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「私の課す修行を過酷だぞ」

 登場人物の人間関係は、これでおおかた出揃ったかもしれません。

 捕縛した偽物の一人の証言から推測すると、地属性魔法の使い手が裏にいる可能性がある。


 そうバーン王子から告げられたクロは、レインから地属性魔法を使う貴族について教わっていた。


 レインによると、貴族というのは魔法の属性が派閥ごとに別れる傾向があるらしい。


 たとえば水属性であれば、他の属性と違って扱う際に深い知識を持っていることが強力な魔法の習得に繋がる。


 そのため、水属性の貴族は研究の分野に進むことが多く、自然とそこで繋がりも強くなるのである。


 ちなみに、現在はフローレス家が水属性の派閥で最も力を持っているようだ。


 また、基本的に子どもは親の属性を継ぐようで、同じ属性同士で結婚するのが大半らしい。


 その家の得意とする属性と異なる属性の者を、後継者にしたくないからである。


 別属性を迎え入れる貴族は運が悪ければ、後継者に恵まれず最悪没落することもあるという。


 一応違う派閥の貴族に嫁ぐウィンのような例もあるにはあるが、滅多に無いことらしい。


 よって属性を手がかりに人を探すなら、該当する派閥からまず探ると良いのだとか。


 今ある派閥の三つはそれぞれ、水属性を取りまとめるフローレス家の派閥、地属性と風属性を取りまとめるグラント家の派閥、火属性を取りまとめるヴァレッド家の派閥である。


 手がかりの地属性魔法に該当するのはグラント家の派閥。


 方針が固まったクロは、早速グラント家の派閥を対象に調査をすることにした。


 といってもクロにできる調査方法は、忍び込んで情報を手に入れることだけである。


 見つかっても地属性や風属性が相手なら、訓練を積んだクロなら対処は難しくない。


 『影潜み』も手袋の中で光っている手の甲だけは外に出す必要があるが、物陰であれば目立つことはない。


 つまり、盗み聞きをするぐらいなら朝飯前ということである。


 調査から数日、その日もクロは『影潜み』で手がかりが無いかを聞き耳を立てていた。


 休憩中の警備があくびをしながら、もう一人の警備に話しかける。


「知ってるか。最近『ブラックムーン』の偽物が出るらしいぞ」


 聞かれた方の警備は、軽く頷く。


「ああ、知ってるぞ。貧民街の方で名前を騙って悪事を働いているのだろう。雇い主のがどさくさに紛れて緊急徴収と称して平民から金を巻き上げていた」


 どうやら貧民街の様子は貴族にも伝わっているようだ。


 『ブラックムーン』が忙しそうな内にこれ幸いと悪事を行っているらしい。


「いや、それと違うな。自分が聞いたのは、一応義賊っぽいことはしてるやつだな。なんでも『スカーレットムーン』と名乗っているらしい」


 ん? とクロは首を傾げた。


 その情報は初耳である。


 ここのところ偽物退治にかまけていたが、その間になにやら妙なことになっているようだ。


 それ以外に目ぼしいことを話さずに巡回に戻った警備を余所に、クロは『スカーレットムーン』について思案する。


 レインの予想では、今回の大量の偽物は『ブラックムーン』への悪印象が目的という話であった。


 その予想が正しいなら、『スカーレットムーン』とやらは今回調査している件とは関係が無さそうだ。


 それにしても『スカーレットムーン』というかっこいい名前は、明らかに『ブラックムーン』を意識している。


 義賊という同じ道を歩む仲間としてぜひともいつか会ってみたいものである。


 そんなことを思いながらクロは、屋敷の中を物色する。


 調査に進展は無かったが、ここの貴族はどうやら悪人のようだ。


 ここの貴族は以前も忍び込んだことがあったが、どうやら懲りていないらしい。


 貧民街も働き手が増えたとはいえ、ゴミ漁りをしている人も少ないわけではない。


(悪事を働いたのなら、その分を弱者へ還元しなければ)


 そう考えながら、金目の物を探していた時、突如どかんと爆発音が響き屋敷が揺れる。


 クロは一瞬驚いたものの、警戒しながら周囲の様子を探る。


 どうやら爆発は入口付近で起きたらしく、警備はそちらに向かっているようだ。


(今が逃げる好機であるが、『偽ブラックムーン』に繋がる手がかりも何かあるかもしれない)


 そう考えたクロは、何が起きたかを把握するために屋敷の入口へ向かった。


 玄関を確認できる位置までたどり着いたクロは二階からこっそり見下ろして状況を伺う。


 二階まで吹き抜けたとても広い玄関の中央で警備が囲んでいる人物は、真紅の装束を纏っていた。


 どうやらこの派手な格好の侵入者が先ほどの爆発音を起こしたらしい。


 粉々に砕けた入口から見るに強引な方法で侵入したようだ。


 警備は槍を構えているが、侵入者は全く意に介さず威勢よく口を開いた。


「我が名は義賊『スカーレットムーン』! 痛い目に会いたくなければ大人しく金目の物を出しなさい!」


 その堂々たる宣言に警備たちが少し怯む。


 扉を木っ端みじんにする手段を持ちながら物を要求するこの状況は、傍から見れば強盗の脅迫である。


 槍しか持たない警備が怯んでしまうのも無理はない。


 悪徳貴族には同情しないが、金で雇われただけの警備に少しだけクロは同情した。


 そこへ上品な服を身に包んだ小太りの男性が現れた。


 おそらく、この館の主人だろう。


「貴様のような賊にくれてやる物などないわ。このコバート・モルドが直々に相手してくれる」


 そう啖呵を切ったコバートの周りを風が渦巻く。


 どうやらここの貴族は風属性魔法を使うようだ。


 このだだっ広い玄関は、巻き込んで操れる大気も十分に存在している。


 『スカーレットムーン』の実力は知らないが、クロなら正面から戦うのは避けて逃げに徹したい相手だ。


 真紅の人影は動かずにコバートを正面から見据えており、逃げるつもりはないようである。


 こうしてクロという傍観者を置いたまま『スカーレットムーン』とコバートの戦いの火蓋は切って落とされた。



──────────



 真紅の不届き者を前に、コバートは一切の慢心を捨てていた。


 かつてコバートは『ブラックムーン』の侵入を許している。


 一度目はふざけた名前に惑わされたが、二度目の今はふざけた名前だからこそ一層警戒していた。


 加えて、入口を粉砕できるほどの威力を持った攻撃手段を用意しているようである。


 ならば、こちらも最初から本気で臨まなければいけない。


「『風の刃(エア・カッター)』!」


 コバートが口ずさんだ名前の通りに、空気の刃が形成されていく。


 壊された入口から風が流れ込み、真紅のマフラーをはためかせながらも『スカーレットムーン』は狼狽えた様子はない。


 その程度の攻撃は余裕で受けられるといわんばかりである。


 ごうっ、音をたてながら『スカーレットムーン』へ不可視の斬撃が迫る。


「『点火(イグニッション)』」


 斬撃が『スカーレットムーン』に届く直前、目の前で爆発が起きる。


 爆風による風属性魔法の打ち消し。


 どういう仕組みかはしらないが爆発する魔法が使えるようだ、とコバートは推測した。


 警備では相手にならないかもしれないと考え、包囲を維持することだけにとどめさせる。


 指示を受けた警備から目を逸らし『スカーレットムーン』を注視する。


 『風の刃』は装束を引き裂くために放ったものであるが、そもそも届いてすらないらしい。


 先日、グラント家の派閥全体に内密の通達があり、『ブラックムーン』を捕まえる方針と能力について共有された。


 能力についてどうやって知りえたものかは不明だが、『ブラックムーン』は影を使った我々の知りえない魔法を使っているらしい。


 なので狙うなら影を作り出している黒いマントや装束を破損させるのがよいという。


 元々コバートはかつて自分を出し抜いた『ブラックムーン』にいずれ復讐をしようと考えていた。


 グラント家の方針にすぐさま乗っかり、早速行動に移した。


 此度の緊急徴収は『ブラックムーン』をおびき出すために行ったものであり、真紅の姿を目にするまでは事の順調さにほくそ笑んでいた。


 しかしやってきたのはどうやら別人で、戦い方も全く違うようである。


「来ないのかしら? 諦めて金目のものを出せば見逃してやってもよくってよ!」


 黒い方と違い、赤いこちらの義賊は逃げ隠れする気など欠片もないようである。


 だが、逃げないのならば好都合。


「ほざけ! ここは我が陣地の中。すでに貴様は我が術中よ」


 貴族の屋敷は自分に有利な戦地であるというように、コバートの屋敷にも風属性魔法に有利な仕掛けが施されている。


 合図と共に警備の物が退き払っていく。


「数の有利を捨てるんですの?」


 『スカーレットムーン』は不思議そうにしていたが、異様な臭いが立ち込め始めたのに気付く。


 辺りに緑色の靄がかかったように色づく。


(これは……毒ガス!? 目と鼻に痛みが!?)


 咄嗟に爆発を足元で起こし爆風で毒の空気を遠ざけたが、『スカーレットムーン』は窮地に追い込まれてしまった。


「くくく、無駄だ。いくら毒ガスを遠ざけようと、我が風属性魔法による毒ガスの包囲を破ることはできない。死にはしないが、しばらくは激痛の中で悶え苦しんでもらおう」


 裏で警備の物が放出した毒ガスの量は、この空間を覆って余りある量である。


 『スカーレットムーン』が目をこすって鼻をすすりだしたのを見て、コバートは勝ちを確信した。


 この毒はとある辛い果実から作られており、猛獣であっても撃退することができる。


 風属性魔法で操作しやすいように色や臭いもつけているため、間違ってコバートの方に来ることもない。


 爆発で毒ガスを突っ切られる心配もあったが、すでに『スカーレットムーン』は涙で前がよく見えていないようだ。


「大人しく投降すれば、目を洗うための水を持ってきてやろう。その代わり身に付けている物を全て脱ぎ捨てて、この首輪をつけてもらうがな」


 そういってコバートが取り出したのは、黒い鉄製の首輪であった。


 この首輪はグラント家から支給された『ブラックムーン』捕縛のために用意されたものであり、内側に魔力を封印する魔法を刻んである。


 本来は貴族の罪人に付けるものであり王宮で厳重に管理されているが、製造元であるグラント家なら裏でいくつか確保することなどわけないのだろう。


 効果は折り紙つきであるが、装着するのが難しく相手が無抵抗である必要があるのが欠点だ。


 だが、この状況であれば付けざるを得まい。


 相手は目が激痛に襲われていて、抵抗しようにもできないはずである。


 身に付けている凶器を手放しさえすれば、どうしようもない。


 犯罪者とはいえ女性の服を脱がせるのは少し抵抗があるが、どんな凶器を持っているか分からない以上仕方がない。


 コバートは慎重になりながら、目の前で膝をついた少女に一歩と距離をつめる。


 しかし、そこで予想外の乱入者が現れた。


「それは聞き捨てならないな。女の子に服を脱げだなんて」


 そんな声とともに立ち込める緑色に黒い煙幕が混ざり始める。


 『スカーレットムーン』の側に現れたのは黒いマフラーとマントが特徴的な黒装束の者だった。


「我が名は義賊『ブラックムーン』。義によって助太刀させていただく」



──────────



 戦いを観察しながらいつ加勢しようか迷っていたクロは、コバートの発言を聞いて思わず飛び出してしまった。


 原作の『ブラックムーン』は紳士的でない行為を見過ごすことは絶対にしないのだ。


 マフラーの影で口元の空気を確保しつつ目深なフードの影で目を毒ガスから防いで、『スカーレットムーン』の元へと駆け寄る。


「なんですの? なにが起こってますの?」


 『スカーレットムーン』は周りの状況が判別できていないようで、若干パニックになりつつクロに尋ねた。


「時間がない。今は何も言わずに。この『ブラックムーン』のことを信じてほしい。マントの中に入ってて」


 そういってクロは『スカーレットムーン』にマントを被せる。


 『影攫い』で他人を影に入れるには、相手がこちらの魔法に身を委ねる必要がある。


 変に警戒されてと逃げるのに手間取ることを懸念していたクロだが、すんなりマントの影に入った『スカーレットムーン』を見て安心する。


 この『影攫い』は魔力消費が激しいので今は急いで離脱しなければいけない。


「逃すものか、『ブラックムーン』! 『風の刃』!」


 コバートの魔法が空気を切り裂くが、クロはなんなく交わす。


 空気に色がついてるおかげで、軌道を見切るのがたやすい。


 自身の策に翻弄されるコバートを後目に、クロは壊された入口から離脱していった。


 しばらくして安全なところについたクロは、マントの影から『スカーレットムーン』を出して一息つく。


 どうやら相手が屋敷の入口に毒ガスを撒いたおかげで、追手もないようである。


 目を痛そうにしている『スカーレットムーン』の顔をフローレス家特製の魔法薬を使って洗いながら、クロは声をかけた。


「大丈夫か? ずいぶんと手ひどくやられたようだな」


 顔の痛みが治まりようやく落ち着いた真紅に身を包んだ少女は、クロを見ながら目をぱちくりさせている。


「いえ、この程度覚悟の上ですわ。それよりもあなたは本当にあの『ブラックムーン』様ですの?」


 クロが肯定すると目の前の少女は嬉しそうに握手をする。


 ちぎれんばかりに手をぶんぶんと振っているところを見るに、『ブラックムーン』のファンといったところだろうか。


「喜んでくれてこちらも嬉しいよ。ただ、もう無茶はしてはいけない。義賊というのは危険が付きまとう。これに懲りたら足を洗うんだ」


 案外聞き入れてくれそうだと予想していたクロだったが、返ってきた言葉は拒否であった。


「助けてくれたことには感謝しますわ。でも義賊はどうしても続けたいんですの」


 意思の固い少女に、クロは少し口調を強める。


「私が助けに入らなかったら、君は今頃あの悪徳貴族に捕まっていたんだぞ。はっきり言って君では実力不足だ」


 しかし『スカーレットムーン』は中々折れない。


「ならば、『ブラックムーン』様の弟子にしてください。お願いします」


 クロはどう諦めさせようかと困り果ててしまった。


 自分は未だ『ブラックムーン』としては未熟者であって、弟子など取れるような者ではない。


「なぜそうまでして義賊にこだわるのだ。理由に納得できなければ弟子など取れん」


 理由を尋ねると、少女は黙り込んでしまった。


 しばしの沈黙の後、目の前の少女は覚悟を決めたかのように口を開く。


「お待ちを! 理由をお話します。なのでどうか弟子入りを考えてほしいのです」


 そう言って少女は真紅の衣を脱ぎ、素顔をさらす。


 現れたのは緋色の短髪をした少女であった。


「私の名前はルージュ・ヴァレッド。あなたと同じ『杖』に選ばれた婚約者候補の一人ですわ」


 証拠として手の甲に浮かんだ『紋章』を見せる姿から、本物であることは疑いの余地が無さそうである。


 クロが知りうるルージュの容姿についての情報とも合致している。


「なんで貴族のお嬢様がわざわざこんな危ない真似を?」


 疑問をぶつけるクロに、ルージュは事情を語りだした。


 ルージュによると、婚約者候補として『紋章』強化のために、自分の好きな『ブラックムーン』と同じ道に進んだという。


 ヴァレッド家では『紋章』の強化は基本的にルージュの親が取り仕切っており、ルージュ自身は何もすることがないのだとか。


 親のやり方は軍事力の強化によってヴァレッド家の価値を高めるというものだが、ルージュにとってそのやり方は好みではないようだ。


 そこでルージュは親とは違う自分のやり方で『紋章』の戦いに臨むことにしたらしい。


「そういうわけで私はどうしても、義賊として『ブラックムーン』のような活躍をしたいんですの」


 本人の覚悟はその目からも相当なものだと伝わってくる。


「実力は不足しているが、どうやら覚悟は本物のようだな。いいだろう。私にできる範囲でルージュ嬢に義賊としての心得を教えてもいい。ただし、厳しい修行から逃げ出したら、この話はそこまでだ」


 最終的に折れたのはクロだった。


 原作『ブラックムーン』でも女の子の弟子を取っていたし、同じ状況で学べることもあるかもしれない。


「はい! よろしくお願いするのですわ、師匠!」


 そういってルージュは頭を下げる。


 これからは忙しくなりそうだ、とクロは腹をくくった。

 ここでいう毒ガスは唐辛子の成分を使った熊撃退スプレーをイメージしてます。うまく伝わっていてほしい。


 コバートさんの名誉のためにいうと身ぐるみをはがそうとしたのに下心は無いです。屋敷を爆破して押し入ってきた強盗に対して慢心なしで対応した結果、なんか下卑た笑みを浮かべてそうな感じに仕上がってしまった。

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