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記憶をなくした悪役令嬢は想い出を探す  作者: 佐月 水奏


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6

私の言葉にエリオス殿下は顔を上げ、私の顔を見た後、目を伏せて呟いた。


「君にとって嫌な思い出も思い出させてしまわないだろうか…?」


「え…?」


「もしかしたら、思い出さないことが本当の君の望みで…私の婚約者という(しがらみ)から解放されたかったのかもしれない。思い出さないことが君にとって幸せなことなのかもしれない。何度もそう考えた…」


苦しみを吐き出すように告げるエリオス殿下の手に力がこもる。


「それでも、私は君を失いたくないんだ…」


このまま新しい思い出を紡いでいって、過去のことはなかったことにして、新しい関係性を作っていくことも出来るのかも知れない。しかし、それは、殿下の求めるオフェリアが消えることを意味する。


「貴方の側にいろと仰るなら尚更、私は私を知らなければ。私は私が何者だったのか知りたいのです。」


次の言葉が続かず見つめ合うエリオス殿下と私に声が掛けられる。


「たくさんお話しなさると良いでしょう。その方がオフェリア様の不安も和らぐでしょうし、もしも殿下がご心配なら過去の楽しかった出来事だけをお話しするのでもよろしいかと思います。」


宮廷医に告げられ、はっと我に返る。


「このようなことは滅多に起こることではございませんから、不安は皆様、一様にあるでしょう。不安を抱え込まず、共有することで信頼関係も築けましょう。よくよく話をなさいませ。」


その言葉に、エリオス殿下も頷く。


「そうだな。オフェリアの気持ちを少しでも軽く出来るなら、話をしよう。」


「ありがとうございます。エリオス殿下。」


それから、エリオス殿下とお茶会をするようになった。本来ならば、医師に体は問題ないと診断されたのだからリディウス侯爵邸へ戻るべきだが、一人で歩けるようになるまでは心配だからと王宮に留められている。そのお陰で毎日時間を取って下さる殿下とオフェリアの滞在する部屋で話をすることが出来ている。


「初めて会ったのは四歳の頃に開かれた私のお披露目の茶会だ。オフェリアはにこやかに周りの者の話を聞いていて、穏やかな令嬢だと思った。その年齢の時には皆まだ自己主張が強かったから、周りの子に比べてオフェリアは大人びた印象だったな。…あ、でも、お菓子を食べている時は幸せそうにしていて可愛かった。」


懐かしむように目を細めながら語るエリオス殿下。楽しかった思い出を聞かせてくれる。


「婚約をしたのは私が八歳になってすぐの頃だ。定期的に茶会をしたが、当時の私は遊びたい盛りで…いつだったか、私は君に格好をつけたくて庭園にある高い木に咲く花を取ろうとして木登りをして降りられなくなったことがあった。すぐに騎士が来て降ろしてもらったが、君には心配を掛けて泣かせてしまうし、摘んだ花も散ってしまうし、自分でも泣いてしまって、格好をつける所ではなかった。」


幼少期の殿下は活発な子で私は大人しい子どもだったようだ。


「十歳の頃だったと思う。王子教育に疲れて愚痴を言う私にオフェリアが言ったんだ。」


『私は殿下の幸せをお守りするためにここに居るのです。疲れた時には私の前ではお休み下さい。』


「オフェリア自身も王子妃教育を受けて疲れているだろうに、そんな風に言ってくれた。嬉しかった。それと同じくらい自分の不甲斐なさに落ち込んだ。君は私に愚痴を言うことなどなかったから。」


手元のカップを見ながら話す殿下は少し寂しそうに見えた。


「君の話をもっと聞いておけば良かったと今になって思う。私の記憶の中の君は、いつも穏やかに笑って私の話を聞いてくれた。弱音だって愚痴だって言うのはいつも私で、君は聞いてくれて………君にだって弱音を吐きたい時くらいあっただろうに………」


懺悔のような言葉を紡ぐエリオス殿下に掛ける言葉を私は持たなかった。記憶があれば、殿下の心を軽くする言葉を言えたのだろうか…?記憶のない私にはわからない。ただ俯くしかなかった。


「すまない。余計な話をしたな。他の話を…」


話を変えようとしたエリオス殿下の元へ侍女が言付けを伝えに来た。


「すまない。執務で少し問題が起きたようだ。」


そう言いながら席を立つ殿下を見送ろうと私も席を立つ。部屋を出ようとする殿下のためにメイドがドアを開けると廊下には数人の男性がいた。殿下の側近の方だろうか?何か報告をしているようだった。聞き終わると殿下は私を振り返る。


「すまない。茶会の続きは、また明日にしよう。」


「はい。本日もお時間をいただきありがとうございました。」


私が礼をすると、複数の足音が去っていった。顔を上げると、側近の方のお一人がドアの前に残ってこちらを見ていた。その表情は険しく、嫌悪が滲んで見えた。


「悪役がずいぶんと大人しくなったものだな。記憶がないなどと…どこまで本当だか。」


嘲笑うように吐かれた言葉は私に向けられたもの。


「お前のような性悪がいつまでもエリオス殿下の側に居られるなどと思わないことだ。殿下の幸せのためにはお前は邪魔だ。悪魔め。」


そう吐き捨てると、足早に去っていった。

過去の私は殿下の幸せのために居たのではなかったのだろうか…?あれほどの敵意を向けられるような人間だったのだろうか…?

何もわからない私は立ち尽くすしかなかった。

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