17.ベリーロードを共に歩むために
辺りにすっかり誰もいなくなると、ブルーはしょんぼりとした様子でラズをそっと見上げました。
何が起こったか分からなかった彼も、何かとてもマズイことになってしまったということは理解できたのです。
そしてそれがラズをとても困らせてしまったことも、彼はちゃんと理解できました。
「あの……ラズ。さっそく迷惑かけてごめんなさい」
そう言って、申し訳なさそうに鼻を鳴らすブルーの姿に、ラズはハッとしてしゃがみました。
ブルーに視線を合わせると、優しい声で彼女は言いました。
「いいの。もう解決したから気にしないで。それよりも、ブルー。いったいどうしたの。森で何かあった?」
すると、ブルーはもじもじとしながら答えました。
「あ、あのね……ボク……ボク、思い出したことがあったの!」
勇気を出して彼は打ち明けました。
「安全オオカミってさっきもあのクマ族のおじさんが言っていたよね。それがあれば、ボクも……ボクも、ラズと一緒に〈ハニーレンガの道〉を歩くこともできるのかなって……」
それは少々回りくどい言い回しになってしまいましたが、同時に思い切った告白でもありました。
ブルーが何を言いたいのか、何を希望しているのか、ラズもすぐに理解しました。じわじわとその意味と喜びを理解していった彼女は、目を輝かせてブルーに対して笑顔を向けました。
「もちろん……もちろんだよ、ブルー」
ラズの明るい言葉に、ブルーもまた安心したのか目を輝かせました。犬のように段々と尻尾を振りはじめた彼は続けて言いました。
「ボク……ボクね……ひとりで森に帰ってみて気づいたの。やっぱりひとりは寂しい。離れたくなかったんだって。だから、ボク、ラズと一緒に旅をしたい。一緒にこの国を見て回りたい。ラズのお仕事を間近で見たいの。……迷惑じゃないかな?」
心配そうに付け加えるその姿に、ラズはたまらなくなって抱きつきました。
ずっと森の中で暮らしていたその体は、だいぶ野性的なニオイがしましたが、ラズは全く気になりませんでした。それだけ、ブルーの告白が嬉しかったからです。
「私もね、きっと寂しかったんだと思う」
ラズは言いました。
「一人旅には慣れたつもりだったけれど、でもやっぱり心細かったのかも。一緒に〈ベリーロード〉を歩いてくれる人が現れるのを待っていたのかもしれない」
一緒に〈ベリーロード〉を歩く人。それは、ラズたちベリー売りたちの古い言い回しでもありました。多くの場合それは、結婚相手のことをいいます。
けれど、時には家族同然の友達同士をさす場合もあります。いずれにせよ、その意味は一緒に人生を歩んでほしいという意味でもあります。同じ時代を共に生きてほしいということなのです。
つまりは人生の伴侶。最高のパートナー。お互いに、そんな存在になれたらという希望が、すでにラズの頭には浮かんでいたのです。
どっちにしろ、ラズとブルーの中では安全オオカミの印をもらいに行くことは決まっていました。けれど、そんなふたりの前に、早くも壁が立ちはだかったのです。
「オレは反対だ!」
それは、ブースで店番をしていたクランでした。
「出会ってからどれだけだって? いくらなんでも進展が早すぎる!」
「何を言っているの。ただ単に安全オオカミの印をもらうだけだよ」
ラズはあきれた様子でそう言いましたが、クランは腕を組んだまま譲りません。
「それがいけないんだ。いいかい、かわいいイヌ族の子どもみたいな顔をしているけれど、そいつは立派なオトナの男なんだろう?」
「オトナの男って。ブルーは──」
「ええい、うるさい。だいたい、不吉だ! そう、不吉すぎる! 赤ずきんにオオカミだなんて。海外のおとぎ話を忘れたとは言わせない!」
「私の赤ずきんはフランボワーズの──」
「それに、だ!」
と、クランは急に声を潜めました。
「祖母ちゃんにどう伝えるつもりなんだ。きっと心配するぞ。なんたって、こいつはしゃべるオオカミなんだから。何年も良好な関係を築いているならまだしも、出会ってまだ一日、二日しか経ってないやつと一緒に〈ベリーロード〉だなんてさ」
すると、ラズも根負けしたようにそっと小声で言い返しました。
「……だから、この町にいる間にブルーのことをよく知ろうと思うの。クランも一緒なら大丈夫でしょう? それにね、もしもブルーが悪いオオカミだったら、スピリットベアのそばで一晩に過ごしていた時に何かされているよ」
「だけど──ってちょっと待て。おい、いま、スピリットベアのもとでって言ったか? まさか、お前、ひとりで〈夕やみの森〉に入っていったのか?」
まずい。
そう思ったラズはあわてて話を切り上げました。
「とにかく、私たちはお役所に行ってくるから、もう少しだけ店番をお願いね」
「おい、待て。オレの質問に答えろ、おーい!」
クランは必死に止めようとしましたが、ラズはブルーを引き連れて、逃げるようにその場を離れていきました。
ブルーは無言でついていきましたが、ある程度、お店から離れた場所で、そっと彼女にたずねました。
「ねえ、ラズ。本当によかったの? 彼、すっごく怒っていたみたいだけれど……」
すると、ラズはふうと息を整え、ブルーに言いました。
「いいの。だって、私が考えて、私が歩む道について、クランに指図される筋合いなんてどこにもないもの」
つんとした態度の彼女を見上げながら、ブルーはそれもそうかもと納得したのでした。