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11.ラズが旅をする理由

 ラズには双子の弟であるクランの他に、お姉さんと、それにお兄さんもいることはもう話しましたね。みんな、ベリー売りの資格を持っているのですが、ラズのお姉さんのグースは故郷である〈夕焼け村〉に留まることを望みました。理由は、病気がちのお母さんとその看病をするお祖母さんのことがとても心配だったからです。

 お父さんがいなくなってからは、この二人が主に家を守ってきました。そんな二人をそばで手伝いたいと、グースは村に留まって、村の人達を相手にベリー売りをしているのです。そんなお姉さんのおかげで安心して村を離れることが出来ていたのが妹のラズと弟のクラン、そして、長子であるお兄さんのブラックでした。


「私の兄さんはワタリガラスの一族なの。兄弟で唯一のワタリガラス。お父さんもお母さんも私たちと同じなんだけど、お祖母ちゃんがワタリガラスの一族だから、その血が濃く出たんだって。そのために、大人に近づくにつれて、ワタリガラスの一族として、お役人の仕事を任されるようになった。だけど、ちょっと心配なの。だって、兄さん、家を出る時に妙なことを言っていて、しかも以来、ずっと戻ってこないのだもの」

「妙なことって?」

「『父さんを死なせた元凶を消し去って見せる』……姉さんにそう言ったんだって」

「父さん……死なせた……」


 そこで、ラズはブルーに語ったのです。ラズのお父さんの身に起きたことを。

 その話を聞いて、ブルーはどんどん悲しそうな顔になっていきました。両耳を倒し、尻尾をゆらすのをやめて、じっと地面を見つめます。

 そして、ラズが語り終えると、すっかりしょんぼりした様子で言いました。


「そっか。しゃべるヒグマに、ラズのお父さんが……」

「小さい頃の怖い出来事だから、今でも正直、クマは怖いの。あまり大きな声では言えないけれど、クマ族にだってドキドキしちゃうときがある。もちろん、よくないことだから、ぐっと我慢するんだけどね」

「でも、やっと理解できた。小道を歩いていたラズが、どうしてあんなに不安そうだったのか。脅かしちゃって、ごめんね」

「ううん、いいの。こちらこそ、脅かしてごめん」


 謝り合って、そっと触れ合うと、ブルーは少しだけ元気を取り戻しました。

 そこで、ふと疑問が頭に浮かび、改めてラズに問いかけたのでした。


「ところで、元凶ってなんだろう。消し去る?」

「それがぜんぜん分からないの。兄さんが何を伝えたかったのか。聞きたいところだけれど、あれからずっと兄さんは村に戻ってきていない。きっとワタリガラスの一族のお仕事が大変なんだろうって母さんやお祖母ちゃんは言うんだけど、手紙一つよこしてこないから、弟のクランなんかは長男のくせに無責任だってカンカンで……」

「そっか。お祖母ちゃんも分からないの? 村には他にもワタリガラスの一族の人がいたはずだよね」


 ブルーの言葉に、ラズはうなずきました。


「お祖母ちゃんは分からないって。お祖母ちゃん自身も気になって、それとなくワタリガラスの一族たちに聞いてみたんですって。私も聞いたことがあるの。たぶん、ブルーも知っている、いつもは村にいるワタリガラスのお兄さんにね。だけど、答えらしきものは見つからなかった。兄さんが何を睨んでいるのか。何を消し去ろうとしているのか。何も見えてこないの」


 ラズはお兄さんの事を心配していました。真実を知りたいというよりも、お兄さんがずっと何かに苦しんでいるのではないかと。それはきっとお父さんが死んでしまったあの事件と関係しているだろうと思い、放っておけなかったのです。


「だから、せめて兄さんの足取りをたどってみたいって思ったの。兄さんも今、〈ハニーレンガの道〉を一周しているみたいで、行く先々でちょっとずつ話を聞ける機会がある。旅を続けているのは、色んな世界を見て回りたいっていうのもあるけれど、私にとってはこっちが一番の理由なんだ。弟のクランはあまりよく思っていないみたいだけれどね」


 微笑みながらそう語るラズを、ブルーは静かに見上げました。その目はスピリットベアの輝きを見つめていますが、本当はもっと遠く、もっと離れた世界へと向いているようにブルーの目には映りました。


「そっか」


 ──それじゃあ、ここに留まるなんて選択肢はないんだ。


 そのがっかりした気持ちを、ブルーはひっそりと心の奥へとしまい込みました。

 代わりにラズへと向けたのは、オオカミなりの微笑みでした。


「じゃあ、明日には〈図書の町〉に行かなきゃいけないんだね。ねえ、せっかくだし、森の外まで見送ってもいい? 〈ハニーレンガの道〉までは危険だし、その後もちょっとだけ一緒に林を歩いてみたいんだ」

「勿論。ブルーが一緒にいてくれると心強いもの。〈夕焼け林道〉と〈たそがれ街道〉の境までお願いできる?」


 ラズが笑いかけると、ブルーは元気よく頷きました。


「分かった!」


 ふたりで一緒に笑っていると、ブルーも少しだけお別れの寂しさが誤魔化せました。

 明日も、明後日も、ここに居て欲しい。そんな言葉が何度もでかかってしまいそうでしたが、ぐっと我慢できたのは、今はまだ一緒に過ごせる夜の最中だったからなのでしょう。


「ねえ、お兄さんに会えたらなんて言うの?」

「そうだね。数日前はちょうど、お母さんの誕生日だったの。今会えたら、『家族の誕生日くらいはせめて手紙が欲しい』って言いたいかも」

「なるほど」


 ブルーは軽く相づちを打ちつつ、ふと、自分もまた長く〈氷橋〉に戻っていないことを思い出しました。いつかは里帰りをしてみてもいいかもしれない。そんな事を考えたのでした。

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