9.勇者と魔女のベリー
鍋や食器が綺麗になった後、ラズはベリーランタンの明かりを頼りに手持ちのベリーの整理をしはじめました。
丁寧にならべられる色とりどりのベリーを、ブルーは興味深く眺めていました。
そんな彼の愛らしい姿に微笑みつつ、ラズは各種ベリーの数を数えると、その一部はもとの袋へ、そして一部は違う袋へ入れ直しました。
「どうして違う袋にいれるの?」
ブルーがさっそく問いかけると、ラズはおだやかな口調で答えました。
「〈図書の町〉で売るベリーと売らないベリーを仕分けているの」
「仕分け?」
「そう。ここを出たらすぐに〈図書の町〉に向かうからね。明後日にはたぶんお店を開くことになるから、すぐに売れるものを確認しておくの」
「へえ。じゃあ、この二つが〈図書の町〉で売れるベリーってこと?」
ブルーが鼻先でしめしたのは、真っ青に輝くサファイアのようなベリーと、真っ赤に輝くルビーのようなベリーでした。
「ボクね、こっちのベリーは知っているよ。香りも間違いないね。勇者のベリーでしょ?」
そう言ってブルーは赤い方をさしました。
「うん、その通り。そっか。ブルーたちも勇者のベリーっていうんだね。勇者のベリーは〈図書の町〉ではよく売れるんだ。あそこは住民の半数以上がクマ族だからね。クマ族はたくましい体をしているでしょう? だから、軍人さんとか警察官とか大工さんとか……とにかく肉体労働をする人が多くって、それで、この勇者のベリーが人気なの。勇者のベリーを食べると、筋肉もりもりの体になれるからね」
「知っているよ。ボクたちの一族でも有名だもの。……だけど、大丈夫なの? これって確か、ボクたちの言い伝えだと命を削って荒ぶる神さまの力を借りるっていうやつだったはずなんだけど」
ブルーの疑問に対して、ラズは落ち着いた様子で頷きました。
「そっか。ブルーたちはそう教わってきたんだね。うん。確かにこのベリーはちょっと危ない点もあるの。命を削る、か。その通りかもしれないね。心臓に負担がかかるっていうことで健康上の心配が強いから、誓約書に署名した人にしか売れない決まりなの。でも、それだけじゃダメだ。もっと規制した方がいいって声もあって、取り扱いについては首都で開催されるワタリガラス議会でも毎年のように議論されているんだよ」
それでも、勇者のベリーは欲しがる人の絶えない代物でした。かつて、平和とは程遠かった時代においてはありがたい薬でもありましたし、命を削ってまで超人になりたがる人は平和な時代にだってたくさんいるのです。
「ふうん、色々と大変なんだね二本足の人達って」
ブルーはそう言うと、ちらりともう一つの方のベリーを見つめました。
「で、こっちのよく似た香りのベリーは?」
目を向けるのは、サファイアのようなベリーです。
「これはサイコベリーっていうの」
「サイコ?」
「そう。一時的に精神力を限界まで高めることができるベリーだよ」
「精神力を……って具体的にどうなっちゃうの?」
「そうだねえ。勇者のベリーが肉体改造だとすると、こっちは精神改造かな。その昔、ワタリガラスの一族はこのベリーを魔女のベリーって呼んだそうなの。勇者に対する魔女なんだけど、魔女とは少し違うかもってなったらしくて、最近はもっぱらサイコベリーって呼ばれているの」
「なるほど、魔女のベリー。それなら聞いたことがあるよ。……でも、これもちょっと危険なものじゃなかったっけ。たしかボクたちの言い伝えだと、不思議な力に恵まれるのだけれど、頼り過ぎると目に見えない妖精に心をもっていかれちゃうって言われていたよ」
「妖精か。うん、確かにそのたとえは合っているかも。このベリーも危険なの。使い過ぎると精神を病んでしまうって言われている。だから、サイコベリーも誓約書にサインした人だけが買えるの。図書の町では種族を問わず作家さんも多いから、サイコベリーを欲しがる人が多いんだよ。これを食べるとビックリするぐらい物事に集中できるから。研究者なんかも欲しがる人がいるんだよね」
「そうなんだ……危険なベリーなのに頼らざるを得ないなんて、二本足の人達ってやっぱり思っているよりも大変なんだね」
しみじみと同情するブルーに、ラズは苦笑を浮かべました。
「確かにそうかもね。こっちはこっちでみんな必死なのかも」
「で、ラズはそんな皆にベリーを運ぶのがお仕事なんだっけ?」
「うん。私はベリー売りだからね。ちょうど一年ちょっとかけて、この国を一周してきたところなんだよ。〈ハニーレンガの道〉をたどってね」
「へえ……」
ブルーはどこか恍惚な表情で言いました。というのも、彼は彼で少し興味があったのです。まだ見たことのない景色について。
「旅に興味があるの?」
ラズはそんなブルーに対し、ふと気になってたずねました。
「そういえば……ブルーは〈氷橋〉からこっちに来たんだったっけ。どうしてここへ?」
「えっと、それはね。ボク、群れの跡取りとかじゃなかったし、弟や妹の子守りもいいけれど、もっと広い世界を見てみたくなっちゃったからなの」
もじもじとしながらブルーは語りました。