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オオカミと赤いずきんのベリー売り  作者: ねこじゃ・じぇねこ
聖なるクマと図書の町

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27.お墓参りと人生相談

「こんにちは、皆さん。……また来ちゃいました」


 照れくさそうに笑いながらウルシーは言いました。

 長い爪で頭をかく仕草は、迫力のある見た目ながら愛嬌があります。そんな彼の様子にちょっとだけ安心を覚えながら、ラズは答えました。


「こんにちは、ウルシーさん。本日は何をお求めですか?」


 すると、ウルシーは迷うことなく商品の一つを長い爪で指し示しました。牡丹ベリーのセットです。四個まとめて袋につまっています。牡丹ベリーは一個一鱗なのですが、この四個セットの場合は三鱗と少しお得な値段で売っていました。


「これを三袋いただけますか」

「はい、分かりました。牡丹ベリーの四個セットを三袋……計九鱗になります」


 昨日の高額なベリーの取引とは違って、何の契約書もいりません。あっさりと売買が成立すると、ウルシーは牡丹ベリーを確認しながら静かに目を細めて言いました。


「お参りするお墓が多くて……とても助かります」

「お役に立てて光栄です」


 こうして、この日のウルシーはそのまますぐに立ち去ってしまいました。彼の後ろ姿を見送りながら、ラズはぼんやりとウルシーのお参りするお墓のことを想像しかけました。けれど、すぐに次のお客さんがやってきて、そんな暇はなくなりました。

 春分の頃は、ただでさえベリー売りをたずねる人が多いのです。ラズのもってきた牡丹ベリーもお店の閉店時間前には底をついてしまいました。

 そして、その頃になると、お墓参りに行ったらしきウルシーのことも、すっかり関心が薄まってしまっていました。


 それから数日後。春分の祭りの日が過ぎると、客足もすっかり落ち着いてしまいました。そうはいっても、生活が困らない程度には売り上げがあります。ラズが用意したベリーはまだまだありますし、春分の日を過ぎた後のメニューもちゃんとあるからです。

 むしろ、客の数が減った分だけ、一人一人に向き合う時間が増えたので、よいベリーを売りたいラズにはちょうどいい時期になりました。

 ウルシーがラズたちのお店へ再びやってきたのは、そんな時期の事でした。


「こんにちは、皆さん。お久しぶりです」

「お久しぶりです、ウルシーさん。今日は何をお求めですか?」


 ラズが問いかけると、ウルシーは立ったまま長い爪で頭をかき、そして少し迷いを見せつつも、何かをお店のカウンターに置きました。どうやら名刺のようです。ただし、ウルシーのものではありません。よく読むとそこには「キツネの隠れ家」というお店の連絡先が書かれていました。


「まあ、これは?」


 ラズは驚きました。というのも、「キツネの隠れ家」は少し有名なお店だったからです。図書の町に限らず、主要の町に一点はある飲食店なのですが、誰もが入れるわけではありません。いわゆる、“一見さんお断り”というやつで、誰かの紹介がないと立ち入ることが出来ないのです。


「もしよかったら、一緒にお食事でもと思いまして」

「えっ?」


 突然の事に驚くラズの横から、クランが顔を出しました。


「『キツネの隠れ家』ですか。へえ、興味深いですね」


 急に割り込んできたクランをラズは小声でとがめます。しかし、クランは平然とした様子で言い返しました。


「アニキとして当然だろう」

「弟でしょ」


 さり気無い小競り合いが発生する中で、ウルシーはすぐさま同じ名刺をさらに二枚出しまして、クランとそしてブルーの前にも置きました。


「もちろん、お招きしたいのは皆さん全員ですよ」


 きょとんとするクランとブルーを前にして、ウルシーは落ち着いた様子で続けました。


「春分の日のことです。ここで牡丹ベリーを買ってから、半日ほどかけてお墓参りをしてきました。四名のお祖父さん、お祖母さん、お世話になった人たち、不幸にも早くに亡くなった友人など、さまざまです。春分と秋分の毎度の習慣なのですが、今回ばかりは非常に大事な時間になりました。きっと、このお店で買った牡丹ベリーの質が良かったからなのでしょう。それに……皆さんのところで、優しい言葉をかけて貰えたからかな。今後のことについてどうするか、もっとじっくり考えることが出来たんです」


 ウルシーの言葉に、ブルーもまた強い関心を示しました。


「それで、どうするの?」


 非常に無邪気な声で彼がたずねると、ウルシーは穏やかな笑みを浮かべて答えました。


「もう少し、絵本作家としての活動を続けてみようかなと。ちょうど、新しいイメージが浮かんだんです。形になるのはもっと先だけど……でも、ともかく」


 と、ウルシーはお店の名刺を爪で示しながら言いました。


「続けようって気になれたのは、間違いなくあなた達のおかげなんです。それで、何かお礼がしたくて。良かったら、行きつけのお店でお食事でも、と」

「そんなお礼されるほどのことでは……」


 ラズは遠慮がちに言いました。けれど、ウルシーは首を横に振ります。


「いいえ、させてください。でないと、気が済まないんです。ああ、勿論、お忙しいのであればその限りではありません。違う形でお礼させてもらいます」

「いえ、忙しいだなんてそんな。……そうですね。それではぜひ、お願いします」


 ラズがようやくそう言うと、ウルシーは安心したように目を細めました。

 クランもまたさっそく名刺を手に取ると、その端々を眺めながら言いました。


「いやあ、楽しみだなあ。実はこのお店、気になっていたんですよ。でも、なかなか常連さんと縁がなくて」

「そうでしたか。お店のマスターは気さくな御方ですよ。ちょっと特殊なお店なので、興味深いお話も聴けるかもしれません」

「そいつは楽しみだ」


 こうして、ラズたち三人とウルシーのお食事会の開催が決まりました。

 時間はさっそく今日の夕飯時。ずっと気になっていた初めてのお店とあって、ラズもクランも少しうきうきしながらお仕事に向き合いました。

 そんな二人の様子を見ていたからでしょう。ブルーもまた楽しみな気持ちが増して、待っている間もたえず尻尾を振り続けていました。

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