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大海原に眠る宝

別サイトの『ハーメルン』で最新話まで追うことができます。

 海に行くと決めてから、二週間が経った頃。


 クロは、ウィンやオルターと共に海の見える別荘を訪れていた。


「知ってはいたけど、実際の海ってこんなに大きいんだ……」


 フローレス家の所有する別荘に到着したクロは、二階の窓からの景色を眺めて呟く。


 この海岸には、貴族の別荘が密集している。


 全て、フローレス家の派閥に属している貴族の者らしい。


 その中でも、クロのいる別荘は最も大きかった。


 また別荘の場所も、見晴らしも一番良いところである。


 窓の向こうには、水平線の彼方まで青一色が広がっていた。


「クロは、確か本からの知識はあるんでしたね」


 大海原に圧倒されるクロを微笑まし気に見ながら、側にいたウィンが口を開いた。


「といっても、『スカーレットムーン』の言っていたビーチについての知識だけなんだけどね」


 クロは、ここにはいない『スカーレットムーン』──ルージュのことを思い出す。


 この別荘へと出発するとき、待ち合わせ場所に『スカーレットムーン』は現れなかった。


 代わりに置かれていた手紙には、遅れて合流すると書かれていたのである。


 親と互いに干渉しない関係といっても、長期の旅行なると問題があったのだろうか。


 フローレス家の別荘がある場所は有名なので、後から合流できるだろうとオルターは言っていた。


 ちなみに、レインは不参加である。


 グラント家派閥への対応に、忙しいそうだ。


「この後はどうしますか? 今の時期は、ここらに貴族は来ないそうですが……。昼間に外を歩くぐらいなら、問題ないと思いますけど」


 ウィンはそう言って、クロの手を見る。


 グラント家派閥の策略によって、輝きが強まった『紋章』。


 その『紋章』の光を隠すための布が、クロの腕にとても分厚く巻かれていた。


 布のおかげもあって、夜に淡い光が漏れる程度に抑えられており、昼間はほとんど目立たない。


 それを隠すためとはいえ、これではもはや動かすことすらままならない。


 傍から見れば、複雑骨折レベルの怪我人である。


「海の見える道を歩いてみるのもいいけど……。オルターはどうしてる?」


「オルター様なら、研究室の整理中です。せっかくだから、あとで私に紹介したいと仰ってました」


 ウィンの返答に、クロは思案する。


 自分が散歩をすれば、きっとウィンは付いてくるだろう。


(何とかして、ウィンとオルターの邪魔にならないようにしないと)

 

 今回の旅におけるクロの目的は、療養だけではない。


 クロには、二人の距離を縮めるというもう一つの目的があるのだ。


 原作の『ブラックムーン』のように、皆で海に行けば恋も進展する。


 それがクロの考えだった。


 男女をくっつける海の不思議な力のためにも、オルターとウィンを海に連れ出さなければいけない。


 仮に海辺を散歩するにしても、オルターも一緒でなくては意味がないのである。


「……私も、その研究室に興味あるかなー」


 ウィンに期待するような眼差しを向けるクロ。


「でしたら、オルター様に聞いてみましょう。そう邪険にはされないと思います」


 ウィンからの返答を聞き、クロは考えを巡らせる。


 ここからどうにかして、ウィンとオルターを海で二人きりにさせなければ。


 オルターを海に誘い出せば、機会を見てクロが離脱するだけでいい。


 後は流れで、二人の距離が縮まるに違いない。


 問題は、オルターを海に誘い出す方法である。


 オルターは、クロとウィンの友人関係に気を使っているようだった。


 散歩に誘っても、遠慮される未来がありありと浮かんでくる。


 クロが悩んでいるうちに、いつの間にかオルターの研究室の前に着いてしまった。


「二人ともどうかしたか。散歩なら、私抜きで行ってもらって構わないが」


 一通り整理を終えていたオルターは、部屋を訪ねてきたクロたちにそう告げる。


「いえ、クロも研究室に興味があるようでしたので。それなら一緒にどうかと誘ったのです」


 ウィンが事情を説明している隣で、クロは研究室の物々しさに縮こまっていた。


 部屋の壁は、分厚い本や資料がぎっしりと並んだ本棚に覆われている。


 かつて忍び込んできた貴族の屋敷の中でも、威圧感は突出していた。


 中央には円柱状の巨大な水槽が複数あり、様々な生き物が泳いでいる。


 特に足がたくさん生えた気持ち悪い生き物は、恐怖でより一層クロを縮こまらせた。


「クロが? 意外だな、研究に興味があるなんて」


「あ、いや……興味っていっても、難しい話とかは分からないんで……。本当に見学みたいなかんじで……」


 こちらに目を向けるオルターに、すっかり萎縮したクロは予防線を張る。


 オルターを海に誘い出すという本来の目的など、もはやクロの頭の中から抜け落ちていた。


 原作『ブラックムーン』にも、人を化け物にする薬を作っている狂った研究者が出てくる話がある。


(もしや、魚を化け物にする研究をしているのかもしれない。いずれは人も……?)


 そんなことを考えながら、青ざめるクロ。


「タコがいる水槽をそんなに眺めて、どうしたんだ?」


「オルター様。クロは海に関する知識が少ないので、タコのことを知るのも初めてなのでしょう。いいですか、クロ。これはタコといって──」


 恐る恐る水槽に目を向けるクロは、二人からタコについて解説される


 次第に恥ずかしさで、段々と顔を赤くするクロ。


「べ、べつに、ビビッてたわけじゃないし。ちょっと見た目が変だなって、気になっただけで……」


 見当違いなことを考えていたクロは、しどろもどろになりながら言い訳をする。


「まあ、私もタコの見た目は苦手ですから、気持ちは分かりますよ。それでオルター様は何を研究しているんですか?」


 クロをフォローするように、ウィンが話を逸らした。


「ああ、研究内容はこの海域にのみ存在する、ある特殊な力についてだ」


「特殊な力?」


 オルターのいう特殊な力に、反応するクロ。


 もしや、海が持つイチャイチャ空間を作り出すという、不思議な力のことだろうか。


 クロは少し期待しながら、オルターの話に耳を傾ける。


「魔法を分解する力だ。ここの海水は、水属性魔法でほとんど巻き込めない。かなり腕の自信のある私でも、少し操作するのがやっとだ」


 魔法を分解する力ときいて、クロは何か引っかかりを覚えた。


(割と最近似たような力に覚えがあったような……。そうだ、魔力封印の首輪だ)


 かつてテファニー・フォレスに付けられたあの首輪の力。


 それと似ていることに、クロは思い当たる。


「もしかして、魔力封印の首輪と関係があったりしますか?」


 クロが思い出すのとほぼ同時に、ウィンはオルターへと尋ねた。


「間接的には、あると考察している。そもそも、あの首輪は地属性と光属性の合体魔法による産物なんだ。光属性魔法については、二人ともどこまで知っている?」


「いえ、光属性魔法についてはそこまで……」


 そういうウィンに続いて、クロも首を振る。


 クロが子どもの頃に読んだ魔法の教科書にも、書かれていた覚えはない。


 光以外の五大属性についての知識は、載っていた。


 だが、光属性についてだけは、存在するという記載だけしか書かれていなかったはずだ。


「光属性魔法の使い手は、現存していない。分かっているのは、古の対戦で勇者が使ったという記録のみ」


 それなら知らないのも無理はないと、クロは納得した。


 光属性魔法はすでに失われているなら、習得するのが目的の教科書には書かれていないのは当然である。


「その勇者が生きた時代の発掘物の一部には、光属性魔法の力が宿っている。これは『勇者の遺物』と呼ばれている」


 オルターは話を続ける


「『勇者の遺物』? というと、それは勇者様が使った物なのですか?」


 ウィンが口にした疑問に、オルターは首を振った。 


「見つかっているのは、装飾品ぐらいだ。勇者に近しい者の所有物だったのは、確かだろうが……。ともかく、その発掘物から光の魔力を抽出することで、光属性とその他の属性を合体させているわけだ」


「そんな古い物に、よく光の魔力が残っているもんだね」


 『勇者の遺物』という宝に、クロは心躍らせる。


 装飾品でそれなら、実際に使用してた武器とかならもっと凄いかもしれない。


 頭が回らなくなってきたクロを余所に、オルターは解説に熱が入っている。


「『勇者の遺物』は、国外の教会か各国が直接管理するのに限られる。だが、この海からは、光属性魔法の痕跡が確認され続けている。これが意味することが、何か分かるか? ウィン」


「この海域のどこかに、未発見の『勇者の遺物』が沈んでいるということですか?」


 ウィンの言葉に、満足気に頷くオルター。


「そういうことだ。海域一帯に影響が広がる程の魔力だ。ここに眠る『勇者の遺物』の力の規模は、過去最大級だと考えられる」


 オルターのその言葉に、クロは目を輝かせた。


「この海のどこかに、とてつもないお宝が眠ってるってこと!?」


 話に対して食いつきがいいクロに、オルターも少し気を良くする。


「そうだ。だが、存在は噂されているものの、実態は定かではない。注目されるのは、光属性の魔力を帯びた海水ばかりだな」


 目の前に宝があるのにと、クロは悔しそうな表情をした。


 オルター曰く、水属性魔法が制限されるため、海に潜って探索するのも困難なのだとか。


 少し残念そうにするクロに、気を落とすのはまだ早いとばかりにオルターが話を続ける。


「そこで私が目をつけたのが生物だ。生物にも、光属性魔法の力が微量ながら蓄積する。様々な地点の生物を比較することで、『勇者の遺物』の場所を推測するというわけだ」


 はえーと口を開けて、クロは感心する。


 魔力量の差から、位置を割り出そうなんてクロにはとても思いつかない。


「海水ではなく生物という着眼点も素晴らしいと思います。その生物についてですが──」


 オルターの研究内容を聞き終えたウィンは、興味深げな様子で質問を口にした。


 饒舌になったオルターは、しばらく研究内容について深く語り続ける。


 ウィンも、それに対して気になる点をぶつけていく。


 段々と専門的になっていく二人の話に、クロの入り込む余地は無くなっていった。


 二人に断りを入れてから会話を離脱して、部屋の椅子に腰を掛けて脱力する。


(はぁ、疲れた。安易な気持ちで、研究について聞きに来るんじゃなかった)


 見慣れて可愛く感じるようになった水槽のタコを眺めながら、クロは後悔と共にあくびを噛み殺した。


 いつの間にか眠っていたクロは、揺さぶられていることに気づいて目を開ける。


 どうやら眠ってしまっていたらしい。


「ごめんなさい、つい長く話し込んでしまって。これから夕食だそうです」


 話が終わったのか、ウィンがクロを起こしてくれたようだ。


 その後、ウィンと共に夕食の席についたクロは、オルターから謝罪を受けた。


「すまないな、クロ。さっきは長話をしてしまって」


 先に席についていたオルターは、クロに対して謝る。


「そんな……。『勇者の遺物』の話とか面白かったし、別に謝らなくても……」


 慌てたクロは、申し訳なさげなオルターを励ます。


 元々クロが勝手に着いていったのだから、オルターに非はない。


 それに、ウィンとオルターが仲良く話せたというだけで、クロは満足していた。


 海へ連れ出せなかったが、目的達成のようなものである。


「そういえば、オルターでも『勇者の遺物』とかって探しにいけないの? 大まかな場所は分かってるなら、見つかりそうなものなのに」


 居たたまれなくなった空気を変えるべく、クロは新しい話題を振った。


「『勇者の遺物』があると確認できる辺りは、相当深い。その上、水属性魔法を受け付けない、この特殊な海域だ。海上ぐらいなら、移動はできるんだが……」


 悩まし気なオルター。


 なるほど、なかなかうまく行かないらしい。


 夜なら海の中にも影はできるから、クロの影の魔法も何か役に立つかもしれない。


「何か役に立てない? 影に潜ったり、影に色々しまったりできるけど」


「探しにいきたい、なんて言わないでくださいね。まだ体力が戻ってないのですから、今は無茶をしてはダメです」


 クロがふと思いついたことを言うと、ウィンに釘を刺される。


 しかし、オルターからしたら興味深い提案だったらしい。


「ふむ、水の中で影に入っていれば、水圧はほぼ気にしなくてよいだろう。影の中にあらかじめ空気を入れておけば、水中でもある程度活動できそうだが……。もちろん元気になったあとの話だが」


 色々と考察していたオルターだったが、やはりクロが元気になったらという条件を付ける。


(こうなったら、一刻もはやく元気になってやる)


 そう心に決めたクロは食事をしっかりと取って、その夜ぐっすり眠るのだった。



 ──────────



 すっかり暗くなった夜の海で、明かりを消しながら海に出る小舟が一隻。


 その船に乗っている男は、元グラント家派閥に所属していた貴族の一人だった。


 風属性魔法で船を進めながら、男は心の中で毒づく。


(グラント家派閥の奴らめ、下手打ちやがって。その上、俺らを切り捨てるなんて。誰のために手を汚したと思ってんだ)


 グラント家派閥の中で悪事を告発された貴族は、そのほとんどが既に捕まっていた。


 捕まった貴族に待ち受けているのは、財の没収か貴族としての地位の剥奪。


 酷ければ、処刑だってありうる。


 次は自分の番だと判断したこの男は、最後の手段として国外への逃亡を選んだ。


 国境を通っても唯一バレないのが、航海の難しいことで有名なこの海域である。


 現在男がいる海は、水属性魔法の操作を受け付けない、


 船を魔法で安定して動かすことも、非常に困難だった。


 高度な水属性魔法によっては、一応安定させることも可能らしい。


 しかし、成功した例もほんの一握りだという。


 ましてや風属性魔法の使い手によって動かされる船では、危険と隣り合わせでの航海である。


 それでも、男は持てるだけの財を持って逃げることを選んだ。


 男は、今まで平民を奴隷のように扱ってきた。


 力で弱者を従わせ、気に入らない者は何かと理由をつけて罪人として処理した。


 口を塞いできた者の数など、覚えていない。


 万が一でも男が貴族でなくなれば、虐げてきた平民たちから復讐されるのは確実だった。


 そうなれば、死ぬよりも恐ろしい目に合うかもしれない。


 幸い海の波は穏やかで、転覆の危険は無さそうである。


 曇り空で月明かりが遮られて暗いが、沖に出た今は魔道具によって近くの明かりはなんとか確保できている。


(これなら、なんとか魔力も保ちそうだ。海を越えたら、余生をこの財で慎ましく過ごそう)


 そう考えていた時のことだ。


 男の行く先に、大きな壁のような物が現れた。


 まだ陸などないはずだ。


 男は首をかしげながら、明かりで壁の端を照らそうとする。


 しかし、その壁が大きすぎるのか、明かりで見える範囲では端など見当たらない。


 とりあえず迂回しようと進路を変更する男だったが、その壁との距離が縮まっていることに気づく。


 嫌な予感がし、必死に距離を取ろうとするが、壁との距離は縮まるばかりである。


「『風の──」


 パニックになった男が魔法で攻撃しようと振り返った時には、その壁はすでに目の前にあった。


 一瞬、雲の合間から差し込んだ月明かりによって、辺りが明るくなる。


 間近でその壁の正体を見たて、男は絶句した。


 壁だと思っていたものは、巨大な船だったのである。


 船に衝突し、悲鳴をあげる間もなく男は海に投げ出される。


 水しぶきとともに夜の海で藻掻く男の上を、船が通過していく。


 その巨大な船が通り過ぎたあとに残っていたのは、プカプカと浮かぶ小舟の残骸だけだった。


 大きな船の上から、何者かが顔を覗かせる。


「船長、何かにぶつかったようですが」


「どうせただの小舟だ。目ぼしい金目の物なんざ無いだろうよ」


 船長と呼ばれた人物は、全く気にする様子もなく返答する。


「3日後か4日後には、港にたどり着く。さあて、太っ腹な旦那のためだ。フローレス家派閥とやらから、ごっそり略奪してやろうぜ」


 そういって船長は、魔法で煙草に火をつける。


 静かな夜の海を包む潮の香りの中に、焦げ臭い煙が立ち(のぼ)った。

 新たな波乱の予感…。


 ちなみに海が持つイチャイチャさせる力はラブコメ限定です。


 小説『ブラックムーン』ではかなり強引にラブコメ展開に持ち込んでいたようで、その違和感をクロは海だからということで片づけています。

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