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10.若いオオカミが旅立った理由

 それは、ブルーがまだおとなになりかけの頃、〈氷橋〉の〈サンダーバードの玉座〉の近くでのことでした。

 雪山のガイドをつとめていたダイアオオカミの一族と共に、コヨーテの客人からなる参拝者たちが観光にきたのです。

 彼らを初めて間近で目にしたブルーは興味津々でした。寒さを徹底的に防ぐその恰好はもちろんですが、食べているもの、持っているもの、すべてが摩訶不思議な代物だったのです。


「あれ以来、すっごく興味があって……だけど、二本足の人達の大半はボクたちを怖がっちゃうし、無理に近づくとベリー鉄砲で撃たれちゃうから危険だって兄さんや姉さんにも厳しく言われていて……」

「そうだね。オオカミ族とは違って、ただその姿を遠目で見ただけで撃ってしまう人も中にはいるかも」


 実のところ、ラズだってしゃべるオオカミの事は警戒してしまいます。しゃべるヒグマ同様、彼らの一部は人間たちと対立しているのですから。


「きっと盗賊オオカミたちのせいなんだ」


 ブルーは言いました。


「ボクのお父さんお母さんは、盗賊オオカミたちとも対立していたんだよ。放っておくとサンダーバードにお参りするひとたちを襲ったりするから、ボクたちまで危ないオオカミだと思われてしまうって」

「そっか。それで、ブルーの家族は困っていたのね」

「うん。だから、ボクが故郷を離れて二本足の人達の世界を見てみたいって言った時はすごく心配されちゃったんだ。それで何度も、何度も、話し合って、最終的に、二本足の人達の世界にこだわらず、この大地をもっと広い視野で見てきてご覧って言われたんだ。ボクもその目標にわくわくしちゃって、それで元気よく旅立ったわけなんだけどね、たどり着いたこの森が妙に居心地がよくって。結局、居ついちゃったんだよね」


 照れくさそうにブルーは尻尾を振りました。

 そんな彼に釣られて笑いながら、ラズはスピリットベアの輝きを眺めました。


「きっと、スピリットベアの雰囲気が、サンダーバードのそれに似ていたんだろうね」


 ラズがそう言うと、ブルーもまたスピリットベアを眺めながら頷きました。


「そうかも。この輝きを見ていると、小さい頃にお母さんから色んな話を聞かされた時の事を思い出すんだ。ボクたちのご先祖さまが語り継いできたお話なんだけどね」

「さっきお話してくれたのも、お母さんから聞いたお話なんだね」

「そうだよ。お母さんもお祖母ちゃんから聞いたんだって。お祖母ちゃんもきっとそうなんだと思う。ボクたちはみんな、ご先祖さまとこの世界の話を小さい頃にたくさん聞かされるんだ。それこそ、ボクたち自身が語れるようになるまでね。だから、こうしてひとりぼっちになっても誰かにお話できるんだ」

「すごい。もしかして、ブルーは語り部に向いているのかな? とても分かりやすかったし、話している間、目がとてもキラキラしていたもの」

「そうだった? ちょっと恥ずかしいな。でも、うん。そうかも。故郷に戻ろうとはまだ思えないんだけど、でも、ひとりぼっちだからかな。時々、すっごく寂しくなるんだ。だけどそんな時、小さい頃に聞いたお話を思い出していると気がまぎれるんだ。……それに、ヒグマの友達とかが興味をもってくれるし。ここによく来るワタリガラスの一族のお兄さんとか、ブルーって名前を考えてくれたカラスの友達とかとも、よくお話するんだよ。みんな楽しく聞いてくれる」

「へえ、いろんな友達がいるんだ。この森での暮らしは楽しい?」


 ラズがたずねると、ブルーは目を輝かせながら答えました。


「うん、とっても! なにせ、広い視野で世界を見るつもりが、ここで暮らしてだいぶ経つもの。ねえ、ラズも気に入ったでしょ? 綺麗なスピリットベアもいつだって見られるし、ベリーもたくさん生えてくる。ここならラズの故郷からも、クマ族たちの大きな町からも、そんなに離れていないもの。ボクの友達って言ったら、きっとしゃべるヒグマたちだってきっと、悪いようにはしないと思うし、だから──」


 と、やや興奮気味に語っていたブルーでしたが、ふと我に返り、言葉をにごしました。

 両耳がぴたりと倒れ、ため息がもれます。どうしたのでしょう。ラズが明日にはこの森を去るのだと思うと、急に寂しい気持ちになってしまったのです。


「だからさ、その……」


 言いかけて、その先がどうしても言えず、代わりにブルーはラズの顔をそっと見上げ、静かに問いかけました。


「ねえ、ラズも旅をしているんだよね? どうして旅をしているの? ベリー売りって旅をしなくちゃいけないものなの?」

「ううん、そんなことはないよ。一定の場所に留まるベリー売りだっているもの。それこそ、こういう場所にひっそりと小屋を建てて暮らしている人なんかもいるみたい」

「ラズは……そういう生活は興味ない?」

「そうだねえ。やってみたら楽しいだろうし、癒されるだろうなって思わないわけじゃないけれど。でも、もう少しだけこの国を回りたいかも」

「どうして?」


 ブルーがそっと問いかけると、ラズは微笑みつつ、どこか憂うつな眼差しでスピリットベアを眺めました。


「……兄さんの気持ちが知りたくて」


 その横顔を、ブルーは不思議そうに見つめました。

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