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プロメテウス

作者: 進村 博

「プラネタリウムはいかがですか?美しい星空と、そのはる彼方かなたの星々がりなす物語。さらに、このプロメテウスでは、みなさまの”もしも”の世界をご体感いただけます」




 須藤すどうれんたち銀河の森天体研究所のスタッフは、研究所からネット販売するプラネタリウムサービス「プロメテウス」の、公開前の最終確認会を行っていた。


「今どきの人工音声はなかなか自然にしゃべるもんだな」


 所長を初めとした幹部の面々も、アイマスクのようなVRゴーグルをつけたまま技術的にも企画的にも的外れな賞賛(さんしょう)を須藤たち三人の開発メンバに送り、確認会の後に正式に一般公開の許可が降りたのだった――




 西暦2122年、月面資源の商用利用が本格的に始まった頃、当時学生で研究者志望だった須藤は、天文学分野も今後は方々《ほうぼう》から資金が入り、この分野で研究者になれば楽しい研究生活を送ることができるようになると考えていた。そうしてこの銀河の森天文研究所に就職したが、現実には世間せけんの宇宙開発への注目が皮肉にも天文学分野への注目度を下げてしまっていたのだった。


 宇宙が身近なこの時代では、どんなに技術が発展しても現実的な時間と経済性の範囲で往来できるのはせいぜい火星くらいまでであるということが世間の常識と()てしまっている。一方、SFに登場するようなワープや亜光速(あこうそく)移動は技術的にほぼ不可能であり、一時期流行(はや)った太陽系外への到達を歌う企業や研究者は、いまや投資目的の詐欺集団という認識が浸透している。


 こうした背景から、去年須藤が研究所内の企画募集に提出した『大規模宇宙物理シミュレーションによる未来予測』という研究テーマには、残念ながら予算が付かなかったのだ。太陽系外に関する事への関心が弱まるにつれ年々予算が減っていくこの天文研究所では、須藤の壮大な企画書に記載された計算リソースの見積もりを到底まかなうことはできなかった。


 ただそんなことは社会人経験も四年に差し掛かろうかという須藤もわかりきっており、セットで提案したのがVRプラネタリウムソフトウェア「プロメテウス」の外販計画だった。


 一年間、須藤と、その思いに同調した相澤、米田の三人がほぼ研究そっちのけで開発したプロメテウスは、今では誰もが日常的に身に着けているVRゴーグルやARグラスにプラネタリウムを投影して鑑賞するものだ。それだけでは既存のプラネタリウムソフトと大きな違いはないが、最大の特徴は天文研究所の専門家たちが監修している最新理論に基づいた宇宙物理学を内包(ないほう)していることで、ユーザーの要望に合わせて、「木星が恒星化していたら?」とか、「月が無かったら?」などのような自由なシミュレーションが、それなりの学術的根拠を持って実施可能である。これが世間に受けるのか、開発メンバ以外はかなり懐疑かいぎ的だったが、本人たちの熱意と、最悪失敗してもほとんど予算消費のない内容だったので消極的に承認されたのだった。




 「一年間お疲れ様!プロメテウスの成功を祈って乾杯!」


 プロメテウスが公開された夜、須藤たち三人は、ささやかな打ち上げを行っていた。


 「三人でも完成しちゃったなぁ、俺こういうゲーム作るみたいな事やってみたかったんすよ!」


 後輩の相澤あいざわだ。天文学の研究所に新人はそう多くなく、歳は須藤から四つほど離れている上に、そのあとの後輩はまだいない。プロメテウス開発において、彼は学術的なところよりもインターフェースや演出、更にはナレーションAIの調整などの領域で大活躍だった。ビッグバンや超新星爆発に爆発音と派手なエフェクトをつけたのも彼だ。


「須藤くんも相澤くんもお疲れさんやったなあ。でも二人ともこれからが本番やで、しっかり広報せなあかん」


こちらは総務そうむ米田よねだだ。暇な研究所勤務のOLとして働く(かたわ)ら、広報やらデータ分析やらを転職に向けて勉強しており、それらの実践学習が目的でプロメテウス開発に参加している。


「ほんまにたのむで~?どんだけ頑張って作ったっちゅうてもウリのリアリティが伝わらんかったら意味ないから」


「わかってますよ、明日から簡単な理論説明と、それをシミュレーションする動画を作るつもりです。編集は相澤がやりますよ」


「え、そうなんすか?まあできますけど」


「ええと思うで。ほんまは真面目まじめなの以外にもなんか面白いのも作ってほしいけど」


「それなら俺も作りたいっす。ナレーションの『ぷろみーちゃん』、結構自信あるんすよ。学生時代やってた人気声優の特徴量抽出(ちゅうしゅつ)の成果が反映されてて、理論上最強にかわいい声ですが、好みに合わせて調整も可能なんす!」


 『ぷろみーちゃん』とはプロメテウスに実装されているナレーション役のキャラクターだ。須藤はこの話に耳タコでなんとも思わなかったが、開発自体にはあまり関わっていなかった米田は初耳だった。


「それ、取っ掛かりにはええと思うわ、SNSとかはうちが準備しとるから、真面目路線と相澤くん路線でどっちもあげていこか」


「おぉ!ついに仕事で声優トークができる時が来たんすねぇ!」


「ついでに超新星爆発の爆音についても解説つくれよ、宇宙じゃ音は伝わらないからな」




 プロメテウスは、そのボリュームの割にかなり低価格に設定されている。代わりにユーザ端末の余剰よじょうの計算リソースを一部研究所側に提供してもらう仕組みで、プロメテウスの売上数が直接的に須藤の研究テーマに使える計算資源となり、その成否せいひに直結する。


 公開後、格安高機能のプラネタリウム兼宇宙シミュレータとして天文系に興味のある層の目に止まりそれなりの売上と評価を得た。もっとも、米田の読み通りそんな層だけではまだ数が不十分で、やはり一般層にうったえかけられる宣伝材料が必要だった。須藤も相澤もそれぞれの路線の動画作成に打ち込んだが、結局相澤の音声AIとその解説が注目を集め、プロメテウスは一部の界隈で高性能音声生成器としても評価されるに至った。


 須藤はこの結果に納得できていなかったが、相澤米田の両名から「エンタメ要素は大事だ」と言われてしまい、うなずかざるを得なかった。とはいえまだ十分なリソースと収益が得られたわけではなく、米田も「ぷろみーちゃんが響くのもまだ小さい範囲やなあ、須藤くんもエンタメっぽい宣伝作ってみたら?相澤くんとは違う層を獲得せんと」と須藤に依頼した。


 とはいえ、エンタメと言われても何も思いつかない。そんな日の帰宅後、須藤はプロメテウス開発で多忙になって以来すっかり放置していた自分の本棚(と言ってもARグラス越しの仮想のもの)を見た。自分がたしなんでいるエンタメなんて、この本棚にある古いSFの本や映画くらいだ。須藤が天文学をこころざすきっかけでもあるそれらを眺めているうちに、あるアイディアが浮かんだ。




 次の日から須藤が組みだしたプロメテウス上の星系モデルは、手作業で作るにはかなりの規模だった。何十もの名前付きの架空の天体に気候や植生しょくくせいを設定し、細かいパラメータはAIに推定させ、プロメテウスの物理シミュレーション上で成立する天体配置を計算させる。席を並べている相澤は不思議そうな顔をしてのぞき込んでくるが、こればっかりは出来上がってのお楽しみだ。


「できたぞ相澤、これが物理的に正しいスター・ウォーズだ!」


「あっ!なるほど、SFの宇宙を検証してみたんすね」


 往年(おうねん)の超大作は、さすがに相澤にも名が知れていた。人類が宇宙進出を果たしつつある昨今、こういった過去の名作SFに現代の考証こうしょうを加えてリメイクすることが流行っており、100年以上昔の作品でも認知されているものは多い。


「そういうことだ。例えばこの衛星は重力加速度から星の質量を推定すると、離心率りしんりつがどれだけにせよ衛星軌道がやたらと大きくなる。そうすると恒星との距離と植生の関係が明らかに不自然だから、この2つの距離が保たれるように、惑星や衛星そのものの自転や公転の周期がきまる。こんな感じの最適化をやれば、作中でワープできないはずの宙域ちゅういきで移動がやたら早かったりとかおかしなところが出てくるんだよ」


「須藤さん、スター・ウォーズなんて100年以上前っすよ。まだ映画撮影で月に行ったりできなかった時代のものに、重力加速度なんて持ち出すのは野暮やぼっすねえ~」


 そう言いながら、相澤は笑いをこらえつつ架空の宇宙に見入っているようだ。


「よし相澤、他にも面白いところ探すから、これに『ぷろみーちゃん』の解説をつけるの手伝ってくれ」




 できたものを米田に送ったところ、「これええなあ、私もこういうの好きやわ」というコメントと、すぐにSNSにアップロードされた通知が来た。数時間後には、須藤の端末にも「スター・ウォーズの世界を再現する猛者現る!」などとキャッチーなタイトルのニュースが飛び込んできて、すぐに注目を集めていることがわかった。


「お、うまく行ってそうだな相澤!」


「明日からもっといろいろなSFでやりましょう!」


 その後何作かのモデルを作り、プロメテウス上で鑑賞できるようにして投稿した。さらにそれらが呼び水(よびみず)となり一般ユーザーからも様々なSF検証が生まれるようになった。さらにプロメテウスを新作の小説や映画の考証に使っている、という作家や脚本家まで現れはじめ、プロメテウスの大ヒットとともに須藤の『大規模宇宙物理シミュレーションによる未来予測』に十分なだけの計算リソースと収益がひと月の間に集まったのだった。




 プロメテウスが当初目標を達成してしばらく後、年度が変わった頃に米田は「ありがとうな〜。機会があったらまた『ぷろみーちゃん』みたいなの作って一緒に起業しようや〜」という言葉を二人に残してコンサル会社に転職していった。天文研究所も少し静かになり、須藤たちもプロメテウスで得たものを原資に、改めて研究活動に戻っていった。


「よし相澤、改めてプロメテウスの目的を説明するぞ」


 研究成果がまだ出ていないにもかかわらず、プロメテウスの予算面の貢献が評価され須藤は課長に昇進し、正式に相澤を部下とすることになった。


「大規模宇宙物理シミュレーションによる未来予測、でしたっけ。でもなんかこれ、プロメテウスがちゃんと動いてたら完成してるんじゃないんですか?」


「それは違う、シミュレーションの根幹こんかんは確かに同じだが、我々はちゃんと研究を行うんだから結果と実測との比較を――」


「須藤さん、そんなことよりこっちにもプロメテウスみたいな名前をつけましょうよ、いつまでもそんな長いタイトルで呼ぶわけにはいかないですよね」


「ま、まあそうだな……プロメテウスも相澤の提案だったよな。今回もなにかあるのか?」


「当然考えてますよ。クロノスとかどうっすかね。同じギリシャ神話の、時間の神です」


 そうして、『大規模宇宙物理シミュレーションによる未来予測』の研究に用いるシミュレータシステムは『クロノス』と呼ばれることになった。須藤としては少し大仰おおぎょうすぎると思わなくもなかったが、たしかに名前は必要だ。


 このあと相澤に説明したクロノスの概要はこうだ。天体の動きを物理的にシミュレーションするという点ではプロメテウスと同じだが、クロノスは研究用途であるために正確性を担保する必要がある。そのために過去世界各地の天文台で得られた観測結果を包括ほうかつ的に取り入れ、それらが矛盾しないための分解能と規模、さらに各種パラメータ調整を要する。また新たに公開される各天文台の最新データと比較し続けることでこれらを修正し続け、予測精度を高めていく。また従来にない規模のシミュレーションによって、局所きょくしょ的ではない、地球を中心とした包括的な宇宙の未来を予測可能とする。価値ある発見を得るために必要な規模感はまだはっきりわからないところもあるが、一応従来の研究発表のいずれよりも高い分解能で、かつ半径百億光年を超える範囲広い規模となることを必要条件としていて、プロメテウスを通じて集める計算リソースの目標の根拠としていた。


 それからしばらく、須藤と相澤の二人はプロメテウスをベースとしたクロノスの実装を進めていった。とはいえ、キモ(・・)となる物理エンジンなどはプロメテウスの時点でほぼ完成しており、今後得られる新しい観測分を反映フィードバックさせるシステムを成立させるための周辺機能の実装などが残っている程度だ。実装にAIの支援を潤沢じゅんたくに受けられる現在では、これらの作業は動作チェック(デバッグ)まで含めてそこまで日数のかかるものではなかった。そしてついにクロノスのシステムの全体が完成し、プロメテウスの助けを借りて完全稼働状態に移行する。




 クロノスの稼働は、意外なほど順調なものだった。日々公開されていく各天文台の観測結果との矛盾に大きなものはなく、どれも小規模なパラメータ調整(フィードバック)で解消できていた。このまま進めば高い精度の予測とそれに伴う成果によって学術的に高く評価されるだろう。実際その後に執筆された須藤と相澤のクロノスを中心とした『大規模宇宙物理シミュレーションによる未来予測』についての初稿は見事にガンマ線やニュートリノの飛来ひらいを予測・的中させ、論文賞を受賞し、所長のすすめで投稿したあのNature誌でも掲載された。


 そうしてクロノスの稼働開始から五年が経過した頃、副所長となった須藤の部屋に相澤がやってきた。


「須藤さんお久しぶりです。いきなりですみません、相談なんですが。最近いくつかの天文台でシリウスBが見つからなくなったって話はご存知ですか?」


 シリウスBとは、シリウスという一等星の傍にある八等星の伴星ばんせいのことだ。須藤はそのニュースを知らなかったが、天体が見えなくなる事自体は昔から一般的によくあることで、相澤がそんな程度のことでわざわざ相談に来るとは思えない。


「久しぶり。聞いてないけど、それで?」


「それが、観測できなくなった理由がわからないんすよ。私もデータを確認したんですが、ガンマ線とかは検出されてないので超新星爆発じゃありません。そもそも白色矮星わいせいなので安定しているはずです。一方で宇宙塵うちゅうじんとか他の星に隠れた、という説は、そういう(おお)い隠すものが観測できてないので違いそうです」


 須藤にも状況が理解できた。そしてこれが仮にクロノスで原因を予測できれば大きな成果になりそうだ、という考えも浮かぶ。相澤は続ける。


「当然クロノス上で検討してみましたが、まともな再現はできていません。観測結果もクロノスも、ほんとに突然パッと星がなくなったというのが一番しっくりきます」


「うーむ……考えにくいけどクロノスに入っていない未確認のブラックホールがあるとか、機器トラブルの可能性とかはないか?データ公開が遅い天文台もあるし、同じ方向を最近観測していない天文台に依頼を出して比較を増やしてみるくらいしかないんじゃないか」


「そうっすね……クロノスはこのシリウスBがある場合とない場合どちらもシミュレーションを並行させておきます」




 それから何日経っても件の消失した天体は再観測されなかった。一方、半年後にはまた一つ別の天体が見えなくなり、また別の場所で新たな天体が観測されるようになった。当初は学術界を除き世間に注目される事件とはならなかったものの、その後さらに五年をかけて消失と出現の件数は徐々に増えていった。そしてついにしっかり肉眼でも見えるはくちょう座のデネブが見えなくなり、いよいよ世間もこの天体消失出現事象を無視できなくなった。宇宙の終焉しゅうえんだとか、宇宙人の天体破壊だとか、様々な憶測が飛び交う事となった。須藤と相澤も、彼らの部下も含めこの問題について数年にわたりクロノスでの検証を続けていたが、決定的な推論を出せずにいた。


 一方で、登場から十年が経ちすっかり売上の伸び悩んでいたプロメテウスも改めて注目を集めていた。小規模とはいえ様々な仮説検証が実施できるプロメテウスはまさにうってつけで、多くの検証結果がネットにあふれかえることになった。


 銀河の森研究所の一同も、プロメテウスを使って制作された荒唐無稽こうとうむけいなシミュレーションの中にこの天体消失出現事象を説明できる発見はないかとそれらを(あさ)る事が増えていった。ただやはり非専門家によるものなので、筋の良いものはなかなか見つからない。




「どうにも何もわかりませんね、私がこの前見つけたのは人工衛星が増えすぎて見えなくなる、というやつでしたよ。どんだけ大きな人工衛星なんだっていう」


 これは相澤の愚痴だ。久々に須藤と二人で飲みに来て、そんな話をしていた。


「今どき望遠鏡もほとんど人工衛星なんだからそもそも他の人工衛星が写り込まないはずないのにな。俺の方でもめぼしいものは報告を上げてもらうようにしているけど、似たり寄ったりだな」


「私の中で一番ありえると思ってるのはアレです、宇宙船団がワープするってやつ。例えば宇宙船団がワープに使うエネルギーを確保するために恒星の核エネルギーを吸い尽くしているとしたら、どうです?」


 それなりに飲んでいるとはいえ相澤が本気で言っているわけではないだろう。だが、こんなことも話題になるくらい従来の物理学とは一線をかくす現象なのだ。


「どうってお前……ワープに太陽みたいな星を丸ごと消費するほどエネルギーが必要か?宇宙船の内に恒星を使った核融合炉でもあるのかもな」


 つい須藤も空想科学めいた妄想を続けてしまう。


「すると、奴らがいつ太陽系に来るかが問題だ。星の光を吸い尽くしてしまうような連中なんだから、放っておけば太陽を没収されて人類は絶滅するだろうな。ワープが使える相手に通常の武力は通用しないだろうから、俺達人類もヤマトみたいなのを準備できる年月が必要じゃないか」


 ここでのヤマトとは、宇宙戦艦ヤマトのことだ。スター・ウォーズ同様、このような作品も人気は衰えていない。


「ファーストコンタクト時期の推定ですかぁ……それはプロメテウスでは手が余りますね、多分リソースが足らないでしょう。どうっすか、クロノスで宇宙船団のワープ移動の法則性とか見つけられないっすかね」


「それいいな!どうせ最近は結果がくつがえされてばっかりだし、ちょっとくらい通常業務のシミュレーションは止めて、そっちやるか!」


「え、そんなことしていいんすか?!」


「何だお前、言い出したのは相澤だろ。俺の副所長権限があれば書類上は問題ないし、そういうところからなんか見つかるかもしれないだろ」




 次の日、相澤は存在するのかもわからない宇宙船団のワープの法則性を導き出す仕事に取り掛かった。昨日はなんらかモデルを作ってシミュレーションにかける、くらいに考えていなかったが、これはつまりまだ存在するかもわからないワープ現象の物理モデルの仮想構築を意味する。そのために、まずは消えた天体や周囲にあると考えられる惑星の質量や構成、次の天体消滅座標、そして光速を考慮した事象の発生時期などをまとめ、自分なりに仮説立ててプロメテウス上で検証を繰り返した。


 昼食後、相澤は須藤の部屋を訪ねた。


「昨日の件、ざっとまとめました。星が消えた順番にワープを繰り返したとすると経路がブラウン運動みたいになり、あまり合理的とは思えない感じになります。また恒星をエネルギー源としているからにはワープでもエネルギー保存の法則が成り立ち、距離とか周りの星の重力や運動エネルギーなどによるエネルギー準位の差と恒星のエネルギー量に相関があるかもと思いましたが、これもなしです。あと新しい星もデータはまとめてますが、宇宙船だと説明つかないっすよね」


「新しい星は確かに説明がつかないな……まあそう安々わかるものじゃないよな。他に、変化のあった星の共通点とかは見つかってないのか」


「それがさっきのエネルギー準位をまとめたデータを見ると、一概には言えないですが、消えた星はその周辺宙域でもエネルギー準位が高い傾向です。あと星が現れたのは、周りに星が少ない場所で、銀河系とかのまとまりの空間的な端のほう、って感じですね」


「なるほどな。思ったんだが、エネルギー保存則が成り立つなら消えた星の分新しい星ができてないといけないんじゃないか?星が消えた分、その星の持っていたエネルギーがどこかで現れないとおかしいはずだけど、ワープに消費したとはいえ今のままでは収支があってるようには見えないな」


「そうっすね……前に見かけたやつなんですが、星が消えたんじゃなくて星そのものがワープしたならどうっすか?そのときは眉唾まゆつばだと思いましたが、宇宙船よりはマシな気がしてきました」


「そうすると見えない星と見える星の数に差があるのはどうなる?」


「地球から離れたところにワープアウトしたなら、見えにくくなってもおかしくないんじゃないっすかね」


 それを聞いて須藤はハッとした。単純なことだがこれは見落としていたかもしれない。


「星ごとワープしたなら、消えた星に対応する新しい星があるはずだな。大きさとか構成とか消失と出現のタイミングから紐づけられないか?あとはさっき言ってた位置の傾向でワープアウト座標を推定できないか?いやこれだけじゃ弱いな、仮にワープが物質をそのまま運ぶなら質量はそのままだから、運動エネルギーと位置エネルギーの総和が保たれる場所じゃないといけないはずだ。これで候補になるエリアを絞ったら、まだ見つかってないワープアウトした星に当たりをつけて探せるんじゃないか?」




 午後は須藤の仮説を元に、消えた天体と新しい天体の関連付けを行い、ワープアウト予測座標をクロノス上でAIに推測させた。前者は新しい天体の数が消えた天体の一割ほどしかないためにこじつけている感は否めないものの、天の川銀河の中心から遠ざかるような傾向であることがわかった。また見つかった距離と時間の関係から、消えた天体は光速で移動し新たな場所に現れた、とすると辻褄つじつまが合う事もわかった。ワープアウト座標についても候補を絞り込めたが、これは実際に観測してみなければわからない。天文台による観測は、JAXAやNASAに依頼することになる。今回の荒唐無稽こうとうむけいな話を受け入れてくれる知り合いがいるとやりやすいが、あいにく須藤には心当たりがなかった。


「相澤、JAXAに知り合いとかいない?気が進まんが所長に相談するかなぁ……」


「あれ須藤さん、JAXAならいるじゃないっすか我々の仲間・・が」


仲間・・?」


「いやだなあ、知らないんですか?我らが米田さん、今JAXAで企画部長ですよ」




 米田は、十年ほど前にプロメテウスでの企画や広報の実績を武器にコンサル会社に転職していた。相澤によるとSNS上で数年前から当時顧客だったJAXAに移籍していたらしい。早速連絡を取ったところ、「なんや面白そうなことやっとるなあ、相変わらずで安心したわ」と言って話を引き受けてくれた。翌週には須藤、相澤、米田に加えJAXA側の技術スタッフとの打ち合わせになり、一ヶ月もしないうちにひとそろいの結果が返ってきた。須藤の仮説通り、未発見の天体があると想定したエリアのほとんどで新たな天体が見つかり、それらと消失した天体との関連付けもおおよそできた。一部不明なものは残っているので継続して観測は必要だが、大枠では大収穫だった。




 それから程なく、須藤と相澤はワープ現象に関する仮説を立て、論文として発表した。内容は、天体の消失と出現を、同一の天体が光速で移動する現象と仮定し、それをワープ現象と定義することから始まる。ワープインの条件として天体の重力や宇宙の膨張の不均一等による重力波が干渉し重力場に特定の傾向が現れること、またワープアウト先としてはこの重力場が比較的凪いでいることが条件となる一方で、ワープアウト先はワープイン地点の重力場の形状から指向性がある、ということも突き止めた。物理的な原理の解釈は不完全なものの、クロノス上でほぼ完璧に天体の消失・出現が再現できていることが根拠である。さらにはこの十年で急に頻出するようになったのは宇宙の膨張の不均一の影響と考えられ、これもクロノスのモデルに加えれば、観測されるハッブル定数――宇宙の膨張速度を表す定数――の変化とほぼ合致する結果が得られた。論文の結論は、クロノスの予測を今後の観測で答え合わせをすることでさらなるワープ現象の解明につながるだろう、と締めくくられた。




 それからさらに一世紀ほどの時間が経った頃――




 人類は未だ月に続いて火星資源を本格活用し始めた程度で、ワープ現象の原理は不明なままである。ただし、あの須藤・相澤仮説を元に、その発動条件はわかっている。これを背景に開発が進んだ小型大出力加速器による重力場コントロール技術により、机上では投入エネルギー次第でどこからどこへでもワープ現象を人工的に起こすことができる、という段階にまでたどり着いていた。そして今日、幾度いくどかの無人機による実験を経て、世界初となる有人宇宙船によるワープ実験が行われる――


 そして、有人ワープ宇宙船が消失した後、そのパイロットであるユーリ・ヨネダの「木星の目と目がうたで!」という木星方面からの通信電波が、彼のワープ帰還よりも少し早く、地球に届いた。



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