32.思わぬプレゼント
お客さんですよ、と、宿の従業員であるクマ族の女性に呼ばれ、ラズとブルーは二人でロビーへと向かいました。
いったい誰だろう。不思議に思いながら階段を下りてみれば、待ち人はすぐに分かりました。
「ウルシーさん!」
そう、絵本作家のウー・ヴァ・ウルシーです。ラズが声を上げると、ロビーのソファに縮こまりながら座っていたウルシーは嬉しそうに立ち上がり、長い爪で頭をかきながら猫背気味になりながら頭を下げました。そんな彼のもとへラズとブルーはあわててかけよりました。
「お休みのところ、すみません。実は市場の方で、もう間もなくここを発たれると聞いていましたので」
「そうなんです。明日明後日は買い出しに行って、それからは旅立つ予定でした」
ラズはそう言って、ふと気になって彼を見上げました。
「もしかして、以前の取引で何か問題がありましたか?」
すると、ウルシーはあわてて否定しました。
「いえいえ、とんでもない。そうではなくて、お別れを言いに来たんです。どうしても、お礼を言いたくて。それと……お渡ししたいものもあって」
「まあ、わざわざすみません」
ラズがそう言うと、ウルシーは目を細めました。
「いえいえ、私にとってあなた方との出会いは本当に大きな出来事でしたから。……それで、実は次回作の構想がまとまりつつあって、少しばかりのお礼と共にあなた方にもぜひお渡ししたいと思って持ってきたんです。どうか受け取ってください」
そう言ってウルシーが渡したのは、三つの封筒でした。ラズの分、ブルーの分、そして、どうやらクランの分もあるようです。
「まあ、弟の分まで。ありがとうございます。よければ呼んできましょうか。客室にいるので」
「いえいえ、これからまたすぐにアトリエに戻ろうと思っているので。どうか、お気遣いなくお受け取り下さい。私としては、受け取っていただくだけで十分ですので」
「……そうですか」
ラズはそう言って、受け取った封筒をちらりと見つめました。封筒には赤いリボンシール、青いリボンシール、オレンジのリボンシールがついていました。どれが誰のものなのかすぐに分かります。その色を見つめながら、彼女はそっとウルシーをうかがいました。
「開けてみてもいいですか?」
「ええ、ぜひ」
ウルシーの返事を待ってから、ラズはわくわくした気持ちを抑えながら封筒を開けてみました。すると、中にはポストカードが数枚と、栞のように加工された黄色いベリーが入っていました。
ブルーが気にしている様子だったので、ラズは少ししゃがんで二人でそのポストカードを見つめました。途端に、ブルーが目を輝かせました。
「すごい、ラズだ。すっごくかわいい!」
うきうきした様子ではしゃぐ彼の横で、ラズはうれしさとはずかしさで真っ赤になってしまいました。
「あ、あの……あの……! ありがとうございます。有名な絵本作家さんに描いてもらえるなんて、とても光栄です」
「ねえ、ボクのは? ボクのは?」
ブルーの興奮がおさまらないので、ラズはさっそく青いリボンシールのついた封筒を開けてみました。すると、中にはやっぱり心ばかりのゴールドベリーと共に、ポストカードが入っています。思っていた通り、そこには可愛いオオカミの姿が描かれていました。
「わあああー! ボクだあああー!」
嬉しそうにその場でくるくる回りだすブルーの横で、ラズはそっと立ち上がり、ウルシーを見上げました。
「本当にありがとうございます。素敵なカードだけでなく、ゴールドベリーまで……」
ゴールドベリーとは、栞に加工されていたベリーのことです。
ウルシーは言いました。
「いえいえ、乾燥剤としてよく使うんですよ」
ウルシーはそう言いましたが、ラズは恐縮しました。
ゴールドベリーはその名から想像がつくように、とても高価なベリーなのです。食べることの出来ないベリーで、お金として使用することができます。
それ以外の用途として、ウルシーが言った通り、乾燥剤にもなるのです。とはいえ、ラズは知っていました。ゴールドベリーの栞を乾燥剤に使う人なんて普通はいないのです。
〈図書の町〉ではもっと安く、気軽に使える普通の乾燥剤が売っていましたので、これもまたウルシーのお礼なのだとすぐに分かりました。
「恐れ入ります」
ラズがかしこまってそう言うと、ウルシーは頭をかきながら微笑みました。そんな二人を見上げながら、ブルーがたずねました。
「ねえ、ボクたちの絵を描いてくれたってことは……もしかして次回作って?」
そんなブルーに、ウルシーはにこにこしながら目線を合わせようとします。
あまりに大柄だったので結果的にほとんど合いませんでしたが、ブルーはうれしそうに前足を上げて反応を見せます。そんなブルーに苦笑しつつ、ウルシーは答えました。
「そう。実を言うと、あなた達がモデルの物語を描いているところなんです」
「えっ、本当に?」
ラズが驚くと、ウルシーはすぐに立ち上がり、言いました。
「そうそう、その事で確認したかったのです。あなた達さえよければ、このまま作品として完成を目指して世に出したいなと……駄目でしょうか」
「いえ! 光栄なことです!」
ラズはそう言うと、恍惚とした気持ちに浸りました。有名な絵本作家と知り合うだけでも夢のような話なのに、まさか自分たちがモデルだなんて。
「もったいないくらいです。本当に嬉しい」
喜びを素直に口にする彼女の反応に、ウルシーは安心したように笑いました。
「よかった。では、このまま描いてみます。『夕焼け村のベリー売り』に勝るとも劣らない絵本にしてみせますよ」
これまでになく自信ありげに約束してくれたウルシーの姿に、ラズはますますその完成の日が楽しみになりました。




