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オオカミと赤いずきんのベリー売り  作者: ねこじゃ・じぇねこ
聖なるクマと図書の町

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24.夕焼け村のベリー売り

 〈図書の町〉に今年も春の深まりをお祝いする楽しい季節がやってきました。

 〈ハニーレンガの道〉のそばには色とりどりの花が咲きはじめ、ベリーのようにあざやかな彩りを世界にもたらしてくれます。

 そんなあたたかな季節とともに、〈図書の町〉をおとずれたのは、マントを着た不思議な雰囲気のヒト族の青年でした。

 コヨーテの客人とワタリガラスの一族のちょうど間くらいの見た目をしている彼は、どうやらベリー売りのようでした。


「ごきげんよう、皆さん。僕は〈夕焼け村〉生まれ、〈夕焼け村〉育ち。〈夕焼け村〉から来たしがないベリー売りです」


 ベリー売りの青年は、紳士的な挨拶と共に、さっそく〈図書の町〉の人々にベリーを売り始めました。

 彼はどうやらただのベリー売りではありません。

 〈夕焼け村〉から来たといっても、世界中を旅してまわっていたようで、このあたりでは取れない不思議なベリーをたくさん持ってきていたのです。


 ベリーをもとめてベリー市に来た人はもちろん、普段からベリーを取り扱っているベリー売り達までもが、彼の持ってきたベリーに興味津々でした。

 けれど、素晴らしいのはベリーの種類だけではありません。彼の知識もまた、並外れていたのです。

 彼はベリー売りとしても物知りでした。〈ゆりかごの都〉の首都大学の偉い先生たちが研究して分かった最新のことまでも、ちゃんと知っていたのです。

 おかげで、人々の生活の悩みに対し、どのベリーを売ればいいのかをちゃんと分かっていました。


 そんなわけなので、彼のお店が繁盛するまでそう時間はかかりませんでした。

 お店にはいつも行列ができていて、彼の方も時間いっぱいお客さん達の相手をしました。

 そこで交わされるのはただのお買い物のやり取りではありません。〈図書の町〉の人々は毎日のように深刻な悩みを抱えていて、その苦しみを解放するべくベリー売りはベリーを売っていたのです。

 〈図書の町〉の人々の悩みに向き合っているうちに、ベリー売りの青年はある事に気づきました。彼らの悩みの種は、どうやら荒んだ空気にあるらしい。


 その頃、〈図書の町〉では、殺伐とした空気が流れていました。

 ベリー売りの青年が来るより少し前に、シロクマ家とクロクマ家という二つの立派な家柄がささいなことで対立してしまい、そのどちらにつくかで〈図書の町〉のクマ族の人々が分断されてしまっていたのです。

 人々は疑い合い、探り合う日々が続いていました。さらにそれをあおるような噂が流れ、疑惑がさらに人々の心を荒ませていたのです。

 けれど、その構造が分かったあとも、ベリー売りの青年に出来ることはありませんでした。自分は所詮、流れ者。出来る事と言えば、せいぜい、店に来る人々に寄り添って、相応しいベリーを売る事だけだと分かっていたからです。

 ところが、それこそが大きな力となりました。ベリー売りの青年が解決することは些細なことではありましたが、その小さな解決が積み重なっていくうちに、かつてのようなよどんだ空気が薄れていったのです。


 いつの間にか、〈図書の町〉では明るい話題が流れやすくなっていました。

 シロクマ家とクロクマ家が明確に仲直りしたわけではなかったのですが、そのせいでピリピリとした空気が全体に広がるような事はなくなっていったのです。

 これには多くの人が喜びました。当事者であったシロクマ家とクロクマ家の人々でさえも、ホッとしました。

 しかし、町の片隅ではひっそりと、新たに困ってしまった者たちがベリー売りの青年をじっと見つめていました。

 ナイトメアたちです。

 そうです。この町の殺伐とした空気は、彼らの働きによるものでもあったのです。


 ナイトメアたちは今までのように人々の生活の端々でそれぞれの力を発揮しました。けれど、やっぱり、人々はかつてのようには影響されません。

 それどころか、ナイトメアの影響を少しでも受けると、あのベリー売りの青年のもとへと向かっていったのです。

 ナイトメアたちはその事を不思議そうに見つめていました。そして、いつしかベリー売りのもとにはナイトメアがお客さんで来るようになったのです。

 タッチ、チャット、スメル、アイ、ヒアリング……そして、もう一人、ベリー売りのもとへと向かうナイトメアたちを見守るものがいました。チリンという子ウマの姿をした特別なナイトメアです。

 チリンは仲間たちがベリー売りに何やら話しているのを見つめていましたが、そのままそっと隠れてしまいました。


 さて、ベリー売りは驚きました。ナイトメアがお客さんで来たのですから。

 けれど、どんな相手であろうとベリーを売らねばという信念があったので、真面目に彼らの悩みを聞きました。

 手癖の悪いタッチには、手遊びにいい絡繰り玩具のようなベリーを、おしゃべりの止まらないチャットには、夢の中でいくらでもおしゃべり出来るような眠りのベリーを、鼻が利きすぎるスメルには、一時的にあえて鼻が悪くなるベリーを、目が良すぎてこまっているアイには、見たくないものを見ないですむようになるベリーを、そして、耳がよすぎるヒアリングには、安らぎの音楽が聞こえるようになるベリーを。

 それぞれが良いベリーを見繕ってもらって、ナイトメアたちは満足しました。

 そして、満足したそばからどこかへと消えてしまったのです。不思議な彼らを見送ってほっとしていると、ベリー売りのもとに、ようやくチリンがやってきました。


「君はどんな悩みがあるんだい?」


 ベリー売りが訪ねると、チリンは答えました。


「みんないなくなっちゃって、とてもとても、さみしいの」


 すると、ベリー売りは静かに微笑むと、チリンにいいました。


「そっか。それなら、僕と一緒においで」


 その翌日、夕焼けのベリー売りは〈図書の町〉を去りました。売り物のベリーがなくなったからです。けれど、去っていく彼の隣には、チリンの姿がありました。

 不思議な彼らを見送って、それから数日と経たないうちに、シロクマ家とクロクマ家の対立はなくなり、〈図書の町〉には再び平和が訪れました。

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