14.図書の町にて
ブルーが決心して森を去ったちょうどその頃、ラズは〈図書の町〉の宿屋にいました。
町についたのは夕暮れ時。ちょうど春分の祭りの時期とかぶっていた為か、宿を利用する観光客が多かったようです。けれど幸いにも、無事に泊まることができました。
部屋は一人もしくは二人用で、申請があればさらにしゃべる鳥類やしゃべるネコなど、人間ではない仲間も連れ込めます。
宿屋の主人は気さくなクマ族夫婦で、去年もお世話になったのですが、一年ぶりに見る彼らの姿に、やっぱりラズは内心怯えてしまいました。
「よくないなぁ。私」
明日の準備や寝支度を整え、机に向かっていたラズは、ふとその時のことを思い出してひそかに反省しました。
「せっかくブルーのおかげで偏見は良くないって気づけたはずなのに」
そう言いながら筆をとり、向き合うのはまだ何も書かれていない便せんでした。あて先は故郷である〈夕焼け村〉に暮らすお姉さん──グースです。とりあえず、冒頭に「グース姉さんへ」とだけ書いて、ぼんやりと考え込みました。
無事に〈図書の町〉にたどり着いたこと以外に何を伝えるべきか。愛らしいクマ族の子どもたちが本を読んでいるその便せんには、たくさんの空間があります。投函する際にはきっと文字でぎっしり埋められるはずではありますが、今のところ、伝えらえることには限りがありました。
「まさか、スピリットベアを観に行ったなんて書くわけにはいかないし」
そう言ってラズはいったん筆をおくと、今度は南側に面した窓辺から、外を見つめました。見えるのは〈図書の町〉の建物と光だけです。けれど、ラズの脳裏にはそのずっと向こうにある〈夕やみの森〉と、そこでの素敵な思い出が浮かんでいました。
「今頃、ブルーはどうしているんだろう」
旅には別れがつきものです。せっかく親しくなった人達と、これまでだって何度も別れてきました。なのに、どうしてでしょう。今夜ばかりは妙に一人でいることの寂しさを実感したのです。
「故郷を発ったばかりだからってのもあるのかな」
思えば、一年前もそうでした。初めての旅に、初めての一人の夜。ラズはとてつもない不安に押しつぶされそうになったものでした。そんな時に支えになったのが、〈図書の町〉で買った小さな絵本だったのです。
今もその絵本は鞄にいれてあります。場所をとらないので、お守り代わりにもってこいなのです。ラズはさっそくその絵本を鞄から取り出して、机に置きました。
タイトルは『夕焼け村のベリー売り』です。作者であるウー・ヴァ・ウルシーという人は、この町に暮らすクマ族の男性だそうです。あたたかな文章にあたたかな挿絵。それらをパラパラと見つめながら、ラズは少しだけ心を落ち着けました。
「よし、明日から頑張らないと」
ちょうど町は春分の祭りで大賑わいです。それはつまり、ラズが店を開くことになるベリー市を訪れるお客さんも増えるということ。
普段、クマ族によく売れるのは、昨日、ブルーにも紹介した勇者のベリーとサイコベリーですが、それ以外にも春分にぴったりなベリーもちゃんと用意していました。それらを一つ一つ確認して、売り物やお金などをちゃんと確認してしまうと、ラズはようやく明日に備えて眠りにつきました。
翌日、時間通りに目を覚ますと、ラズはさっそく図書の町のお役所へと向かいました。ベリー市でお店を出すための許可証を受け取るためでした。昨日のうちに申請は済ませておいたので、受け取ったらすぐにベリー市へ向かう予定だったのですが……。
「きゃっ!」
「わっ!」
と、お役所の玄関で、ラズは入ってきた人にぶつかられそうになりました。
「すみません、お嬢さん。急いでいたもので……ってあれ?」
その声に、ラズもまたはっと顔を上げました。そこにはよく見知った顔がありました。
「クラン!」
「なぁんだ、ラズか」
「なぁんだ……じゃないでしょう! 危ないじゃない!」
そうです。そこにいたのはラズの双子の弟クランでした。
ここでクランについて、詳しく紹介しましょう。ラズと同じくお母さんのお腹に宿り、ラズよりも数分後に生まれてきた彼は、一見すると本当に双子なのかと疑ってしまうような見た目をしています。
というのも、ラズはお父さんやお母さんによく似た栗色の髪と胡桃色の目をしているのですが、クランは全く違う特徴を持っていたからです。燃えるような赤毛に、透き通るような空色の目。それが、彼の特徴でした。
どうしてそんなに違うのかといえば、秘密は二人のお祖父ちゃんやお祖母ちゃんにあります。ラズとクランの父方のお祖母ちゃんが赤毛に翡翠色の目をしていて、その特徴の一部をクランが受け継いだのです。
同じような特徴は、ラズのお姉さんのグースにもありました。彼女は輝く金髪に翡翠のような色の目をもっています。その目の色こそが、クランに赤毛のバトンを渡した赤毛のお祖母ちゃんのものでした。では、金髪はどこからきたのでしょうか。それは、彼らの母方のお祖父ちゃんにあります。母方のお祖父ちゃんが輝く金髪に空色の目を持っていたので、それらの特徴をグースとクランがそれぞれ受け継いだのです。
小さい頃、ラズはそんな話を聞いて、少しだけ嫉妬しました。
何故なら、二人の髪や目の色が、輝くベリーのようで綺麗だと思ったからです。けれど、そんな嫉妬もいつしか薄れていきました。というのも、クランから言われたからです。
──ラズはいいよな、父さんや母さんに一番似ていてさ。
この一言で、結局のところ、ないものねだりだったんだとラズは納得し、コンプレックスもなくなったのです。ある意味で、このお調子者の弟クランのおかげでした。
「まあ、いいじゃない。ぶつからなかったんだし。それより、そりゃ許可証だね。ちょうどいいや。オレもしばらくここに滞在するんだ。今なら一緒のブースに出来そうだな。さっそく行ってくるから、ちょっと待ってて!」
「あ、ちょっと!」
勝手に決めちゃって、と、文句を言いたいところでしたが、時すでに遅し。クランはすでに受付にいました。ため息が漏れるラズでしたが、実のところ、少しだけホッとしていました。なんだかんだ言ってもクランは双子の片割れ。ケンカもしたけれど、楽しい思い出も共有した彼は憎むに憎めない存在なのです。久々に顔を見て、元気そうにしている。その再会が嬉しくもあったのです。
──しばらく、退屈しなさそうだな。
ラズは心の中でつぶやきました。