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合理と非合理

別サイトの『ハーメルン』で最新話まで追うことができます。

 ウィンを見送ってから待ち続けるレインは、心配を募らせていた。


 あの場では着いていくべきではなかったと分かっていながらも、なかなか戻らないウィンを探しに行こうかと何度も頭をよぎっている。


 しかし、今から行って入れ違いになる可能性や中が複雑に入り組んでいる可能性を考えれば、ここで行くのは合理的ではない。


 自分が掘った地上まで繋がる穴の安全を確保するのがレインの役割である以上、それを放棄して探しに行くことはできなかった。


 それに、レインには隠密行動の経験もない。


 こっそりフローレス家を抜け出せるほど隠密行動に慣れたウィンと共に忍び込んでも、足を引っ張る可能性がある。


 信じて待つことこそ今の自分にできる最善の行動であると、レインは自分に言い聞かせた。


 通路に薄く張った水たまりには、今のところ誰も通っていない。


 レインは少し警戒を緩めても良いかもしれないと肩の力を抜く。


 その時、地下全体で地響きが起こった。


 ぱらぱらと天井から降る土に地下空間が崩れるのではないかと、レインは不安を抱く。


 土の壁に手をついて揺れが収まるのを待ってしばらくすると、地響きは静まった。


 これは本格的にウィンの身に何かあったのかもしれない。


 すぐに探しに行くべきか、オルター兄様に知らせにいくべきか悩んでいると、手で触れていた壁が少し熱を帯びていることに気が付いた。


(あら、なんでここだけ温かいのかしら)


 壁の違和感を訝しんでいると、先ほどとは小さめの地響きをレインは感知した。


 しかも、だんだん大きくなっているような……? 


 壁の温度が温かいどころか熱くなるのを感じて、レインは思わず壁から離れた。


 間違いない、何かが近づいてきている。


「『水の槍』」


 空中に水の槍を固定して、いつでも攻撃ができるように準備した。


 レインの目の前の壁が、熱を帯びるあまり変色しながら融解して崩れる。


 崩れた壁の向こうから現れた意外な人物にレインは目をむいた。


 なんとそこにいたのは、バーン王子その人であった。


「やっと開けた場所に出た。ん? そこにいるのはレイン・フローレスか」


 そういってバーン王子は、土にまみれた格好で伸びをした。


「……あの……、なぜ王子がここに?」


 少し固まっていたレインだったが、すぐに我に返って問いかける。


「貧民街が崩落したという知らせを聞いてな。知人が無事かの確認がてら、事態の調査をしていた。地下に穴が掘られていたというのを聞いて、その穴を辿ったらここに出た」


「……私が調べたときには、穴は崩落していましたが……?」


 不思議そうな顔を浮かべるレイン。


「崩落した部分は身体能力と炎で無理やり押し通った。ただ途中からの穴が完全になくなっていたのもあって、辺りをつけた方向へ穴を掘っていた。地響きのおかげで、正確な方向が分かったのはついさっきだったが」


 バーン王子が大したことではないように語る様子に、レインは思考が停止した。


 なんという規格外だろう。


 竜の化身の末裔というだけのことはあって。王族というのはレインの常識で測ることはできないらしい。


 圧倒的な力の前では非合理的か合理的かなど些細な物なのかもしれないと、無理やり目の前の現実を飲み込んだ。


 だが、王族が動いていたのは嬉しい誤算である。


 歴代の王族なら国の危機でもなければ重い腰をあげることはないのだが、バーン王子はどこか違うようだ。


 これなら協力を仰いでもいいかもしれない。


 レインは、フォレス家についてや攫われた『ブラックムーン』についてなど、自分の知る限りの情報を話した。


「なるほど。クロは、そのようなことに巻き込まれていたのか。俺も救出を手伝おう」


 一通り聞き終えたバーン王子は、協力について前向きであった。


 これなら、なんとかなるかもしれない。


 そう安堵したとき、急にバーン王子がレインに手を伸ばす。


 反応する間もなくレインは、あっという間に腕で持ち上げられた。


「きゃっ! 一体何を……」


 いわゆるお姫様抱っこに近い体勢にレインは思わず声を上げる。


「まずい状況だ、このままでは崩れるぞ」


 バーン王子が冷や汗を流しながら、レインが掘ってきた地上への道を駆け上がる。


 瞬間、先ほどまでのものとは比にならないほどの地響きが地下を襲った。


 運ばれるレインは凄まじい速度で流れていく景色を見ながら、思わずバーン王子にしがみつく。


 かなりの深さまで潜っていたにも関わらず、二人はあっという間に地上に出た。


 久しぶりに開けた大地を踏みしめたレインの目の前に広がる光景に言葉を失う。


「なんだ、これは……」


 茫然とするレインの隣で、バーン王子は呟いた。


 目の前に地下深くまで続く大穴が存在していたのである。


 大穴の周囲には風が吹き荒れており、黒く色づいた風によって日の光がさえぎられた空は曇り空のように薄暗い。


 そんな薄暗い空に浮かぶ人影を見つけたバーン王子がレインに尋ねる。


「あれはお前の知り合いか」


 バーン王子が見つめる空の一点に浮かぶ人影にレインは目を凝らす。


 空に浮かんで黒い風を纏っていたのは、クロを助けに行ったはずのウィンであった。


(ウィン!? ではこの惨状はウィンが? しかしウィンといえど、これほどの力は……)


 混乱するレインに対して、ウィンは高見から黙って見下ろすのみである。


 様子がおかしいのは、離れたレインの目から見ても明らかであった。


「『(やみ)息吹(いぶき)』」


 空中で停止していたウィンは、唐突に魔法を発動した。


 黒く淀んだ空気の塊が、凄まじい勢いで放たれる。


「……! 『竜炎』」


 ウィンの攻撃をバーン王子が相殺し、黒ずんだ空を炎が照らす。


 余波で吹き飛ばないように、レインは地面へとうずくまる。


「知り合いにしては、ずいぶんな挨拶だな」


 バーン王子はそう毒づきながら、ウィンの攻撃について考えていた。


 竜の炎は通常の炎とは違い、そこらの魔法とは一線を画する威力を持つ。


 こちらも手加減をしたとはいえ、攻撃が届きもしないとは。


「俺はあれの相手をする。手加減はするが、傷一つ付けないというのは約束できん」


 少しバツが悪そうにバーン王子は口を開いた。


 おそらくこちらを気遣っているであろうバーン王子に、ようやく落ち着いたレインは答える。


「おそらくウィンは何らかの理由で正気を失っています。あのまま放置して無関係の人が巻き込まれれば、一番傷つくのはウィン自身です。手荒でもかまいません。ですので、どうかウィンのことをよろしくお願いします」


 レインは跪いてバーン王子に頭を垂れる。


 本来は王族に攻撃するなど、その場で殺されたって文句はいえない。


 だが、直接レインがやり取りをしたかんじでは、意外に話が通じそうな印象を持っていた。


 この様子だと色々と融通を利かせてもらえるかもしれない。


「分かった。できるだけ安全に制圧できるように努力しよう。その代わり、クロのことを頼んだぞ」


 その言葉にレインは頷いて、大穴の中へと降りて行った。


 レインを見送って一人になったバーン王子は、空中に浮かぶウィンへと向き直る。


 周囲へ配慮する必要が無くなり、抑えていた竜の炎の力が解放される。


 漏れ出る火気で辺りの温度が急上昇する。


 体を巡る竜の力を自覚するのと同時に、バーン王子は空高くへと跳躍した。


 ウィンとバーン王子の距離がぐんぐんと近づく。


「『闇の息吹』」


 ウィンは先ほどと同じ魔法で、バーン王子を迎撃する。


「芸の無い奴め。『竜炎爪(りゅうえんそう)』」


 バーン王子は炎とともに竜の力を宿した腕を振るい、黒い風をなんなく打ち消した。


 あと少しで届くというところで、ウィンは高度を上げて回避する。


 着地しながら、バーン王子は纏わりつく黒い風を振り払った。


(この黒いのはどうやら、魔法を取り込むらしい。さっき俺の炎を消されたのも、それが原因か)


 相手は空を飛んでおり、今度はこちらが跳躍しても届かない距離から攻撃を仕掛けてくるだろう。


 地面に引きずりおろして制圧するのは難しそうだ。


 となると自分にできそうなのは、魔力切れを狙うことぐらいである。


「さて、ウィンといったか。俺の炎は少しばかり特別でな。全力で防がねば、火傷では済まんぞ。『竜炎』」


 バーンの内から竜の炎が解き放たれ、天高くまで伸びる巨大な火柱となってウィンへと迫る。


 周りを一切気にすることなく大空へと放たれた炎の規模は、視界を埋め尽くさんとするほどであった。


「『暴風域(ストーム・ポイント)』」


 ウィンの周囲を乱気流が包み込み、炎を周囲へと散らしていく。


「根比べと行こうか。久しぶりに楽しめそうだ」


 吹き荒れる熱気の中、絶え間なく炎を浴びせるバーンは獰猛な笑みを浮かべた。



──────────



 断続的な揺れによって、クロは目を覚ました。


 クロの目に最初に入ったのは、ズタボロになって倒れているテファニー・フォレスだった。


 意識がはっきりとしてきたクロは周りを見回す。


 元々あった地下空間は見る影もなく、何かに削り取られたように荒れ果てている。


 首輪こそ残っているものの、檻はひしゃげて破損しており自由に逃げ出せそうだ。


 あれ、なんか知らない内に助かったっぽい? 


 混乱しているクロは、直近の記憶を探る。


 檻の中でめちゃくちゃ痛い思いをしたのは覚えているが、曖昧にしか思い出せない。


 そうだ、確かあまりの痛さになんとか逃れる術を探してたっけ。


 睡眠不足の頭では、あまり良い案も浮かばずに色々試していたような気がする。


 最終的に原作『ブラックムーン』で尋問を涼しい顔で受けていた場面を参考にしたはずだ。


 痛みなどただの感覚に過ぎないと、自分に言い聞かせて体と心を切り離そうとして……。


 ついには自分の体を自己暗示によって他人の物のように感じるまでになってからは、痛みも他人事のように流すことができたのはよく覚えている。


 ただ、なぜか体は勝手に悲鳴を上げるし、意識を体に戻そうとしても戻せなくなるしでパニックになたんだった。


 それで焦っている内に意識が遠のいて、気が付いたら今の状況である。


 とりあえず檻から出たクロは、治療用の魔法薬は無いかと倒れたテファニーの体を調べた。


 体中の痛みで動くのもしんどかったが、何種類もの魔法薬が収納された小箱をクロはなんとか見つけだす。


(これって治療用だよね? 拷問用の別の薬とかだと怖いな)


 痛覚が鋭くなる薬などをテファニーから飲まされていたクロは、警戒心から口にするのを躊躇した。


 試しにテファニーの傷口に魔法薬を垂らしてみる。


 案の定、テファニーの体がビクンと跳ねて呻きながらガタガタと震え出した。


 ちょっと気の毒だが、色々試させてもらおう。


 その後ようやく治療薬と確信を持った魔法薬を口にしたクロは、体が楽になるのを感じて一息ついた。


 天井もないし、削られたような壁も登れなくはなさそうだ。


 ただ、魔法が使えない今の状態で地上に登っても、途中で落ちれば大けがでは済まないだろう。


 首輪を外せたら逃げ出せそうなのだが、どうしたものか。


 考えあぐねているクロだったが、しばらくしてレインが壁を伝って降りてきた。


「あなたが、クロでよろしいのでしょうか?」


 『ブラックムーン』としてしか面識のないクロは、一瞬レインに正体を隠そうか迷ったが諦めた。


 今は緊急事態だし、『紋章』を隠すこともできないだろう。


「ああ。そして『紋章』を見て分かる通り、君の盟友の『ブラックムーン』でもある」


 芝居がかった話し方をするクロに、レインは少し呆れた目線を送る。


「相変わらずの調子で安心しましたわ。あなたを助けにきました。今その首輪を外しますので、じっとしていてください。


 レインは懐から『スカーレットムーン』から貰った豆粒のような爆弾を首輪に取り付ける。


 クロの首を水属性魔法によって保護したレインは、マッチの火でそれを起爆させた。


 首輪にヒビが入る。


 「『水の槍』」


 レインの魔法でダメ押しとばかりに攻撃された首輪は、壊れて地面に転がった。


 すっきりした首元に満足気なクロは、早速魔法を使う。


「『影潜み』」


 久しく影に潜る感覚を噛みしめていると、クロの体の力が抜けていく。


 ふらついたところをレインが支える。


「傷が治ったといっても、今のあなたが衰弱していることには変わりありません。いきなり魔法なんて使っては体が保ちませんよ」


 クロに肩を貸しながら、レインは苦言を呈した。


 気まずそうにするクロだったが、もはや支えなしには立てなくなりその場にへたり込んでしまう。


「ごめん、ちょっと疲れたみたい。しばらく眠ってもいいかな」


 眠たげなクロに、レインは仕方がないと首を振った。


「無理もないですね。私が側にいますから、しっかり休息を取ってください」


 クロは返事する間もなく、レインの膝を枕にしながら寝息を立て始めた。


 壊れた檻や血に滲んだ服装だけでも、どのような扱いを受けたかの想像は難くない。


 しばらくは寝かせてやった方が良いだろう。


 しかし、レインにはもう一つやるべきことがあった。


 クロの眠りを妨げぬように頭を膝から地面にそっと移す。


 そうしてレインが向かったのは、テファニーの所であった。


「レイ……ン……フローレス……」


 いつの間にか目を覚ましていたようで、地面を転がったままテファニーはレインを見上げた。


 どうやら、魔力切れや怪我の痛みで全く動けないらしい。


「いつ起きたかは分かりませんが、その様子では逃げられるということはなさそうですね」


 テファニーの側にあった魔力封印の首輪を、レインは拾い上げる。


「クロのとは別ということは予備ということでしょうか。これもグラント家を追い詰める証拠の一つにはなるでしょう。さて、テファニー・フォレス。何か遺言はあるかしら。『水の槍』」


 首輪を回収したレインはテファニーに対して、魔法を紡ぐ。


 テファニーの頭上に水が集まって槍の形の塊へと変化していく。


「ま、まってください! 私の存在はフローレス家にとって有益なはずです。グラント家から命令を受けたことを私が証言すれば、証拠集めなどせずとも……」


「私みたいな小心者には、貴方のような外道を利用しようと思えるほどの器はありません。そもそも、今更あなたが信用を得られると考えていることにビックリです」


 レインはその命乞いを冷たくあしらう。


 未来の義妹となるウィンや盟友である『ブラックムーン』に対して異常な執着心を持っている相手を、どう信用しろというのだろうか。


 利害の一致だけでテファニーを生かすのは危険すぎる。


「そんな!? その魔力封印の首輪を私に付ければ、安全に連行するのだって難しくないでしょう!?」


 なおも食い下がるテファニーに、レインは口を開く。


「ごめんなさい、私が至らぬばかりに。それで遺言は?」


 もはやレインに語るべきことはない。


 テファニーは大きな声で必死に抗議する。


「話が違うのです! フローレス家は合理性を重んじるはず。この選択のどこが──―」


 テファニーの言葉を待たずに、水でできた槍が首に振り下ろされる。


 首に直撃したその魔法は、無慈悲にテファニー・フォレスの命を奪い去った。


「あまり騒がないで。クロが起きてしまいますわ」


 魔法を行使したレインはそう告げて、テファニーだった物に背を向けた。


 レイン・フローレスにとって、合理性とは感情を無視してまで遂行するものではない。


 完全な合理性は人間にとって過ぎた代物だ。


 人間には、いや自分のような凡人には限界があるということを良く知っている。


 テファニーを生かしておけば、背負うリスクや自身の心への負担は計り知れない。


 天才(オルター)であれば話は別だが、凡人(レイン)が感情を軽んじれば思わぬところで躓くだろう。


 自分を過信することなく、確実にできることを積み重ねる。


 自分の合理的でない部分を自覚して失敗を前提に動くことこそ、レインにとっての不完全ながらも最適な合理性だった。


 物言わぬ骸を振り返ることもなく、レインはクロの元へと戻る。


(さすがにクロを背負いながら登るのは、骨が折れそうですし。クロが起きるか、バーン王子が来るまで待ちますか)


 そうしてレインはクロの頭を膝の上で撫でつつ、バーン王子が戦っているであろう上を見上げた。

 バーン王子がいれば、きっとなんとかなる。

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