34.この町を去る前に
買い物も、観光も、全て終わってしまうと、後はいよいよ旅立ちの日がやってきました。
クランは南へ、ラズたちは北へ。一か月ほどの生活も終わりです。その最後の手続きの為に、三人は〈図書の町〉の中央のお役所を訪れていました。
クランの手続きが終わるのを待ちながら、ラズはブルーに今後の予定について説明していました。目指す場所が〈銀幕の町〉であることは、すでにブルーにも説明していましたが、その道のりについては、まだちゃんと教えていなかったのです。
「この町に北門をくぐるとね、最初に見えてくるのが〈夕日丘〉っていう地域なんだ。〈夕日丘〉はとても広いから一日で抜けるのはまず無理で、だから途中にある〈日の入村〉っていう場所に泊まることになるんだ」
「〈日の入村〉……じゃあ、今夜はそこに泊まるってこと?」
「そう。そして翌日は、〈日の入村〉を出発して、〈南流星街道〉って通称がある〈ハニーレンガの道〉を渡っていくと〈銀幕の町〉が見えてくる。ただ、この途中でベリーの採集もしたいから、最低一泊は野宿をすることになるかも」
「分かった。〈夕日丘〉に〈日の入村〉……〈南流星街道〉を超えて〈銀幕の町〉だね」
暗記するようにブルーが復唱していると、ようやくクランは戻ってきました。今の話を聞いていたのでしょう。不思議そうに彼はブルーに問いかけました。
「ブルー、お前ってさ、〈氷橋〉から来たんだろう? 今のラズが言っていたような地域は知らないわけ?」
「うん……ボク、なるべく町から離れた場所を通るように言われていたから、それより東の荒野を通ってきたんだ」
「荒野を……!」
クランは目を丸くしました。それもそのはず、〈ゆりかごの都〉を取り囲むように広がる中央の荒野は、よっぽど世の中に飽き飽きしていない限り、人間たちは絶対に近づかないためです。
勿論、荒野にも〈ハニーレンガの道〉は敷かれていますし、そこを辿れば〈ゆりかご〉の都に着きます。けれど、今の時代、その道はいずれも閉ざされていて、〈ゆりかごの都〉に行くために、そこを歩む者は誰もいないのです。
それに伴い、途中に点在していた集落も全て廃村になっているそうですが、それすらもどうなっているのかあまり調査されていない程です。
では、今の時代、どうやってラズたちは〈ゆりかごの都〉に行くのか、これを読んでいて気になる人もいることでしょう。その答えについては、また後程、ラズとブルーが〈ゆりかごの都〉を訪れる機会があった時に説明するので、楽しみにしていてくださいね。
「お前、よく無事だったな。荒野にはナイトメアがうじゃうじゃいるんだろう?」
クランが驚きを隠せない様子でそう言うと、ブルーはおずおずと頷きました。
「うん、だからちょっと大変だったの。でも、いい旅だったよ。〈氷橋〉とは全然違う景色がいっぱい見られたし、色んな建物の慣れの果てとか、ベリーとか、色々見れたんだ」
「ベリー……ベリーかぁ。やっぱりあそこにもベリーがあるんだ……」
呟くラズを、クランはそっと咎めました。
「行くなよ、絶対行くなよ」
「そう言われると行きたくなっちゃうな」
きっと睨まれて、ラズは苦笑しながら言いました。
「冗談だよ。さすがにブルーと一緒じゃ、危ない橋なんてとても渡れないもの」
「ふむ……どうやら、君が来たことは竜の女神さまの思し召しだったようだね、ブルー君。今後もよろしく頼むよ」
と、ラズのその言葉を受けて、クランは態度をあらためながらブルーのおでこを撫でました。
なんで急に褒められているかブルーは分かりませんでしたが、とりあえず嬉しかったので素直に尻尾を振りました。
さて、そうした談笑が終わると、いよいよクランとのお別れの時間がやってきました。
ラズとブルーは〈図書の町〉の南門より彼を見送ると、そのまま自分たちも北へと向かいました。
途中、役所の近くにある郵便局で、ラズは手紙を投函しました。〈夕焼け村〉でクランを待っているお姉さんへの手紙でした。ウルシーから貰ったポストカードの一部も同封してあります。
「で、なんて書いたの?」
投函を終えてブルーに問われると、ラズは気恥ずかしそうに答えました。
「この先の予定と、〈図書の町〉であった一か月のことだよ。ブルーやクランとの思い出のことも書いちゃった」
「そっか。ボクが楽しかったって思いも、お姉さんたちに伝わるといいな」
尻尾をふりふりしながら笑うブルーを横に、ラズはつくづく幸福感を味わいながら、郵便局を後にしました。
春分の時期に比べるとだいぶ人の減った大通りを北へと進み、北門へと近づくと、その先には、先程クランを見送った南側とはまた違った雰囲気の世界が広がっています。
〈ハニーレンガ〉の道が続く先に、開けた丘が小さく見えます。
「あれが〈夕日丘〉?」
「そう。そして、あの丘を越えてしばらくしたところに〈日の入村〉がある。〈図書の町〉に比べると、とても小さくて静かな場所だけれど、居心地の良さは私の故郷と変わらない。きっと、ブルーも気に入ると思うよ」
「そっか。ラズがそう言うのなら楽しみだな」
無邪気に尻尾を振るブルーの反応に、ラズはすっかり嬉しくなってしまいました。
この町へ来た時、ラズとブルーはそれぞれ一人きりでした。でも、今は違います。
共に〈ベリーロード〉を歩もう。
そんな約束を交わしたのは気づけば一か月ほど前になりましたが、今、この時、ようやくその第一歩が踏み出せるのだとラズもブルーも気づきました。
北門の境から〈ハニーレンガの道〉を見下ろして、ラズとブルーは互いに目を合わせながら、言いました。
「行こうか、ブルー」
「うん!」
短い会話の後、二人は共にその第一歩を踏み出したのでした。




