15.双子のベリー売り
クランの手続きが終わると、二人はさっそくお店を出すベリー市場へ向かいました。
春分の祭りをひかえていることもあり、市場はたくさんの人が行き交っています。それに、通りの端々には春分の日にちなんだ飾りがたくさんありました。
たどりついたラズたちが最初に向かったのは、ベリー市場の隅にあるテントです。そこはベリー協会というベリー売り達が所属する委員会の事務所で、この場所でお店を出す前に最終的な手続きを行う受付でもありました。
二人がさっそくたずねてみれば、中ではちょうどクマ族の男性がコーヒーを飲んでいるところでした。来客を受けてあわててカップを置くと、彼はさっそく近づいてきます。その大きさ、その迫力に、ラズだけでなくクランもまた少々怯んでしまいました。
そうです。二人とも、内心ではクマが怖いのです。けれど、彼はクマの見た目をしていても、この世界においては人間です。決して悟られてはいけないと、二人は恐怖が表情に出ないように必死でした。
「出店許可をもらいに来ました」
ラズはそう言うと、書類を差し出しました。クランもそれに続きます。そんな二人と眺めると、クマ族の男性はニコニコしながら受け取りました。
「はい、確認させていただきますね」
その穏やかな声にほっとしつつ、ラズとクランは静かに書類確認を見守りました。
クマ族の男性は眼鏡をかけて書類の隅々をチェックすると、すぐに別の書類を引っ張り出して、ペンと一緒に持ってきました。
「では、さっそくブースを決めましょう。今開いている場所は──」
と、スムーズに事は進んでいきました。ほっとしながらラズとクランはベリー市場の地図を見せてもらい、ブース──つまり出店する場所を選びました。
ベリー市場は〈図書の町〉のちょうど真ん中あたりにあります。〈図書の町〉を南から北へ割るように伸びる〈ハニーレンガの道〉より東側の路地に入ってすぐの場所にあります。
通りの北側へ進めばラズが泊っている宿にたどり着きます。また、〈ハニーレンガの道〉を挟んで西側へ行けば、さきほど手続きをした役所もすぐです。
そんな立地ですので、何処であろうと便利なのは変わりないのですが、春分の日とあって、〈ハニーレンガの道〉に面した側はすでに満席でした。
結局、ラズたちが選べたのは南側で、うんと顔をのぞかせればベリー市場の中央広場がなんとか見える小道のような場所でした。
その片隅でせっせと出店の準備をして、ようやく準備が完了すると、二人はさっそくお客さんを待ちました。
しかし、やはり、というべきでしょうか。お客さんの数は、他の通りに比べてそう多くありません。
今のところ、大半のお客さんたちは、〈ハニーレンガの道〉に面したお店に立ち寄っているようです。そのことにラズは少しだけ不安をおぼえましたが、一方でクランはのんきに欠伸などをしながら言いました。
「まあ、ここでも悪くないさ。〈ハニーレンガの道〉の近くは混むからね。人混みを嫌った人が来る可能性は高いさ」
うんと背伸びをし、だらしない恰好で座る彼の様子に、ラズは少しだけ顔をしかめました。
ブースは決して狭くないのですが、広すぎるというわけでもありません。それに、少ないとはいえ人目もありました。
「ちょっとクラン。ここは家じゃないんだよ?」
「うるさいなぁ。妹のくせに」
──妹。
その言葉にラズはむっとしました。
さて、ここで記憶力のいい人達は疑問に思ったのではないでしょうか。そうです、クランはお兄さんではありません。ラズより後に生まれた双子の弟です。
それなのに、こうしたケンカはたびたび起こりました。小さい頃から何度も、です。
「聞き捨てならないな。先に生まれたのは私のはずなんだけど。なんなら、出生証明書を確認してみてもいいんだよ?」
そこには数分の差でラズが先に生まれたことが間違いなく記録されています。けれど、クランは鼻で笑いました。
「ふん、証明書がなんだっていうのさ。いいかい、ラズ。世界は広いんだ。世界ってのは竜の女神に愛されたこの国だけじゃない。北の〈氷橋〉の向こうの巨人に護れた国や、南の砂漠の向こうにある聖なる蛇の国だけじゃない。東にある正門の町から大型船に乗れば、違う大陸や違う国々を訪れることだってできるんだぞ」
「それが何だっていうの?」
頬杖を突きながらラズがたずねると、クランはご機嫌そうに身を乗り出しました。
「海外に行ったことがある人が言っていたんだ。世界には、後から生まれてきた双子を兄姉として扱うところがあるんだって。つまり、その価値観に照らせば──」
「はいはい。興味深い異国の文化だね。で、ここはどこの国だったっけ?」
ラズが軽くあしらうと、クランは唇を尖らせてしまいました。
こうした小競り合いは、今に始まったことではありません。記憶のある限り、ずっとラズはクランとどっちが上なのかを比べ合って育ちました。
その度に、どっちが上でもいいでしょう。双子なんだから、と、姉であるグースからはまとめて叱られたのですが、少なくともクランにとっては見過ごせない問題だったようです。
──でもまさか、この年齢になっても納得しないなんて。
ラズはあきれつつも、変わらないクランの態度に、ほんの少しだけ懐かしさを覚えたのでした。