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それから数日間、これ以上のご迷惑をお掛けしないように、体の回復に努めた。
王宮の侍女の方に手伝ってもらいながら、無理のない範囲で手足を動かした。疲れを感じたら眠り、起きては手指を動かす練習をする。その甲斐あってか、三日後には一人でスプーンを持って食事が出来るようになった。その様子を見て、エリオス殿下が少し残念そうにしていたような気がするのは幻だと思いたい。只でさえ王子に三日も食事介助をさせてしまっただけでも畏れ多いのだ。これ以上は私の精神衛生上よろしくない。
少しずつ立ち上がったり歩いたりする練習もしていく。足の筋力が弱っているので、なかなか体を支えられず転びそうになる私にエリオス殿下は
「エスコートは婚約者の特権だからね。」
と、にっこりと笑いながら私の腕や肩を支えてゆっくりと歩く手伝いをして下さった。
お手を煩わせてしまうことを申し訳ないと思いつつも、早く回復しなくてはと御厚意に甘えた。
一人での食事にも慣れ、普通の食事が出来るようになった頃、宮廷医の診察を改めて受けた。記憶に関することも調べられた。
「歩く練習も出来ているようですし、食事も普通食を問題なく召し上がれるのであれば、御体の方は問題なさそうですな。」
起き上がるのは問題ないが、支えなしで一人で歩くのはまだ難しい。だが、目覚めたばかりの頃に比べれば、人の手を煩わせることは少なくなった。
「記憶の方は………話すだけでなく読み書きなども問題なく、所謂、学業で習うようなことは覚えていらっしゃるようですな。オフェリア様自身の、個人としての記憶だけ思い出せない、ということのようです…」
体の回復に努める間、記憶も思い出そうとしたが、何も思い出せず仕舞いだった。過去に読んだことがある本を読む等、過去の経験を少しでもしたら何か思い出すかとも思ったが、今のところ、何も思い出せない。
私は医師に聞いてみる。
「記憶を思い出すためにはどうしたら良いでしょうか?」
私はエリオス殿下の婚約者だと聞いた。その事自体も思い出すことが出来ない。だが、エリオス殿下がここまで私に親切にして下さるのは婚約者であるオフェリア・リディウス侯爵令嬢だからだ。中身のない今の私が享受して良いものではないはずだ。
「記憶のない今の私は皆様の知るオフェリア・リディウスではありません。誰とも分からぬ者のために皆様の手をこれ以上煩わせるのは…ましてや、殿下の婚約者で居続けるなどあってはならないと…」
「オフェリア!何を言い出すんだ?」
隣で聞いていたエリオス殿下が声をあげる。
「君は私の婚約者だ!君以外と婚姻を結ぶつもりはない!」
エリオス殿下はオフェリアを愛していたのだろう。真剣なその眼差しは私ではなく過去の私に向けたもの。
「そうまで仰っていただけることは有り難いのですが、尚更、記憶がない自分がもどかしいのです。殿下の婚約者として、利のある者でなければお役に立てません。殿下の幸せを守ることが出来ない者が婚約者などと名乗れません。」
私が殿下の目を真っ直ぐに見て言うと、殿下の口元が震えた。そして、くしゃりと顔を歪ませて呟くように言った。
「君は………オフェリアだ……記憶がなくても何も変わってない。間違いなく私の大切な婚約者だ……」
エリオス殿下の目が潤んでいるのを見て動揺する私に、彼は顔をくしゃくしゃにしたまま微笑んで見せる。
「同じことをオフェリアは言っていた。私の幸せを守るために自分はいるのだ、と。」
エリオス殿下はそっと私の手を取る。その手を自身の額に当て、懇願するように言う。
「私も……君の幸せを守りたいんだ………出来るなら一番近く、すぐ側で………」
こんなにも想ってもらえるオフェリアが羨ましい。だからこそ知りたい。どんな人物だったのか。
「殿下の知るオフェリア・リディウスを私に教えていただけますか?」




