26.春分のベリー
翌日、ラズは早起きをすると、あわただしい様子で出かけていき、お役所の近くにある別の施設へとかけ込みました。
そこは〈図書の町〉の郵便局でした。
クランが余計なことを手紙に書く前に、〈図書の町〉に無事についたことや、ブルーと一緒に旅をすることになった旨を、簡潔にまとめ、お土産と一緒に投函したのです。
──あとは姉さんが理解してくれるのを願うだけね。
短く願ったその後は、この町へ来た時には思いもしなかったような、にぎやかな朝ご飯の時間が待っていました。
ひとりで食べて、さくっと商売をするつもりだったラズにとって、思わぬひと時です。
けれど、決して悪いものではありません。ブルーはずっと変わらず癒しをくれましたし、クランは何だかんだ言っても憎めない双子の片割れです。
おかげさまで、朝食の時も、仕事前の支度も、ひとりでやるよりもずっと明るい気持ちでいられました。
──よし、今日も頑張ろう。
昨日のようにお店に立つと、程なくしてラズたちのもとには、たくさんのお客さんがやってきました。お客さんの大半はクマ族で、春分の時期によく売れると見込んだベリーが思っていた通りに売れていきます。
お昼前になって、ようやく客足が落ち着いてきたころになって、ラズは期待のベリーの在庫を数えていました。そこへ、ブルーが顔をのぞかせます。ラズが一個一個数えている様々な色のベリーの香りをかぐと、不思議そうに首をかしげてからたずねました。
「これって、全部同じニオイがするんだね」
「うん。色はちょっと違うのだけれど、同じベリーなの。牡丹ベリーって言って、この季節の頃によく売れるんだ」
「へえ。牡丹ベリー。聞いたことあるかも? でも、どうしてこの時期に売れるの?」
「それはね、これが春分のベリーだからなの」
そう言って、ラズはベリー市場を飾る旗を指さしました。そこには不思議なデザインが描かれています。右半分が月で、左半分が太陽になっている奇妙な顔です。それこそが、春分のシンボルでした。
「春分のベリー?」
不思議そうにその顔を見つめるブルーに、クランがそっと口を挟みました。
「春分の祭りは知っているか? この時期になると、皆、墓参りに行くんだ。そこで、牡丹ベリーをお供えするのがこの辺りの風習になっているのさ」
「お供え物。そっか、そういえば、ボクも見たことがあるよ。夕やみの森でね、スピリットベアの近くにあるホラアナグマの一族のお墓に置かれていることがあるの。そっか、あれって春分のベリーだったんだね」
「なるほど、ホラアナグマの一族か」
クランは興味深そうに繰り返しました。
「まさにこの風習もホラアナグマの一族の神話が元だと言われていてね。ということは、町も森と隔たれていても同じ風習を続けているってことかな」
感慨深そうに言うクランに、ラズもまた同意を示しました。
「そうかもしれないね」
「……ちなみにどんな話なの?」
と、そこへブルーが不思議そうに訊ねたので、クランは意外そうに彼を見つめました。
「あれ、しゃべるオオカミのくせに知らないわけ?」
「ボクの故郷では、牡丹ベリーってあまり見たことなかったかも」
「あくまでもホラアナグマの一族の神話だものね」
ラズはそう言うと、ブルーに視線を合わせながら語り聞かせました。
「『昔々、ホラアナグマの一族の村に春を司る少女がいました。少女は四姉妹で、それぞれ春、夏、秋、冬を呼び寄せるためにお祈りをしなければなりませんでした。けれど、ある時、コヨーテが村を訪れ、春を司る少女に眠りの魔法をかけてしまったのです。それ以来、春を司る少女はずっと眠ってしまい、いつまで経っても世界には春が訪れなくなってしまったのです。人々は困り果て、竜の女神に祈祷して、どうすればいいのかをたずねました。すると、春を司る少女の周りに花開くように牡丹ベリーが現れたのです。牡丹ベリーを少女の周りに飾ると、少女は再び目を覚まし、世の中には春の季節が戻ってきたのです。それ以来、人々は春が深まると、お墓に牡丹ベリーを飾るようになりました。牡丹ベリーの香りが、お墓に眠る死者や地底で眠る竜の女神に今年も確かに春が来たことをきちんと報告するためです』」
そらんじるようにラズは語ると、ブルーに微笑みかけました。
「色々なバージョンがあるんだけど、私やクランが学校で教わったのはこんな話だったよ。ブルーは聞いたことあった?」
すると、ブルーは不思議そうに首を横に振りました。
「初めて聞いた。面白い話だね」
そして、少し考えて、納得したように何度もうなずきました。
「じゃあ、ボクが見た牡丹ベリーのお供え物も、誰かが春の報告をするためにお供えしたものだったんだね。なんだろうとは思ったんだけれど、答えを知れてスッキリした。なんだか視界が広がったみたい」
無邪気なブルーの感想に、ラズはくすりと笑いました。
朗らかな空気の中で、牡丹ベリーは飛ぶように売れていきました。皆、お墓参りをしに行くのだと思うと、ブルーは少しだけ彼らの事を身近に感じるようになりました。と、同時に、ふと頭をよぎったのが、故郷の家族たちの事でした。
みんな、元気にしているだろうか。
別れてからだいぶ経つ親兄弟のことを想像していた時の事でした。のし、のしと、ひときわ大きなお客さんがラズたちの店にやってきたのです。
目の前の椅子に座る彼を見て、ラズたちはハッとしました。
そこにいたのは、あの絵本作家のウー・ヴァ・ウルシーだったのです。




