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一方その頃

今回は主人公は出てきません。

 別荘地でクロ達が海賊を撃退している頃、バーンの方は仕事三昧であった。


 バーンがクロを助け出して以降、城では忙しい日々が続いている。


 グラント家派閥への追求や崩落が続く貧民街にまつわる問題の対応など、課題は山積みであった。


 王族であるバーンの役割は、あくまで外敵や内乱を抑えることではある。


 しかし、なにか重大な決定を下すときの最終確認は、バーンの判断が求められることがあった。


 そして貴族の地位を剥奪するというも、その重大な決定の一つなのである。


 今回の事件以降、フローレス家派閥の告発によって多くの貴族の悪事が明るみに出ている。


 つまるところ罪人であるグラント家派閥の貴族たちの処遇を、決めなければならないということだ。


 そのため、久しぶりの多忙な日々を送っていたバーンは、夜遅くまで報告書に目を通していた。


 竜の力を宿す体は、不眠不休で働いても7日間は最高のパフォーマンスを維持できる。


 とはいえ精神は別だ。


 グラント家派閥は他の派閥に比べて傘下の貴族の数が圧倒的に多いため、書類だけでもはやバーンの姿が隠れそうなほどである。


 罪人となった貴族の功罪からどの程度の処遇が妥当かを書かれた書類に目を通し続けて、もう半月は経っていた。


 さすがに合間を縫って休息を取っているとはいえ、この密度の仕事は精神が参ってくる。


(以前ならこんな仕事であっても、退屈しのぎとしていくらでもできたのだがな……)


 バーンは書類に目を通しながら、心の中で疲れを吐露した。


 なぜここまで苦痛を感じているのかバーンは不思議でならなかった。


 ここまでの量では無いにしても、前のバーンならむしろ喜んで作業を続けたはずだ。


 やはり、外に出て人に興味を持つようになったからだろうか。


 黒髪で不敵に笑う少女の顔が浮かんでは、振り払って作業に戻る。


 そのような行為を何度も繰り返している。


 作業に飽いてからは、もうずっと頭の中からクロのことが離れない。


(少し休憩に入るか。これでは集中できない)


 そう思って執務室から出たバーンは、城のバルコニーへと向かった。


 仕事から離れても頭に浮かぶのは、相変わらずクロのことであった。


 かつてこのバルコニーの下で『ブラックムーン』と痛み分けになったことを、バーンは今でも鮮明に思い出すことができる。


 少し前に戦った暴走状態のウィン・グリームもなかなか楽しめたが、クロの印象の方が特別であった。


 やはり初めて自分の退屈を払拭してくれた存在だから、それだけ思い入れがあるのだろう。


「これは、これは。バーン王子ではありませんか。連日の激務お疲れ様でございます」


 在りし日を懐かしんでいると、バルコニーにいるバーンに声がかけられる。


 バーンが振り返ると、そこにいたのはレイン・フローレスであった。


「はっ、どの口が。その仕事を持ち込んだのはお前だろう」


 少し恨めしそうに睨むが、レインは飄々とした様子で受け流す。


「あら、悪事を告発するのは貴族として当然でしてよ」


 全く悪びれた様子のないレインの白々しさに、バーンは言葉も出なかった。


 フローレス家は以前から情報を集めていたことは明らかだった。


 半端な悪事の追求では、末端に責任を押し付けて逃げきられてしまう。


 だからこそ機会を待ち、証拠となる情報を意図的に貯め続けたのだろう。


 そして、これだけあればグラント家派閥に大打撃を負わせられると確信して、今回その情報を一気に開示したのである。


 その結果があの莫大な量の書類なのだ。


 もし事前に情報を共有してくれていれば、ここまで苦労することも無かったはずである。


 何か言い返そうとしたバーンだったが、開きかけた口を閉じた。


 レイン嬢に何を言ったところで、きっと素知らぬ顔で煙に巻かれるだけだ。


 それに、あの量はフローレス家だけの責任ではない。


 フローレス家が意図的に情報を伏せたのは、グラント家派閥に情報が行くのを防ぐためでもある。


 これは、王族やその周辺にいる人材がフローレス家に信頼されていないということを意味する。


 元を辿るならそもそもの原因は、そういった貴族同士の争いに歴代の王家が無頓着だったことだ。


 同じ王族であるバーン自身にもその責任があるといっていい。


「……もう少し文句を言われるかと予想していましたが」


「歴代の王族なら文句すら言わないだろうさ。俺が未熟なんだ」


 そういうバーンに、レインは柔らかく微笑んだ。


「バーン王子は優しい方ですのね」


 これはお世辞というやつだろうか。


 そう思ってバーン王子がレインに目を向けると、彼女は意地悪そうに笑った。


 どうやら、からかわれたようだ。


「それで、何の用だ。俺にただ会いにきたわけではあるまい」


 バーン王子が話を切り出す。


「ある意味では、ただ会いに来ただけとも言えますわね。そもそも婚約者候補なのですから、会いに来ないほうが不自然ではありませんか?」


 レインの言葉に、バーン王子は眉をひそめた。


「俺に会いに来たところで、そちらには何の利益もないが」


 他の国では会うのが普通なのかもしれないが、この国の場合は事情が違う。


 この国の王はただの力の象徴であり、国における暴力の機能を担うのみである。


 武力による国の防衛や法による秩序の維持には携わっても、婚約者候補の選出についてはそこまで深く関わらない。


 供物として贄を捧げられるのを座して待つ竜のように、貴族の間で決まった候補を何も言わずに娶るのである。


 それが今までのこの国での常識であった。


 ただ会いにきたというレインの行動は、バーンには意図の読めないものである。


「確かに過去の例から見れば、無意味かもしれません。ですが、優しいバーン王子が相手なら話は別だと、私は考えております」


 バーン王子の疑問を見通すかのように、レインは告げる。


「俺が婚約者の選出に、介入するとでも考えているのか」


「ええ。これでも貴方のことは見込んでいますので。バーン王子の自我の強さなら、この国の状態を黙って見過ごすことはできないでしょう?」


 レインの言葉は的を射ていた。


 歴代の王たちのように純粋な力の象徴としての役割は、バーン王子には怠惰なものとして映っていた。


 『紋章』を巡って争う貴族にも、うんざりしている。


 この国をもっと良くすることができそうな手前、もどかしさすら感じていた。


 だが、変化とは危険が伴うものである。


 『杖』にさえ従っていれば安泰なはずなのに、わざわざ自分が意思を持つことに意味があるのか。


 バーンが自分を抑圧しているのは、この不安からであった。


「俺の意思が国に反映されることが、本当に国のためになるとお前は思っているのか」


「はい。『杖』に支配されるのではなく、王が『杖』を支配する。それがこの国の未来をより良きものにすると、私は信じております」


 レインは真っすぐな目で、バーン王子を見つめた。


「……言っておくが、俺が自分の意思を通したところで、お前が選ばれるとは限らんぞ」


 バーン王子はそう言ってレインに釘を刺す。


 ここまで話してようやく狙いが見えてきた。


 つまり今後バーンが王としての頭角を現すと予想して、レイン嬢は自身の心象を良くしようとしているのだ。


「まあ、打算が無いとは言いませんが。その言いぐさは些か心外ですね。しかし、こちらにも切り札はありますので」


「切り札?」


 バーン王子が尋ねると、レインは不適に笑った。


「私が婚約者として選ばれた暁には、貴方がクロとの時間を過ごす隠れ蓑になりましょう。つまり仮面夫婦、ということです」


 なぜそこでクロの名前が出るのか。


 というか自分とクロが時間を過ごすというのは、つまり……。


 いや、俺は何を考えようとしているのだ。


 一瞬固まっていたバーンは、余計な思考を振り払う。


「……そのようなことで、交渉になるとでも?」


「一瞬、返事に間がありましたよ」


 レインが若干呆れながら、バーン王子を見る。


「自覚はないでしょうが、貴方が抱いているそれは間違いなく好意です。自分に素直になってください。クロが欲しいのでしょう?」


「俺がクロを……?」


 バーンは改めてクロのことを考える。


 クロは、バーン王子が現在最も興味を持っている対象である。


 はじめて自分を出し抜いた『ブラックムーン』として世を騒がす少女。


 俺は一体、クロに何を求めているのか。


 欲しいというのは違う気がする。


「私が欲しいのは王妃としていくつかの権限のみ。貴方はクロを手に入れ、私は王妃の座を得る。利害は一致するはずですが」


「……確かにクロとの時間は俺にとって刺激的なものだった。だが、クロとは対等でいたい。その提案は俺が勝手に決められるものでもない」


 バーンは逡巡した後、レインに対して返答する。


 そもそもクロがバーン王子に関心を持っていなかったら、前提からしてレインの提案は無に帰すのだ。


 ならば今は考える必要はない。


 バーン王子は自らの思考に蓋をした。


「保留、と受け取っておきましょうか。お二人の関係が進展することを願っています。まあ貴族からの反対を考慮するなら、私の案に乗るのが賢明だとは思いますがね」


 そういって踵を返すレイン。


「なぜ、そんなに王妃の座を求める? フローレス家はあまり権力に執着しないと聞いていたが」


 背中から投げかけられたバーンの言葉に、レインが足を止めた。


「『杖』の魔法を解析のために王族の懐に入りたいというだけですわ。未来予知の魔法を手中に収めれば、フローレス家は完全な合理性を手に入れることができますから」


 レインはそう言って、その場を去って行く。


 バーン王子はその後ろ姿から目を離して、夜空を見上げた。


 そういえば自分に正面から意見を言ってきた貴族は、彼女が初めてである。


 その全く物怖じしない様子は、まるでこちらがその態度を許容すると確信しているかのようだった。


 あの態度まで計算の内だとしたら、レイン嬢の強かさは相当な物だろう。


(レイン・フローレス、か。クロといい、人間というのは面白い。なぜ、もっと早くに興味を持たなかったのだろうか)


 退屈だと思っていた日常は、今や新しい刺激に溢れている。


 再び退屈な書類に向き合う気になれなかったバーンは、バルコニーから見える夜空の月をいつまでも眺め続けるのだった。



──────────



「久しいな、ブラウン」


 ワーグはそう言って応接室で、旧い友人を出迎えていた。


「こちらこそ元気そうな姿を見れて何よりですよ」


 ブラウン神父は、そう言って椅子に深く腰掛けた。


「こちらの願いのために、わざわざ他国にまで足を運んでくれるとは。長旅でさぞ疲れたことだろう」


「本当に疲れましたよ。おまけに帰ってみれば、住み込みで働いていた教会が崩落していてびっくりです」


 ブラウンはを苦笑いを浮かべながら、貧民街の惨状を語った。


 どうやら、貧民街の崩落は想像以上に規模が大きいようだ。


「必要なら、この屋敷の部屋を使ってくれて構わん。最近の貧民街の治安は最悪だときく。土地の所有権を巡った組織的な対立が激化しているそうじゃ」


 ワーグが気を利かせるが、ブラウン神父は首を振った。


「困っているときこそ、教会としてできることを探さなくては。今日中には教会の復旧作業に戻るつもりです」


 意思の固いブラウン神父の返事は、ワーグにとっては予想通りの物だった。


「まあ、なんとなくそうする気はしていた。では手早く用事を済ませようかの」


「ええ、影を扱う魔法についてですね。確かに教会の本部に保管されている記録に一致する物がありました」


 そういってブラウン神父は荷物から書類を取り出して、ワーグに渡す。


「恩に着る、ブラウン」


「他言は無用でお願いします。何しろ秘匿されているものですので」


 ワーグはざっと資料に目を通していく。


 そこに書かれていたのは驚くべき内容だった。


 はるか昔の対戦では、五大属性である火・水・地・風・光に加えて、もう一つの属性の魔法が確認されていたという。


 その魔法はたった一人以外に使用者がいないため、技術としての価値がなく忘れ去られるのは必然であったのだとか。


 忘れ去られたもう一つの属性。


 もう二度と現れるはずのないその属性は、かつてこう呼ばれていた。


 闇属性魔法。


 古の魔王のみが扱い、勇者に滅ぼされるその時まで世界に厄災を振りまき続けた魔法である。


「目を通したなら、こちらからも聞きたいことがあります。ワーグ、君は一体何に首を突っ込んでいるのです?」


 ブラウン神父は真剣な表情で、ワーグに問いかける。


「……これは仮の話だが、その魔法を扱う者が再び現れたとしたらどうなる」


 要領を得ない返答にブラウン神父はため息をついた。


「それは誰にも知りえないことですよ。ふむ、事情がありそうですね。私は教会に属する者ですから、深くは聞かないでおきましょう」


 ブラウン神父の言葉に、ワーグが顔をあげた。


「いいのか」


 やれやれと首を振りながら、ブラウン神父は口を開く。


「旧友ですから、ある程度は信頼はしています」


 ブラウン神父は、これ以上ワーグを追求する気にならなかった。


 ワーグとは長い付き合いである。


 そんなワーグが伏せたいというのだから、それだけの理由があるのだ。


 おそらく、古の魔王が使用した闇属性魔法を使う者がワーグの親しい者の中にいるのだ。


 教会に所属する以上、詳細を聞けば報告せざるを得ない。


 そうなれば、嫌でも事態は大事になる。


 ワーグはそれを危惧しているのだ。


 ならば、その友の判断を信じようというのが、ブラウン神父の考えであった。


「何から何まですまない。教会の復旧のためにたくさん寄付させてもらおう」


 申し訳なさそうな顔で頭を下げるワーグ。


「寄付は教会ではなく、貧民街全体にお願いします。人があっての教会なのですから。それと一つだけ約束してもらいましょう。一人で対処できないと判断したら、必ず私に打ち明けると」


「わかった。自分の力でどうにもならなくなったら、教会を頼ろう」


 固く頷いたワーグを見て満足したブラウン神父は、その場を後にした。


 一人になった応接室で、ワーグは冷めきった紅茶を口の運ぶ。


 頭に浮かぶのは『ブラックムーン』という仮の姿に身を包む少女クロである。


 ワーグが報告をためらった理由は、クロを哀れんでのことである。


 もし教会に伝われば、最悪クロは教会で監視される日々を送ることになるかもしれない。


 そうでないにしても、魔王と関連があるという話が広まれば周りから避けられるかもしれない。


 まだこれからという若者に、それはあんまりではないだろうか。


 せめてクロと相談して、どうしたいか本人の意思を確かめる必要がある。


 果たして、これを聞いてクロは何を思うのだろうか。


 義賊『ブラックムーン』として弱者を救う、少しキザなお尋ね者。


 フォレス家の魔の手から救い出され、弱っているところを仲間に支えられる女の子。


 それがワーグから見たクロの姿であり、そこに魔王との関連性など見いだせない。


 しかし、レインの報告ではウィンの謎の暴走に関わっている可能性が高いという。


 魔王だけが使えたという闇属性魔法を使えるのは、果たして偶然か必然か。


(できれば偶然であってほしいものだ)


 一冊の自作小説から始まった奇妙な関係であっても、ワーグはクロの幸福を願わずにはいられなかった。

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