1
目が覚めると大きなベッドに寝かされていた。
ここがどこなのかわからない。
起き上がろうとすると頭に痛みが走る。身体にも力が入らず、起き上がることが出来ない。
困惑しているとドアの開く音がした。
音のした方へ視線を向けると、お仕着せを着た女性が数人入ってきた。一人が畳まれたシーツを持ってこちらに近付いてきて目が合った。彼女は驚いて小さく声をあげると他の女性たちにも聞こえる声で「お目覚めになられたのですね!」と言った。
その後、辺りが騒然とした。パタパタと誰かが走り去る音がして、少しすると外から幾人もの足音が聞こえた。そして、ドアが開いて入ってきた人々のうちの一人が近付いてきて言った。
「オフェリア!目が覚めたんだな!」
入ってきた人たちの中で一番若い男性だ。金髪碧眼の見目麗しい20歳くらいのその男性は感極まった様子でこちらを覗き込んでいる。
「もう一月も眠り続けていたんだ………良かった………」
目を潤ませながら微笑む彼は心から安堵しているようだ。
一月も眠っていたから身体を動かせないのか、と彼の言葉を聞いて納得する。
彼は後ろにいた医師と思われる男性に許可を取り、私を抱き起こす。すぐにお仕着せを着た女性が私の背にクッションをあててくれるが、身体に力が入らないので起こしてくれた彼がベッドに腰掛け、肩を抱くように支えてくれた。
そうして、周りを見ると、お仕着せの女性たちや医師の他に、年配の男女がやはり感極まった様子でこちらを見ていた。年配の女性の方が声をかけてくる。
「オフェリア………良かった………」
そう言って女性の伸ばした手が私の手に触れた時、悪寒が走った。身体中が強ばり、背筋が冷えていく感覚。これは………恐怖だろうか………?
「オフェリア………?」
表情に出ていたのだろうか?年配の女性が怪訝な顔をする。支えてくれている男性もどこか訝しげに私を見ている。
何かを言わなくてはいけないのだろうとは思うのだが、喉までひきつったようになり声が出せない。
「オフェリア、喉が渇いていないかい?少し水を飲もうか。」
隣に座る男性がそう言うとお仕着せを着た女性が水を用意してくれた。コップを受け取ろうとするが、手が震えて力が入らないことがわかったのか、支えてくれる彼が代わりに受け取り飲ませてくれる。水を飲むと少し緊張がほどけたのか深く呼吸をすることが出来た。無意識に呼吸も止めていたようだ。
周囲の人々がこちらに注目している。何かを言わなくては…そう思い声を出す。
「ここは…?」
かすれた声が出た。小さな声だったが、私の隣に座る男性には聞こえたようで答えてくれる。
「ここは、王宮の一室だ。君は階段から落ち、頭に傷を負い、今まで一月の間、目覚めることなく眠っていたんだ。」
頭を怪我していたから痛みが走ったのか。一月も目覚めずに眠り続けるなど余程強く頭をどこかに打ち付けたのか………よく生きていたものだ、と他人事のように感心した。
「他に知りたいことはあるかい?」
そう問われたので答える。
「あの………皆様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか………?」
「…………え?」
そこにいる全員の視線が信じられないものを見るような目に変わる。私は申し訳なく思いながら言葉を続ける。
「申し訳ありません。皆様の呼ぶ『オフェリア』というのは私のことなのでしょうが………どうしても、皆様のお名前を思い出せず………」
「何を言っているんだい………?私のことがわからない………?彼等は君の御両親だよ………?」
その美しい碧眼に困惑の色を乗せ、私の瞳を覗き込むように問いかけられる。
あの年配の男女の方々が………私の両親………?二人の顔を見ても何も思い出せない。
医師と思われる男性が進み出て問われる。
「貴女の正式な名は覚えておられますか?」
正式な…?オフェリアと呼ばれたこと以外は…
「申し訳ありません………名前も何も思い出せません………」
私のその一言に辺りの空気が凍りついた。