『勇者の剣』
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教会で目を覚ましたクロは、窓から差し込む朝日に目を細めた。
久しぶりのいつもの朝に、ここのところの出来事を思い出す。
あれから復興したこの街は、平和になりつつある。
グレンは『土竜商会』の親分の座から身を退いて、今はリアが商会を切り盛りしているらしい。
現在のグレンは、リアの個人的な護衛のような立ち位置に収まっているそうだ。
リアが取り仕切るようになってからは、『土竜商会』は仕事を斡旋する場所となった。
元々リアがグレンの暴走を抑制していたこともあり、『土竜商会』の存在は街の人からすんなりと受け入れられている。
借金の仕組みや高額な家賃も見直され、『土竜商会』はこの街の顔になりつつあった。
今の街が土竜街と呼ばれるぐらいには、親しまれているようだ。
教会の支援などもあって、当初のように路頭を迷う者を見かけることはなくなった。
『ブラックムーン』のこれからの役割は弱者への施しというよりも、悪者への制裁が主なものになるかもしれない。
そんなことを考えながら、特訓をしているいつもの場所に行く準備を終えて教会を出た。
森の奥にある特訓の場所へと到着すると、クロの耳に騒がしい声が入ってくる。
(またあの二人かな)
クロが声の方へ向かうと、そこにいたのは案の定グレンとルージュであった。
「オレはクロ姐さんに挑むのに忙しいんだ。お前に用はない」
「いいえ! 師匠に挑むなら、まずはこの『スカーレットムーン』を倒してからにしてくださる?」
聞き飽きた喧噪にクロはため息をつく。
グレンは、あれから度々決闘を挑んでくるようになった。
一方でそれに並行してルージュも以前のように修行を付けてほしいという。
だがクロは原作『ブラックムーン』のように分身したりはできない。
この二人が揃えば喧嘩になることは必然だった。
「おはよう、二人とも。『スカーレットムーン』には、前に教えることはもうないって言ったはずだけど」
「うっ、それは……。私はもっともっと強くなりたいのですわ! そんなこと言わずにどうか……」
ルージュがこちらに懇願してくるが、クロに教えることがないのは事実である。
「ふん、お前はもう少し身長を伸ばしてから出直してこい」
「なんですって!」
目の前でにらみ合いが続く中、クロはルージュについて頭を悩ませる。
そもそも、クロとルージュでは戦闘スタイルに違いがありすぎるのだ。
クロは我流の格闘術と影の魔法による近距離型である。
投げ物は距離を詰めるための手段であり、接近してからが本番だ。
対してルージュは小柄さを活かした速度と爆弾の投擲による中遠距離型である。
投擲や逃走について教えられるだけ教えた以上、あとは自分で伸ばせるところを伸ばしてもらうしかない。
「グレン、人の身長をとやかく言うのはよくない。私もグレンに背を抜かされてるの気にしてるのに」
クロはグレンに釘を刺した。
その言葉はグレンに背を抜かされたクロにも刺さってしまう。
クロの身長はルージュより背が高いとはいえ、同年代よりは少し低いのだ。
オルター曰く、子供の頃に筋肉をつけすぎると成長を阻害する場合があるのだとか。
「いや、あくまでも戦闘において不利という意味の指摘で……。クロ姐さんは問題ないよ」
クロが少し落ち込んだのを見て、慌ててグレンは訂正する。
「そもそも今日のリアは城に向かう予定じゃなかったっけ? リアに同行しないでいいの?」
クロがグレンへと尋ねた。
実質の土竜街の支配者であるリアは、その影響力から貴族に並び立つまでになっている。
リアは元貴族であるからか、社交界の作法に詳しい。
今日は他の貴族へ挨拶に回る予定なんだとか。
牽制だの取引だの色々とやることがあるらしい。
「それは後日になった。最近きな臭い出来事が起こっているらしい。調査の依頼が来てから、リアはずっと書類と睨めっこだね。オレは今のところ戦力外だと」
少し不服そうなグレン。
このグレンの様子だと、きっとリアの方が向いている仕事なのだろう。
クロから見て二人とも頭がいいが、その方向性が異なる。
グレンは判断の速さがずば抜けており、緊急の要件であってもすぐさま対応できるタイプ。
リアは経験からくる知識と思考力が秀でており、時間をかけて最適解を導くタイプ。
事態が混乱を極めていればいるほど、リアの方が適任となる。
今回リアを悩ませているのは、それだけ根が深そうな問題ということだ。
「へぇー、忙しい主人をほっぽり出して姐さん姐さんって。まるで家族が恋しい子どもですわね。」
「なんか言ったか?」
今度はルージュがグレンに嚙みついた。
お互い今にも掴みかからんとする勢いで、にらみ合う。
二人の一触即発の空気をなんとかできるのは、この場にはクロしかいなかった。
パンッと手を叩いたクロに、二人の視線が集まる。
「よし、それならこうしよう。これから二人には模擬戦をしてもらう。勝った方が今日は譲ること。方法は最初に攻撃を通した方の勝ちね」
二人はクロの提案を、渋々承諾した。
血の気の多い二人のことだから、きっと思いっきりやりたかったのだろう。
だが、大けがをされても困る。
「じゃあ、いつでも初めていいよ。」
クロが声をかけた後、距離を取って向き合う二人を静寂が包む。
どこかでポトリと枝が落ちる音が聞こえると同時に、ルージュが爆弾を投げつけた。
グレンの顔の前で小さな爆発が起こる。
治療用の魔法薬を用意しているとはいえ、容赦ない攻撃である。
だが、爆発による煙が晴れると無傷のグレンが現れた。
両手を前に構えて攻撃を完全に防いだグレンの拳は、薄っすらと光を帯びている。
リアによると、グレンのこの光る拳の原理は魔法で周りのものを巻き込む原理に近いらしい。
もっとも光属性魔法で何を巻き込んでいるかは不明だという。
剣から光の魔力を取り込んだ時は全身にその効果が現れたが、今のグレンは拳限定でその状態にできるのだとか。
秀でた格闘術に異常に固い拳、さらにはその拳で魔法を壊せるとなれば、かなりの難敵である。
この情報をリアから伝えられたときのクロは、あまりの自分との相性の悪さに乾いた笑いが出たものだ。
決闘の誓約書で互いに魔法を使用しないという縛りを入れた過去の自分に、心の底から感謝した。
そんなグレンの拳を見ても『スカーレットムーン』は動じない。
グレンの周囲を目にも止まらぬ速度で動きながら、ルージュは爆弾を投げ続ける。
その速度は、もはやクロの最高速度を優に超えていた。
グレンも爆弾を固い拳で防ぎつつ、近づいて拳を放つが避けられてしまう。
爆弾の起爆は魔法によるものだが、火薬による爆発はグレンの拳でも無効化できない。
つまり、強化され固くなった拳であっても、永遠に防ぐことはできないということである。
一方のルージュの方も、ずっと素早く移動し続けられるわけではない。
お互い限界まで力を出し切った上で、戦況が膠着しているのである。
だが、両者とも隙を見せてなるものかと、攻撃の手を緩めることはない。
さすがは、何度も戦っているだけのことはある。
実はこの二人が戦うのは今日が初めてではないのだ。
そして、その結末はいつも決まっている。
「はぁ、はぁ。これで……終わりですわ……」
「なんの……、まだまだ……これからだ……」
二人ともへろへろになりながら倒れる。いつも通りの見慣れた光景であった。
「今日も引き分けってことでよさそうだね」
そういって倒れた二人に魔法薬を渡したクロは、その場を後にした。
クロとの時間を取り合って、二人とも動けなくなる。二人が相対したときから、きっとこの結末は決まっていたのだ。
(たまにはお互い良い刺激になるだろう)
クロは呑気にそんなことを考えるのだった。
──────────
リアが仕事に追われていることを聞いたクロは、ワーグの屋敷に向かっていた。
(何か差し入れとして、魔法薬とか渡そうかな)
前にクロは、ワーグから眠気覚ましの魔法薬を貰ったことがあった。
睡眠の魔法薬を間違えて飲んだときは、それを飲むとよいと教わったのである。
また、眠くて仕事に集中できないときにも重宝するとも聞いた。
この薬があれば、リアの仕事も捗るはずである。
とはいえ義賊活動への援助として貰ったものを、友達の差し入れとして横流しするのも気が引ける。
なので、魔法薬を友達に渡していいかというを、ワーグ本人に直接聞くことにしたのだ。
「おお、クロか」
屋敷に着いたクロは、オルターから声をかけられた。
「あれ、なんでオルターがここに? 確か『勇者の遺物』について調べてるって……」
「まあ、成り行きだ」
オルターから事情を聴くいたところ、どうやらグレンと例の剣についての報告をきいたワーグが興味を示したらしい。
ワーグが『勇者の遺物』に興味を持っているのは、オルターからしても意外だったらしい。
最終的に、ワーグの元で『勇者の遺物』について調べることにしたそうだ。
「先日クロから報告を受けたグレンの事例や異常に蓄積された光の魔力といい、この『勇者の遺物』は当時の勇者が使用していた剣と見ていいだろう」
オルターは少し興奮した様子で、『勇者の遺物』についてクロに説明した。
「あんまり勇者のこと詳しく知らないんだけど、もしかしてとんでもないこと?」
クロはその凄さにあまり実感が湧かず、首を傾げる。
「凄いなんてものじゃない。国外を見渡しても、こんな発見はないんだ。おそらく国王から貰える報酬は、平民が何代も遊んで暮らせるほどだろう」
オルターからそれを聞いて、クロは目を向いた。
あれって、そんなに価値のあるものだったのか。
「それでだな。この剣の探索に大きく貢献したクロにも、分け前が与えられて然るべきなんだが……。お尋ね者のクロでは、受け取り方を工夫しなければいけない」
「……まあ私がいなくても、いつかは回収できてたかもしれないし。別に気にしなくていいよ」
クロは、オルターの提案をやんわりと断った。
貧民街が土竜街として生まれ変わったことで、弱者への施しの必要性もほとんど無くなってしまった。
莫大なお金が今のクロの元にあっても、宝の持ち腐れなのだ。
それなら、オルター達が研究に使ってくれた方がいい。
「しかし……」
「なら、今後も『ブラックムーン』への支援を続けてほしい。それで十分だよ。ところで、最近ウィンとはどう?」
気遣うオルターに別の話題を振るクロ。
「……フローレス家によく馴染めている。ただ、今回のクロの件をきいて心配している。今日ちょうど来ているし、会っていくといい。今もワーグと一緒に『勇者の剣』を調べているところだ」
「あれ、オルターは調査に加わらないの?」
首を傾げるクロに、オルターは口を開いた。
「『勇者の剣』に興味が無いわけではないが、今の私の興味はグレンにある。光の魔力を扱ったグレンを知れば、勇者についても知ることができる」
オルターはそう言って、そのまま屋敷を出て行った。
体を調べさせてほしいと、グレンに直談判しに行くんだそうだ。
研究熱心のオルターに捕まるグレンのことを、クロは少し不憫に思うのだった。
オルターの背中を見送ったクロは、ウィンとワーグの元へと向かう。
「あ、クロ。久しぶりですね」
ウィンはクロを見るやいなや、剣をそっちのけで近寄ってく挨拶してきた。
「ごめん、邪魔した?」
「いえいえ。ちょうど休憩したいと思っていたので」
ウィンは軽い調子でクロに語り掛ける。
何やら思い悩んだ様子で『勇者の剣』の側にいるワーグとは対称的である。
「クロは、どうしてここに?」
「ああ。土竜街の事案に頭を悩ませているリアに、薬を差し入れできないかと思って」
クロはウィンに目的を伝える。
「土竜街の最近の事案というと……。おそらく、崩落で去った住人が行方不明なことについてでしょう」
「行方不明?」
クロにとって、その情報は初耳だった。
ウィンは、最近の事案を簡単に説明する。
なんでも、崩落のときに去った住人に『土竜商会』が呼びかけを行っているらしい。
行き場を失っているかもしれない人々に、貧民街の復興を知らせているのだとか。
しかし、それで戻ってきたのは半数にも満たないそうだ。
新しい居場所を見つけたのかと、調査をしても人々の影はどこにもなかったという。
「今ではこの話は城にまで上がってきていて、調査の規模も大きくなったはずなのですが……」
ウィンの説明を聞いて、クロもこの事案を不思議がる。
貧民街の住人は、前々から横の繋がりがあった。
だから崩落で去った住人も、ある程度まとまって行動しているはずだ。
その足取りを追えないというのは奇妙な話である。
二人で話し合っていると、ワーグがそこへやってきた。
「クロ、大事な話をしたいのだ。ウィンは少し席を外してほしい」
ワーグは何やら思いつめた様子だ。
素直に言うことを聞いたウィンは退出し、クロとワーグの二人きりになる。
「薬の件の話は、聞こえていた。『勇者の剣』の調査に携わった吾輩にも報酬は入る。よって吾輩からの支援は好きに使うとよい」
「ありがとう。それで大事な話って?」
クロの問いかけに、しばらく言葉を考えていたワーグはようやく口を開いた。
「勇者と魔王の話については、どれくらい知っている?」
「おとぎ話については、オルターから少し聞いたくらいかな」
自分の記憶を確かめながら、クロはワーグに返事をした。
クロが知っているのは、勇者と魔王が大昔に争っていたことぐらいである。
ワーグは重苦しそうな雰囲気で、話を続ける。
「お主が魔王と同じ力を持っているかもしれないと言ったら、信じるか?」
そこからワーグは、クロの魔法が魔王の力を酷似していることについて説明した。
また、大昔の魔王の恐ろしさについても、ワーグは話した。
あの竜にすら匹敵かあるいは凌駕する力で、軍勢を作り上げて数多の国を滅ぼし続けたという。
「でも、同じ力を持っていても魔王ってわけじゃないんじゃ……」
クロはワーグの言葉に反論する。
「もちろん、そうであればよい。だが、グレンの存在がある以上、魔王がこの時代に存在する可能性は高い。」
ワーグは、知人から手に入れたという大昔の記録の写しをクロに渡す。
クロは内容を読み進めると、そこには魔王と勇者の関係について書かれていた。
かつての記録によると、魔王が恐怖を振りまいていたときは、光属性魔法を使う者が勇者を担っていた。
しかし、魔王が討ち果たされて以降、その光属性魔法を使う者はぱたりといなくなった。
その光属性魔法を使うグレンが現れたことについて、ワーグは懸念しているようだ。
「未だ原因不明であるウィンの暴走の件もある。これを偶然とも言い切れん」
ワーグは真剣な表情で、クロを見つめる。
「この話をしたのは、クロの意思を確認するためだ。教会に相談すれば、その力を調べることも封じ込めることもできるかもしれん」
ワーグによると、教会は『勇者の遺物』を多数所有しているという。
魔王の力について何か対処できるかもとのことだ。
だが、それはクロが危険物として扱われるということでもある。
最悪の場合、一生教会の監視下であることも覚悟しなければいけない。
「教会にこの話を持っていく前に、自力でなんとかするという方法もある。『勇者の剣』を調べれば、教会に頼らずともどうにかなるやも…。」
ワーグの話は今後のクロの人生を左右するものだった。
いきなり深刻な話を聞いたクロは思わず押し黙る。
「今すぐに返事をしなくてもよい。今後どうするか、時間をかけて考えてほしい」
ワーグはそう言って話を切り上げた。
話を聞き終えたクロは、半ば放心状態で帰路につく。
去り際にウィンに心配されたが、とりあえず秘密にすることにした。
今はとりあえず自分の頭で整理したい。
(魔王と聞いても、あんまり実感が湧かないなぁ)
クロは自分の力が好きだった。
誰かを助けられる夢のような力だと、今日までそう思ってきた。
だが、危険なものであるなら、使うべきではない。
ウィンの暴走の件は話には聞いていた。
あの時のそれが自分のせいだったら?
そう思うと思わず身震いする。
「……力を求めるか?」
そんな声がどこからか聞こえた気がした。




