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1.夕やみの森の大結晶

 〈ゆりかごの都〉より西の果てに位置する地域には、〈夕焼け林道〉と〈夕やみの森〉と呼ばれる手つかずの森林が広がっています。〈夕やみの森〉にはしゃべるヒグマたちの集落があるため、〈夕焼け林道〉……すなわち、この辺りにおける〈ハニーレンガの道〉から逸れてはならないというのはベリー売りのみならず全ての旅人の常識でした。

 けれど、そんな常識を今まさに破ろうとしている少女が一人、ここにいました。

 名前はラズ。お祖母ちゃんからもらった赤いずきんの目立つ彼女こそ、この物語の主人公の一人である旅のベリー売りです。


 ここでちょっとだけベリー売りについて少し説明させてください。この国において、ベリーはとても大切な存在なので、ベリーを売買するのもちゃんとした資格が必要でした。つまりは国家資格です。ラズはその試験を、受験許可を貰えるぎりぎりの最年少で受け、一発で合格した若きベリー売りでした。合格してから一年ほどこの国を一周しながらベリー売りとして身を立て、これから二周目に入ろうという道すがら、〈夕焼け林道〉から、じっと〈夕やみの森〉を見つめていたのでした。


 〈夕やみの森〉はラズから見て東側に広がっています。暗く寂しいその森は、光が当たらないため、明かりが必須でした。

 幸いにも、ラズはベリーランタンという照明を持っていましたので、進むこと自体は可能です。それでも迷う理由はやはり、その奥に暮らすしゃべるヒグマの存在でした。

 しゃべるヒグマたちは、この国の人間たちとは全く違う価値観のもとで暮らしております。彼らの掟を破ろうものなら、粛清は免れません。

 けれど、全く話が通じないのかといえばそうではなく、たとえば、この国の中心で政を取り仕切るワタリガラスの一族という人間たちは、彼らと上手くやり取りをすることが出来ていました。


 ラズの故郷はここからすぐ近くにある小さな村です。〈夕焼け村〉というその場所には、昔から〈ゆりかごの都〉よりワタリガラスの一族の役人が最低でも一人派遣される決まりとなっていました。

 彼らの役目はしゃべるヒグマたちと良好な関係を築き、彼らが昔から大切にしている特別なベリーの大結晶を保全するというものでした。

 そう、このベリーの大結晶こそが、今のラズから常識というものを奪おうとしている魅惑の存在だったのです。


 ラズは、一言でいうならば、ベリー馬鹿です。

 頭がいいからというよりも、ベリーが好きで好きでたまらないから、最年少でベリー売りに合格することが出来たのです。

 何しろ、小さい頃からそうだったため、この森の奥にもベリーの大結晶があると知った時から、その胡桃くるみ色の目に焼き付けたいと願ってやまなかったのです。


 ──さて、どうしよう。


 溜息交じりに考えこみ、ラズは赤ずきんのマントの中をそっと触りました。

 腰のあたりに下がっているのは武器です。ベリー鉄砲というその武器は、ラズの身を守る爪や牙のようなものでした。

 水鉄砲の弾が水で、豆鉄砲の弾が豆であるように、ベリー鉄砲の弾はベリーです。さまざまな効果があるベリー弾を仕込み、引き金をひくと標的を毒で弱らせたり、煙幕を発生させたり、火を放ったり、眠らせたりすることが可能な代物。この武器さえあれば、そして、緊急時にも落ち着いて使うことさえできれば、しゃべるヒグマは怖くないはずでした。

 だけど、一年もの間、国を一周してきたラズであっても、しゃべるヒグマの存在は、やっぱり怖いものでした。


 それに加え深刻な事情もあります。ラズのお父さんのことです。

 ラズのお父さんもまたベリー売りでした。けれど、今はもうこの世にいません。ラズがまだうんと小さい頃に、しゃべるヒグマに襲われて命を落としてしまったからです。

 お父さんの記憶は少ししかありませんが、お父さんの死を悼むお母さんたちや、お父さんが命を懸けて守ったというお兄さんやお姉さんの当時の様子はよく覚えていました。

 悲しみに暮れる家族の様子を、ラズは双子の弟のクランと一緒に、ただおろおろとしながら見つめる事しか出来ませんでした。と、同時に、しゃべるヒグマは勿論、クマという存在への恐怖が植え付けられてしまっていたのです。


 もし、出会ってしまったら、自分は冷静に対処できるだろうか。

 何度も考え、やめようかと思い、それでもやはり立ち去れなかったのは、ベリーの大結晶の魅惑のせいでした。

 大結晶は神話にすら登場する特別な存在です。なにせ、その根元は地底で眠り続けているという竜の女神にまで届いているというのですから。

 そうした大結晶がこの国には東西南北に一つずつ、計四つ存在しているのですが、その輝きとエネルギーがもととなって、大地にベリーが芽生えるというのがこの地に伝わる神話でした。

 神秘的な大結晶。この奥にあるのはスピリットベアという名を持っています。しゃべるヒグマたちにとっては信仰対象でもあり、そのために生半可な気持ちで近づくことは無謀でした。


 せめて、ラズもワタリガラスの一族であれば、しゃべるヒグマたちもそこまで警戒しなかったでしょう。けれど、残念ながらラズはそうではありません。ワタリガラスの一族として認められるのは真っ黒な髪と真っ黒な目、そして白すぎず黒すぎない肌を持ったヒト族だけなのです。それ以外のヒト族は皆、コヨーテの客人と呼ばれていて、ラズもまたそちらに括られてしまいます。

 一応、ラズにもワタリガラスの一族の祖先がいて、その血も確実に入っているのですが、その末裔を名乗るには明るすぎる肌の色に、明るすぎる栗色の髪と胡桃色の目が邪魔するのです。

 ちなみに、同じ血を分けて誕生した兄ブラックは、黒い髪と黒い目、そして明るすぎず暗すぎない色の肌を持っていたので、ワタリガラスの一族として扱われます。そんな兄は、どうやらスピリットベアを見たことがあるようだと聞いていました。


 ──この先に……兄さんも行ったんだ。


 そう思うと途端に気になってしまって、足が止まってしまうのです。


 ──せっかくの機会だし。ベリー鉄砲だってあるし。


 こうして、長い思考の果てに、ラズの足は〈夕焼け林道〉から外れていってしまったのです。

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