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三人称の語りです。
エリオス・ヴァルテッラはこの国の第一王子として生まれた。
父は国王、母はこの国の公爵令嬢だった。だが、エリオスの母はエリオスを産んだ後の肥立ちが悪く、数日後に息を引き取った。
その後、父である国王は政略で隣国の王女を娶ることとなる。そうして、隣国の王女であった現王妃は第二王子を産んだ。
自国の公爵令嬢を母に持つ第一王子と、隣国の王女を母に持つ第二王子のどちらを立太子するのか。政略で結ばれた現王妃との婚姻を考えれば、自ずと答えは出る。
斯くして、エリオス王子は将来臣籍降下することが決まった。そこで、婚約者に選ばれたのがオフェリア・リディウス侯爵令嬢である。エリオス王子と年の釣り合う令嬢の中で最も爵位が高く、一人娘で将来爵位を継ぐ予定の令嬢であったからだ。
婚約を結んだ当初、二人の仲は睦まじく、聡明な第一王子と『小さな貴婦人』と評判の侯爵令嬢はお似合いだと大人達は微笑ましく見守っていた。
だが、成長するにつれ、『完璧な淑女』と謳われるようになったオフェリアにエリオスは劣等感を抱く様になる。
発端はエリオスと二歳違いの第二王子であるダリウスの発言だった。
「オフェリア様は素敵だね。彼女なら将来王妃にだってなれるよ。」
『完璧な淑女』と呼ばれる彼女を褒め称えただけの言葉。だが、それを王太子が言えば意味が変わってくる。
そんな時にリディウス侯爵夫人が懐妊した。生まれたのは男子であった。オフェリアの他にもリディウス侯爵家を継げる者が生まれてしまった。
実際、王家もリディウス侯爵家もエリオスとオフェリアの婚姻を撤回することなど考えてもいなかった。リディウス侯爵家をオフェリアの弟が継ぐとしても、エリオスには新たな爵位が与えられ、オフェリアと婚姻して、新たな家を興すことになる。その予定だった。
だが、社交界では違う噂が流れ始める。
『家を継ぐ必要がなくなったオフェリア嬢はダリウス王太子の婚約者になるのではないか?』
まことしやかに流れるその噂に当事者達は困惑した。その様な事実はないと当事者達が言っても噂はなくならなかった。
エリオスは聡明な王子だった。完璧な淑女と謳われるオフェリアに釣り合う様に努力し続けた。しかし、まるで真実かのように流れる噂を耳にする度、猜疑心に苛まれる。
『オフェリアはダリウスと婚姻して王妃となる方が幸せになれるのではないか?』
オフェリアの優秀さが際立つ程に自分の力不足を痛感する。これでは、オフェリアに合わせる顔がない。次第にエリオスはオフェリアを避ける様になっていった。
この国では王族や貴族の子女は十五歳から十八歳まで学園に通う決まりとなっている。
表向きは学ぶ権利の平等性を謳う学園は、裏では小さな社交界と呼ばれる場所。ここで貴族とは、社交界とは何たるかを学ぶのである。
そして、オフェリア侯爵令嬢が学園に入学して一年経った頃、彼女への評判が変わった。
『完璧な淑女』から『王子二人を天秤に掛ける悪女』へ。
誰が言い出したのかはわからない。評判などそんなものだ。だが、変わらぬ微笑みを浮かべる彼女に周囲は距離を置くようになる。
図らずもそれは、エリオスがオフェリアを避け始めた時期と重なった。
すると今度は別の噂が流れ始める。
『エリオス殿下が嫌がっているのに無理に婚約を続ける、まるで悪役のような令嬢オフェリア・リディウス』
エリオスの耳には入らぬうちに、まるでそれが真実の様に学園内に広まっていたのだ。
その噂を鵜呑みにして、エリオスに近付こうとする令嬢が出てきた。エリオスと同年代の令嬢はオフェリアを除けば、皆伯爵以下の爵位の低い令嬢ばかり。だからこそオフェリアと婚約したのだが、オフェリアをエリオスが厭うならば自分にもチャンスがあると思う者が増えたのだ。
そんな令嬢達の中で特に目立っていたのが、カリスタ・ロゼレーヌ伯爵令嬢だった。
自分よりも爵位の低い令嬢や子息と共にエリオスや彼の側近のルカーノやクレオンに積極的に話し掛ける。一人ではなく必ず三人ほど友人を伴って話し掛けてくる。
その内に、その話の内容が不穏なものに変わっていく。
『ある令嬢の教科書が無惨に破り捨てられていたらしい』
『ある令嬢が食堂で突き飛ばされたらしい』
『ある令嬢は階段で突き落とされそうになったらしい』
そんな不穏な噂。被害者が誰かもわからない様な噂だ。しかし、最後には必ずこう語られる。
『それらは全てオフェリア・リディウスの仕業だ』
何故か加害者だけは、オフェリア・リディウスであると語られる。不自然な噂。
エリオスの耳に入るそれらは明らかにオフェリアへの悪意である。だから、エリオスは何一つ信じていなかった。
だが、ある時からオフェリアが豹変したのだ。




