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未熟な少女たち

別サイトの『ハーメルン』で最新話まで追うことができます。

 弟子を取ることを決めた次の日、人のいない貧民街から少し離れた森の中にクロの姿があった。


「『ブラックムーン』様、お待たせしたのですわ」


 そこへ『スカーレットムーン』ことルージュがやってくる。


「私のことは師匠と呼ぶように」


 ここはクロがよく訓練に使う場所で、以前はウィンともこの場所に来ていた。


 今回は弟子を鍛えることが目的である。


 弟子となったルージュへの指導は、まず心構えから始まった。


「正面から戦うのは必要最低限。基本的には隠れることと逃げることが大事なのだ」


 義賊はあくまでも盗みによって義を貫く。


 無理に相手を倒したりしようとする必要はない。


「私の武器があれば正面突破も可能ですわ」


 そういってルージュが差し出したのは、少し重い球だった。


 自分の煙玉と少し似ている気がするが、どう使うんだろうか。


 早速実践してくれるようで、ルージュが球を放り投げる。


「『点火(イグニッション)』」


 その言葉と同時に、目の前で小さく炎と衝撃が炸裂した。


 なんでも爆弾というらしく、ヴァレッド家の倉庫にある火薬とやらで自作したのだとか。


 炎属性魔法によって好きな時に爆発させられるのだという。


 確かにこれがあれば、正面から戦いたくなるのもうなづける。


「でも、やっぱり避けるべきかな。義賊は基本的に忍び込んだ相手の住処で戦うことになる。前回のルージュのように敵の罠だってあるかもしれない」


「それだと爆弾しか持たない私の強みが無くなってしまいますわ」


 ルージュは、少し悲しそうに言った。


 爆弾以外になにか強みがあればよいのだが。


 体力づくりや気配察知は習得させるとしても、私でいう影の魔法のような何かがほしい。


 しばらく悩んだクロは、投げ物の練習をルージュにさせることにした。


 投げ物の扱い方次第で、爆弾や物を遠くに投げて気を逸らしたりできるかもしれない。


 戦闘になっても直接相手に命中させれば、逃げる隙も作りだせるだろう。


「というわけで、球の投げ合いの訓練をすることにしよう。私から投げる物をなるべく避けながら、君は私に物を投げて当てること」


 そういってクロは自分の影に入れていたガラクタから、当たっても痛くなさそうなものを取り出す。


「はいですわ! 師匠!」


 訓練が始まり、ルージュからの投擲物をクロはなんなく交わして森の中へと潜む。


 気配を消しながら回り込んでは、ルージュの死角から物を投げる。


 ルージュは気づくのが遅れて、避けきれずに当たってしまう。


「視界に頼りきってはいけない! 耳や肌など色んな感覚を研ぎ澄ませるんだ!」


 そこからは、ひたすらクロは物を投げ続けた。


「遠くに物を投げるときは腕だけでなく、肩も使うことを意識して!」


「避けるときは、次の行動につなげることを考えて!」


 そうして日も暮れたころ、ルージュはへとへとになっていた。


「お疲れ。体力はこれからだけど、気配察知は見込みありだね。肩をほぐすのを忘れないでね」


 辺りに散らばった布切れや木片を片付けながら、クロは声をかける。


「はぁ、は……い」


 ルージュは仰向けになりながらも、なんとか返事する。


 その日はフローレス家特製の魔法薬を渡して解散にした。


 疲労回復や筋肉をつけるためにも飲むらしいので、これを飲めば訓練も捗るだろう。


 三日に一度の昼間に訓練をすることになったので、しばらくは夜しか貧民街の巡回はできなくなりそうだ。


 クロは少し弟子ができたことに充実感を感じつつ片づけを終えて帰路についた。



──────────



 偽物騒動からしばらく経ったころ、貴族間でもその噂が広がり始めていた。


 貧民街の情報が貴族に届くことはほとんどない。


 今回の件はそれだけ話題性のある噂だったということである。


 『偽ブラックムーン』が出没していると知ったウィンは、すぐさま貧民街へと向かおうとしていた。


 そこに待ったをかけたのがレインである。


 納得のいかないウィンは声を荒げる。


「どうして止めるんですか!」


 ウィンからしたら『ブラックムーン』の偽物など絶対に許せないものである。


 ましてや今もなお偽物が次々と現れているというのだから、今すぐにでも偽物を対処しにいきたかった。


 また、偽物退治だけでなく本人とも会って話したいというのもある。


 ウィンに薬を飲ませたことや自分を遠ざけようとしたことなど、『ブラックムーン』には言いたいことがたくさんあったのだ。


 あの決闘以降、一切会いに来なくなった『ブラックムーン』と会える可能性があるなら行かないという選択肢はない。


 だが、レインはその意見を全く取り合わない。


「だめよ。『ブラックムーン』はあなたを危険から遠ざけたがっている。今貧民街に行けば、偽物の調査に加えてあなたの身を案じることまで彼女は背負ってしまう」


 レインは『ブラックムーン』がウィンを遠ざけていることを把握していた。


 盟友である『ブラックムーン』から偽物について個人的に話したときに、フローレス家としてウィンを守っていてほしいとレインは念押しされていたのだ。


「私はもう昔の弱いままの自分じゃない。私の風属性魔法を見せれば『ブラックムーン』も背中を任せる可能性だって……!」


 なおも食い下がるウィンにレインは頭を悩ませた。


 これはウィンの実力が足りていないという問題ではない。


 実力からいえばウィンは、もはやフローレス家の誰よりも強いだろう。


 絡め手や集団戦などを考えなければ、大抵のことは1人で対処できるのである。


 ではなぜ止めるかといえば、『ブラックムーン』の方に問題があるからだ。


 明らかに『ブラックムーン』はウィンに情を持っている。


 オルターと『ブラックムーン』の決闘が、あの義賊の甘さをよく表している。


 あの決闘は完全な私情によるものであり、負う必要のないリスクである。


 大切な人間のために隙を晒してしまうのは、お尋ね者としては致命的な性格といってもいい。


 そのため、今はウィンの安全をフローレス家で確保することが『ブラックムーン』にとって有益であると、レインは考えていた。


「あなたに勝手に動かれると困るのよ。お願いだから大人しくしていてちょうだい」


 ウィンはフローレス家に嫁ぐ身である。


 フローレス家の方針に表立って逆らうことはできない。


 この場はとりあえず引き下がったウィンだが、内心は諦めてはいなかった。

 

 その日からしばらく準備を重ねてしばらく経ったある日の夜、ウィンはこっそりとフローレス家の屋敷を抜け出した。


 ワーグの所から『ブラックムーン』と一緒に抜け出すことに慣れてたのもあって、気づかれる様子は無かった。


 夜に抜け出して貧民街をこっそりと見回り、朝までに帰ってくればフローレス家にバレることはない。


 ウィンの風属性魔法なら風に乗れば貧民街まですぐであった。


 深夜の貧民街はひんやりとしており、少し肌寒い。


 ウィンは貧民街で目立たないようにするための外套を羽織り、フードを深く被る。


 来てみたはいいものの見回るぐらいしかやることがなかったウィンは、なんとなく歩き回ることにした。


 労働から帰ってきた人も寝付いているため、表にはほとんど人を見かけない。


「ちょっと、そこのあんた」


 行く当てもなくうろうろしていたウィンの後ろから声をかけられる。


 振り返るとそこにいたのは、いつか見たクロという少女だった。


「こんな夜中にうろつくんじゃない。最近の貧民街は治安が悪い」


 ウィンは唐突な再会で呆気に取られていると、クロは訝し気な表情でこちらを見つめる。


「まさか『偽ブラックムーン』じゃないだろうな?」


 思わぬ疑いをかけるクロに慌ててウィンはフードを脱いだ。


「違うわ! 私は以前教会で会ったウィンよ。覚えているかしら」


 今度はクロの方が呆気に取られる番だった。


「なんで夜の貧民街なんかにいるんだ。危ないじゃないか」


 そう咎めるクロの口調は少し強かった。


 心配してくれているのだろう。


「ごめんなさい、でも、どうしても『偽ブラックムーン』を捕まえたくて。それに私結構強いから大丈夫よ。ほら『風乗り(エア・ライド)』」


 そういってウィンは魔法で浮いてみせる。


 それを見た目の前の少女は、何とも言えない顔をしてため息をついた。



──────────



 弟子のルージュもだいぶん義賊として形になってきた頃。


 クロは夜の貧民街を巡回していた。


 前までは昼に巡回で夜に義賊だったが今は違う。


 昼は弟子のために修行場で訓練やその準備で忙しいクロは、師匠となってからは昼に巡回する時間はあまりなく、もっぱら夜を巡回していた。


 そこに現れたのがウィンである。


 ウィンの行動力を甘く見ていたクロには、予想外の出来事だった。


 昔に比べたら元気になったことが喜ばしくもあるが、これは元気になりすぎである。


 偽物を捕まえたいからといって、まさか自分からこんな夜中に貧民街に出向くとは。


 とりあえず、クロは教会にウィンを連れていくことにした。


「……というわけで、偽物は『ブラックムーン』本人や私みたいな腕利きが捕まえてる。ウィンが来ても過剰戦力だよ」


 今の貧民街の状況を伝えるが、ウィンはあまり納得していないようだった。


「私は偽物をどうしても許せないの。何か助けになれることはない?」


 そういえば以前ウィンは貧民街で絡まれていたときに、『ブラックムーン』の名前を相手が出したことに激怒していた。


 『ブラックムーン』に対して好感を持ってくれているのだろうか。


 少し嬉しくなったクロは、いやいやそんなわけないと思い直す。


 薬を盛った『ブラックムーン』としてのクロに対して、ウィンが良い印象を持っているとは考えにくい。


 もしかしたら、ワーグのところで原作の『ブラックムーン』を読んだのかもしれない。


 ウィンが原作『ブラックムーン』のファンなら偽物への執着も仕方がない。


 私もファンとして偽物への怒りは痛いほどに分かるが、ここはなんとしても止めなければ。


「でも貧民街に貴族が来るのはよくない。家の人にも止められてるんじゃないの?」


 ウィンは少し迷う素振りを見せたが、口を開く。


「実はそれだけじゃなくて。会いたい人がいるの」


 ん? とクロは首を傾げた。


 貧民街にウィンの知り合いなんていたっけ? 


「その方は以前からの友達なんだけど、最近会ってくださらなくて。言いたいことがたくさんあるの」


「……っ! へー、薄情な友達もいたもんだ」


 心当たりにのあるクロは、内心ドキッとした。


 ウィンは関係を隠すためか明言を避けているが、明らかに『ブラックムーン』ことクロの話である。


「その友達に対して怒ってたりする?」


 クロがさりげなく聞くと、ウィンは頷いた。

 

「ええ、とっても。もしかしたら私の魔法の力を見せつける必要もあるかもしれませんわね」


 教会の外を強風が吹き、建付けの悪い窓がガタガタと揺れた。


 ウィンの返答にクロは縮み上がる。


 以前見たようなウィンの怒りを正面から受けられる自信などクロにはなかった。


 嫌われる覚悟はしていたクロだったが、真っ向からその感情をぶつけられるのは怖くて想像もできない。


 やっぱり薬で眠らせたのは良くなかったようだ、とクロは少し後悔した。


 ほとぼりが冷めるまで、もう『ブラックムーン』としてはしばらく距離を取ろうかな。


 そう考えるクロだったが、とりあえず今はウィンを説得することに専念することにした。


「ウィンが貧民街に来たい理由はよく分かった。でも、会いに来ないってことは会いたくない理由があるんじゃない? 一度その人と距離を置くというのも……」


 なんとかクロはウィンを諦めさせようとするが、ウィンの表情は口元に笑みを浮かべたまま変わることはない。


 外はもはや嵐のようである。


 どう説得したものか。


 そんなことを考えていたクロは、外が少し明るいことに気が付いた。


 それは真夜中にしては不自然な明るさであり、何やら音も聞こえてくるような……? 


 遅れて気づいたウィンが窓に近づこうとした瞬間、窓が割れて何者かが入ってきた。


 咄嗟にクロはウィンに覆いかぶさる。


 背中にガラスの破片が降りかかり、クロの背中に鋭い破片が少し突き刺さる。


 服の中の影で衝撃を殺せても、服が破れれば防ぐことはできない。


 クロは痛みに顔をしかめながらも周囲の状況を確認する。


 入ってきたのは黒い布切れを纏った男性だった。


 無理に入ってきたためか少しの間うずくまっていた侵入者は、我に返ると何かに怯えたようにクロに突進してきた。


 ウィンの前で魔法を使えず、ガラスで負傷したクロは対応が遅れる。


 男性はクロを捕まえガラスを突き付けると、窓の外に叫んだ。


「来るな! こっちには人質がいるんだ!」


 すると見覚えのある赤い装束の少女が窓から入ってくる。


「大人しく投降なさい、『偽ブラックムーン』!」


 こちらを睨みつけるのは、先日弟子入りしたルージュであった。


 どうやら、ルージュが後ろにいる偽物を追いかけてここまでやってきたらしい。


 しばらく貴族の家に忍び込まないように言いつけたが、貧民街の偽物を相手にしていたとは。


 だが、これくらいなら人質のクロでも対処が可能だ。


 突き付けられたガラスを手でつかみ、足払いで一気に制圧する。


 相手がこちらを警戒していなかったのもあり、あっさりと抜け出せた。


 ふうと一息をついてウィンを見るとこちらを凝視している。


「クロ……、その手……」


 見下ろすとクロの手に刻まれた『紋章』の光が布の中から漏れ出ていた。


 先ほど庇ったあとに制圧する中で、腕に巻いていた布が破れたらしい。


 咄嗟に手を庇うが、クロはすでに手遅れであることを悟る。


「もしかして師匠ですか?」


 ルージュの言葉にウィンが反応した。


「師匠? 弟子がいるのですか?」


 クロはどう答えればいいか分からなかった。


 だんまりを決め込むクロを、ウィンが問い詰める。


「クロが『ブラックムーン』だったのですか? 私のことを遠ざけておいて、弟子を取って……。私のことは認めてないのに、その人は認めるんですか?」


 クロが返事をしようとするが、言葉が浮かばない。


「黙ってないで何か言ってください!」


 違うと否定したかった。


 ウィンは大事な友達だから幸せなところにいてほしい。


 ルージュを弟子を取ったのは取らない方が危険そうだったから。


 そう言いたいのに、肝心の言葉が喉まで出てきては霧散してしまう。


 『ブラックムーン』というフィルターを通していないクロは、ウィンに対しての言葉を持ち合わせていなかった。


 キラキラしたカッコいい姿の義賊(ブラックムーン)ではない矮小で性根の腐った盗人(クロ)では、何を語っても空虚で軽い言葉しか吐いてしまう。


 飾った言葉しか思いつかない。思い浮かんだ言葉全てが飾っているようにしか感じられない。


 初めて嘘をついたあの幼き日の夜から、ありのままの自分として真剣に物事と向き合ってこなかった。


 そのことに対してクロは後悔で胸がいっぱいになる。


 こちらを見るウィンの顔は明らかに怒っていた。


 ここで何かを言わないと、何かを言えないときっと大事な何かを失ってしまう。


 ルージュは黙って成り行きを見守っており、辺りに鉛よりも重苦しい沈黙がのしかかる。


 最終的にクロは逃げ出した。


 逃げ続けていたクロには、逃げること以外の選択肢を選べなかったのだ。


 ウィンの制止を振り切って、今までで一番の逃げ足で教会を飛び出す。


 いつもは心が浮立つ感覚を逃げるときに感じているが、今はそれも感じない。


 あるのは何かを間違えたという後味の悪さだけである。


 ウィンは空を飛んで追ってきたが、クロに追いいてくることはなかった。


 貧民街を誰よりも知っているクロは、余裕のない心とは裏腹に冴えた頭ですんなりと逃げ切る。


 ガラスで切った傷の痛みが、今頃になって疼いてくる。


 そういえば、レインからもらった治療用の魔法薬は教会に置いていた。


 そう思い出したクロだったが、取りに戻る気はおきない。


 見つかりたくないというのもあるが、今は傷の痛みをそのままにしておきたかった。


 じくじくと手や背中に痛みが広がるのが、ただ心地よく感じる。


 まるで嘘に塗り固められたクロの罪を、痛みが軽くしてくれているかのようだ。


 しかし、友達を失って心にぽっかりと穴が開いた感覚は、いつまでも消えることは無かった。

 盗んだあのとき誰かに「ごめんなさい」が言えたなら、きっと友達にも謝れたのかもしれない。

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