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8.おいしいスープを素敵なお椀で

 スープができあがると、ラズが取り出したのは二つのお椀でした。

 こういう時のためにお客様用のものを用意してあったのです。

 できたてのスープをその両方に盛り付けると、ラズはブルーの目の前にそれをことりと置きました。


「熱いから気を付けてね」


 ブルーはすんすんと鼻を鳴らしながら匂いを嗅いで、そっと舌をのばしました。

 たしかにスープはまだ熱いようです。ふーふーと息を吹きかけて冷まそうとするラズの様子にならって、ブルーもまた見よう見まねで、ふーふーと息を吹きかけます。

 そうしているうちにちょうどいい熱さに整ったので、さっそくブルーはスープを食べ始めました。するとどうでしょう。一口舐めるとたちまちのうちに、ピリッとうまみが広がっていきました。


「すごい! こんなにおいしいご飯、初めてかも」


 普段、ブルーは自分の力で見つけたベリーをそのまま食べています。

 たまに、ワタリガラスの一族からご飯を分けてもらう事もあるのですが、そういう時にもらうのは大抵の場合、出来立てほやほやのお料理などではなくて、長持ちする保存食なのです。ここで火を使っているような時もありましたが、いつもは遠慮して遠くへ離れていたのです。

 だから、ブルーは知りませんでした。出来立ての料理のおいしさというものを。


「二本足の人って、こんなにおいしいものを普段から食べているの?」


 目をキラキラさせながら問いかける彼の様子に、ラズはくすぐったいような気持ちになって笑いました。


「ブルーったら大袈裟。でも、よかった。お口に合ったようで」

「大袈裟なんかじゃないよ。ボク……ボク、ちょっと興味がわいちゃったな、ラズたちの世界について」


 そう言ってブルーはうっとりとしながら真っ暗なお空を見上げました。

 〈夕やみの森〉は深く、今、空がどうなっているかもわかりません。それでも、ブルーはこの木々の向こうにある人間たちの世界について想像をふくらませていました。


 故郷の〈氷橋〉では、麓にある〈雪花の町〉がよく見えました。

 そこでは夜になっても星のような輝きがちらほらと確認できました。あの光の中で暖まりながら、ひとびとは安全においしいものを食べているのだと教えてくれたのは、ブルーの兄姉でした。

 そのおいしいものの一つがこれなのだと繋がったことに、ある種の感動と、そしてこみ上げてくる懐かしさと恋しさを覚えながら、幸福のままにため息を吐いたのでした。

 そんなブルーの様子を微笑ましく見つめ、ラズは言いました。


「そうやって喜んでもらえるなんて嬉しいな。おかわりもいっぱいあるから欲しいときは遠慮なく言ってね」

「うん、ありがとう!」


 屈託のない笑みを浮かべ、ブルーはその後もスープをぱくぱくと食べました。

 その威勢のよさは見ているだけでも気持ちがいいもので、ラズもまた楽しい気持ちになってしまいました。

 ラズにとって、このスープはいつもと同じ味です。むしろ、シンプルなものです。けれど、一緒に食べる仲間がいるだけで、こんなにも満たされるのだとつくづく思ったのです。

 ここが危険な場所だということをうっかり忘れてしまいそうになるほどの楽しさ。それが、ブルーと一緒の食事でした。


 ──きっと一人ぼっちだったら、こうはいかなかっただろうな。


 ラズはそんな事を思いながらスープをすすりました。


 さて、よく食べるブルーのおかげもあり、たくさん作ったスープは気づけば空っぽになってしまいました。

 全部食べ終わったのを見ると、ラズはブルーを前に再びいくつかのベリーを取り出しました。


「食べ終わったお鍋や食器はその日のうちに清めた方がいいの。そこで役立つのがさっきのお冷ベリーと、このベリーなの」


 そう言ってブルーに見せたのは、白く濁ったベリーでした。

 鼻をすんすんと近づけてみれば、不思議な香りがします。香りから察するに、どうやら食べてよさそうなものではなさそうです。


「これは何のベリーなの?」


 ブルーの問いに、ラズはにこりとして答えました。


「これは石けんベリー。その名の通り、石けんになるベリーなの」

「……石けん?」


 ブルーが首をかしげるのも当然です。しゃべるオオカミは石けんなんて使わないのですから。ラズもふとその事に気づくと、少しだけ考えてから説明しました。


「石けんっていうのはね、そうだなぁ、汚れたり、バイ菌がついたかもしれない手やモノを洗ったりするときにつかうの。清潔にしておくことで病気を防ぐこともできるんだよ」

「そうなんだ。二本足の人達にとっては大事なことなのかな」

「そうだね。とにかく、これをしないと鍋やお椀が駄目になっちゃうから、それを防ぐためにやる儀式みたいなものよ」

「なるほど、悪いことを防ぐための儀式かぁ」


 少しだけ伝わったようで、ブルーは納得したようにうなずきました。

 厳密にはちょっと違う気もしたのですが、ひとまずラズは気にしない事にして、ブルーの前でさっそく鍋の蓋をあけました。すっかり空っぽになったその中に入れるのは、使い終わったおたまやお椀たちです。それと同時に、ラズは今説明したお冷ベリーと石けんベリーも入れました。そして蓋をすると、消えていたかまどに再び火を付けました。


「スープを作るときと一緒だね」


 ブルーの言葉に、ラズはうなずきます。


「そう。このまましばらく待っていると、石けんの香りがふんわりただよってくるんだ。そうして沸騰する頃に火を止めて、冷めたらゆすいで中の液体を地面に流す。そうすると、みんなきれいになっちゃうんだ。そうそう、ワタリガラスの一族の伝承によるとね、地面に流れた液体はね、そのまま地底で眠る竜の女神さまの夢になるんだって」

「そうなんだ。初めて聞いたよ。どんな夢になるの?」

「お料理の夢なんだって。きっと、私とブルーがいま食べたスープの夢がそのまま伝わるのかもね」


 ラズの言葉にブルーは笑みを浮かべました。そして、それはきっとおいしくて楽しい夢なのだろうな、と、尻尾を振りながら心の中で思ったのでした。

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