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『偽ブラックムーン』大量発生!?

別サイトの『ハーメルン』で最新話まで追うことができます。

 偽物の知らせから一週間が経過した。


 グレンから通称『偽ブラックムーン』が現れたと聞いてから現場に駆け付けたクロは、その偽物をすぐさま制圧した。


 しかし、それだけでは事態は解決しなかった。


 なんと『偽ブラックムーン』が何人も存在しているのである。


 一人捕まえてもまた一人と偽物が出没しては悪事を働いていく。


 貧民街の人の間ではすでに噂になっているが、本物が目の前で助けに入ることで偽物が出没するという認識にとどまっているのが不幸中の幸いである。


 今日捕まえたのでもう6人目であり、クロはいい加減うんざりしていた。


 捕まえた何人かをフローレス家が尋問したところ、どうやらお金を握らされて貧民街のチンピラによる犯行と判明した。


 レインによると貴族が裏で糸を引いている可能性が高いという。


 決闘騒ぎによって『ブラックムーン』が婚約者の座を狙っていると貴族の間で噂になっており、おそらく偽物で悪評を立てて『紋章』の輝きを削ごうとしているのだとか。


 『ブラックムーン』は貴族に虐げられる弱者から多くの支持を得ている。


 今のところクロの『紋章』に変化はないが、民衆からの不信感が募ればいずれ輝きが霞む可能性もあるだろう。


 『ブラックムーン』の盟友となったフローレス家にとって、その影響力が弱くなるのはいただけない。


 ただ、クロには『紋章』についてそこまで気にしていなかった。


 フローレス家には悪いが、むしろ輝きが薄れたほうが好都合である。


 ワーグの特製手袋でなんとか『紋章』の光を抑えているが、もしこれ以上光が強まるようなら手袋だけで抑えるのは難しいかもしれないそうだ。


 現時点でも『紋章』が宿った手の指は、厚手の手袋のせいで動かしにくくなっている。


 ぎりぎり義賊の活動に支障をきたすことはないが、最悪の場合は布でぐるぐる巻きにして片手を封じる必要があるかもしれない。


 『紋章』が足枷でしかないクロにとって、『紋章』の輝きが弱くなることは逆に喜んでもいいぐらいである。


 そんなことよりも偽物に対してクロが問題視しているのは、自分の憧れの存在である『ブラックムーン』の名前を使って悪事を働くことであった。


 そんなわけで現在フローレス家とクロは利害の一致から偽物の元凶を調査していた。


 フローレス家は貴族の方の伝手から情報を探し、クロは偽物を捕縛しつつ貧民街に怪しい人物がいないかを探る。


 今回はクロの協力者であるワーグもいつにもまして協力を惜しまない姿勢であった。


 きっと同じ『ブラックムーン』を読んだもの同士、今回の事態を看過できない気持ちも同様なのだろう。


 おかげで、今回は縄や睡眠薬などの物資も潤沢だが、相手が弱いとはいえ如何せん数が多い。


 さらには、昼間に急に人前で現れることも多く、『ブラックムーン』としてではなくクロとして魔法を制限された状態で応戦することもあった。


 元凶について分かっていることはローブを被り、無言で前金と『ブラックムーン』の名前を使って騒ぎを起こせば報酬を追加で支払う旨が記された紙を渡してくるという。


 そんなこんなで今日も手がかりを掴むべく偽物を追い回していたクロは、逃げる偽物の背中に思いっきり拳ほどの大きさの石を投げつける。


「これでも食らえ!」


 普段から投げ物を扱うクロの投げた石は、偽物の背中に見事に命中した。


 少しよろめいた偽物はつんのめりながら曲がり角を曲がる。


 それに続いたクロの目に入ったのは、曲がり角の向こうで通行人に拳を振り上げながら突進する偽物の姿だった。


(まずい、今の魔法が使えない状態で人質を取られたら面倒なことになる)


 しかし、クロの予想が当たることはなかった。


 なんと通行人が偽物の胸倉をつかんで思いっきり壁に押し付けたのだ。


 通行人のフードの下からのぞかせる赤い髪と見覚えのある顔に、クロは驚愕する。


 なんとそこにいたのは、かつて宮中でクロの前に立ちはだかったバーン王子であった。



──────────



 バーンは自分に突っかかてきた不届き者を見ながら言い放つ。


「ちょうどいい、貴様に聞きたいことがあったのだ。最近『偽ブラックムーン』が出没すると噂で聞いてな。貴様は何か知っているか」


 息苦しそうにするその狼藉者は、バーンの放つ威圧感からか浅い息と命乞いを繰り返すばかりで真っ当な返事を期待できそうにない。


 尋問というのはなかなか手加減が難しいものだなとバーンは心の中で毒づいた。


 なぜ貧民街にバーンが一人でいるかというと、『偽ブラックムーン』の噂を聞きつけたからである。

 

 幸いにも城の者で王の行動に口を出す者はいないため、外出を咎められることもない。


 また他国に対して存在そのものが抑止力である王族のバーンは、護衛もついていなかった。


 王族の体はその目すら刃を通さず、毒にも様々な耐性がある。


 バーン王子が危険にさらされるような事態は基本的に起こらないし、もし起こった場合は護衛程度での対処は不可能である。


 そのため王族にはある程度の自由が認められているが、かつてその自由を行使した王族は皆無である。


 城の外に興味を持つ王族は稀であったが、バーン王子は違った。


 バーンにとって自分が認めた『ブラックムーン』の偽物の存在は非常に不愉快だった。


 それに、もしかしたら偽物を追っていれば、また本物にも会えるかもしれない。


 貴族が自分そっちのけで裏で争っていて退屈だったバーンにとって、動く理由はそれだけで十分だった。


 目の前の不届き者が口を開きそうにないことを悟ったバーンは、今しがたこっそりこの場を離れようとしている少女に視線を移す。


「そこの娘よ。こいつを追っていたのは見れば分かる。最近巷で『偽ブラックムーン』の噂が蔓延しているが、何か知っていることはないか」


 少女はこちらに振り返ると、ぎこちない笑顔で答える。


「そいつが偽物の一人だよ。たまたま見かけて追いかけたんだけど、捕まえてくれて助かったよ。その偽物のことあとは任せた」


 そういってこの場を後にしようとする目の前の少女。


 悪い人間には見えないがどこか歯切れが悪い。


 まるで何かを誤魔化しているような印象だ。


「なぜ後ずさりをする。別に取って食いはしない。ただ情報が欲しいだけだ」


 そう言ってバーンが近寄るが、少女は一定の距離を保って離れていく。


 これではまるで猛獣を前に刺激しないように立ち去る人間である。


 怖がられているのだろうか。


 二人の間に妙な緊張感が漂っていた。


 すると曲がり角から息を切らせながら少年が走ってくる。


「姐さん! 偽物は捕まった?」


 そうしてこちらまで走ってきた少年は、バーンを見て状況をなんとなく理解した。


「お兄さんが捕まえてくれたんすね。ありがとうございます! オレの名前は、グレンっていいます」


 バーンはこちらも名乗ろうかと思ったが、思いとどまる。


 自分は王子だなどと言ったら、いまだに目の前で緊張している少女がさらに萎縮してしまうかもしれない。


「ああ。なんてことない。俺の名前はハート。とある貴族の元で仕えている従者だ。『偽ブラックムーン』についての調査をしている。そちらで何か情報を持っていないだろうか」


 いい感じに身分を偽れたのではないだろうかとバーンは手ごたえを感じた。


「ハートさんっすね。オレと姐さんもその偽物を追ってるんすよ。よかったらしばらくの間、協力しませんか」


 グレンも相手が緊張を緩め少し砕けた態度で協力を提案する。


 バーンは今までたまに城を抜け出していたが、貧民街に足を踏み入れるのは今回が初めてだった。


 現地の協力者がいた方が、捜索においても有用だろう。


 そう結論づけたバーンがこくりと頷く。


「そうと決まれば早速今まで捕縛した奴らの所に案内するっす。全部姐さんが捕まえたんすよ。あ、姐さんっていうのはこちらにいるク……」


 慌てて少女がグレンの口を塞ぐ。


「自己紹介ぐらいできる。私の名前はクレア。街の皆からはクレア姐さんって頼られてる」


 そういってクレアは緊張の抜けきらない顔で愛想笑いを浮かべた。


 そのまま彼らの案内に従って、寂れた貧民街の中を歩く。


 昼間だというのに、自分が今までいった所のある場所では考えられないほど人気がない。


 グレンによると、昼間は働きに出てる者か自堕落に裏路地かどこかで飲んだくれているらしい。


 以前は今歩いている表通りでも酔っ払いやチンピラを見かけたらしいが、クレアのパトロールによって今は見かけないという。


 グレンが色々と教えてくれる一方で、クレアはさっき捕まえた偽物を引きずりながら黙々と先を歩いている。


 賞賛されるのが照れくさいのだろうか。


「ク……クレア姐さんのことは、気を悪くしないでほしいっす。普段からああいうかんじで、他人とあんまり近づこうとしないかんじで」


 グレンが少し申し訳なさそうに謝る。


「その割にはグレンには気を許しているのだな」


 バーンの言葉にグレンは苦笑いした。


「最初は結構突き放されたんすけどね。しつこく付きまとったら諦めたようで、今は子分みたいなかんじで側に置いてくれてるっす」


 懐かし気に語るグレンはどこか嬉しそうである。


 バーンは誰かを大切に思うその感情を少しうらやましく感じた。


「ずいぶんと慕っているのだな」


 生まれつき王族として崇められて育ったバーンには、特定の誰かを大切に思う感情は希薄だ。


 万人にとっての絶対的権威である王としてのみ、バーンの存在は求められる。


 そこに個への関心はほとんどない。


 故に個としてではなく王としての振舞が必要とされた。


 歴代の王族がその在り方を良しとしてきた中、今更それを咎めるつもりはないし王族の自分にはそもそもその資格がない。


 しかし、一度でも個のやり取りを経験してしまったバーンは、王としての自分が如何に退屈であるかを一層自覚してしまった。


 バーンという個人に対して信頼を向けてくれた『ブラックムーン』として世を騒がせるクロ。


 クロに対する感情に迷っているバーンにとって、クレアに対するグレンの真っ直ぐな思いはとても眩しく見えた。


「それもあるっすけど、放っておけないんすよね。なんか姐さんって自分に関心がないっていうか。謙遜しすぎて心配になるというか。……っともうそろそろっすね」


 話を切り上げたグレンの進行方向に見えたのは、古びた教会だった。



──────────



 クロはとても焦っていた。


 バーン王子が貧民街にいることなど全くの予想外である。


 なんとかやり過ごそうとしたところを、グレンによって同行することになってしまった。


 幸いこちらには気づいていないようで、ハートという偽名を使いグレンと会話している。


 グレンも咄嗟に使ったクレアという偽名のアドリブの意図を汲んでくれているようだ。


 教会へ先に戻ったクロは、ブラウン神父がいるかどうかを確認した。


 クロは現在クレアという偽名を使っているので、もしいたら口裏を合わせなければならない。


 だが、教会には誰も帰ってきてはいなかった。


 ブラウン神父は、以前ウィンが訪ねてきてからしばらく留守にしている。


 なんでも他国に出かけているらしく、そこにある大きな教会に用事ができたらしい。


 留守の間の教会を任されているが、そこに捕縛した『偽ブラックムーン』も置いている。


 貧民街には犯罪者を収容する施設や組織は存在しない。


 夜に『ブラックムーン』として正体を隠したクロが捕縛した偽物たちはフローレス家に任せられるが、昼間にただのクロとして捕縛した偽物たちは任せられない。


 そういうわけで一時的にただのクロとして捕縛した偽者の扱いに困った末に考え付いたのが、教会を使用することだった。


 前にブラウン神父は教会は懺悔する場所だと言っていたので、悪人を収容していても問題ないだろうと判断したのである。


 捕まえた『偽ブラックムーン』を連れて、教会地下にある墓所に縛って放置したもう一人の『偽ブラックムーン』の所に向かう。


 奥にいたのは一人の少しやつれた大人の男性であった。


 食事や飲み物はちゃんと運んでいるので、やつれているのはおそらく精神的なものだろう。


 遅れてバーン王子とグレンも到着したようだ。


「こいつが件の偽物か」


 縛られた男性はただ怯えるばかりである。


 今連れてきた方の偽物を見て、ついには泣き出してしまった。


「安心しな。何か吐くまではちゃんと世話してやる。ただし、墓所でだがな。何か思い出したなら今のうちにきいてやる」


 そういうと先に縛られていた偽物の男性が、うろ覚えながらも話し出した。


 どうやら墓所に独りで放置されたのがよほど応えたらしい。


 かわいそうだが、偽物として恐喝を行っていたので自業自得である。


 その男が手がかりとして挙げたのは、自分にお金を渡した男の顔についてである。


 たまたま深くかぶったフードの中が見えてしまい、あるはずの目や鼻、口が無いことに恐怖で声も出なかったそうだ。


 それ以来夜出歩くのが怖いらしく、黙秘していたのも化けて出るのが怖かったのだとか。


 道理で真昼間の明るいうちから恐喝なんかしていたわけだ。


「顔の無い人間っすか。そんなのが、ありうるんすかね?」


 グレンの疑問にバーン王子が答える。


「でまかせの可能性も否定できん。だが事実なら、魔法によって生み出された人形かもな。指示も全て筆談であったことを考えると辻褄もあう。ローブを纏って人に偽装できていたところを見ると地属性魔法の『土の人形(ソイル・ドール)』だろう」


 それを聞いてクロは以前ウィンを助け出すときに見た『土の巨人(ソイル・ギガント)』を思い出した。


 あれを人間大にしてローブを被せたら、確かに人間に見えるかもしれない。


「仮にその『土の人形』だとすると、手がかりを掴むことはほぼ不可能だろう。遠隔から操作されているなら、目撃情報も期待できない。『土の人形』は初歩的な魔法である故に、慣れていれば人形の力は非力にはなるが貧民街の外からでも操作できる」


 結局二人の偽物はバーン王子に引き取ってもらうことになった。


 いつまでも教会に置いとく訳にもいかないので、どこかで貧民街の外にあるしかるべき場所に渡すつもりだったクロにとって渡りに船である。


「二人も連れていくの大変じゃないすか?」


 グレンが気遣うが、バーン王子が軽々二人を担ぎながら地下墓所からの階段を上るのを見て口を閉じた。


 軽い別れの挨拶をして、教会を去るバーン王子を見送る。


 バーン王子の背中が見えなくなったところでようやく一息ついた。


「なんか、不思議な人だったな。で結局なんで名前隠してたんだ?」


 グレンがそう尋ねてきたので、クロは笑って誤魔化した。


 実際なんとなく正体を悟られたくないので隠していたが、バーン王子のことは信頼している。


 仮にバレてもあの場でグレンに黙ってくれるということもあっただろう。


 それでも隠したのは、失望されたくなかったのかもしれない。


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 かつて(クロ)大事な人(ブラウン神父)の唯一の信頼を裏切って盗みを働いた最低な人間である。


 もし幼いころ『ブラックムーン』に憧れていなかったら、きっと(クロ)は悪人だった。


 驕ってはいけない。(クロ)の善行は、『ブラックムーン』から生まれ出たもの。


 逃げてはいけない。(クロ)の悪行は、『クロ』から吐き出されたもの。


 努々忘れるな。


 『ブラックムーン』でなければ、(クロ)は無価値でしかないのだから。

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