包んだクロが登場する。
周りの貴族や臣下の視線からは、好奇心や不満など様々な感情が感じ取れた。
その視線を両側から浴びながら、クロは一歩一歩とバーン王子の待つ前方へと近づいていく。
歩く姿は堂々としており、動じている様子などは全く感じさせない。
(みんな見てる……。お腹痛い)
だが、当の本人は外見とは裏腹に、内心では緊張していた。
足取りが枷を付けられたかのように重い。
『ブラックムーン』の時は心地よくすら感じていた周りの目が、今はただただ恐ろしかった。
それもそのはず、今日のクロは国の命運を背負っているのである。
作戦が失敗すれば、多大な犠牲が生じるだろう。
やっとの思いでバーン王子の前までたどり着いたクロは、少しだけほっとした。
バーン王子が隣に立っていてくれるだけで、安心感がある。
「では、これより婚儀を執り行う」
そうバーン王子が発言した瞬間、玉座の後ろで大爆発が起こった。
轟音が部屋を震わし、閃光が二人を包む。
呆気に取られた周囲の人々は、遅れて何が起きたかを理解するとほぼ全員が入口へと殺到した。
バーン王子が、何者かに襲撃されたのだ。
この場にいれば、巻き込まれるのは明白である。
一部の臣下が即座に誘導をしたことで、あっという間に人がいなくなる。
がらんとした部屋に取り残されたのは数人だけであった。
ヴァレッド家派閥に属するその数人は、暗殺が成功したのか失敗したのかを確認しに、煙の中に目をこらす。
『ブラックムーン』がどのような手段で暗殺に出るかは不明であったが、自爆とは思わなかった。
この威力ではさすがのバーン王子でも無事ではいられないだろう。
しかし、煙が晴れて確認できたのは、何もない焦げ跡だけであった。
すぐさま確認を終えた数人は、外に出て信号弾を打ち上げる。
その信号弾を場外から確認した貴族が一人。
その貴族は、城を包囲する平民を指揮する者であった。
「これより進軍を開始する! 進め!」
信号により暗殺が未遂に終わったと理解した指揮官は、平民の全体に大声で命令と下した。
鎧と銃剣を武装した平民たちが次々と、城内へと突き進んでいく。
これより先は虫一匹すら、逃してはならない。
投降する者であっても、抹殺せよ。
それが、事前に与えられた平民たちへの指示であった。
国が腐った原因は王のみではなく、それを放置した貴族や臣下にもある。
旧きを根絶やしにして、初めて革命は達成されるのだ。
血走った眼で、城内を端から端までくまなく捜索していく。
だが、探せども誰一人として人を見かけない。
段々と違和感が募っていたその時、前方にいた平民の一人がばたりと倒れた。
それに続くように続々と倒れる仲間に、後方にいた平民たちは恐慌に陥る。
「落ち着け! 一度退却だ! 退却しろ!」
後方にいる指揮官が乱れた統率を整えようとする頃には、手遅れであった。
城の外に逃げてなお、その正体不明の昏倒は治まることは無かった。
城を包囲して待機していた平民のほとんどが地に伏しており、指揮官はようやく作戦の失敗を悟った。
指揮官は何が起きたかを別動隊に伝えようと信号弾を準備するが、途端に意識が遠のいていく。
完全に意識を失う前に指揮官が感じたのは、就寝前のような穏やかな心地よさであった。
「とりあえずは、こんなところでしょうか」
平民が倒れゆく様を上空から眺めていたウィンは、地上の空気に意識を集中する。
現在の地上には、量産されたワーグの睡眠薬をガス状にしたものが大量に散布されていた。
これはウィンが、婚儀の前にあらかじめ上空に運んでおいたものである。
婚儀の場でクロが爆発が起こすと同時に、その睡眠ガスを地上へと風で運んでいく。
レインの作戦では、信頼のできる者にはあらかじめ眠気覚ましの薬を服用することになっている。
これによってクロたちは、睡眠ガスの充満した空間でも問題なく行動することが可能となる。
今頃は、『土竜商会』の者たちが、眠りこけた平民たちを拘束していることだろう。
だが、これで終わったわけではない。
おそらく先陣を切った平民たちとは別に、ヴァレッド家派閥の貴族がいるはずだ。
その中には何らかの方法で睡眠ガスから逃れた者もいるだろう。
相手が貴族であれば交戦は避けられない。
(皆さん、どうかご武運を)
ウィンは上空で地上の睡眠ガスを拡散させながら、あとを仲間に託すのであった。
──────────
風属性魔法で周囲に作り上げた空気の壁の中で、別動隊の貴族は冷や汗をかいていた。
慎重に城を進んでいくと、意識を失った平民たちが地面に転がっている光景が目に入る。
(空気の流れがおかしいと思ったら、まさか毒を散布していたとは……)
この被害規模は、毒ガスだろう。
非常に広範囲であることから、相手には想定以上に厄介な風属性魔法の使い手がいることは確実である。
応戦した形跡がないことから、抵抗する間もなかったのだろう。
そしてそれが意味することは、奇襲の作戦が漏れていたということである。
大勢の平民が正面から押し入る一方で、裏から少数精鋭で固められた貴族たちが忍び込む手筈となっていた。
だが、嫌な予感がした風属性魔法の使い手である貴族は、即座に魔法を展開したのである。
咄嗟に守ったはいいものの、一部の守れなかった者たちは意識を失ってしまった。
一応、自身の魔法にしてはよくやったといっていいぐらいには、ほとんどの被害を抑えることはできた。
残ったのが、特殊な武器を持たされた精鋭のヴァレッド家派閥の貴族が10人と、それを援護する貴族が7人。
正面の陽動が失敗した以上、増援が来るまではなんとか持ちこたえる選択肢もあった。
しかし、ある程度向こうの戦力を間引いておくのも、悪くはないという結論に至った。
最悪、バーン王子に遭遇しても、撃退するだけの力はあるはずだ。
その自信の根拠となっているのが、武器である。
今この場のヴァレッド家派閥の貴族が持っている武器は、数が少ない代わりにその威力は申し分ない。
バーン王子にも通用するであろう、ヴァレッド家派閥の中でも高水準の武器の一つである。
さらに、弾丸にも特別な加工が施されている。
グラント家派閥が参入したことで、地属性魔法も武装に組み込まれているのだ。
この弾丸の先端が対象に接触すれば、小型の『鉄の槍』が起動する。
弾丸から生えた鋭い棘が、その勢いのままに敵を貫く。
これさえあれば、竜の力が相手でも対抗できる。
そう考えていた貴族は、風が運んできた何者かの足音を察知した。
歩く音から鎧を着ている様子は確認できず、おそらく敵である。
黙って合図を送り合い、貴族たちは曲がり角に狙いを定めて攻撃の構えを取った。
初めての会敵であっても、そこに動揺のようなものは一切見られない。
曲がり角に敵が差し掛かるのと、その頭部に弾丸が撃ち込まれるのは同時であった。
壁ごと貫いた弾丸は、男がこちらを覗き込む前に命中した。
撃たれた人影は、そのまま倒れこむ。
バーン王子でもなければ、必殺の一撃である。
(まずは一人)
敵を仕留めて、ほんの少しだけ緩んだ空気。
しかし、その空気は再びピリついたものへと変化した。
仕留めたはずのその男が、むくりと起き上がったのである。
頭から血を流しているが、致命傷になっている様子はない。
「すごい威力だね。気を抜いてたから、思わず転倒してしまった」
そう言ってこちらに目を向けたのは、灰色の髪をした男だった。
男が剣を構えた瞬間、貴族たちはぞわりと背筋に鳥肌がたつ。
剣が光を放つと同時に、男は凄まじい速度でこちらへと接近した。
銃と魔法による総攻撃を仕掛けるが、その勢いが削がれることは一切ない。
男が通り過ぎた場所にいた貴族のうめき声が、廊下の遥か後方から聞こえてきた。
後ろを振り返ると、遥か後方に光る剣から血を振り払う男がいる。
その足元には、腕を切り落とされた貴族がうずくまっていた。
男はその貴族が持っていた武器を手に持ち、興味深そうに眺める。
「この武器、ずるいね。うちの用心棒たちじゃ、多分太刀打ちできない。でもまあ、こっちの武器もずるいから、おあいこってことで」
「「『炎の竜巻』!」」
風属性と火属性の合体魔法が、男に炸裂する。
天井に届く高さはあろうかという燃え盛る炎の渦が、視界を埋め尽くす。
うずくまっている仲間には悪いが、なりふり構っていられる相手ではない。
総員が銃を構えなおそうとした次の瞬間、炎の渦がかき消される。
男が光る剣を振るっただけで、炎を切り裂いた切断面から広がるように魔法が消失したのだ。
貴族たちは背を向けることは無かったが、思わず後ずさりをしてしまう。
「逃げないのか。なかなか勇気がある」
「どうせ乗り越えねばならぬ敵だ。……名を聞いても?」
男の言葉に、初めて貴族の一人が返答した。
口を開いたのは、貴族たちの中でも一番老いている貴族だった。
「グレンだ。そっちは名乗らなくていい。全員の名前なんてこの場で覚えきれないからね」
「ふん。戦場で軽口とは。見上げたやつだ」
貴族の老人は、どこか嬉しそうにグレンに銃口を向ける。
それに答えるように、グレンは光る剣の切っ先を貴族たちに突き付けた。
「そっちは降参しなくていいのか? 力の差が歴然なのは、理解できているはずだけど」
「ああ、わかっている。だが、それは戦いを止める理由にはならない」
貴族たちは理解していた。
目の前にいるグレンという男が、自分たちの全霊をもってしても敵わぬ相手ということを。
しかし、それがなんだというのか。
平和の世で腐る刃を振るえるのは、今この時しかない。
革命によって血が流れる前にも後にも、自分たちの居場所などない。
ならば──
「──ここで死ぬまで貴様には付き合ってもらう。それが我らの本懐よ」
もはや言葉は不要とでもいうかのように、静寂が場を支配する。
再び敵に切り込もうとしたグレンは、足に何かが絡みつく感触に一瞬硬直する。
腕を切り落とされうずくまっていた貴族が、片腕で足にしがみついてきたのだ。
その一瞬の隙に、他の貴族たちが銃を一斉に打ち続ける。
グレンは剣で銃弾を切り落としていくが、いくつかの弾が体へと命中した。
光の魔力によってとてつもなく固くなっているとはいえ、体の表面を傷つけるぐらいの威力はある。
(同じところに何度も食らえば、少しまずいかもしれない。安全に倒す方法もあるにはあるが……)
相手は負傷した仲間ごと攻撃するほどの決死の覚悟で、こちらに立ち向かってきている。
そしてその覚悟は自暴自棄なものではなく、何か目的があってのものだ。
つまり、敵の本命はまだ控えている。
ならば決着を急がなければならない。
覚悟を決めたグレンは、防御を捨てて敵へと突っ込んでいった。
一人ずつ狙いを定めて、確実にその命を絶つ刃を繰り出していく。
当たれば致命傷をなるその剣撃を、貴族たちは器用に躱した。
首の代わりに肩を切らせ、そのまま反撃につなげる。
誰しもが生に執着する貧民街では見かけない、死を前提とした攻防。
今までグレンが戦った相手には、いなかった手合いである。
(これは簡単にいきそうにないな)
返り血を手で拭いながら、グレンは剣を振るい続ける。
血に濡れた光の剣は、無慈悲に何人目かの命を奪い去った。
──────────
グレンの戦いぶりを影から見ていたクロは、『影足』でその場を離脱した。
高速で城内の影を移動しながら、『勇者の剣』を持ったグレンの強さに身震いする。
レインの策では、グレンに『勇者の剣』を渡して睡眠薬が効かなかった相手を制圧させることになっていた。
さすがに無茶ではないかとクロは思っていたが、全くの杞憂だったようだ。
あの強さであれば、睡眠薬の散布がなくてもグレン一人で何とかなっていたかもしれない。
そう思わせるほどの強さであった。
クロは現在、その足の速さで城内の偵察や味方との伝達の役目を負っていた。
城の最上階でレインと合流したクロは、眠りに落ちた平民の様子やグレンの戦いぶりについてレインに報告する。
「なるほど。ウィンとグレンは、うまくやってくれているようですね」
レインは現在の戦況を聞いて、『土竜商会』の用心棒の人たちに伝える指示をクロに出していく。
『土竜商会』はグレン以外は非戦闘員として参加しているので、基本的に平民を拘束して運搬するのが仕事だ。
グレンによって安全が確保された場所を、常に把握して行動を指示する必要がある。
「状況は? 俺も出た方がいいか?」
バーン王子が、レインにそう尋ねた。
「今のところは、大丈夫です。ほぼ確実に控えているであろう敵の本命にいつでも対処できるように、引き続きバーン王子はここで待機をお願いします」
レインはそう言って、バーン王子に待機し続けるように求めた。
そもそもの話、今の城の中で起きていることはバーン王子だけでも簡単に対処できてしまう。
それほどまでに、バーン王子の持つ竜の力は強力なのだ。
問題は、そのバーン王子の力に挑むヴァレッド家派閥の手札の全容が、未だに見えないことにある。
レインからそう説明を受けていたクロは、いつまでも拭えない不安にいてもたってもいられなくなる。
「もうちょっと偵察してきた方がいいかな?」
「いや、体を休められるなら、休めておくんだ。いざという時には、クロにも戦闘に参加してもらうことになるかもしれない」
クロの質問にそう言って返したオルターは、クロに魔力回復の魔法薬を渡す。
オルターは、今のところレインの補助をしている。
負傷者の手当を担当する予定だっただが、今のところは怪我人はほとんどいない。
オルターに言われるがまま体を休めていると、レインの元へウィンが焦った様子で降りてきた。
「雲の向こうからすごい速度で何か来ます。人工物のようです」
ウィンがそう言って間もなく、雲を突っ切って見慣れない物体が目視できる距離に現れる。
「なんだ、あれ……?」
大空に現れたのは、翼を付けた巨大な船のような物だった。
銃弾に魔法で加工しても、光の魔力の影響下では魔法が剥がれます。
なので本当にただの威力が高いだけの銃で、化け物を相手しているようなものです。
魔法が通用しないグレンの相手する貴族たちが不憫でならないですね……。
ワーグは前日に魔法薬の生産という裏方作業を頑張ってダウンしています。
リアは『土竜商会』の本拠地以外では戦力外なので、お留守番です。一応作戦の立案には貢献してくれています。




