25.数多の本が生まれる町
「すごい」
ラズが絵本を読み終えると、真っ先にブルーはそう言いました。
「今の話が、その絵本ってやつに書いてあったの?」
「そうだよ。一緒に見てきた挿絵と共にね」
「そっか。この不思議な模様の一個一個が文字なんだよね。その組み合わせで、そういうお話が記録されているんだ」
ブルーは納得したように頷くと、再びラズを見上げていました。
「じゃあ、語り部いらずなんだね。誰も知らなくても、本があるだけで、お話が伝わっちゃうんだ」
「そう。だから、本ってすごいの。この〈図書の町〉はね、そんな本をたくさん生み出してきたんだよ。生まれた本はみんな、町の北東にある〈古城図書館〉って施設に保管されているの」
「〈古城図書館〉?」
不思議そうに繰り返すブルーに、ラズはあるものを差し出しました。この町で買えるお土産の一つ──ポストカードです。町のあらゆる観光名所が描かれたもので、その一つが今、ラズの言った〈古城図書館〉でした。
「わあ、これが〈古城図書館〉なの?」
「そう。この町の開拓を指導した人達が暮らして、色々な事を話し合っていたんだって。ずいぶん前に誰も住まなくなって、町のものになることが決まって、それ以来はずっと図書館として使われているの」
と、そんな話を二人がしていると、客室の扉が開きました。どうやら、クランが帰ってきたようです。
今の話を聞いていたのでしょうか。彼は真っ直ぐラズ達のもとにくると、〈古城図書館〉の絵を見ながら、ポンと何かを机に置きました。百鱗の価値がある記念コインです。どうやら〈図書の町〉の限定デザインのようでした。
「これは?」
ラズの問いに、クランは答えます。
「いま話していた〈古城図書館〉の記念コインだ」
裏返してみると、確かにそこには〈古城図書館〉の姿が刻まれていました。そして、会話に参加するように、彼はブルーに言いました。
「〈古城図書館〉が出来た大きな理由はね、『聖熊譚』を大事に保管するためだったんだってさ」
「……せ『聖熊譚』?」
不思議そうなブルーに、ラズはそっと付け加えました。
「スピリットベアのお言葉をまとめた書物のことだよ。偉大なるその言葉をしっかり後世に残したい。そんな思いがきっかけで、この町からはたくさんの本が生まれるきっかけになったの……にしても、どこに行っていたの、クラン?」
「スピリットベアのお言葉はね」
と、クランはラズを無視するように、ブルーに言いました。
「当時のコヨーテの客人たちの心にも響くものばかりだったから、口伝よりも文字で残した方がいいって話になったんだってさ。伝統的な暮らしにこだわるしゃべるヒグマなんかは、書物なんて嫌うだろうけれど、この町を作ったクマ族は違ったってわけさ」
「……へえ。それで、クランはもう見たの?」
ラズがたずねると、クランは何故か得意げに返しました。
「見たとも。このコインはそこで買ってきたのさ」
「いつの間に。言ってくれたらよかったのに」
ラズの小言に、クランはあきれたように言った。
「作業に夢中になっている時に邪魔したらいつも怒るのは誰だっけ。それに、最初から行くつもりはなかったんだよ。姉さんたちのとこに送る記念コインを探していたら、なんやかんやで顔を出すことになっちゃったってだけさ」
「……なるほど、これを家に送るつもりだったわけね」
ラズは感心しました。クランもちゃんとお家に何かを送っていることにホッとしたのです。ラズもまた、お家に仕送りをするのは毎回の事でした。家の事を負かせているお姉さんのグースのためでもありましたし、元気でやっていることをみんなに伝える手段としてちょうどよかったからです。
「クランはなんて手紙を書くの?」
「別に。もうすぐ帰りますってだけだよ」
「ふうん、そっか」
「あ、それと、『ラズがオオカミと一緒にいる!』って、ちゃんと書かないとね」
からかうように付け加える彼に対してラズはすぐに文句を言いました。
「もう、クラン。あなたってば、どうしていつもそんなに意地悪なの?」
「ふん、オレに無断で家族を増やしたのがいけないんだ。悔しかったら、オレより先に弁明の言葉でも見つけて姉ちゃんに手紙を送ることだね!」
ブルーの方は首をかしげました。どうして、ラズが怒ったのか、どうして、クランが悪戯っぽく笑っているのか、ブルーにはよく分からなかったのです。
──ボクが一緒ってマズイことなの?
不思議に思いつつ、ブルーはラズたちを見比べていました。けれど、口げんかに火がついてしまったようで、二人はすっかり夢中になって口論を続けています。仕方がないので、ブルーは気を取り直し、机の上に開かれたままの絵本や、ラズがさっきまでつけていた帳簿を眺めました。
いずれもこの国の言葉が書かれていましたが、やっぱりどう見てもただの模様にしか思えず、何と書いてあるのか分からないままでした。
──ボクも文字が読めたらいいのになぁ。
ブルーは静かにそう思いました。それは、生まれ故郷を去ろうと思ったときのような、未知の世界への強い憧れでもありました。
──今からでも、読めるようになるのかな?
ブルーはそんな希望を抱きながら、絵本にすんすんと鼻を近づけながら、一つ一つの文字の形を確かめました。けれど、やっぱりどうしても、それらが何を示しているのか、この場で覚えることは出来ませんでした。




