30.ストロベリー先生の行方
お食事会が終わると、ラズたちは満足してしまいました。「キツネの隠れ家」の料理はおいしく、マスターの人柄やお店の雰囲気も居心地が良かったためです。
ウルシーのおかげでここは勿論、名刺のお陰で全域の「キツネの隠れ家」へいつでも来店できるようになったこともありがたい事でした。
それに、クランには悪いけれど、ラズにとって大きな収穫もありました。
──首都大学のストロベリー先生か。
マスターたちによれば、ブラックがその後、どこへ向かったのか、はっきりとは分からないようでした。
ワタリガラスの一族のお役人は、まさに空を飛ぶワタリガラスのように国のあちらこちらへと移動するからです。
しかしながら、ストロベリーについては違いました。
どうやら彼女には明確な予定があるらしく、〈図書の町〉から〈ハニーレンガの道〉を北へ辿った先にある〈銀幕の町〉に向かったということを教えてもらったからです。そこで、立夏の頃に行われる愛の祭りを観に行くとのことでした。
──それなら、その時期に〈銀幕の町〉へ行けば、彼女に会えるかもしれない……。
とはいえ、今は春分が過ぎたばかりです。それに、ここを離れる前に、もう少し、稼いでおかないといけません。旅費もかかりますし、家への仕送りなども考えると、目標金額までもう少し欲しいところでした。
それに、ブルーの登録の事もあります。〈図書の町〉での安全オオカミの証は、一か月の有効期限がありました。このぎりぎりまで〈図書の町〉に留まってから、〈銀幕の町〉を目指したとしても、愛の祭りには間に合います。だから、もうちょっとだけ〈図書の町〉に留まってから、〈銀幕の町〉へストロベリー先生をたずねるのが良いかもしれません。
と、このような計画をラズはブルーに話しましたところ、ブルーは首をかしげつつ、尻尾をふりふりしながら答えました。
「よく分からないけれど、ボクはそれで問題ないよ」
しかし、異を唱える部外者がいました。同じ部屋に泊まるクランです。
「ストロベリー先生とやらを訪ねてどうしようっていうのさ」
唇を尖らせながら茶々を入れる彼に、ラズもまた言い返しました。
「何だろうと私の勝手でしょう?」
「ふん、当ててやろうか。あのクソ野郎がどうしているか探りを入れるんだろう」
クランの言うクソ野郎というのが誰の事なのか、ラズはもう分かっていました。クランはずっと長兄のブラックのことを嫌っているのです。理由はもちろん、家族を顧みようとしないからです。
ラズもまたブラックのそういったところに不満は持っていました。けれど、同時に心配している気持ちの方が強かったので、クランをとがめました。
「ダメだよ、クラン。家族の事をそんな風に言うのは」
「何が家族さ。アイツはオレたちの事を家族だなんて思っていないかもしれないぞ」
「そんな事ないよ。だって、お祖母ちゃんが言っていたもん。ワタリガラスの一族の人によればね、兄さんはああ見えて、いつもお母さんの体調を気にしていて──」
「だったら何で、手紙の一つも寄越さないんだ。仕送りだってオレたちがしているのに、アイツは祖母ちゃんたちに何かしてくれたか。父さんが死んで、みんな大変ってときに、身勝手な奴だよ、本当に」
クランの怒鳴るような声に、端で聞いていたブルーはすっかりしゅんとしてしまいました。
ラズはクランに何か言い返そうとしましたが、ふと両耳を倒しながら、それぞれの顔を見比べるブルーの姿に気づくと、一度、心をしずめてから落ち着いた声で言いました。
「クランの言う事も、ごもっともだよ。だから、私ね、どうしても確かめたいの。兄さんがどういうつもりで連絡の一つもくれないのか。それがはっきりわかったら、私も納得するから、だから、大目に見て。ね?」
いつになく柔らかなその言葉に、クランは調子を狂わされました。
少し前ならば、本気で言い争いになっていたはずなのに、と、不思議に思いつつも、彼もまた部屋の隅でしゅんとしているブルーの表情にようやく気付き、少しだけ納得しました。
「──しょうがないなあ。そこでびくびくしているオオカミ君に免じて、今回はアニキとして大目に見てやるよ」
いつもならば、あと三十分はガミガミ文句を言っていた所なのに、と、ラズはほっとしました。
いずれにせよ、クランにラズの今後の予定を決める権限などないのですが、これで一安心です。穏便に話が終わりそうだったので、この際、クランが自分の事をアニキと自称したことについては目をつぶることにしました。
「……にしてもさぁ、思わぬ収穫だったね」
クランが言いました。
「『キツネの隠れ家』なんて、本当に縁がないと立ち入れないもの。まさか、あのアニキが常連だなんていうのは腹が立つけどさ、これで、オレたちも一つ同じ立場になれたわけだ。マスターも感じの良い人だったし、また行きたいね」
「もうしばらくこの町にいる予定だし、またみんなで行こうよ。ブルーも、お料理の事が気に入ったみたいだし」
ラズに話を振られて、ブルーはようやく耳をぴんと立てて頷きました。
「うん。とってもおいしかった。また行きたいな」
こうして、険悪になりかけた空気も、気のいいマスターと、おいしいベリーのおいしい料理のおかげもあって、何とか持ち直しました。
それに、と、朗らかな雑談が続く中、ラズはひそかに思いました。さっきクランに強く言い返す気にならなかったのは、ブルーの眼差しがあったからです。
クランの方があっさりと身を引いた理由は分かりませんが、少なくともラズにとってブルーはすでに、気持ちを落ち着けるだけの存在感があるようです。
──きっとこれも、竜の女神さまの思し召しなのかもね。
ラズはそう思い、あらためてブルーとの出会いに感謝したのでした。




