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小説家

 プロットの一つも書かずに小説を書き始めることは非常に難しい。それでも書くのは私が小説家にならんと、今まさに小説を書いているからだ。それでいて小説に意味や価値はきっと、無い。小説だけでなく、全てに意味はない。それでも書くのは、そういう無意味を謳歌したいと望む人間がこの世に存在することの証明、私が生きていることの証明。誰かに読まれたい訳でも、誰かの心を突き動かしたい訳でもなくて、ただ書きたいがために書く人間がいることの証明。私は、ここに、いる。人生に意味はなく、生きることも死ぬこともただ同義であって、自らの為すべきを為せぬならば、その人間は死んでいるも同然だ。人は皆、その人生でもって自叙伝を書くために存在している。あるいは、小説を書くために。あなた方は理解できるだろうか?この意味が。この重大な意味が。

 そして、たった一行のことを書くために小説は存在する。太宰が言ったように全く以てその通りだ。極論を言えば一文以外は不要だが、私は小説という前時代の産物をこの手で生み出すにあたって確信した。その真意はたった一行を書くためにその背景を余すことなく描写することにある。一文一行、一言一句、その行間……そうだ、私は確信した。ああ、そうだ。無駄な文章など一行たりともないのだ。たった一行のために小説家はその人生を懸け一冊の背景を作る。その頭の中を言葉のままに世界の下に顕現させることに邁進する。それは最も崇高な行為……ともあれ私はそのように確信した。私の小説を見よ!一人の人間の頭の中を見よ!……


「何ですか、これは」男は連れに言った。書き出しの一頁さえ読むに堪えず、酒の肴にするには物足りず、口直しにと串の肉塊を歯で引き抜いて食べた。

「何、と言われてもなあ。小説の手売りなんて珍しいからここに来る途中で買ってみたんだが、どうやら気の触れた奴が書いた戯言らしい」男の連れはそれだけ言うと、目の前の焼き飯をまた食べ始めた。

「今時小説を書く人がいるのですね」

「だろう?小説……これを小説と言うのか知らないが、そもそも小説なんてものは時代遅れも良い所さ。漫画、アニメ、映画、ゲームでさえ昔話。今じゃAIが作る仮想現実に入りエンタメを楽しめるというのに……きっとこれを書いた奴は世間というものを知らないのだろう」

「そうですね。ただ、言い得て妙かもしれませんよ」

「何がだ?」

「私たちだって書くでしょう?今日の仮想現実の設定を。どんな自分か、どんな世界か、どうしたいか、それだけ書けば後は自動的に……」

「ああ、そうだな。今日の世界はどうしようか……」


 程なくして1杯30円の安居酒屋の暖簾をかき分けて出てきた二人の男たちは、また呑もうと言って別れ、それぞれ東京のネオンの雑踏の中へと消えていった。

感想・評価等よろしくお願いいたします。

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