7.たくさんのベリー
かまどの火がぱちぱちと音を立てる中、ラズとブルーは鍋を囲んでいました。
鍋はラズがいつも鞄に忍ばせている小さなサイズのものです。そこへ、ラズはベリーをいくつか入れると、蓋をしてしまいました。
「お水もいらないの?」
不思議そうなブルーの問いに、ラズは鞄をごそごそあさり、ベリーを一つ、取り出しました。
ベリーランタンとスピリットベアの明かりだと少々分かりづらいのですが、そのベリーは透き通るような青色をしています。
「このベリーを入れたから大丈夫。ほら、見てごらん」
そう言ってラズが鍋の蓋を開けてみると、そこには不思議なことにたくさんのお水がはられていたのです。
「ええっ、どうなっているの?」
驚くブルーに少し微笑みながら、ラズは答えました。
「これはね、お冷ベリーっていうの。熱を加えると崩壊してそのまま飲み水になるから、とてもありがたいの。それと一緒に、こっちの……」
と、ラズが取り出したのは、白っぽい色の二つのベリーでした。白は白でも、透明感のある白と、黄色っぽい白で、ブルーからしてみれば匂いもだいぶ異なりました。
「ソルトベリーとバターベリーをナイフで刻んだものを。これだけで、おいしいスープの準備が整うから、あとは自由にベリーやら野菜やらを入れるんだよ」
そう言って、ラズは次々に野菜と共にベリーも刻んでいきました。
春人参やキャベツなどの野菜と共に入れられたのは、はちみつベリーや血のベリー、それにピンク色のベリーでした。
「これは何?」
すかさずブルーが訊ねると、ラズもすぐに答えました。
「これはサーモンベリーっていうの。鮭みたいな味がして、鮭のお肉と同じような栄養がとれるんだよ」
「鮭って……つまり、これがあればお魚を捕まえなくていいってこと?」
「そういう事。とはいえ、本物の魚の方が美味しいって言われているんだけどね」
「そうなんだ。でも、近い味がするんだよね? これってどこで採れるの? この近くにもあるのかな?」
「サーモンベリーが採れるのは、主に東側って言われているの。鮭がたくさんいるのが関係しているって言われているんだけど……このあたりだとちょっと厳しいかもしれないね」
「そっかあ。遠い場所なんだね」
少しがっかりするブルーの姿に、ラズはふと少し前に話した会話を思い出しました。
川の魚を捕ることをためらってしまう、という話です。はちみつベリーと血のベリーがあるから大丈夫と彼は言いましたが、やっぱり味のレパートリーは増やしたいのでしょう。
「ねえ、ブルー。よかったら、サーモンベリーを少し分けてあげようか。日持ちもするから、少しずつ食べれば大丈夫。煮たり焼いたりしなくてもお腹を壊さないことでも有名だからさ」
そう言って、ラズは手持ちのハンカチの一枚に、サーモンベリーをいくつか包んで渡しました。
ブルーの前足でもすぐに解けるように結ばれたその包みに、ブルーは途端に目を輝かせました。
「いいの? 貰っちゃって?」
「勿論。道案内をしてくれたお礼と、ベリー鉄砲で脅かしちゃったお詫びにね」
下手したら撃っていたかもしれない。そう思うと、ラズも寒気がしました。
一応、ラズの持つベリー鉄砲の弾は、命をうばってしまうほど危険なものではありません。それでも、中身は毒なので、苦しめてしまうことには変わらないのです。
ブルーもその危険はよく知っていました。だから、おそるおそるたずねたのでした。
「ちなみにその鉄砲の弾、中身は何だったの? 命をうばってしまう弾の他にも色々とあるんでしょう?」
「よく知っているね。そうだよ。他にも眠らせる弾やしびれさせる弾、気絶させる弾なんてものもあるの。ちなみにね、これらはほぼ全て、同じベリーで作られているんだよ。百薬ベリーって言ってね、何倍に薄めるかで効果が変わるの。千倍に薄めれば風邪薬にもなる。……で、私の持っているベリー鉄砲だけど、これに詰めている弾は対ヒグマ用だから、十倍に薄めてあるの」
「十倍ってどんな効果があるの?」
「しゃべるヒグマのおとなをしびれさせるくらいの威力。つまり、ブルーの場合は気絶しちゃうくらいかも」
気絶で済めばいいのだけれど、と、ラズはその言葉を飲み込みました。
とにかく、撃つ前で良かったとラズはつくづく思いました。
「そっか。もし当たっていたら結構つらかったかもね。それにしても、不思議だね。百薬ベリーだっけ? 薄め方で効果も変わるんだ? どんなベリーなの?」
ブルーの問いに、ラズは鞄からベリーを取り出しました。
現れたのは紫色に輝く変わった香りのするベリーでした。その姿を見て、ブルーは目を丸くしました。それは、故郷のおとなたちに絶対に食べるなと注意されていたベリーだったのです。
「えー、これのことだったんだ」
「知っているの?」
「うん。これは毒のベリーだから絶対に食べるなって言われていたんだ。なるほどね、ベリー鉄砲に使われていたのか。あれ、でも、お薬にもなるんだっけ?」
「そうだよ。薄め方次第でね。眠り薬にもなるし、風邪薬にもなるし、傷薬にもなる。だから、百薬ベリーって言われているの」
「そうなんだぁ。知らなかった」
ブルーが知らなかったのも無理はありません。というのも、百薬ベリーを薄めるには、正確な秤と綺麗な水が必要だからです。
しゃべるオオカミやしゃべるヒグマのように、昔ながらの生活をしていると、どうしても百薬ベリーの恩恵を受けるのは難しいのです。
むしろ、間違って食べてしまったら大変です。少しも薄めなかったこのベリーは、薬は薬でも劇薬になってしまうのですから。だから、四本足の種族はみんな、このベリーのことを毒として扱うことを、ラズもよく知っていました。
「そっかぁ。二本足の人って、そういう知識や技術もあるんだね。面白いなぁ」
尻尾をパタパタ振りながら呟くブルーを横目に、ラズはそっと鍋の蓋を開けてみました。途端に、おいしそうな匂いがふわりとただよいました。どうやら、ベリーと野菜のスープが無事に完成したようです。