28.キツネの隠れ家
約束の時間になると、ラズたちはさっそくウルシーと共に図書の町の「キツネの隠れ家」を訪れました。
ウルシーに続いて入ると、店名に相応しいキツネ族らしきマスターがさっそく笑顔で出迎えます。どうやら気の良さそうな中年男性のようです。
「おお、ウルシー君。珍しくたくさんのお連れさんだね」
そう言いながら、彼はカウンター席を案内しました。
「嬉しいものだ。組織のルールは『一見さんお断り』っていうんだけどね、あたしゃ、知り合いが増えるのは大歓迎なんだ」
そう言いながらてきぱきとメニュー表を用意する彼を前に、椅子にちょこんと座ったブルーは不思議そうにたずねました。
「組織って?」
無邪気なその問いに、キツネのマスターは陽気に答えます。
「このお店──『キツネの隠れ家』を運営するマスターたちの組織さ。このお店を継げるのは、あたしらのようなキツネ化症候群患者なんだよ」
「キツネ化症候群患者……」
ブルーのつぶやきに対して、ラズがそっと教えました。
「主にコヨーテの客人がかかる不思議な病気のことだよ」
そこへ、マスターが臆することなく続けました。
「そっか。しゃべるオオカミさんはあまり知らないかもしれないね。キツネ化症候群っていうのはね、ここより北東に位置するランタンの町でよく報告される奇病なんだ。かくいうあたしもね、ランタンの町の密林で迷子になったのがきっかけでなってしまったんだ。今じゃ、立派な金毛キツネだけど、本当は金髪のヒト族だったのさ」
「……ヒト族なの?」
ブルーが驚くのも無理はありません。だって、マスターは何処からどう見てもキツネ族と変わらない見た目をしていたのですから。
「まあまあ、雑談はあとにして、まずは自慢のメニューをごらんあれ。〈図書の町〉らしく、昔からこの地に伝わる郷土料理がいっぱいですよ。ああ、他にも、ホラアナグマの一族から教わった秘伝のレシピや、〈夕焼け村〉の郷土料理なんかも用意できますね」
「〈夕焼け村〉かぁ。実はオレたち、〈夕焼け村〉の出身なんだ。でも、ホラアナグマの一族の秘伝のレシピっていうのも気になるところだね」
クランはそう言いながらメニュー表を前に悩み続けます。
その横で、ブルーはラズにそっと言いました。
「あの……なんて書いてあるの?」
その呟きが聞こえたらしく、マスターは慌てたように彼に言いました。
「おっと、いけない。しゃべるオオカミさんには専用のレシピがあるんだった。いやね、オオカミ族さんとしゃべるオオカミさんとでは、食べていいものとダメなものが分かれるらしいんだ。あぶなかった」
そう言ってマスターが次に渡したメニュー表を見て、ブルーは目を輝かせました。そこには、文字とは別にとても分かりやすい料理の絵が描かれていたのです。丁寧に、材料の絵も描かれています。
「ボク、これにしようかな」
そう言ってブルーが前足で指し示したのは、サーモンベリーの照り焼きでした。マスターの詳しい説明によると、サーモンベリーの他にも、はちみつベリー、血のベリー、ソルトベリー、そしてバターベリーが使用されているようです。それに、旬の野菜もたっぷりと使われています。
「見るだけで美味しそう」
早くもぺろりと舌なめずりをする彼に、マスターはニコニコしながら言いました。
「気が早いねえ。こりゃ、気合も入るってものだ」
そんなやり取りをしている間に、ラズとクラン、それにウルシーの注文も決まりました。そして、いよいよお食事会は始まったのです。
注文が済んでしばらく他愛もない話を続けていると、「キツネの隠れ家」で働く店員が飲み物を運んでくれました。どうやら、マスター以外の従業員はキツネ化症候群患者ではなくてもいいらしく、この町には珍しいウサギ族の女性でした。
飲み物はいずれもベリーが使用されたカクテルです。
カクテルといってもお酒ではなく、ジュースです。
ラズとクランが頼んだものは同じ飲み物でした。
ドラゴンハートと呼ばれる大きな赤いベリーが一つ炭酸水の中に沈み、その上にはちみつベリーで作られた黄色いシロップがかかった飲み物で、「ドラゴン・テイル」という名前です。示し合わせたわけではないのですが、ラズもクランも、小さな頃からこの飲み物が大好きだったのです。
沈んだ赤いベリーが竜の女神を、その上にかかる黄色いシロップが〈ハニーレンガの道〉を表しているため、ベリー売りにはもってこいの飲み物だからです。
ウルシーの前に運ばれてきたのは、クマ族が好みがちな、はちみつベリーの飲み物でした。レモンと炭酸水の中で溶け込むその飲み物の名前は、お店によってまちまちですが、どうやら「キツネの隠れ家」では「蜂の女王様」で統一されているようです。
さて、最後に、ブルーの前に置かれたのが、しゃべるオオカミ向けの器に入った、ひときわ美しい青い飲み物でした。頼んだ料理のセットになっていたものでしたが、ブルーはその名前が分かりません。なので、ラズにそっと教えてもらいました。
「これは、『子猫ちゃんの瞳』っていう飲み物だよ。きらきら輝いているのは、サファイアベリー。しゃべるネコやネコ科系種族のたくさん暮らしている〈砂塵の町〉っていうところでよく採れるベリーなの。だから、この青い色は子猫の青とも呼ばれているんだよ」
「へえ、可愛い飲み物なんだね」
ブルーが納得したところで、いよいよ乾杯です。
ラズとクラン、そしてウルシーが杯を交わし、ブルーのコップにも次々にコツンとぶつけていきます。ブルーはそんな彼らの様子を見ながら、気持ちだけでも前足を器に添えて、乾杯に参加したのでした。




