貪食
ふむ、やはり小説はいい。あの小説を読んでからというもの……いや、あれはすぐ同じ中古屋に売り払ってしまったが、他のも読んで……いや再生してみたが、やはり小説はいい。
そうだ。試しに太宰の小説を全部混ぜて、再生してみようじゃないか。一体どんな物語ができるのだろう。
……おっと、こりゃ現実と変わらないじゃないか。なあんだ、やはりつまらないじゃないか。あるいは、現実さえ小説の深淵の中にあるのか……?やめだやめだ。こんなこと考えていたって腹ごなしにさえならないのだ。
……もっと他のも読んでみようかしら。いや、あるいは。
男は空中を指でなぞり何かを入力している。するとゴーグルの中に文章が浮かび上がる。
そこには「全ての小説を混ぜたもの」とある。
そして、再生を始めた途端に男の脳はオーバーフローしてしまった。男は狂った。
「複数の作品を混ぜて再生しないでください」という一文は、どうやらAIによる説明書の要約には含まれていなかったようだ。何かの手違いだろう。そんなこと、起こる訳もない……
程なくして小説の手売りをする男が東京に現れたという。その小説の最後にはこう書かれていた。
「これを再生してみてください。きっと現実が映る。良いか悪いか、私には判断できない。しかし、小説にしかできないこと、あらゆるメディアの中で小説が特化するもの……小説の意義とは、これにこそある」