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オオカミと赤いずきんのベリー売り  作者: ねこじゃ・じぇねこ
古城図書館がお城だった時代のお話

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5.森で起こった恐ろしい出来事

 翌日の朝には、〈夕やみの森〉で起きたことがすっかり広まっていました。

 どうやら、町にそれを伝えたのは、しゃべるカラスだったようです。

 普段はワタリガラスの一族と共に暮らしている彼でしたが、その日はたまたま〈夕やみの森〉をたずねており、恐ろしいその出来事を目の当たりにしたのです。

 彼はカアカア鳴きながら、町の人達にその目で見たことを話し続けていました。


「……とにかく、かのような種類の悪人は吾輩も見たことがないのである。その昔、魔神コヨーテ様はわれらが文明をよりよいものにせんと、新たな思想を持つ人々を招いたのだ。それらはすべて、地底で眠り続けるかの恋人たる竜の女神を楽しませたいとの想いからだった。しかし、残念なことに、彼の想い通りの人々だけが来るわけではないのである。これもまたその悲劇であろう。なんと悲しい事であろう」


 そう話し終えると、カアカアと再び彼は鳴きました。

 そこへ、集まった群衆の中よりそっと声をかける者がいました。ナナを連れたあの旅人です。


「やあ、ポップ」


 名前を呼ばれ、カラスはハッとその顔を見つめました。


「やあ。我がパートナー……夢の扉の番人の弟君ではないか。吾輩はそもそも君を探しておったのだ。ふむ、お変わりはないようでよかった。ナナも元気そうだね」


 挨拶の代わりにもじもじとするナナをそっと庇い、旅人は言いました。


「私たちは今起きてきたんだ。何があったかもう一度話してくれるかい?」


 そんな彼の要望に、ポップと呼ばれたカラスは翼を広げ、快く同意するようにカアと一声鳴きました。


「では、お話しよう。〈夕やみの森〉で起こった悲劇を」


 そして、ポップは深呼吸をしてから一気に語り始めました。


 それは昨日の夕暮れ時の事です。

 ポップは〈ゆりかごの都〉からこの西の地へと舞い降りました。彼のパートナーである夢の扉の番人が、弟がどうしているか様子を見てきて欲しいと願ったためでした。

 番人は〈夕やみの森〉で何かが起こっている事を悟っていたため、それを聞かされたポップも真っ先に向かったのは〈夕やみの森〉でした。

 そこで、スピリットベアの姿を確認し、その場にいたホラアナグマの一族や、しゃべるヒグマたちと会話をして、ここへ来た旅人とナナの様子を教えてもらっていたのです。

 異変が起きたのはまさにそんな時でした。


「突如、静寂の森の空気を引き裂かんばかりに響いたのは発砲の音だった。知っての通りのあの武器──鉄砲だ。空に向けて放たれたその音に森の戦士たちが呆気にとられる中、彼らは奇襲をかけてきたのだ」


 先手必勝。そう言わんばかりに、無法者たちはポップたちに襲い掛かり、そのままスピリットベアに手を出そうとしたのです。


「それを見て、ホラアナグマの族長は果敢に咎めた。だが、彼奴らは恐れを知らなかった。銃を彼女に向け、発砲したのだ」


 ホラアナグマの族長──つまりイビミはそのまま負傷しましたが、幸いにもポップが知る限り、命に別状はなかったようです。


「けれど、彼女を庇った戦士たちが立ち向かい、そして傷つき倒れていった。そこへしゃべるヒグマの長が大咆哮をし、森の奥から次々にヒグマたちが駆けつけてきた。それを見てようやく無法者たちも自分たちがどれだけ愚かで危険なことをしていたのかを知ったらしい。取り囲まれる前に一目散に逃げだしていったのだ。おかげで、スピリットベアは無事だった。……だが」


 受けた被害は酷いものでした。

 イビミは負傷で済みましたが、彼女を庇おうとした戦士たちの複数が命を落としてしまったのです。


「もともと、ホラアナグマの一族というのは争いを好まないのだ」


 ポップは言いました。


「やむを得ず戦わねばならない時があるから武装しているだけであって、元来、彼らは平和を愛している。それは、他者を傷つけるということに常に躊躇いがあるためだ。その性質をよく知っているからこそ、しゃべるヒグマたちは彼らを必死に守ろうとする」


 そのため、被害はホラアナグマの一族の戦士だけには留まりませんでした。しゃべるヒグマたちも銃弾に傷つき、その後も怪我に苦しんでいるようだというのです。


「ともあれ、あの一件で彼らはすっかり怯えてしまった。何しろ、この町の者たちがベアの事を知ってすぐだった。あれは開拓民の差し金ではないのか。すぐに疑う者もあらわれた。そこで、吾輩がすぐにここへ来たのだ」


 ポップの言葉に、旅人は深く考え込み、そして頷きました。


「……なるほど。事情はよく分かりました」


 彼はそう言って、ナナの頭をそっと撫でました。昨晩、ナナが言った事を思い出したのです。

 おともだちが、たくさんうまれた。

 それはまさしく、この事態により、〈夕やみの森〉の人々の心が荒んだことを示していたのでしょう。


「とにかく、かのような種類の悪人は吾輩も見たことがないのである。その昔、魔神コヨーテ様はわれらが文明をよりよいものにせんと……」


 と、ポップが先程と同じ言い回しで話を締めようとしたその時でした。群衆の何処かから、荒々しい声が聞こえてきました。


「おい、これってそのチリンのせいではないのか?」


 途端にポップは絶句し、辺りはしんと静まり返りました。

 旅人は振り返りましたが、誰が言ったのかは分かりません。ですが、すぐに、誰であろうと関係ないほど、声は次々にあがったのです。


「そもそも、あんたたちが森に行ってからおかしくなったんじゃないのかい?」

「チリンはナイトメアだ。ナイトメアは他人の心を弄ぶ悪霊のはずだ」

「きっと悪人を呼び寄せたのもチリンなんだ。そうに決まっている」


 口々に言い出すと、誰もが恐れを忘れて似たような事を言い出しました。

 ポップは戸惑い、「静粛に、静粛に」とカアカア鳴きました。なんとか人々を宥めようと叫びますが、騒々しい声に押し戻されどうにもなりません。

 そんな喧騒の中で、しかし、旅人は冷静に周囲を見つめました。怯えるナナの頭をそっと撫でると、次第に彼の目に不思議な生き物の姿が見えてきたのです。

 それは、群衆のあちこちに紛れ込む、精霊たちの姿でした。影法師のような体を持つ、さまざまな種族の見た目をした精霊たち──ナイトメアたちでした。


「お喋り子熊たちに、目の良い子猫たち、それにお耳自慢の子兎たちもいるようだね」

「しばらくまてば、ちがうこたちもくるよ」


 ナナが無邪気な声でそう言うと、旅人は静かに笑ってその頭のたてがみを撫でました。


「そうだね。その前に何とかしてくれるかい?」


 彼がそう言うと、ナナはすぐにうなずいて、額に生える一本角を光らせました。

 すると、どうでしょう。途端に群衆にまぎれていたナイトメアたちが、ナナの角に吸い込まれていったのです。

 その場にいた全てのナイトメアがきれいさっぱり消えてしまうと、群衆は水を打ったようになりました。皆、何が起こったのかしばらく分からず、戸惑っていたようです。けれど、徐々に冷静になってくると、今度は何故、あんなに不安になって、怒っていたのかを思い出せず、困惑し始めました。

 先程とは違う空気が流れる中、ポップはホッとしたようにカアと鳴くと、旅人に言いました。


「よかった。感謝するよ、弟君」


 旅人もまた頷きました。

 そして、この様子をお城のやぐらから見つめていたオッソに向かって微笑みかけたのでした。

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