1.図書の町の歴史
さて、みなさん。ラズとブルーの〈図書の町〉でのお話はいかがでしたか。次に向かった先では何が起こるのか、早く知りたいという方もいるかもしれませんね。
ですが、ふたりは〈ハニーレンガの道〉をのんびりと歩み、〈夕日丘〉の景色を楽しんでいる最中なので、次なる目的地〈日の入村〉にたどり着くまで、まだちょっと時間があります。
そこで、ふたりが移動している間に、今からちょっとだけ〈図書の町〉の話をしようと思います。
ラズとブルーが一か月過ごしたこの町は、今でこそ様々な物語が生まれる賑やかな町ですが、かつては複雑な事情が入り組んで、色々な問題を抱えている町でした。
その頃は〈古城図書館〉も本物のお城として使われていて、そこではクマ族とコヨーテの客人を中心に、たくさんの人達がよりよい未来とは何なのか、どう目指せばいいのかを日々話し合っていたのです。今から話すのは、まさにその時代が舞台の伝説でもあります。
その頃、〈古城図書館〉は、〈聖熊城〉と呼ばれていました。ここで言う聖なるクマとは皆さんが恐らく頭に浮かべた通り、スピリットベアのことです。
この名前がついたのは、スピリットベアがいなくなるより少し前の事で、クマ族の先祖と、コヨーテの客人が協力し合える関係になったことの功績を称え、彼こそがこの地の王であると開拓民の殆ど全てが主張したことでお城が建てられることになったのです。
人々はスピリットベアにここで暮らしてもらい、開拓民たちの相談に乗ってもらいたかったのです。しかし、みんなの希望はかなわず、スピリットベアがここで暮らすことはありませんでした。
このお話は、この〈聖熊城〉が本来の城主を失ったまま一年の月日が経った時代のお話でもあります。
その頃、〈聖熊城〉の城主となっていたのは、あるクマ族の男性でした。
オッソというのが彼の名前ですが、本名はもっと長くて、ウー・ヴァ・オッソと言いました。どこかで聞いたことがある名前ですね。そう、ラズとブルーが〈図書の町〉で出会った絵本作家ウルシーの名前によく似ていると気づくでしょう。ウー・ヴァというのはオッソが城主に選ばれた際に与えられた称号のようなもので、現代では〈図書の町〉で生まれたクマ族によくある苗字となっているのです。
話を戻しましょう。
城主になって以来、オッソは毎日のようにお城の一階にある広間で地図とにらめっこしていました。そこは図書室でもあり、次世代に残すべき本の作製をするための場所でもありました。同時に、何か作戦を会議する場所としても使われていて、ここ数日はもっぱらそのために多くの人が詰め寄りましたが、明朝の今、そこにいるのはオッソひとりでした。
机の上に広げられているのは、当時、出来たばかりのこの地域の地図でした。〈図書の町〉はその頃からしっかり整備されていましたが、周辺はまだまだ開拓の半ばで、地図が役に立たない場所ばかりでした。
オッソが悩みながら見つめるのはまさにその一つ……なんなら、ラズとブルーが冒険する現代になってもなお、未知の場所が多い〈夕やみの森〉でした。
「ベア……君はどこにいるんだ」
寂しそうに呟くオッソは、そう、スピリットベアの親友でもあったのです。
スピリットベアは、この時代、シンプルにベアと呼ばれていたそうです。スピリットというのは尊称のようなもので、この時代にはまだ付けられていなかったのです。
この時、ベアは行方不明でした。一年ほど前、〈聖熊城〉が完成する直前、突如、彼は共に町を築いた開拓民たちに向かって熱のこもった平和への演説を行い、そのまま「竜の女神の使命のもと〈夕やみの森〉へ行く」と言い残して去っていって以来、その消息が分からなくなっていたのです。
きっと、しゃべるヒグマか、頭の固いホラアナグマの一族に何かされたのだと怯える声がすぐにあがりましたが、ベアと仲の良かったオッソはその声を必死に宥めたのです。というのも、いなくなる直前に、ベアから言われていたからです。
──たとえ私が戻らなかったとしても、それは新たな使命の為であり、森に暮らす兄弟姉妹のせいではないと君から皆に伝えて欲しい。
それは、自分のために攻撃を仕掛けないで欲しいという明確な頼みでもありました。
ベアの信条をよく知っていたオッソは、そのために並々ならぬ尽力をもって、ベアを恋しがるあまり過激な主張をする開拓民をどうにか宥め、その分、〈聖熊城〉の図書室にて、ベアの捜索作戦を続けていたのです。
彼が見つかった暁には、この城の主となってもらう。その一心でオッソは奔走し、いつしかベアの代理として城を任されるまでになりました。それでも、ベアは見つかりません。見つからないまま一年近く経ってしまいました。
成果があがらない彼らに失望する声は次第に増えていき、再び、よくない風が当時の〈図書の町〉に吹き荒れるようになってきていました。
──早く、なんとかしなければ。
オッソは地図をにらみながら、鉛筆で印をつけました。昨日、一昨日、その前と、自らも足を踏み入れ、捜したあたりに印をつけていたのです。
その頃の〈夕やみの森〉の地図は、今よりもさらに不明瞭なものでしたが、それでも無いよりはマシです。
そして、オッソはさらに目を細めて、〈夕やみの森〉の一部地域を見据えました。
「次に捜すべきはこの辺り、か……」
そこは、これまでよりもさらに〈夕やみの森〉の奥へと踏み込んだ場所でした。




