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「女義賊、爆誕!」

権力や内戦などは詳しくないため、雰囲気で進んでいきます。


 幼少期は速攻で終わらせたいので次回には立派な義賊になっています。王宮に忍び込むのは少し先です。


 読みにくいなどありましたら、何でも指摘していただけるとありがたいです。

 婚約──それは、男性と女性が婚姻を約束するもの。


 基本的に愛を前提として語られがちな婚約だが、その一方で政略結婚のように権力のための道具にもなりうる。


 そのため、貴族のように身分の高い者の婚約というのは、大きな争いの火種となることも珍しくない。


 王族の婚約ともなれば、なおさらである。


 さらに、とある竜の力で治められている国では、婚約をいうものがまた別の意味も持っていた。


 未来予知の技術が備わっていたその国では、王子の婚約者としての適性を可視化することができたのである。


 これにより、良き未来に国を導ける婚約者を的確に探すことが可能となった。


 しかし、この未来予知は、水面下での権力闘争が激化している原因にもなっていた。


 婚約者候補による争いが、絶えないのである。


 未来予知は、自身の可能性に希望を抱かせる。


 もしかしたら、婚約者候補に選ばれる余地が自分にもあるのでは、と。


 欲望を掻き立てられた貴族たちは、争いへと誘われた。


 そうして貴族たちが睨み合う中、貴族でもない少女が身分不相応にも婚約者候補に選ばれる。


 哀れにも婚約者の候補となった少女は、まるで猛獣の檻へと放り込まれた(ねずみ)が如く──。


 だが、その少女は普通ではなかった。


 放り込まれた檻で、ある時は猛獣と戦い、ある時は猛獣を救う。


 これはいずれそんな数奇な人生を辿る、一人の盗人の物語である。



──────────



 とある静まり返った夜の豪邸。


 その正面に、一人の人影が佇んでいた。


 姿は10歳にも満たない女の子であり、ボロボロの服と呼べるかも怪しい装いをしている。


 真っ黒な髪と瞳が特徴的な貧民の子供といったところだろう。


 明らかに豪邸とは無縁の存在である少女は、数少ない身近な人間からはクロと呼ばれている。


 この場に似つかわしくないその少女──クロには、ある目的があった。


 盗みである。


 困窮に耐えかねてついに盗みに手を出すことにしたクロは、極度の緊張感とわずかな高揚感の狭間にいた。


 何しろ、これが初めての盗みなのだ。


 貧民街という治安の悪い場所に住むクロではあったが、とある事情で食糧やお金を強奪されることはなかった。


 なので、これまでは教会の炊き出しやごみ漁り小動物の狩りなどで、飢えをしのぐことができた。


 貧民街では日々を生きるだけでも精いっぱいであり、周りの自分と同じくらいの子供は窃盗や強盗をする者がほとんどだった。


 そんな中でもクロは今日まで良識を保っていた。


 たまに炊き出しをしてくれる神父から良い子と褒められることを嬉しく思っており、その期待に応えたかったのだ。


 しかし、ついにクロはしくじった。


 自分が蓄えていた食料やお金の隠し場所が、何者かに見つかり荒らされたのである。


 その理不尽な現実に、ついに少女の心は折れた。


 盗まれたのだから、自分も盗んでよいはずだ。


 だが、良識は自分のこの苦しみを他人に味わわせることを良しとしなかった。


 そうして悩んだ結果、少女はこう結論づけた。


 貧しい人から盗んでしまえば盗まれた人はとても困るが、裕福な人から盗めば少ししか困らない、と。


 このような経緯で、少女はその豪邸に侵入して少しだけ金目の物をいただくことにしたのだった。 


 本来豪邸というのは定期的に警備が巡回しており、侵入は困難である。


 加えて、もしその豪邸が貴族のものであれば、貴族自身が自ら魔法によって誅を下すことだってある。


 物を知らない少女であっても、豪邸に盗みに入ることが無謀だと分かっていた。


 しかし、少女は無謀を覆すだけの特別な力があった。


 裏から塀を超えて侵入し終えたそのとき、巡回の警備の足音が近づいてくる。


 音を聞いた少女は、やや焦りながらも()()()()()()()()()()


「変だな、ここに誰かいた気がしたんだが」


 巡回してきた大人はしばらく広い裏庭を見まわしたあと、巡回に戻りその場を離れていく。


 足音が遠ざかったのを確認して、影から這い出たクロはほっと息を吐き出した。


 これがクロが秘密にしている特別な力、()()()()()()である。


 クロが今日まで暴力や恐喝などの他人の悪意にさらされることが無かったのは、この能力によるものだった。


 そうして手際よくとはいかないまでも、順調に建物の中に入ったクロ。


 明かりが着いた廊下の隅の微かな影に、窮屈そうに潜んで息を殺す。


 この影に潜む能力は、影であればなんでもよいというわけではない。小さすぎれば狭くて入れない。


 また潜んでる影が光によって無くなれば、自分もその場に強制的に出現してしまう。


 影の中から耳を澄ませて周囲に人がいないことを確認したクロは、明るい廊下から近くの暗い部屋に転がり込んだ。


(明るい場所にいれば見つかりやすい。一先ずここで休憩しよう)


 転がり込んだ部屋で目を凝らすと、棚に本がぎっしりと並んでいる。


 クロから見て、それらの本がどのくらいの価値のものか詳しくは分からない。


 そんなクロであっても、本の背表紙にある鈍く月明かりが反射する装飾に目を奪われた。


 ちょうどいいからここから少し盗んで早く脱出しようと考え、クロは本を物色し始める。


 とはいえ文字が読めないクロには、雰囲気でしか価値を測れない。


 自分より遥かに高い本棚によじ登るクロだったが、本選びは難航した。


 全ての本が分厚く、重量も結構なものである。


 持ち運ぶことも考えたら一つに絞らないといけない。


 高い位置にある何冊めかの重い本に手をかけたとき、本棚の裏でがちゃりと音がした。


 クロは慌てて影に潜り音で周りの様子を伺う。


 どうやら誰にも気づかれていないらしい。


 改めて影から出て、その本棚を調べる。


 どうやら隠し扉となっており、裏にもう一つ部屋が隠れていたようだ。


 クロは少しワクワクしながらその部屋に足を踏み入れた。


(こんなに念入りに隠しているなら、きっとすごい物──それこそお宝なんかが隠されているにちがいない)


 そう胸を高鳴らせるクロ。


 入った部屋は、机と椅子のみの簡素な部屋だった。


 少しがっかりしたものの、よく見ると机の上に一冊の本が置かれている。


 その本はさっきまで物色していた本よりは薄く持ち運びやすそうであったが、装飾も特になかった。


 しかし、隠し部屋にあったという事実が、クロの琴線に触れた。


 さらに、煌びやかな装飾の本がたくさんある中でこの本だけ地味という異質さにも、惹かれるものがあった。


(これはきっとすごいお宝に違いない。これを売って一攫千金だ!)


 そうしてホクホク顔でその本を抱え無事脱出したクロは、そのまま夜の闇に消えていった。


 この時のクロは、知らなかった。


 今しがた盗んだこの本が何の金銭的価値もないただの自作小説であることも、その本によって自分の人生が大きく変化することも。



 ──────────



 ホクホク顔で本を抱えて住処に戻ってきたクロだったが、これからの方針について悩んでいた。


 最初の盗みの成果は、たった一つの本だった。


(下手くそなりに頑張ったとは思うから、失敗ではないはず。問題は……うん、読めん。)


 そう、クロには、本の正確な価値が分からないのである。。


 クロが過ごしてきたのは、親もいない中で路上でごみをあさる日々だ。


 金目の物があれば売って、日々を食い繋ぐ。


 そんなクロには、この本の文字が全く読めない。


 今更ながら、漠然とした理由で盗み出したことを後悔するクロ。


 しかし、初体験とは良くも悪くも当人に大きな影響を与える特別なものである。


 その初めてにして唯一の成果であったその本の価値に、クロは大いに興味を持った。ボロっちいが実はすごい内容なのでは、と。


 次の日、本の内容について尋ねに、クロは定期的に通っている教会を訪れた。


 貧民街から近いところにある教会は、寂れており一人の神父が切り盛りしている。


 このブラウン神父は定期的に炊き出しを行うこともあり、少女にとって唯一信頼できる大人となっていた。


 クロの良識も元を辿れば、ブラウン神父譲りのものである。


 教会の扉を開けるクロは、いつもより緊張していた。


 信頼を裏切ってしまったので、会うのが少し後ろめたかったのだ。


 しかし、買い叩かれないためにも、知識があって信頼できる人間の協力は必要不可欠である。背に腹はかえられない。


 ブラウン神父はそれがあまりにもボロボロだったため、捨てられていたのを拾った物と勘違いしたようだ。


 少し胸が痛むクロ。


 だが、クロはすでに悪人の道に踏み出したのだ。もう引き返せない。


 むしろ勝手に勘違いしてくれたのはありがたい。それを利用させてもらうとしよう。


 そう切り替えて、クロは口を開く。


「ブラウン神父! 私、この本に内容がなんて書いてあるか知りたい!」


 そうせがむと、ブラウン神父は快く了承した。


 その後、クロは空いている時間にその本を使って、文字を教えてもらうことになった。


 内容は、どうやら物語が書いてあるらしい。


 そこまで分厚くないが、文字を知らない子供が読むにしてはなかなか量が多いそうだ。


 内容を把握するには結構時間がかかるみたいなので、売るのはまだまだ先になるだろう。


 ついでに神父の仕事の手伝うことを条件に、食べ物をわけてもらうことになった。


 なんでも素行の良さから雇っても問題ないだろうと判断したらしい。


(あれ? これでは盗みに入った意味が……)


 クロは複雑な感情を抱きながら、教会に通い続けるのだった。


 そこから季節が一巡したころ、クロはその本の全容をようやく知ることとなる。


 ブラウン神父から内容を教わる内に、クロは本の価値などそっちのけで物語に没頭していた。


 その物語における主人公は、正義の名のもとに盗みをする義賊というものだった。


 読み進めるにつれて神父はなぜか微妙そうな顔をしていたが、クロはこの本にとてつもない価値があることを確信した。


 その一方で、いまさら売る気にもならなかった。


 最終的に義賊モノの小説の内容を全て読み終えたとき、クロには一つの目標ができた。


 そう、義賊である。クロ自身も行った盗みを大義と結びつける義賊がとても眩しいものに感じたのだ。


 神父のもとでの手伝いと並行して、神父は文字を覚えた私に色々な学習教材を与えてくれた。


 なんでも知り合いのお下がりらしい。


 義賊が目標の自分にとってそこまで惹かれるものは無かったが、唯一魔法の本だけは興味を持った。


(この教科書を使って魔法の練習をして、影に潜る力を磨こう。いつか義賊となってこの貧民街を救うんだ。)


 そう誓ったクロは、最初の目標を定める。


 義賊は、悪い貴族以外から物を盗んではいけない。


 なので、実力が伴ったら、盗んだ本をこっそり忍び込んで返しにいくことにしよう。


 直接返しに行くのが、怖いというのもある。


 この素晴らしい本を返すのが名残惜しくないと言ったら嘘になるが、一応内容も頭に入ってるし別の紙にも写した。


 クロに、その本への未練はもう無い。


 こんなに価値のある本を盗んでしまって、貴族の人はきっと夜も眠れないだろう。


 そう思うと、クロの魔法の訓練はとても捗った。


(魔法についての教科書にある五大属性ってのはよくわからなかったけど、魔法とは魔力を使って行使するものらしい)


 成長でも魔力は増えるらしいが、それを待てるクロでは無かった。


 魔力が底をつくことでも上限が増えるというので、一刻もはやく本を返却するために無茶を重ねるクロ。


 幸いなことに魔力が尽きても倒れるだけであり、クロにとって飢えで倒れるのとそんなに不快感は変わらなかった。


 いつしかクロは、訓練によって魔法の扱い方も格段に上達していた。


 出来ることも増えて、今では影に自分の体以外も入れることができる。


 物を入れてる間にも魔力を消耗してしまうが、何かを持ち運びのにこれほど便利なことはない。


 魔法のおかげもあってクロのゴミ漁りの効率も上がったので、教科書をくれたブラウン神父には頭が上がらない。


 いっそ魔法は使えることを打ち明けようかと考えたときも、クロにはあった。


 直接魔法を使って働こういた方が、よりお金は稼げるだろう。


 一方で、未だ治安が悪い貧民街で、身を守る術を隠し通すことにも利点はある。


 クロは影に隠れることで身を守れているが、影の前で待たれたらどうしようもない。


(この魔法にも弱点はあるのだ。魔法を隠すという方針はこのままにしておこう)


 なにより、あの物語の義賊も普段から正体を隠していたので、クロもそれに倣うことにしたのだった。


 そうして月日が経ち本を返せるぐらいには魔法に自信がついたクロは、ついに本を返却することを決める。


「ずいぶん待たせてしまった。必ずや、この素晴らしい本をお返ししよう!」


 運命の日から5年、そこには年相応の痛々しさを獲得した黒衣の少女の姿があった。



 ──────────



 吾輩の屋敷で奇妙な事件が起きたのは、今から5年ほど前のことだった。


 吾輩が密に自作小説を執筆していた隠し部屋が、暴かれたのである。


 さらには、吾輩の自作小説も忽然と消えていた。


 これは由々しき事態である。あの本を盗むなんて身内の犯行としか思えなかった。


 すぐに屋敷内の人を集めて、事件と関わりのありそうな人間を調べようとした。


 だが自作小説のことは隠しているので、大事なものが盗まれたとしか言えず追求まではかなわない。


 しばらくは思い悩んだが、小説のことは諦めることにした。


 誰に知られたかは分からないが、いつまでも引きずってはいられない。


 幸いあの小説そのものに、未練があるわけではなかった。


 あれは完結させたものの、内容を読み返すととても恥ずかしく読めたものではない失敗作というべきものだ。


 隠し部屋の騒動は、本を捨てて全く別のものを書き直そうと迷っていた矢先の出来事だった。


 誰かに見られたかもと面食らったが、よくよく考えたらあれに著者は記していない。


 つまり、犯人は吾輩があの本を所有していたとしか思っていないはずである。


(いざとなれば、知り合いが書いたとでも誤魔化そう)


 そう算段を立てて、今回の出来事を胸の奥底に封印した。


 あの本の紛失から5年ほど経って、心の平穏を取り戻した頃。


 自室で寝ていた吾輩は、誰かの気配を感じた気がしてふと目が覚めた。


 周りの様子を伺うと、感じたことのない魔力の残滓が漂っている。


 魔力の残滓は時間と共に消えるので、今ここに誰かがいたということに他ならない。


(この屋敷で魔法を行使できるのは貴族である吾輩のみ。侵入者か!?)


 吾輩は警戒しながら部屋の明かりを魔法で付けたが、すでに侵入者は部屋を去ったようだった。


 一体何が目的だったのかと思案しながら、屋敷の警備を呼びに行こうとする。


 そこでふとあることに気付いた。


 ベッドの側の机の上に、布で包まれた何かが置かれているのだ。


「寝る前に、こんなもの置いた覚えは無いのだが……?」


 不思議がりながら布の包みをほどくと、そこには盗まれたはずの本があった。なぜ?? 


 まさか、侵入者が置いて行ったのだろうか。


 何の意味があるのだろうか。まさか返しに来たとでもいうのか。


 一応、本当にあの本か確かめるために本を開く。


 すると紙が一枚挟まっており、そこに何かが書かれている。


 侵入者からのメッセージのようだ。


『あなたの大切な本を盗んでしまったことを、ここにお詫びする。義賊ブラックムーンより』


 そこに書かれていたのは、吾輩が書いた恥ずかしい小説の主人公からの謝罪文だった。


 吾輩はそっと本を閉じ、ベッドの中で悶絶した。

 『ブラックムーン』という名前が世に広まる程に吾輩さんは悶絶します。

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