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『土竜商会』

別サイトの『ハーメルン』で最新話まで追うことができます。

(別荘、楽しかったな)


 フローレス家の本邸までウィンに送ってもらったクロは、貧民街へと向かいながらここ数週間の療養生活を思い出す。


 水着のルージュが凄まじい勢いの小舟に乗って登場したり、オルターとの模擬戦を仕切りなおしたりなど、なかなか刺激的な毎日だった。


 ウィンとオルターをくっつける作戦はうまくいかなかったが、距離は縮まったようで一先ず満足である。


 海賊たちは王城に引き渡されて尋問をされているところらしい。


 だが、肝心の船長が持っている情報も曖昧なものであった。


 大旦那と呼ばれる人物から雇われて、立派な船を与えられたからフローレス家派閥の港を攻めた。


 そしてその大旦那は火属性魔法を扱う。


 この二つ以外の情報は得られていない。


 今回の事件の規模は国内で治まるとは限らないため、調査はあまり進んでいないのだとか。


 それから、『勇者の遺物』については、帰ってからもクロが保管し続けることになった。


 というか保管せざるを得なくなったというべきか。


 クロの影に入れている内に『勇者の遺物』が取り出せなくなってしまったのである。


 クロの『影拾い』による収納は影が消失すれば魔法が解けるはずだが、魔法が解けても『勇者の遺物』は現れない。


 オルターが言うには、光属性の魔力によってクロの魔法に何かしら誤作動が起きている可能性があるという。


 光属性の魔力は、他属性の魔法を分解する力を持つ。


 その魔力が影の中に漏れ続けたのなら、魔法がうまく働かなくなってもおかしくはない。


 取り出そうと皆が色々試してくれたが、全ての試みが悉く頓挫した。


 仕方がないので帰ったらワーグに相談するということになってからは、そのまま放置である。


 幸いなことに魔力量が一層大きくなったクロにとって、あの程度の棒きれなら常時しまっていても支障をきたすことはない。


 取り出せないだけでクロが魔法を使用することにも特に問題はなかった。


 あとは、グラント家派閥がほぼ壊滅状態だという話が城から伝わってきた。


 派閥に属する多くの貴族が没落したことで、見限る貴族が続出したそうだ。


 それに伴ってグラント家との契約で強まっていたクロの『紋章』の輝きも、以前とほぼ同じくらいのものに落ち着いている。


 体力もほぼ回復しており、義賊『ブラックムーン』の完全復活といってよいだろう。


 このように思い出に浸っていたクロだったが、だんだんと見覚えのある景色になってきたことに気が付いた。


 貧民街が近づいているのだと思うと、自然と足取りが軽くなるのをクロは実感する。


 そうして久々に貧民街に戻ってきたクロは、様変わりした道のど真ん中で立ち尽くしていた。


 崩落によって貧民街がボロボロになっているという情報は、オルターからすでに耳にしている。


 日を追うごとに崩落が進み、住処を失った人もいるのだと。


 『ブラックムーン』として何か復興を手伝えることは何かないだろうかと、クロは色々と考えを巡らせていた。


 ところが戻ってみれば、そのような考えはクロの頭からすぐさま吹き飛んだ。


 なんと貧民街があったところには、すでに立派な街が出来上がっていたのである。


 所々に立ち並ぶ立派な家屋は、貴族が好みそうな派手さが少し混じっておりどこか悪趣味さを感じさせるほどである。


 そこに貧民街の面影などどこにも残っていない。


 クロは帰り道を間違えてないか何度も確認したが、そこは確かにクロがいつも通っていた道だった。


 もはや復興どころの話じゃない。


 どこかの誰かが資金投入でもしてくれたんだろうか。


 混乱したクロがとりあえず向かったのは、以前まで教会があった場所だった。


 クロが元々住んでいた場所には、遠目からでも分かるほど大きくて一番目立つ建物が建っている。


 この様子では、クロの寝床は残っていない可能性の方が高い。


(自分の住処にあった物の一部を教会へと移しといてよかった)


 クロは全てを失ったわけではないと前向きの考えることにした


 とはいえ、かつて書き記した『ブラックムーン』の小説の写しが紛失していることを想像すると、クロの気持ちは沈んでく。


 目的地にたどり着いたクロは、不格好ではあるが以前と同じように修復されている教会を見て少しほっとするのだった。


「おや、クロではないですか。戻るのが遅くなって申し訳ない」


 教会に入ったクロを出迎えたのは、ブラウン神父だった。


「お帰りなさい、ブラウン神父。教会も崩落に巻き込まれていたのですね。修繕を手伝えなくてすみません。それでその……貧民街の方は一体何が?」


「話せば長くなるのですが……」


 事態が飲み込めていないクロに、ブラウン神父がこれまでの経緯を説明する。


 なんでもブラウン神父が戻った頃に、とある組織が頭角を現したという。


 その名を『土竜商会(もぐらしょうかい)』。


 最初は住民に反感を持たれていたようで、暴力沙汰になることもあったそうだ。


 しかし崩落で混乱する最中、復興を掲げる『土竜商会』は徐々にその名を轟かせていった。


 地盤が弱くなった土地の補強や建物の修繕、さらには住処を失った住人への面倒に至るまで様々な側面から復興に寄与。


 瞬く間に復興が完了した結果、この町は『土竜商会』に牛耳られている状態だという。


 そして支配された町の住人は、『土竜商会』に逆らえない。


 立派になった家屋に住まわせてはくれるものの、高額な家賃を要求されるのだとか。


 払えなければ、借金か追放かの道しかない。


 土竜商会は元々貧民街にいた腕に覚えのある乱暴者たちを組織に迎え入れているため、腕っぷしで敵う者はほとんどいない。


 そのため、ほとんどの者が泣く泣く従っているようだ。


「最初は反抗する者もいたそうですが、今となっては元貧民街ではこの教会が唯一の支配の及んでいない場所になってしまいました」


 ブラウン神父は、悲し気な表情でそう語った。


「よく無事でしたね」


「ここは自力で復帰させるから貧民街の復興を優先してほしいと、向こうの提案を突っぱねていたのが功を奏しましたね。まあ復帰はかなり大変でしたが」


 ブラウン神父がいうには、暴力沙汰に巻き込まれることもほとんど無かったという。


 おそらく以前に町の秩序を維持していたクロの存在を恐れて、教会に手を出さなかったのだろう。


(ここが無事なのは良かったけど、この町の様子は見過ごせない)


 復興を手助けしたといっても、『土竜商会』による弱者からの搾取は見過ごせない。


 貧民街にはグレンをはじめとする面識のある人間が大勢存在する。


 それらを苦しめるというなら、黙っているわけにはいかない。


「少し様子を見てみたいんだけど、どこに行けば『土竜商会』に会える?」


「『土竜商会』はこの町で一番目立つ建物なので一目で分かります」


 ブラウン神父から聞いた情報には、覚えがあった。


 あのクロの寝床だった場所にあった建物が『土竜商会』の本拠地だったようだ。


 クロは教会を出て、ブラウン神父からの情報をもとに、今夜中に忍び込む算段をつけるのだった。



──────────



 数人の男たちが談笑する声が、薄暗い廊下に響き渡る。


 昼間は労働者が仕事を貰いに来て賑わうこの『土竜商会』の建物も、夜は静まり返っておりがらんとした雰囲気であった。


「はぁー、だりぃ。警備なんてしなくても誰もこねぇよ。親分に逆らうやつなんているもんか」


 男たちは『土竜商会』に雇われた用心棒であった。


「正面から逆らわなくても、忍び込むかもしれねぇだろ。ここにいるだけで、金がもらえるんだ。いいことじゃねぇか」


「まったく、良い世の中になったもんだぜ。にしてもクロの野郎もどこに消えたんだろうな? 俺らからしたら大助かりだがよ」


 この用心棒たちは貧民街の見回りをクロがするようになってから、ずっと窮屈な思いをしていた。


 それが今となっては、脅迫でお金を巻き上げていたときよりも稼げている。


「はは、クロのやつ崩落の穴にでも落っこちたんじゃないか。ざまぁみやがれ」


 用心棒の一人の言葉に周りが同調して声が大きくなる。


 相当クロに煮え湯を飲まされてきたようだ。


 男たちが愚痴を吐いていると、そこへ一人の女性がやってきた。


「ちょっとあなたたち、見回り中に喋りすぎよ。上の階まで騒がしい声が聞こえているわ」


「すいやせん、リア様。以後気を付けます」


 用心棒たちが頭を下げたのは、リアと呼ばれる少女に対してであった。


 そそくさと去ろうとする用心棒たち。


「待ちなさい。最後尾のあなた、手を怪我していますの? 先ほどはしていなかったようですが……」


 リアは、用心棒たちの一人一人を常日頃から観察している。


 最後尾の一人は、手の甲に包帯など巻いていなかったはずだ。


 見回り前には怪我をしていなかったことは確かに記憶している。


「……これですか。実は用を足しにいったときに、何処かで切ったみたいで」


「なら、傷を見せてごらんなさい」


 周りの用心棒たちは、なぜこんなにもリアが追及をするのか不思議がった。


 追及されている用心棒は返事することなく黙りこくっている。


「なあ、おい。どうし──」


 仲間の用心棒が肩を掴んだ瞬間、辺りに黒い煙が充満した。


「……っ! 曲者よ! 私の周りを固めなさい!」


 リアの周りを用心棒たちが言葉のとおりに守る。


 緊張しながら固唾を飲み込むリアと用心棒。


 煙が晴れてくると、目の前には黒い衣に身を包んだ人影が佇んでいた。


「『ブラックムーン』、で間違いないかしら」


 リアが人影に声をかける。


「いかにも。よくぞ我が正体を見破った。参考までにどう見破ったのか伺っても?」


 クロは素直に驚いていた。


 包帯はそこまで目立つものではなかったし、用心棒たちに紛れていたのもあってバレるなど思ってもいなかったのだ。


「ただ疑り深いだけですわ。あとはあなたが復讐しにくることを恐れていたというのもありますが」


 そう話すリアの目には怯えの感情が浮かんでいる。


「復讐? 失礼だが初対面では?」


 クロは全く心当たりがないが、向こうはそれを揶揄っていると捉えたようだ。


 リアはきっとした目つきでこちらを睨んだ。


「惚けないでください! 元グラント家である私に、あなたが怒りを抱いていないはずがない。あ、あんなに酷いことをされたんですもの」


 もしや、リア・グラントか? 


 元ってことは、貴族ではなくなったのだろうか。


「テファニー・フォレスの所業については、他の誰かを恨んだりはしていない。何か行き違いが──」


「問答無用ですわ。貴方の気持ちはお察しするけれど、仕返しは真っ平ごめんよ。行きなさい!」


 リアの言葉で用心棒たちが動き出す。


 数にして10人はいるだろうか。


 それぞれ灯りを捨ててこん棒や槍といった獲物を手にしているようだ。


 夜目に慣れていないうちに、数の暴力でこちらに立ち向かう作戦らしい。


 だが、今は夜。


 廊下は暗闇に包まれている。

 

「『影拾い』」


 用心棒たちの持つ武器が、次々と暗闇に融けるように消えていく。


 虚を突かれて一瞬たじろいだ用心棒たちだったが、すぐさま素手で突っ込んでくる。


 しかしクロには届かない。


 拳を繰り出しても、暖簾に腕を押すような手ごたえで傷一つ付けられない。


 クロは困惑して焦る用心棒たちの股間を片っ端から蹴り上げた。


 金的に悶絶する用心棒たちを後目に、リアに声をかけようとしたその時。


 リアの背後の暗闇から風を切る音を察知したクロは、咄嗟にその場にしゃがみこむ。


 その直後、頭上を高速で武器のようなものが通り過ぎていく。


(危なっ!?)


 クロは冷や汗をかきながら、武器が飛んできた方向に目を向けた。


 奥から現れたのは帯剣して仮面をつけた男性だった。


「親分! 助けてくだせぇ!」


 地面に伏していた用心棒たちが声をあげる。


「へぇ。君が『土竜商会』で一番偉い人、ってことでいいのかな」


 クロの言葉に、親分と呼ばれた男性は頷いた。


 先ほどの武器の投擲からして、相当な実力者であることが伺える。


「今回は偵察の予定だったんだけど。そこのリアって子は目的じゃないから安心してほしいな。……話しても?」


「……続けろ」


 リアを庇うように前に出た親分は、こちらを見据えて剣にかけていた手を下す。


「今の『土竜商会』の在り方について、変えるつもりはないかい?」


「ない」


 即答する親分。


 取りつく島もないといったかんじである。


「……理由をきいても?」


「横暴なのは重々承知している。だが、強者とは弱者より優先されて然るべきだ。強者が弱者に施すことはあってはならない」


 淡々とした親分の言葉に、クロは顔をしかめた。


「まさに悪党といったかんじだね。なら君より私が強かったら、私の言いなりになるってこと?」


 クロが挑発に親分は眉一つ動かさない。


「その通りだ」


 親分はそう言って剣を抜いた。


 クロは咄嗟に『影拾い』を使って剣を回収しようとするが、その剣はすぐさま高速でこちらへと投げられる。


 これは間に合わないと判断したクロは、その剣を躱した。


 クロはそのまま距離をつめてくる親分の顎へと蹴りを放つ。


 親分も流石に強者と語るだけのことはあり、なんなく反応して蹴りの軌道に合わせてガードの構えをとる。


 素手での戦いも慣れているといった様子だ。


 この蹴りは不発に終わってしまうだろう。


 ()()()()()()()()()()


 足の先を瞬時に『影潜み』で影にしまいこみ、ガードをすり抜ける。


 明かりはリアが持っているが、親分によって遮られたここは影の中だ。


 ガードをすり抜けた瞬間に影から足を出現させ、親分の仮面越しの顎に蹴りが命中した。


 よろめく親分だったが、踏ん張って後退しすぐさまこちらの追撃を逃れる。


 一筋縄ではいかないようだが、今の攻防においてはこちらの方が上手のようだ。


「まずは一発。顔をボコボコにされたくなかったら、大人しく──」


 調子づくクロだったが、後の言葉が続かなかった。


 仮面が外れた親分の素顔を見て、クロは目を見張る。


「──グレン?」


 混乱の最中に発したクロの言葉に、親分も動きを止める。


 目の前に立っているのは明らかにグレンだ。


 暗闇であってもクロの目に狂いはない。


 少し背が伸びて体格も大きくなっているが、顔はそのまんまである。


(でも、なんで?) 


 弱者を虐げる『土竜商会』の親分など、クロの知るグレンからは想像もつかない。


 怪訝そうにするグレンだったが、向こうの顔も段々と驚愕に染まっていく。


「姐さん?」


 久しぶりにクロと再会したグレンの表情は、喜びに染まる。


 しかし、クロは困惑してどうすればいいのか分からない。


 グレンの方も喜んではいるが、その感情のやり場に困っているといった様子である。


「どうやら話し合いをする必要がありそうですわね」


 グレンの後方から見守っていたリアが、二人の間に割って入った。


 どうやら矛を納めてくれるようだ。


(これは長い夜になりそうだな)


 情報量にパンクしたクロは考えるのをやめ、遠い目をしながらため息を吐くのだった。

 ※グレンの目からはハイライトが消えています。

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