海賊VS義賊
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夜の海の上で、圧倒的存在感を示す巨大な船。
その上で夜風に当たりながら煙草を吸っているのは、船の中で船長と呼ばれている人物だった。
船長は煙草を咥えながら、望遠鏡で襲う予定だった港の様子を観察する。
月明かりの眩しい夜だからか、港の荒れ具合がよくわかる。
港にだけ嵐が来ているのだ。
この鉄の船は嵐をものともしないとはいえ、船員は別だ。
嵐の風で船体が煽られれば船員も船の中でまともに動けないし、嵐の中での船の乗り降りは困難となる。
困難を承知で乗り込む手も一応あるにはあったが、船長は結局そうしなかった。
理由の一つとして、嵐の範囲が港に限定されており船のいる位置にまで届いていなかったことが挙げられる。
船のいる位置も嵐の範囲なら、急いで上陸してしまうのも手ではあった。
もう一つの理由が嵐が巻き起こったのが急だったことである。
船長は長年の海賊としての経験により海の天候に詳しく、前兆から悪天候はすぐに察知できた。
だが、あのような突然の嵐は見たことがない。
船長は未知の天候を前に思い悩んだ末に、少し様子を見ることにしたのであった。
雇い主である大旦那様の話によれば、援軍が来るのは少なくとも2日後である。
(突然起きた嵐なのだから、突然止むかもしれない。仮に嵐が止むまいが、無理をしてでも略奪して明日の終わりまでに海に逃げれば問題ない)
そう算段をつけていた船長だったが、嵐で空を覆う雲がこちらに移動してくるのを見て少し眉をひそめた。
嵐の様子が明らかに不自然なのである。
まるで生き物のように、不規則な挙動をしている。
思えば港に急に現れたときも違和感があった。
こちらを阻むかのように、都合悪く嵐が立ちふさがる。
まさか、誰かが操っているとか……?
そういえばと、偵察なのか少女が空を飛んでいたのを船長は思い出した。
とりあえず大砲や銃を撃って応戦したが、思い返してみれば未知の敵である。
風属性魔法といえど、人が空を飛ぶなど聞いたことがない。
もしやあの国にはとんでもない風属性魔法の使い手がいて、嵐をも操れるとか……。
(いや、そんなことあるわけがない)
嵐を魔法で動かすなどという馬鹿らしい考えを船長は振り払った。
大昔の神話ぐらいでしか、そんなの聞いたことがない。
人間に天候を操るなどということができるはずがないのだ。
たとえ竜の化身の末裔とて、空や海を思いのままにすることはできまい。
こんな大事な場面で馬鹿げた妄想をするなど、どうかしている。
船長は自身の未知への不安に蓋をした。
このような未知など今までいくらでも乗り越えてきたのだ。
嵐はひどくなるばかりである。
いつの間にか月明かりは遮られ、港の様子は見えなくなってしまった。
雨に濡れた煙草をしまいながら、船長は望遠鏡から目を離す。
錨は降ろしているから船が流される心配はないし、今船員たちは眠っているだけだから嵐の影響もさほど無いはずだ。
濡れない内に屋内に入ろうとした船長は、船の揺れ方に違和感を覚える。
たとえ嵐であっても、ここまで大きく揺れるだろうか。
船がゆっくりと回転し、その速度が次第に増していく。
明らかに異常事態だ。
船長が気づいたときには、もう手遅れだった。
船にしがみつきながら、必死になって周りを確認する。
辛うじて船の明かりによって照らされた海を見て、船長は絶句した。
渦潮のようなものが海に出現しているが、その大きさは渦潮どころの話ではない。
海に巨大な穴が出現し、そこに船が突っ込んでいく。
まるで大穴に水が流れ込んでいるかのような巨大な渦に、船が巻き込まれていたのである。
しばらく揺れに振り落とされないようにしがみつくのに必死だった船長は、大きな衝撃とともにようやく停止した船に少しほっとした。
少し落ち着きを取り戻したが、周囲の様子を把握にするにつれてその余裕は吹き飛んだ。
「なんなんだ、これは!?」
船長がおそるおそる海を見下ろすと、そこにあるはずの海は存在していなかった。
剥き出しとなった海底に船が乗り上げていたのである。
おそらく海面であろう高所から滝のように水が流れているのが、暗闇の向こうに薄っすらと見える。
まるで悪夢でも見ているのかと頬を抓るが、どうやら現実のようである。
茫然としていた船長だったが、急に周囲の水位が戻り始めたことに気づいて青ざめた。
四方八方から迫りくる船の高さの二倍はあろうかという海水が、乾いた笑いを浮かべる間もなく船長を飲みこむ。
圧倒的な量の水に揉まれ、船長は意識を手放した。
海にできた大穴が塞がっていく。
その船から黒いマントが風に乗って空に飛んでいったことに気づく者は、誰もいなかった。
──────────
海底の船が海水に呑まれてしばらくした後、水中から船が浮上して水しぶきをあげる。
浮上した船は船体が大きく歪み、浮いているのがやっとといったような惨状である。
「海賊相手とは言っても、さすがにやりすぎちゃったかな」
まるで巨大な手に握りしめられたかのような船を見下ろして、マントの影から顔を覗かせたクロは心配そうに言った。
現在クロ達3人は、ウィンの風で運ばれるマントの影に入っている。
クロの『影攫い』は他人を入れるためか消費魔力が大きい。
しかし、作戦で使った魔力の大半をウィンに肩代わりしてもらったから、二人を陸まで帰還させる間は余裕で維持できそうである。
「それについては気にしなくていい。先に攻撃したのは向こうだ。それにここらの水深なら、生き残る可能性も十分にある」
オルターはクロを安心させるように言葉を告げる。
それでも自身の魔法で直接誰かを攻撃をするのがはじめてだったクロの顔は、あまり晴れなかった。
今まで逃げたり無力化させたりはしたが、今回は溺れて命を落とす者もいるかもしれない。
「クロが気になるのでしたら、私が二人を送ったあとに救助活動をしますよ。それにしても、こんな作戦をよく思いつきましたね。まさか、海そのものを影の中に入れてしまうとは……」
クロを気遣ってか、ウィンが話題を変える。
今回クロが提案した作戦は、『影拾い』で海底の影に海水をしまうというものである。
夜は全てが影に包まれているため、離れたところにある影でも集中すれば魔法の対象にできる。
この特殊な海域は水属性魔法の操作は受け付けないが、間接的な魔法の影響は受ける。
風属性魔法で巻き上げることや火属性魔法で蒸発させることもできるし、影に入れることも当然可能なのだ。
ウィンの莫大な魔力量とオルターの『不可視の心臓』による補助によって、どうにか作戦は成功したようだ。
「救助活動は私も手伝おう。尋問する相手は多い方がいい。今回の海賊の船は、そこらの海賊に用意できるとは思えない。後ろに黒幕がいる可能性も十分に考えられるだろう」
オルターは先を見据えて色々考えているらしい。
そうこうしている内に、港へと到着した。
「それでは、私は先に救助活動に行ってきます。嵐も晴らしたので、もうそろそろ波も落ち着いて探しやすいはずですし」
「気を付けるんだぞ。相手は海賊だ。危害を加えてきそうなら、見捨ててもかまわない。ウィンの安全が第一だ。疲れが回復したら、船でこちらも向かう」
そういってオルターはウィンを見送った。
あの魔法を行使してなお、ウィンは空を飛び回るだけの余力を残しているらしい。
オルターの方は『不可視の心臓』の使用によってか、疲れが見える。
他人の体内の水の流れを操作するのが、相当堪えたようだ。
それも二人分というのだから、きっと負担はかなりのものだっただろう。
研究者というだけあって、その場で魔法の応用を即座に考えだして、さらにそれをやってのけてしまうのだから恐ろしい。
そんなオルターに感心していたクロは、オルターに聞きたいことがあったのを思い出した。
「そういえば、さっき『影拾い』で海水を影に引き込んだとき、砂利みたいなのと一緒に変なのを取り込んだんだ。妙に異物感があるから、一応そのまま持ってきたんだけど。これってオルターの研究に何か関係していたりしない?」
そういってクロが影から取り出したのは、長い棒状の何かだった。
常人よりは力のあるクロからしても結構な重さをしており、真っすぐと伸びた細長い形状をしている。
表面に汚れや鉱物などがくっついているが、自然にできたものではなさそうなのは確かだ。
「ふむ、これは……形状からして剣か? 古そうなのにかなりの魔力を感じるが……」
オルターはその剣らしきものを受け取って興味深そうに観察する。
クロの目からは汚い棒にしか見えないが、言われてみれば持ち手があるようにも見えなくもない。
「お宝だったりするか?」
しばらく剣のような物を眺めていたオルターは、クロの言葉でようやく我に返った。
「もしかしたら『勇者の遺物』かもしれない。一応持ち帰った後で表面を綺麗にしてみるが、かなり慎重にしないと壊れそうだな。……ふむ、悪いがもうしばらく任せてもいいか」
オルターはそう言って、クロにその謎の棒を返した。
「それはいいけど。むしろ、こっちで預かっちゃってていいのか?」
「クロの魔法の方が保管という意味では信頼できる。別荘での復元は困難だろうから本邸に戻るまでの間となるが」
クロの疑問にオルターは心配する様子もなく返事する。
活動を休止しているとはいえ、義賊に宝を預けるのは貴族として色々とまずいのではないだろうか。
まあ、信頼されること自体に悪い気はしないけど。
クロは『勇者の遺物』かもしれないその棒を、再び影にしまいこんだ。
「私はある程度回復したから、船でウィンの元へ行く。クロはどうする?」
港につけた船に乗り込んだオルターは、そう言ってクロの方に視線を向けた。
「私も行こうかな。船を無力化したとはいえ、抵抗されるかもしれないし。こっちの人員も多いに越したことはない」
そう言ってクロは船に飛び乗る。
二人はそのまま遠くに浮かぶ鉄の巨船の方に向かっていった。
近くで見る巨船は元の面影は残しているものの、船体は歪んでおり積んでいる武装も流れてしまっているようだ。
甲板には多くの船員らしき人が集められており、空中でウィンが見張っている。
「オルター様、船から投げ出された者はほぼ救助できました。ですが、肝心の船長は見つかりませんでした」
「ありがとう、ウィン。捜索はここで中断しよう。この巨大な船もかろうじて保っているが、いつ沈むか分からない。急いで港まで移動させよう」
ウィンの報告を聞いて、オルターは即座に捕まった船員の一部に指示を与えた。
さすがに海賊でもこのまま海上で放置されてここで死にたくはないようで、聞き分けの悪いものは1人もいない。
「もうすぐ夜明けだ。港に着いたら氷の枷をつけてもらうが、命までは取らない。情報を話せば、罪を軽くするように私が取り次ごう」
船長を失ったからか戦意を喪失した海賊たちは、大人しくオルターの指示に従って配置についた。
巨船が少し軋みをあげながらもゆっくりと岸へと向かう。
あれだけ長く感じた夜がようやく終わるのだと、クロは一息つくのだった。
──────────
夜が明けて反射した日の光が眩しく輝く海から、一人の男が這い上がる。
その男は、先ほど海の底で船から投げ出された船長だった。
海賊として泳ぎは得意だったとしても、生身で海底から生還できたことは幸運といっていいだろう。
(なんとか、助かった。今ここには誰もいない。逃げきれさえすれば……)
船長は泳ぎ疲れて重くなった体を引きずりながら、港に停泊した鉄の巨船のところへと向かう。
武装は完全に水でダメになっているが、内部に積まれていた緊急時に使用する小舟はまだ残っているはずだ。
なんとか鉄の巨船にたどり着いた船長は、予想通り残されていた小舟を発見した。
これは炎属性の魔力を注ぐことで動く船長専用の小舟で、魔法が使えない船員たちには扱えない。
船員はこの小舟が動力を持っていることも知らないだろう。
そしてそれは、船を制圧したやつらにも悟られなかったようだ。
さすがは大旦那様の秘匿していた技術が、ふんだんに使われているだけのことはある。
そもそも自分がこのような海賊の身に余る巨大な船を持てたのも、全て大旦那様のおかげなのだ。
船長だけでも逃げられるようにと大旦那様が用意してくれたこの保険があったから、フローレス家派閥のところへ攻め込むことに少しビビりながらも話に乗ったのである。
これさえあれば、この特殊な海域を安全に逃げることができる。
最後の希望を手にして高笑いしそうになるのを、船長は必死にこらえる。
(逃げさえすれば、生き残りさえすれば勝ちなのだ!)
船長がその小舟をあと少しで海の上に運び出さんとしたそのとき、頭上から真っ赤な何かが躍り出た。
「『スカーレットムーン』参上ですわ! さあ痛い目に合いたくなかったら観念してお縄につきなさい!」
その赤色の正体は、赤い水着と露出した肌の上から真っ赤なマントを羽織り目元にマスクを付けている少女だった。
船長は一瞬呆気に取られる。
(水着?)
その視線に気づいたのか、目の前の『スカーレットムーン』と名乗る少女は慌てて弁明する。
「こ、これは……、ここに来る途中に急な嵐にあったから……。着ていた服も着替えも全て濡れてしまって、仕方なく水着を着ているだけなのですわ!」
なぜこんな港しかない場所に水着を持ってきているのか甚だ疑問であった船長だが、すぐさま思考を切り替える。
相手は少女一人である。
ここで口を封じれば、まだバレずに逃げられるはずだ。
「『炎の矢』」
『スカーレットムーン』へ高速で炎が迫るが、少女はなんなくそれを躱す。
船長が使う魔法の中でも最も速いものであっただけに、目の前の少女への警戒が強まる。
ふざけた格好だが、かなり腕の立つようだ。
「あくまで、抵抗を選ぶのですね。では仕方ありませんわ。『点火』」
少女が魔法を唱えた瞬間、断続する爆発音が鉄の巨船から響き渡る。
あっという間に巨船が傾いていき、船長が乗るはずだった小舟が海へと落下した。
「小娘、一体何をした!?」
船長は壁に手をついて踏ん張りながら、『スカーレットムーン』に尋ねる。
激しく傾く船の上では、もはや立つことすらままならない。
「この巨船の燃料の位置にあらかじめ設置していた爆弾を起爆しましたの。では、ごめんあそばせ」
そう言って『スカーレットムーン』は、船長が逃げるために準備していた小舟に飛び乗ってその場を後にした。
鉄の巨船が軋みながら燃えて沈んでいく。
それを見て取り残された船長は、乾いた笑いを浮かべながら海へと飛び込むのだった。
巨大な鉄の船の高さは10~15メートル、船が落ちた海底の深さは20~30メートル強をイメージしています。




