22.貴重なベリーを売りながら
ウルシーが語り終えた後、ラズもクランも黙り込んでしまいました。
なんと言葉をかければいいのか、その正解が見つかりません。そんな空気に気づいたのか、ウルシーは長い爪で頭をかきながら言いました。
「すみません、すっかり空気がよどんでしまいましたね」
そこで、ラズはようやく我に返りました。ラズはあわてて言いました。
「い、いいえ。こちらこそ、すみません」
そして、手元に置かれた勇者のベリーに視線を向けながら、ラズは落ち着いた声で続けました。
「そういったご事情でしたら、お断りする理由なんてどこにもありません」
その言葉にウルシーは安心したのか、にこりと笑いました。
クマ族の中でも大きく、鋭い爪や牙を持つ彼ですが、その笑みは非常に穏やかなものでした。
「よかった。それなら安心です」
心底うれしそうな彼に、勇者のベリーを売らないことなんて出来ません。
ラズはすぐに契約書を用意すると、必要事項を記入しました。秤を用いて勇者のベリーと魔女のベリーの正確な重さを確認して、しかし、それもまた記入している途中で、ふと手が止まってしまいました。
何故でしょう。とても心苦しくなってしまったのです。
そんなラズの心のニオイを感じたのか、ずっとそばで見守っていたブルーがふと身を乗り出しました。ラズの隣から、ひょこっと顔を出して青い目でウルシーを見つめます。
ウルシーはそんなブルーの姿に少し驚きつつも、首から下がる安全オオカミの印に気づくと、目を細めました。
「やあ、君は安全オオカミ君なんだね」
優しげなその声に、ブルーはたずねました。
「ボクのこと、怖くない?」
すると、ウルシーは答えました。
「ええ、もちろん怖くないですよ。それに、しゃべるヒグマによく似た種族だから、子どもの頃から興味もありました。こうして間近にお話しできるのは初めてだけれどね。もしも、もっと前に会えたなら、きっと絵本の登場するキャラクターにしていたでしょうね」
ブルーはきょとんとしました。というのも、絵本というものが何なのか、よく知らなかったためです。
それでも、ラズとクランたちの会話をちゃんと聞いていたので、それがとても尊敬されるものであって、悪いことではないのだと理解できていました。
そして、ウルシーにはもう、その予定もないのだということも理解できました。だから、ブルーはウルシーに笑みを向けつつ、尻尾を垂らしました。
「そっか。残念だな。ボクね、ほんの少し前まで、〈夕やみの森〉で暮らしていて、人間の世界のことを知ったばかりなの。森ではしゃべるヒグマの友達もいたんだよ。もしも、ボクが絵本の登場人物になったら、彼らと再会できた時に自慢していただろうに」
残念そうに語る彼の姿を、ウルシーはじっと見つめていました。
その間に、ラズは心を鬼にして、契約書と同意書をひとまとめにしました。魔女のベリーと勇者のベリーの値段を領収書にまとめると、それらをとんとんと綺麗にそろえてからウルシーに差し出します。
「お待たせしました。お値段はこちらになります」
ラズの言葉に、ウルシーはあわてて視線を戻しました。
「あ、ああ、分かりました」
そして、領収書の数字を丁寧に確かめると、お財布から竜の鱗のように輝く硬貨をいくつか取り出しました。これこそが、ラズたちの暮らす国のお金です。単位は鱗で、一鱗の価値は旬のリンゴ一個分と決まっていました。この価格は、はちみつベリー一個分の価格としても定められています。
この度の勇者のベリーと魔女のベリーのお値段は二つ合わせて五百鱗にもなりましたので、私たちの身近なリンゴ一個分のお値段が頭に浮かぶならば、これらのベリーがどれだけお高いのかがお分かりになるでしょう。
それでも、ウルシーはためらうことなく、五百鱗をラズに渡して、魔女のベリーと勇者のベリーを引き取って、持参したベリー袋に入れました。間違いなく取引が終わると、ラズはウルシーに言いました。
「お買い上げ、ありがとうございます」
そして、少し迷いつつも付け加えるように言いました。
「あなたのお役に立てて光栄です……ですが、正直に言うと少し残念です。あなたの絵本がとても気に入っていた一人なので。先程も申し上げました通り、私たちは〈夕焼け村〉の出身なんです。今は亡き父もベリー売りで、あの絵本に出てきたベリー売りの青年が、まるで亡くなった父の若い頃みたいで、読むたびにとてもあたたかいものを感じていたんです。……ごめんなさい、余計なことですよね。ともかく、直接お伝えする機会があってよかったです」
ラズは少し泣きそうになるのをこらえて、ウルシーに言いました。
「素敵な物語をありがとうございました」
にこにこと笑みを浮かべながら告げるラズのことを、ウルシーはぼうっとした様子で見つめました。そして、ハッと我に返ったように身じろぎすると、息を飲みながらこくりとうなずきました。
「こちらこそ、ありがとうございます。最後にうれしい感想を聞けてよかったです」
そして、彼はそのまま、のしのしと帰っていきました。




